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同級生の秘密
お見舞いと襲撃
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私がまほろば荘の大家代行をはじめて、ひと月経った。
最初はここに住んでいるひとたちは、私とおばあちゃん以外は全員あやかしで、夜な夜なあの世とこの世の境が混ざり合って百鬼夜行をしていて、昼間は人間社会に溶け込んでいるあやかしたちも夜間は本性を現しているなんて言われて、びっくりして気絶してしまったけれど。
もうすっかりと慣れたような気がする。
お仕事自体は、そこまで大きくって難しいものじゃない。
アパート全体の管理にお掃除。ときどき持ち込まれるご近所トラブルの相談。なんだけれど、ここに住んでいるひとたちはあんまりトラブル起こすような大騒動は起こさないんだよなあ。
強いて言うなら、ときどき聞こえるバチバチという音はなんなのかとか。百鬼夜行を人間が覗き込んだらまずいらしいけれど覗き込んだらどうなるのかとか。扇さんのスランプ中にたびたびアパート内に物が飛び回ったり、風が吹きまくったりするのは大変だよねとか。楠さん以外のセールスが来たら追い払うのは困るよねとか。それくらいかなあと思う。
その日、私は野平さん家の花屋さんに来ていた。
「こんにちはー、花束を買いに来ました」
「いらっしゃいませ。あら、三葉さん。花束ってどういうのですか? 予算は?」
「ええっと、おばあちゃんのお見舞いです」
「あらぁ」
今日はおばあちゃんのお見舞いのために、病院に行く予定だ。基本的におばあちゃんのお見舞いは皆でローテーションで回している。今日は私の当番のため、おばあちゃんの着替えと一緒に花束を届けたいんだ。
私のリクエストと予算を聞いて、野平さんは早速花束をつくりはじめた。
「お見舞い用の場合は、寒色系はあんまりしないほうがいいんですよ。お悔やみの花となってしまいますし、基本的に病室って真っ白ですから、そこに寒色系の花束を置いておいたら、具合が悪くなってしまう場合もありますから」
「なるほど……真っ白な病室のせいで、寒色系のものを置いてたら寒々しく見えちゃうって奴ですね」
「はい……たくさんの花の中にちょこっと寒色が混ざる程度だったらかまわないんですけどね。同じような理由で、血の色を連想する真っ赤な花もおすすめできません。基本的に柔らかい暖色系でまとめますね。あと、匂いの強い花も駄目ですよ」
「それも演技が悪いからですか?」
「というより、体が弱っているときに嗅ぐ強い匂いって、呼吸器系に負担がかかる場合がありますから。はい、アルストロメリアとヒペリカム。どちらも水持ちがいい花ですし、全体的に淡い色でもくどくありませんよ」
「わあ……」
アルストロメリアはピンク色の花に黄色に模様が入っていて、ヒペリカムは赤い実が愛らしい。それにカスミソウを足すと、可愛いながらも水持ちがして縁起がいい感じの花束が出来上がる。
「ありがとうございます! これでおばあちゃんのところに行ってきます!」
「はい。行ってらっしゃいませ。花子さんにどうぞよろしくお伝えくださいね」
「はあい」
こうして私は、意気揚々と出かけていった。
おばあちゃんの着替えに、お菓子。あと花束。私はそれらを抱えて、病院へと向かったのだ。
****
おばあちゃんはぎっくり腰で一瞬起きられなくなったものの、お医者さんたちの尽力のおかげでなんとか寝たきりは免れ、今はリハビリ訓練のまっただ中だ。
「おばあちゃん。来たよ」
「おや、三葉。元気だったかい?」
「うん、元気元気」
おばあちゃんは入院しているはずなのに、相変わらず元気だ。看護師さんも「すごいですよ、小前田さん、ものすごく元気ですから」と教えてくれたし、食堂でしゃべる友達もできたみたいだ。
私たちは食堂でお土産のプリンを食べながら、まほろば荘の話をしていた。
「あらまあ……そう。三葉も知ったんだねえ……」
私が店子さんたちが全員あやかしだと知ったことを知ると、おばあちゃんはそっと目を伏せた。
