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まほろば荘へようこそ
夜の帳が降りたなら
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店子さんへの挨拶回りは済んでないけれど、そろそろ日が傾いてきたので、一旦家に戻る。
とりあえず冷蔵庫の材料を確認する。おばあちゃんは「食材が傷んだらもったいないから好きに食べていい」と言っていたけれど、しっかり者のおばあちゃんの冷蔵庫の中は、小皿になるものがこんもりと入っているけど、メインのおかずになるものが全く入ってない。
もらい物の煮豆とか、金平ごぼうとか、お漬物とかはあるけれど、お肉も魚も入ってないや。
「今の内に買いに行ったほうがいいよなあ……」
明日の朝ごはんやお弁当のことを考えると、結構考えることが多い。一部はおばあちゃんの作り置きをありがたくいただくにしても、それだけだったら駄目だよなあ。
私は買い物メモを書き出してから、買い物袋を携えて出かけることにした。
この辺りのスーパーは、休みの日は空いてなかったはず。だとしたら、ドラッグストアまで行けばいいのかな。この辺りのドラッグストアってどこだってかと、スマホで地図を検索していたときだった。
「おお? 逢魔が時に買い物かい?」
動画を撮りに出かけて行った日吉さんであった。私は「おうまがとき?」と聞くと、日吉さんが深く頷く。
「逢魔が時。別名では大禍時で、夕方の薄暗くなる頃合いのことを差すなあ」
「……まだ明るいですよ? この辺り、割と外灯も多いですし」
「はははは、今時の子だなあ」
日吉さんはそう言ってカラカラと笑う。
……その物言いは、ずいぶんと年寄り臭く思えた。皺も白髪もない日吉さんに、こう言っては失礼かもしれないけれど。
「少し前は、こういう時間に出歩くことはまずなかったんだがなあ」
「……この時間帯に歩けなかったら、どこにも行けなくないですか? 学校で用事があったら平気でこれくらいの時間にはなりますし。仕事やってる人も、今の時間帯が帰宅時刻ですよ」
「それもそうか。更科さんもそろそろ帰って来る頃合いだしな。まあいい。一緒に買い物に行こうか」
「えー……」
「あまり嫌がってくれるな。この時間帯は多いんだよ、本当に」
私を怖がらせたいのか、困らせたいのかどっちだろう。でも、日吉さんはこちらをからかっている雰囲気がないから困るんだ。
結局私は、ドラッグストアに出かけて買い物をすることにした。ポイントが結構貯まっていたから、それで買い物ができる。
卵買って、ベーコン、ハム……とりあえず目ぼしいものをぽいぽいと買い込みながら、買い物バッグに詰め込んでいった。
日吉さんはひとつ買い物バッグを持ってくれる。
「まあ、気を付けなさい。この時間は特に」
「……おばあちゃんから、この辺りは不審者が多いとは聞いたことないんだけど」
「ははは、そりゃ花子さんは、日が暮れたらまほろば荘から出ないからなあ。それに今の子は不審者のほうが怖いもんだなあ」
「そりゃそうですけど……昔は違ったんですか?」
「うん。人でないものが徘徊する時間帯だからなあ」
それに私はポカンとしてしまった。
「日吉さんはそういうのを信じるんですか?」
「ははは、信じる信じないじゃなくって、いるんだよなあ」
その言葉に私はますますわからなくなる。
今時、夜になったらお化けが出るから夜は大人しくしていなさいなんて、誰も言わない。
夜は明るいし、スマホがあったら怖くはない。それを「いる」って断言されてしまったら、私はどう反応すべきなのか。
日吉さんのこと、おばあちゃんに相談したほうがいいのかな。私が漠然と思っていたら、目の前でまほろば荘の階段を昇っている女の人が見えた。パンツスーツを着て、髪をボブカットにしている人だ。
それを見た途端に、日吉さんが「更科さん」と彼女を呼び止めた。
振り返った人は、キャリアウーマン的な格好をしている割には、とろんとした垂れ目の気の弱そうな人だった。私と日吉さんが一緒にいるのを交互に眺めている。
「あ、あの……新しい店子さんですか……? こ、高校生が独り暮らしは、大変です、ね……?」
