まほろば荘の大家さん

石田空

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同級生の秘密

後始末と引っ越し

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 楠さんが写真を撮り終え、「それじゃあ、会社に持って帰って保険の査定してきますんでー」と帰って行った。
 片付けは手伝ってくれないんだ。そう思ったけれど、本当に気にしてない様子で、野平さんは口を開いた。

「楠さんはセールスレディですから。お仕事にならないことは基本的にしませんよ」
「ええっと……あやかし同士の交流がどうのって、前に言ってたような気がするんですけど……」
「そういう仕事ですから」

 なるほど……。釈然としないような、そういうもんなような気がしながら、私は鳴神くんと一緒に野平さんの指示通りに店の片付けをしていた。
 バケツに入っていた店先の花は焦げ付いてしまっているため、全部彼女に指定された袋に入れて捨てる。壁なんかの焦げ付いた箇所は、漂白剤を付けた雑巾で拭いて誤魔化したものの、全部が綺麗になった訳じゃない。あまりにひどい部分は、内装を移動して誤魔化すことにした。

「改装は保険の査定が降りてからですねえ」

 野平さんは火傷していたとは思えないほど、きびきびと働いていた。日吉さんや扇さんは高い場所の焦げ付きや煤けた部分を雑巾がけしてくれ、更科さんはお弁当屋さんに出かけて全員分のお弁当を買いに行ってくれた。

「お、お疲れ様、です……」

 掃除がようやく終了して疲れ切って店の椅子を引っ張り出して座っている皆に、更科さんは次々とお弁当を配ってくれた。鳴神くんはお弁当を受け取って、きょとんとしていた。

「……俺も?」
「は、はい……お掃除、手伝って、くれました、し……」

 それに鳴神くんは少し目を見開いて黙り込んだあと、ボソボソとした態度で、「ありがとう……」と言った。
 鳴神くんは鳴神くんなりに罪悪感があるんだろう。よかれと思って襲いかかったあやかしは、実は皆いいひとでしたなんて話、彼の中ではそうそうあるもんでもないんだろう。
 私も今日は学校から帰って早々走り回ったせいで、お腹が空き過ぎ、正直ご飯をつくる気力がなかったため、ありがたくいただくことにした。

「いただきまーす。唐揚げ好きー」

 ひとり暮らしをはじめたら、ひとりで油物なんてなかなかつくれず、当然ながら唐揚げも遠ざかっていた。
 鳴神くんは最初は縮こまっていたものの、扇さんがさっさと皆にお茶を淹れはじめ、それを鳴神くんにも「ほら、お飲み」と差し出したことで、少しばかり態度が緩んで、お弁当を食べはじめた。

「……ごちそうさま。お弁当ありがとうございます。あの……」

 鳴神くんは立ち上がって、お弁当を食べている面々を見回した。
 野平さんは相変わらず人前では食事を摂らない。でもなぜか中身が減っているからどうやってかは食べているんだろうけど、食べている姿を確認できないため、「どうやって?」としか思えない。
 相変わらず更科さんはピルピルと震えているものの、普通にもぐもぐとお弁当を食べていた。
 扇さんや日吉さんに至っては、鳴神くんとやり合ったばかりだというのに、既に微笑ましいものを見る体勢に入っているのはどういうことなのか。
 皆を見てから、最後に鳴神くんは私と目を合わせた。

「本当に、申し訳ありませんでした」

 そう綺麗なお辞儀をしたあと、帰って行った。
 私は途中まで見送りに来ると、鳴神くんは気まずそうに目を細める。

「小前田、暗いから別にいいよ。ひとりで帰れるし」
「いやね。うん。ありがとうと思って」
「……なにが?」
「まほろば荘のひとたちの誤解を解いてくれて」

 それにまたしても鳴神くんは困ったような顔をした。

「……あんだけひどい目に遭ったのに、それでもそう言うんだ?」
「私はひどい目に遭ってないよ。ただ、鳴神くんが心配してくれたんでしょう? それがちょっと嬉しかっただけで」
「……小前田、本当になんも悪いことなってないんだな?」
「なってないよ。うちの店子さんたち、皆見たでしょう? いいひとたちじゃない」

 たしかに人間の私ではよくわからない部分もあるけれど。
 でも人間同士だって、生まれや環境が変わったら訳わからん部分も出るから、そもそも人間じゃないひとたちだったら、そりゃ訳わからん部分が多くなったって仕方ないだろう。
 私は口を開いた。

「うちのおばあちゃんが見込んだひとたちだもの。いいひとたちだよ。本当に」
「はあ……お前のばあさんも、いい人なんだな、きっと」
「普通のおばあちゃんだよ」

 たださっきまで頑なだった鳴神くんの態度も、どこか軟化したみたいで、彼も口元を綻ばせていた。

「まあ、そういうことにしておく。うちはこの先だから、もう見送りはこの辺で。この辺り本当に百鬼夜行に巻き込まれたら大変だから、早く帰れ」
「うん、ありがとうね。また学校で」
「おう。また学校で」