「あのう……田辺さんとかも心配してたけど、まほろば荘で騒ぎが起こったらやっぱり問題になるの?」
「んー、問題になっても、世間様が理解できる訳ないしねえ。だって、まずは神様や妖怪がいるかいないかからはじめないと駄目だから、それが理解できなきゃ意味ないだろう?」
「ああ、そっかあ」
私はなんだかんだ言って全員の正体を知ってしまったから、今更と思っているけれど、世の中はそうじゃない。
山神である日吉さんや、大妖怪の天狗である扇さんだったらともかく、のっぺらぼうの野平さんや、お菊さんの更科さんは、正体が割れてしまったら最後、仕事を追われたり陰陽師にやっつけられたりしてしまうだろうから、その正体は絶対に伏せないと駄目だった。
「でもおばあちゃん。仮にうちに陰陽師や大妖怪が現れたときって、どうすればいいのかなあ。私、扇さんのスランプのときの大暴れだって、日吉さんがいないとなんにもできてないんだけど」
さすがにおばあちゃんに、最近近所で謎の怪奇音が鳴っているせいで、警察沙汰にまでなっているなんてことは言えなかった。入院している人に心労与えてどうするの。
それにおばあちゃんは「あったねえ」としみじみした。
「おばあちゃん?」
「たびたびあるよ。そういうことは。でもねえ。いくら大家だからって人間だから、できないことはできないし、できないことを無理にやる必要はないよ。危ないからね」
「そりゃそうなんだけど、でも……」
「いくらまほろば荘の店子さんたちだって、あんたが泥棒を追い払おうと戦おうとしたら止めると思うよ?」
「戦わないよ!? 警察呼ぶよ、危ないじゃん」
「そう、それでいいんだよ。餅は餅屋。それに任せりゃいいんだからさあ」
そう言っておばあちゃんはクククと笑っていた。
今思っても、おばあちゃんの言っていたこのことが、今回の騒動の解決の糸口になるなんて、そのときの私はまだ思いもしなかったのである。
****
おばあちゃんの着替えを持って帰り、私はのんびりと夕焼け空を仰ぎながら帰る。
今晩はつくるの面倒くさいなあ。でもなんか食べないとお腹空くし。洗濯物もあるから洗わないといけないし。どんな楽なものを食べようかなあ。そう思っていたら。
「おや、三葉さん」
日吉さんが手を振ってきた。
「あれ、夕方からお出かけですか?」
「いや、ちょっと電器屋まで。ちょっとパソコンの様子がおかしいから修理するために部品を買いにね」
「はあ……自分で修理されるんですか?」
「もういっそのこと自分で組み立てて、ついでに組み立て光景を動画に上げようかと」
このひと、地味に動画撮影、編集、パソコンの組み立てに家事全般って、なんでもできるなあ。山神様って皆こういうものなのかな。山神様は日吉さん以外に会ったことないからよくわかんないけど。
私は「わかりましたー。お気を付けてー」と言って帰って行った。
まほろば荘はちょうど夕焼けのオレンジに染まって可愛い雰囲気。
「あら、お帰りなさい。三葉さん。花子さんの様子はどうでしたか?」
「ただいまー。はい、元気でしたよ。私の知らないところで友達をつくるくらいには」
「あらあら、花子さんらしい」
野平さんもそろそろ営業終了なのか、店の戸締まりをしている。私もそれとなく手伝っていると。
バチッバチッ。
私がたびたび聞いていた、静電気の弾けるような音が耳に入ってきた。途端に、ぶわりと毛穴という毛穴が開く感覚に陥る。
「……いた」
こちらに影が伸びている。その影の方角を辿ると、真っ黒なシャツにデニムという出で立ちで、木刀を持った男の子が立っていた……鳴神くんだった。
「ちょっと鳴神くん、いくらなんでも、木刀持ってうろうろしてたら、おまわりさん呼ばれちゃうよ?」
私が思わず注意をしたけれど。彼を見た途端に、普段和やかな雰囲気の野平さんが肩を跳ねさせてしまった。そのまま自分を落ち着けるかのように、抱き締める。
「あ……ああ……」
「野平さん?」
「……三葉さん、扇さん呼んできてください」
「はい?」
「彼……あやかしの先祖返りです」
「え」