……おまけに口調はつっかえつっかえだ。
それに私は慌てて頭を下げる。
「すみません、うちのおばあちゃんがしばらく入院していまして、私がしばらくの間、大家代行をします小前田三葉です! ああ、すぐ引っ越しのプレゼント持ってきますからね!」
私は日吉さんから「ありがとうございます!」と持ってもらっていた荷物を取ると、一階のうちん家に入って、品を持ってきて、それを更科さんに渡す。
更科さんは目をパチパチとさせている。
「あ、あの……ありがと、う、ございま……す」
「いえ! これからしばらくよろしくお願いしますね!」
「わ、かりました……あ、夜は、できれば家の中にいたほうが、いいですよ……そうしないと、困ると言いますか」
「はい?」
更科さんとは、まほろば荘で会ったばかりで、ドラッグストア帰りの私と日吉さんの会話が聞こえていたとは思えない。でも、全く同じことを言われてしまった。
私は思わず尋ねる。
「それ日吉さんにも言われましたけど……なんかあるんですか?」
「な、にか、ある訳じゃないと言いますか……なにもないと、言いますか……」
「どっちなんですか?」
「あう……」
どうも更科さんは、しゃべるのが本当に苦手なようだった。ただ、彼女はポツポツと言った。
「ここ……昔は神社だったんですけど……区画整理のせいで……なくなっちゃったんです……そのせいで、昼間はともかく、夜になったらあやふやになっちゃうんですよ」
「あやふや?」
そういえば、そんな話をおばあちゃんの知り合いのご近所さんも言っていたような気がする。日吉さんも近いことを言っていた。
更科さんはごにょごにょと続ける。
「あの世とこの世と言いますか……現世と幽世と言いますか……そういう境を維持するための神社がなくなっちゃったんで、夜になったらあやふやになってしまうんです……ですから、家に帰って大人しくしてたほうがいいです……」
そう言われて、私はポツポツと鳥肌が立った。
……日吉さんは私が怖がらないように、わざとこの辺りのことをぼかして警告してくれてたんだ。
更科さんはこちらに気の毒そうな目を向けてくる。
「知、らないと、怖いですよね……大丈夫です……家の中にいたら、なにもしませんから……」
私はこれ以上しゃべることができず、ただ首を縦に振って家に帰ることしかできなかったのである。
****
家にあったお惣菜を電子レンジでチンし、近所のスーパーは休みだったから代わりに買った分厚いベーコンを切って焼いて、目玉焼きを添えてメインにした。
明日は炊飯器に入っているご飯に冷蔵庫の中身を総動員させるとして、学校帰りにメインのおかずを買ってきたほうがいい。
自炊を続けるって、大変なんだなあ……。私はひとりでそう思いながら、のろのろと食器を洗って、お風呂に入って寝ようとした。
家にいるんだったら、もっと遅くまで起きているんだけれど、更科さんや日吉さん、ご近所さんから告げられた話を聞いていたら、長いこと起きている気にはなれなかった。
お風呂のお湯を入れようと立ち上がったとき、カチカチと居間の電灯が点滅した。
「えっ?」
ブツッ……となんの脈絡もなく切れてしまった。
「ああ……」
前にここの電灯を買い替えに付き合ったことがあるから知っている。
おばあちゃん家の今の電灯は、LED電灯のはずだ。普通の電灯は中身の電球を買い換えたら問題ないのに対して、LED電灯は中身も外も全部買い換えないといけなかったはず。
どうしよう。こんな時間に電器屋なんて開いている訳ないし。
仕方なく、スマホを触って灯り替わりにし、風呂に入ることにした。
なんでさんざん脅された日に、電器が切れちゃうの。最悪……。電灯の値段を考えないとなあと、独り暮らしってお金がかかるなあと痛感する。
ごそごそとしながら、どうにか風呂に入ってパジャマに入りつつ、スマホを照らしながら布団を引っ張り出す。
それにほっとしながら、私は布団に逃げ込んだ。
さすがに布団の中に入ったら無敵な気分で、電灯が切れたことも怖くなくなる。
そのまま眠ってしまえたらよかったんだけれど。閉めたカーテンの向こうがやけにチカチカ光ることに気付いた。