 そう手を振って、私たちは別れたのだ。

****

 あの騒動から一週間。
 野平さんの店は、なんとか査定が降りて、改装工事が入ることになった。
 工事中はさすがに店は休みだから、居住スペースでまったりとお茶を飲みながら工事の様子を窺っている。

「でもよく業者さんすぐ見つかりましたね? こういうのって、もっと時間がかかるもんだと思いました」

 うちの家も、お母さんが一度畳みの張り替えを頼んだときに、ひと月前に予約しないと予定の時間に間に合わないと騒いでいたと思うから、こんなにスムーズにいくとは思ってもいなかった。
 それに野平さんはくすくすと笑う。出してくれたお茶はハイビスカスティーで、ちょっと酸っぱいけれど、なかなかおいしい。

「あれは楠さんの会社のひとたちだから」
「あれ……つまりは、あのひとたち全員あやかしなんですかっ!?」

 私は思わず工事しているひとたちを眺めた。
 どこをどう見ても普通の人たちに見えるけれど……でもよくよく考えたら、幽霊の更科さんだって普段はどこが幽霊かわからないし、扇さんも羽を出さない限りは天狗と見抜けない。野平さんだって今はばっちりナチュラルメイクが決まっていて、とてもじゃないけれどのっぺらぼうには思えない。
 野平さんはくすくすと笑いながら続ける。

「ええ。人間社会に溶け込んでお仕事できるひともいれば、こうやって困っているあやかし相手に商売するひとたちだっていますから」
「はあ……なるほど……」
「ところで、今日なんですよね。部屋を見に来る新しい店子さんが来るのは」
「はい。私もわかんなかったんで、おばあちゃんにやり方あれこれ聞きましたけど」

 私は私で、新しい店子さんが部屋を見に来たいという連絡を受けていた。
 基本的にどこのアパートも、不動産屋さんに登録して部屋の管理を頼んでいるところもあれば、うちみたいに人づてに店子を集めているところもある。
 なんで大々的に集めないの? というのはおばあちゃんが「うちに先にいる店子さんが優先に決まっているだろう? うちには人間がいないなんて知れ渡ったら、動画実況主が増えるかもしれないし。日吉さんだけで間に合っているよ」とぼやいていた。
 だから、うちにどの経緯で電話が届いたのかはよくわからないから、とりあえず私が大家代行で舐められないようにと、日吉さんか扇さんを呼んでおくようにと言われたので、今日はお仕事お休みの扇さんに来てもらっている。日吉さんはパソコンを組み立てながら一生懸命撮影しているようだから、これは邪魔しちゃ駄目なやつだと思って放っておくことにした。
 私の言葉に、野平さんは「そうですねえ」とにこにこして言った。

「普通にしてたら大丈夫だと思いますよ。つてを辿ってきたんだったら、そこまで危ないひとじゃないでしょうし」
「そうですかあ……わかりました」

 そろそろ時間だからと、「お茶ごちそうさまでした」とお礼を言ってから、扇さんと待ち合わせしていた部屋へと向かう。
 一階は大家室の他は店をやっている野平さんの住居一体型の部屋に、あとひとつ空き部屋がある。そこを開けて掃除しておいた。

「そろそろ来るんじゃないかい?」
「はい……」

 言っていたら「すみません」と外から声をかけられた。
 出て行って、口を開けた。

「……鳴神くん?」
「……うん」
「うちに住みたいって言ってたの、鳴神くんだったの?」

 おかしいな、届いた名前……私は電話を取ったときのメモを思い返していたけれど、それはボソリと「あれはうちの母名義」と答えてくれた。

「なんで隠してたの? 別によかったのに」
「……いや、駄目だろ。襲った次の日に、ここに住みたいって言ったら……気まずいし」
「私は別にいいのに。ねえ?」

 私は扇さんに言うと、扇さんはオーバーリアクションで首を振った。

「私を巻き込まんでくれたまえ」

 なんでだ。
 思わずジト目になってしまったけれど、私が開けた空き部屋を、鳴神くんはきょろきょろと見回した。
 まだなんにも入ってない部屋だけれど、新しいひとが来るたびに畳は貼り替えているし、掃除もしているから、外装と比べても比較的綺麗な部屋だと思う。

「いい部屋だな」
「そう、ありがとう」
「ここの店子もいいひとたちだし」
「ああ、それでここに引っ越そうって思ったの?」

 それには鳴神くんは黙り込んでしまった。最近はもっと打ち解けてきたと思ったのに、ときどきダウナーでなにを考えているのかさっぱりわからない鳴神くんに戻ってしまう。
 鳴神くんは私の質問には一切答えず、きっぱりと言う。

「ここに住むよ」
「うん。わかった」

 なぜか扇さんがものすっごく微笑ましいものを見る目で見てきたけれど、うちのアパートに同級生が引っ越してきただけだから辞めて欲しい。
 私は鳴神くんに書類を渡すと、彼はそれを持って帰って行った。
 それからしばらくして、鳴神くんは引っ越してきた。親御さんに言われたのか、どこの面々にもなぜか金平糖を配って引っ越し祝いにしていた。

「なんでだろう」

 もらった金平糖はおいしくて、空き瓶は花瓶に使おうと算段を付けた。
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