そういえば。前に日吉さんが言いかけていたことを思い出した。最近だと滅多にいないみたいな言い方をしていたと思うけど。
私が鳴神くんのほうになおも視線を送ろうとするものの、野平さんは必死に私を階段のほうに押し出した。
「ちょっと……野平さん!?」
「こ、わいですけど……花子さんの守ってきたアパートがなくなってしまうのは嫌なので……なんとかします」
そう言った途端、彼女の顔がぐしゃりと溶けた……いや、違う。彼女の化粧が剥がれ落ちて、のっぺらぼうの素顔がまろび出たんだ。
「あの、野平さん。危ないですよ!?」
「それでも……花子さんのお孫さんの三葉さんになにか会ったら嫌なので……今は日吉さん出かけておられますし、しばらくは戻ってこられません。急いで……!」
「……殊勝な心がけだな」
鳴神くんは、木刀で肩を叩いた。そのたびにバチンバチンと黄色い光が木刀をほとばしる……まるで、電流が流れているみたいだ。
「俺も小前田に危害を加えるつもりはない……ただ。この町に巣くう妖怪退治をしているだけだ」
途端に鳴神くんが木刀を振るってきた。それを野平さんは受け止める。
私はおろおろしたけれど、今のところ野平さんのほうが身長が高い分、鳴神くんの木刀を一度受け止めたら彼も引っこ抜けないみたいだった。私は慌てて階段を音を立てて走りはじめた。
急がないと、野平さんが……!
「扇さん扇さん! 助けてください! なんか来ました?」
途端に出てきたのは、いつものような着流し姿の彼ではなく、本来の修験服を纏った天狗の姿の扇さんだった。
「話は全部聞こえていたが……参ったな。厄介な先祖返りが出た」
「あの……先祖返りっていうのは」
「先祖返りは、先祖の性質をまるっと全部受け継いで生まれてしまう突然変異だな。しかしあれ、君の学校の……?」
「ええっと、同級生です……」
「……彼、ただの妖怪の先祖返りじゃない。これなら日吉さんを足止めでもしておけばよかった」
そう言いながら、扇さんはそのまま階段を飛び降りた。
って、飛び降り!?
しかし彼は地面に落下せず、そのまま背中の翼でバサバサと飛んで、野平さんの花屋さん目指していった。
「ありゃ、雷神の先祖返りだよ」
私は聞こえた声に、絶句していた。
最初はここに住んでいるひとたちは、私とおばあちゃん以外は全員あやかしで、夜な夜なあの世とこの世の境が混ざり合って百鬼夜行をしていて、昼間は人間社会に溶け込んでいるあやかしたちも夜間は本性を現しているなんて言われて、びっくりして気絶してしまったけれど。
もうすっかりと慣れたような気がする。
お仕事自体は、そこまで大きくって難しいものじゃない。
アパート全体の管理にお掃除。ときどき持ち込まれるご近所トラブルの相談。なんだけれど、ここに住んでいるひとたちはあんまりトラブル起こすような大騒動は起こさないんだよなあ。
強いて言うなら、ときどき聞こえるバチバチという音はなんなのかとか。百鬼夜行を人間が覗き込んだらまずいらしいけれど覗き込んだらどうなるのかとか。扇さんのスランプ中にたびたびアパート内に物が飛び回ったり、風が吹きまくったりするのは大変だよねとか。楠さん以外のセールスが来たら追い払うのは困るよねとか。それくらいかなあと思う。
その日、私は野平さん家の花屋さんに来ていた。
「こんにちはー、花束を買いに来ました」
「いらっしゃいませ。あら、三葉さん。花束ってどういうのですか? 予算は?」
「ええっと、おばあちゃんのお見舞いです」
「あらぁ」
今日はおばあちゃんのお見舞いのために、病院に行く予定だ。基本的におばあちゃんのお見舞いは皆でローテーションで回している。今日は私の当番のため、おばあちゃんの着替えと一緒に花束を届けたいんだ。
私のリクエストと予算を聞いて、野平さんは早速花束をつくりはじめた。
「お見舞い用の場合は、寒色系はあんまりしないほうがいいんですよ。お悔やみの花となってしまいますし、基本的に病室って真っ白ですから、そこに寒色系の花束を置いておいたら、具合が悪くなってしまう場合もありますから」
「なるほど……真っ白な病室のせいで、寒色系のものを置いてたら寒々しく見えちゃうって奴ですね」