道路側の窓は雨戸を降ろしているけれど、廊下側の窓はカーテンを閉めているだけだ。
……やっぱり変質者でもいるのかな。
私は扉のほうに耳をピタリとくっつけた。もし警察に電話する場合、どうすればいいんだろう。そんなことをぐるぐると考えている中。
ピュルルと笛の音が響いた。まるで祭囃子の音のような。
「へ?」
耳をそばだてると、ヤンヤヤンヤと音が聞こえてくる。
今日がお祭りの日なんだったら、おばあちゃん家に引っ越す際に私もどこかで小耳に挟むはずだけれど、誰からもそんなことは聞いていない。
むしろ、皆一斉に「夜は家から出るな」と言うばかりで。
私は恐々と、扉を開いた。
外を見るだけ、外を見るだけだから……。
そう自分に言い聞かせたとき。目の前を光が通過していった。最初は光だと思ったけれど、それは筋を残している……それはまるで人魂だった。
「ひっ……」
よく怖い話をすると、叫んだり悲鳴を上げる人がいる。私はそれを怖がりなんだなあと思っていたけれど、それは違ったんだ。
その人はむしろ「怖い!」と周りに教えるんだからしたたかだったんだ。
本当に怖いときって、人は声帯が突っ張って、どれだけ悲鳴を上げようとしても、声なんて出ない。
私はそのまんまペタン。と玄関で尻餅をついて立てなくなってしまった。
そんな中、パタパタと足音が響いた。
「あら、大丈夫ですか?」
その声に思わず安心してしまった。昼間に優しくしてくれた野平さんのものだ。
「いえ……なんか聞こえてきちゃって、気になって覗こうとしたら……人魂が……多分怖がり過ぎて人の出した懐中電灯とかをそう勘違いしちゃったのかなと」
「あら……」
なんだかほっとして、そのまま立ち上がろうとしたときだった。
私は自分のことを心配そうに覗き込んでいた野平さんと目が……合わなかった。
「へっ?」
野平さんの顔は、あれだけばっちりとメイクしていたはずなのに、ぱっちり開いた目がない。通った鼻筋がない……口がない。
まるでお面でも顔につけたかのように……それこそのっぺらぼうのように、顔のパーツがひとつもない。
「い……い……」
「ああ、ごめんなさい。今化粧落としてて……」
「いやあああああああああ…………!!」
叫べるだけ、私もずいぶんと図太かったらしい。
そのまま玄関にゴンッと頭を打ち付けて、気絶してしまったんだ。
とりあえず冷蔵庫の材料を確認する。おばあちゃんは「食材が傷んだらもったいないから好きに食べていい」と言っていたけれど、しっかり者のおばあちゃんの冷蔵庫の中は、小皿になるものがこんもりと入っているけど、メインのおかずになるものが全く入ってない。
もらい物の煮豆とか、金平ごぼうとか、お漬物とかはあるけれど、お肉も魚も入ってないや。
「今の内に買いに行ったほうがいいよなあ……」
明日の朝ごはんやお弁当のことを考えると、結構考えることが多い。一部はおばあちゃんの作り置きをありがたくいただくにしても、それだけだったら駄目だよなあ。
私は買い物メモを書き出してから、買い物袋を携えて出かけることにした。
この辺りのスーパーは、休みの日は空いてなかったはず。だとしたら、ドラッグストアまで行けばいいのかな。この辺りのドラッグストアってどこだってかと、スマホで地図を検索していたときだった。
「おお? 逢魔が時に買い物かい?」
動画を撮りに出かけて行った日吉さんであった。私は「おうまがとき?」と聞くと、日吉さんが深く頷く。
「逢魔が時。別名では大禍時で、夕方の薄暗くなる頃合いのことを差すなあ」
「……まだ明るいですよ? この辺り、割と外灯も多いですし」
「はははは、今時の子だなあ」
日吉さんはそう言ってカラカラと笑う。
……その物言いは、ずいぶんと年寄り臭く思えた。皺も白髪もない日吉さんに、こう言っては失礼かもしれないけれど。
「少し前は、こういう時間に出歩くことはまずなかったんだがなあ」
「……この時間帯に歩けなかったら、どこにも行けなくないですか? 学校で用事があったら平気でこれくらいの時間にはなりますし。仕事やってる人も、今の時間帯が帰宅時刻ですよ」
「それもそうか。更科さんもそろそろ帰って来る頃合いだしな。まあいい。一緒に買い物に行こうか」
「えー……」
「あまり嫌がってくれるな。この時間帯は多いんだよ、本当に」
私を怖がらせたいのか、困らせたいのかどっちだろう。でも、日吉さんはこちらをからかっている雰囲気がないから困るんだ。
結局私は、ドラッグストアに出かけて買い物をすることにした。ポイントが結構貯まっていたから、それで買い物ができる。
卵買って、ベーコン、ハム……とりあえず目ぼしいものをぽいぽいと買い込みながら、買い物バッグに詰め込んでいった。
日吉さんはひとつ買い物バッグを持ってくれる。
「まあ、気を付けなさい。この時間は特に」
「……おばあちゃんから、この辺りは不審者が多いとは聞いたことないんだけど」
「ははは、そりゃ花子さんは、日が暮れたらまほろば荘から出ないからなあ。それに今の子は不審者のほうが怖いもんだなあ」
「そりゃそうですけど……昔は違ったんですか?」
「うん。人でないものが徘徊する時間帯だからなあ」
それに私はポカンとしてしまった。
「日吉さんはそういうのを信じるんですか?」
「ははは、信じる信じないじゃなくって、いるんだよなあ」
その言葉に私はますますわからなくなる。
今時、夜になったらお化けが出るから夜は大人しくしていなさいなんて、誰も言わない。
夜は明るいし、スマホがあったら怖くはない。それを「いる」って断言されてしまったら、私はどう反応すべきなのか。
日吉さんのこと、おばあちゃんに相談したほうがいいのかな。私が漠然と思っていたら、目の前でまほろば荘の階段を昇っている女の人が見えた。パンツスーツを着て、髪をボブカットにしている人だ。
それを見た途端に、日吉さんが「更科さん」と彼女を呼び止めた。
振り返った人は、キャリアウーマン的な格好をしている割には、とろんとした垂れ目の気の弱そうな人だった。私と日吉さんが一緒にいるのを交互に眺めている。
「あ、あの……新しい店子さんですか……? こ、高校生が独り暮らしは、大変です、ね……?」
……おまけに口調はつっかえつっかえだ。
それに私は慌てて頭を下げる。
「すみません、うちのおばあちゃんがしばらく入院していまして、私がしばらくの間、大家代行をします小前田三葉です! ああ、すぐ引っ越しのプレゼント持ってきますからね!」
私は日吉さんから「ありがとうございます!」と持ってもらっていた荷物を取ると、一階のうちん家に入って、品を持ってきて、それを更科さんに渡す。
更科さんは目をパチパチとさせている。
「あ、あの……ありがと、う、ございま……す」
「いえ! これからしばらくよろしくお願いしますね!」
「わ、かりました……あ、夜は、できれば家の中にいたほうが、いいですよ……そうしないと、困ると言いますか」
「はい?」
更科さんとは、まほろば荘で会ったばかりで、ドラッグストア帰りの私と日吉さんの会話が聞こえていたとは思えない。でも、全く同じことを言われてしまった。
私は思わず尋ねる。
「それ日吉さんにも言われましたけど……なんかあるんですか?」
「な、にか、ある訳じゃないと言いますか……なにもないと、言いますか……」
「どっちなんですか?」
「あう……」
どうも更科さんは、しゃべるのが本当に苦手なようだった。ただ、彼女はポツポツと言った。
「ここ……昔は神社だったんですけど……区画整理のせいで……なくなっちゃったんです……そのせいで、昼間はともかく、夜になったらあやふやになっちゃうんですよ」
「あやふや?」
そういえば、そんな話をおばあちゃんの知り合いのご近所さんも言っていたような気がする。日吉さんも近いことを言っていた。
更科さんはごにょごにょと続ける。
「あの世とこの世と言いますか……現世と幽世と言いますか……そういう境を維持するための神社がなくなっちゃったんで、夜になったらあやふやになってしまうんです……ですから、家に帰って大人しくしてたほうがいいです……」
そう言われて、私はポツポツと鳥肌が立った。
……日吉さんは私が怖がらないように、わざとこの辺りのことをぼかして警告してくれてたんだ。
更科さんはこちらに気の毒そうな目を向けてくる。
「知、らないと、怖いですよね……大丈夫です……家の中にいたら、なにもしませんから……」