「はい……たくさんの花の中にちょこっと寒色が混ざる程度だったらかまわないんですけどね。同じような理由で、血の色を連想する真っ赤な花もおすすめできません。基本的に柔らかい暖色系でまとめますね。あと、匂いの強い花も駄目ですよ」
「それも演技が悪いからですか?」
「というより、体が弱っているときに嗅ぐ強い匂いって、呼吸器系に負担がかかる場合がありますから。はい、アルストロメリアとヒペリカム。どちらも水持ちがいい花ですし、全体的に淡い色でもくどくありませんよ」
「わあ……」
アルストロメリアはピンク色の花に黄色に模様が入っていて、ヒペリカムは赤い実が愛らしい。それにカスミソウを足すと、可愛いながらも水持ちがして縁起がいい感じの花束が出来上がる。
「ありがとうございます! これでおばあちゃんのところに行ってきます!」
「はい。行ってらっしゃいませ。花子さんにどうぞよろしくお伝えくださいね」
「はあい」
こうして私は、意気揚々と出かけていった。
おばあちゃんの着替えに、お菓子。あと花束。私はそれらを抱えて、病院へと向かったのだ。
****
おばあちゃんはぎっくり腰で一瞬起きられなくなったものの、お医者さんたちの尽力のおかげでなんとか寝たきりは免れ、今はリハビリ訓練のまっただ中だ。
「おばあちゃん。来たよ」
「おや、三葉。元気だったかい?」
「うん、元気元気」
おばあちゃんは入院しているはずなのに、相変わらず元気だ。看護師さんも「すごいですよ、小前田さん、ものすごく元気ですから」と教えてくれたし、食堂でしゃべる友達もできたみたいだ。
私たちは食堂でお土産のプリンを食べながら、まほろば荘の話をしていた。
「あらまあ……そう。三葉も知ったんだねえ……」
私が店子さんたちが全員あやかしだと知ったことを知ると、おばあちゃんはそっと目を伏せた。
「あのう……田辺さんとかも心配してたけど、まほろば荘で騒ぎが起こったらやっぱり問題になるの?」
「んー、問題になっても、世間様が理解できる訳ないしねえ。だって、まずは神様や妖怪がいるかいないかからはじめないと駄目だから、それが理解できなきゃ意味ないだろう?」
「ああ、そっかあ」
私はなんだかんだ言って全員の正体を知ってしまったから、今更と思っているけれど、世の中はそうじゃない。
山神である日吉さんや、大妖怪の天狗である扇さんだったらともかく、のっぺらぼうの野平さんや、お菊さんの更科さんは、正体が割れてしまったら最後、仕事を追われたり陰陽師にやっつけられたりしてしまうだろうから、その正体は絶対に伏せないと駄目だった。
「でもおばあちゃん。仮にうちに陰陽師や大妖怪が現れたときって、どうすればいいのかなあ。私、扇さんのスランプのときの大暴れだって、日吉さんがいないとなんにもできてないんだけど」
さすがにおばあちゃんに、最近近所で謎の怪奇音が鳴っているせいで、警察沙汰にまでなっているなんてことは言えなかった。入院している人に心労与えてどうするの。
それにおばあちゃんは「あったねえ」としみじみした。
「おばあちゃん?」
「たびたびあるよ。そういうことは。でもねえ。いくら大家だからって人間だから、できないことはできないし、できないことを無理にやる必要はないよ。危ないからね」
「そりゃそうなんだけど、でも……」
「いくらまほろば荘の店子さんたちだって、あんたが泥棒を追い払おうと戦おうとしたら止めると思うよ?」
「戦わないよ!? 警察呼ぶよ、危ないじゃん」
「そう、それでいいんだよ。餅は餅屋。それに任せりゃいいんだからさあ」
そう言っておばあちゃんはクククと笑っていた。
今思っても、おばあちゃんの言っていたこのことが、今回の騒動の解決の糸口になるなんて、そのときの私はまだ思いもしなかったのである。
****
おばあちゃんの着替えを持って帰り、私はのんびりと夕焼け空を仰ぎながら帰る。
今晩はつくるの面倒くさいなあ。でもなんか食べないとお腹空くし。洗濯物もあるから洗わないといけないし。どんな楽なものを食べようかなあ。そう思っていたら。
「おや、三葉さん」
日吉さんが手を振ってきた。
「あれ、夕方からお出かけですか?」
「いや、ちょっと電器屋まで。ちょっとパソコンの様子がおかしいから修理するために部品を買いにね」
「はあ……自分で修理されるんですか?」
「もういっそのこと自分で組み立てて、ついでに組み立て光景を動画に上げようかと」
このひと、地味に動画撮影、編集、パソコンの組み立てに家事全般って、なんでもできるなあ。山神様って皆こういうものなのかな。山神様は日吉さん以外に会ったことないからよくわかんないけど。
私は「わかりましたー。お気を付けてー」と言って帰って行った。
まほろば荘はちょうど夕焼けのオレンジに染まって可愛い雰囲気。
「あら、お帰りなさい。三葉さん。花子さんの様子はどうでしたか?」
「ただいまー。はい、元気でしたよ。私の知らないところで友達をつくるくらいには」
「あらあら、花子さんらしい」
野平さんもそろそろ営業終了なのか、店の戸締まりをしている。私もそれとなく手伝っていると。
バチッバチッ。
私がたびたび聞いていた、静電気の弾けるような音が耳に入ってきた。途端に、ぶわりと毛穴という毛穴が開く感覚に陥る。
「……いた」
こちらに影が伸びている。その影の方角を辿ると、真っ黒なシャツにデニムという出で立ちで、木刀を持った男の子が立っていた……鳴神くんだった。
「ちょっと鳴神くん、いくらなんでも、木刀持ってうろうろしてたら、おまわりさん呼ばれちゃうよ?」
私が思わず注意をしたけれど。彼を見た途端に、普段和やかな雰囲気の野平さんが肩を跳ねさせてしまった。そのまま自分を落ち着けるかのように、抱き締める。
「あ……ああ……」
「野平さん?」
「……三葉さん、扇さん呼んできてください」
「はい?」
「彼……あやかしの先祖返りです」
「え」
そういえば。前に日吉さんが言いかけていたことを思い出した。最近だと滅多にいないみたいな言い方をしていたと思うけど。
私が鳴神くんのほうになおも視線を送ろうとするものの、野平さんは必死に私を階段のほうに押し出した。
「ちょっと……野平さん!?」
「こ、わいですけど……花子さんの守ってきたアパートがなくなってしまうのは嫌なので……なんとかします」
そう言った途端、彼女の顔がぐしゃりと溶けた……いや、違う。彼女の化粧が剥がれ落ちて、のっぺらぼうの素顔がまろび出たんだ。
「あの、野平さん。危ないですよ!?」
「それでも……花子さんのお孫さんの三葉さんになにか会ったら嫌なので……今は日吉さん出かけておられますし、しばらくは戻ってこられません。急いで……!」
「……殊勝な心がけだな」
鳴神くんは、木刀で肩を叩いた。そのたびにバチンバチンと黄色い光が木刀をほとばしる……まるで、電流が流れているみたいだ。
「俺も小前田に危害を加えるつもりはない……ただ。この町に巣くう妖怪退治をしているだけだ」
途端に鳴神くんが木刀を振るってきた。それを野平さんは受け止める。
私はおろおろしたけれど、今のところ野平さんのほうが身長が高い分、鳴神くんの木刀を一度受け止めたら彼も引っこ抜けないみたいだった。私は慌てて階段を音を立てて走りはじめた。
急がないと、野平さんが……!
「扇さん扇さん! 助けてください! なんか来ました?」
途端に出てきたのは、いつものような着流し姿の彼ではなく、本来の修験服を纏った天狗の姿の扇さんだった。
「話は全部聞こえていたが……参ったな。厄介な先祖返りが出た」
「あの……先祖返りっていうのは」
「先祖返りは、先祖の性質をまるっと全部受け継いで生まれてしまう突然変異だな。しかしあれ、君の学校の……?」
「ええっと、同級生です……」
「……彼、ただの妖怪の先祖返りじゃない。これなら日吉さんを足止めでもしておけばよかった」
そう言いながら、扇さんはそのまま階段を飛び降りた。
って、飛び降り!?
しかし彼は地面に落下せず、そのまま背中の翼でバサバサと飛んで、野平さんの花屋さん目指していった。
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