私はこれ以上しゃべることができず、ただ首を縦に振って家に帰ることしかできなかったのである。
****
家にあったお惣菜を電子レンジでチンし、近所のスーパーは休みだったから代わりに買った分厚いベーコンを切って焼いて、目玉焼きを添えてメインにした。
明日は炊飯器に入っているご飯に冷蔵庫の中身を総動員させるとして、学校帰りにメインのおかずを買ってきたほうがいい。
自炊を続けるって、大変なんだなあ……。私はひとりでそう思いながら、のろのろと食器を洗って、お風呂に入って寝ようとした。
家にいるんだったら、もっと遅くまで起きているんだけれど、更科さんや日吉さん、ご近所さんから告げられた話を聞いていたら、長いこと起きている気にはなれなかった。
お風呂のお湯を入れようと立ち上がったとき、カチカチと居間の電灯が点滅した。
「えっ?」
ブツッ……となんの脈絡もなく切れてしまった。
「ああ……」
前にここの電灯を買い替えに付き合ったことがあるから知っている。
おばあちゃん家の今の電灯は、LED電灯のはずだ。普通の電灯は中身の電球を買い換えたら問題ないのに対して、LED電灯は中身も外も全部買い換えないといけなかったはず。
どうしよう。こんな時間に電器屋なんて開いている訳ないし。
仕方なく、スマホを触って灯り替わりにし、風呂に入ることにした。
なんでさんざん脅された日に、電器が切れちゃうの。最悪……。電灯の値段を考えないとなあと、独り暮らしってお金がかかるなあと痛感する。
ごそごそとしながら、どうにか風呂に入ってパジャマに入りつつ、スマホを照らしながら布団を引っ張り出す。
それにほっとしながら、私は布団に逃げ込んだ。
さすがに布団の中に入ったら無敵な気分で、電灯が切れたことも怖くなくなる。
そのまま眠ってしまえたらよかったんだけれど。閉めたカーテンの向こうがやけにチカチカ光ることに気付いた。
道路側の窓は雨戸を降ろしているけれど、廊下側の窓はカーテンを閉めているだけだ。
……やっぱり変質者でもいるのかな。
私は扉のほうに耳をピタリとくっつけた。もし警察に電話する場合、どうすればいいんだろう。そんなことをぐるぐると考えている中。
ピュルルと笛の音が響いた。まるで祭囃子の音のような。
「へ?」
耳をそばだてると、ヤンヤヤンヤと音が聞こえてくる。
今日がお祭りの日なんだったら、おばあちゃん家に引っ越す際に私もどこかで小耳に挟むはずだけれど、誰からもそんなことは聞いていない。
むしろ、皆一斉に「夜は家から出るな」と言うばかりで。
私は恐々と、扉を開いた。
外を見るだけ、外を見るだけだから……。
そう自分に言い聞かせたとき。目の前を光が通過していった。最初は光だと思ったけれど、それは筋を残している……それはまるで人魂だった。
「ひっ……」
よく怖い話をすると、叫んだり悲鳴を上げる人がいる。私はそれを怖がりなんだなあと思っていたけれど、それは違ったんだ。
その人はむしろ「怖い!」と周りに教えるんだからしたたかだったんだ。
本当に怖いときって、人は声帯が突っ張って、どれだけ悲鳴を上げようとしても、声なんて出ない。
私はそのまんまペタン。と玄関で尻餅をついて立てなくなってしまった。
そんな中、パタパタと足音が響いた。
「あら、大丈夫ですか?」
その声に思わず安心してしまった。昼間に優しくしてくれた野平さんのものだ。
「いえ……なんか聞こえてきちゃって、気になって覗こうとしたら……人魂が……多分怖がり過ぎて人の出した懐中電灯とかをそう勘違いしちゃったのかなと」
「あら……」
なんだかほっとして、そのまま立ち上がろうとしたときだった。
私は自分のことを心配そうに覗き込んでいた野平さんと目が……合わなかった。
「へっ?」
野平さんの顔は、あれだけばっちりとメイクしていたはずなのに、ぱっちり開いた目がない。通った鼻筋がない……口がない。
まるでお面でも顔につけたかのように……それこそのっぺらぼうのように、顔のパーツがひとつもない。
「い……い……」
「ああ、ごめんなさい。今化粧落としてて……」
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