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同級生の秘密
エールとカレーの会
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日吉さんに相談に行ったものの、なんの解決の糸口も見つからなかった。私は途方に暮れた顔で鳴神くんと一緒に廊下に出る。
「更科さんのこと、どうにかしたほうがいいと思ったんだけどな……なんの解決もできなかった……」
「うーん」
私がしょんぼりと肩を落としている中、鳴神くんがダウナーな声を上げる。
「俺は大家の仕事ってよくわかんないけど、これって大家のすることなのか?」
「私は代行だけどね……でも、店子さんが困ってたら相談に乗らないとだし。そしてヘビーな話だけれど、店子さんがやばいことになって、家賃払えなくなったらうちも困るから、店子さんの生活がまずくなりそうだったら、事前に話を聞けってさ」
「なるほどなあ……」
「でも日吉さんの言い方じゃ、私なんの役にも立てそうにないよう……どうしよう」
フラフラしながら働いているひとに、どんなことができるんだろう。私が廊下から夕陽を眺めていたら、鳴神くんがボソリと口を開いた。
「こういうのって、自己申告じゃないとどうしようもないと思う。それこそ更科さんが『助けて』と言わないと」
「でも……更科さん、それを言わないじゃない」
「でも小前田だって、言う相手を選ばないか?」
「ええっと……?」
鳴神くんの話の意図がわからずに戸惑っていたら、鳴神くんが続けた。
「例えば学校でトラブルが起こった場合、すぐに担任に頼るか? 警察や家族に頼らないのはなぜか?」
「ええっと……ケースバイケースだけれど、まずは友達に相談、それでもどうしようもなかったら、担任、、親、警察の順番になるのかな……」
「それでいいと思う。大家代行の小前田に頼るとなったら、よっぽどのことだから。小前田に必要なのは、頼れると思わせることで、有事の際に動くことだと思う」
「……それって、根性論にならない?」
「ならない。どちらかというと『なにかあったら相談に乗る』と事前に言っておいて、頼らせやすい方法を取ったほうがいい」
鳴神くんに言われて、私は自宅に戻って考え込んでしまった。私がやっているのは大家代行で、おばあちゃんの代理として仕事をしているけれど、就職とは全然違うもんな。
それに。鳴神くんに言われて気付いたけれど、私。
「……更科さんはどうしたいんだろう?」
彼女の意見をなんにも聞いていないから、一度彼女と話をしてからじゃなかったら意味がないんじゃ。
鳴神くんの言っていたことも思い返しながら、私は今日の献立を考えることにした。普段から買ったものばかり食べている更科さんをご飯の誘えたらいいなと思いながら。
****
お肉、玉ねぎと人参、じゃがいもはどうしよう。カレーをつくろうと思い立ったものの、独り暮らしだったらカレーをできる限りもたせたいんだけど、じゃがいもを入れているとカレーが傷むのが早い。でもじゃがいもを入れたほうがおいしいんだよなあ。
考え込んだ末、傷むのは嫌だなあと思い、代わりにマッシュルームを籠に放り込んだ。
買ったものをまほろば荘まで持って帰ると、それぞれ切って炒めてカレーをつくりはじめた。
お水を足して煮込んでいる間に、のろのろとした足取りの足音に気付いた。
今日はいつもよりも早いけれど、更科さんなようだ。
「お帰りなさい」
「あ、ただい、まです……」
早朝から出て行った更科さんは、やはり疲れているらしくフラフラだった。
私は「うーんと」と声をかけた。
「今日カレーなんですけど、ひとりだったら食べきれないんで、よろしかったらどうですか?」
「え……いいん、ですか……?」
「はい、よろしかったらどうぞ」
私が招き入れると、更科さんは持っている袋を恥ずかしそうに持ち上げた。中に入っているのはビールのようだ。私は「あー」と声を上げた。
「持ってきてもいいですよ」
「お、邪魔します……」
そのままうちに上がり込んできた。私は煮込み上がったカレーの材料に、パキンパキンとカレールーを割り入れる。
「そういえば、私実家のカレーをつくりましたけど、好きなお肉とかルーとかありましたか?」
「お、肉自体、あんまりたくさん食べませんから、豚も鳥も牛も、皆好きです」
「そりゃよかったです」
カレー自体は日本に入ってきたのは明治か大正かだったと思うけど、更科さんの場合は江戸時代文化のひとだから、もしかしたらお肉自体をそこまで多くは食べなかったのかもしれないな。
うちはおばあちゃんにならった豚バラカレーだけれど。更科さんの様子だったら大丈夫そうだ。
「今日もずいぶんと早くにお出かけでしたけど、お体は大丈夫ですか?」
「い、ちど、死んでますからね。フラフラはしてますけど、実はそこまで、悪くはないんですよ?」
「本当ですかー?」
「はい、本当、ですよ」
そう言いながら、更科さんは「ご飯、よそいますか?」と食器棚からカレー皿を二枚出してきた。私はルーをぐるぐるかき混ぜながら「お願いします」と頼むと、彼女はご飯を盛ってきたので、私はルーをぐるんとかけてあげる。
ふたりでのんびりと食事をしながら、私はふと気付いた。
「そういえば……更科さんはお仕事って……」
「わ、たしは……営業を、してますよ……楠さんと一緒ですね」
「そういえば、前も取引先からお菓子もらってきてましたよね」
「はい……つらいけど、楽しいです」
「うん? つらいのに楽しいんですか?」
いつもフラフラになっているものの、彼女からの思いがけない言葉に、私は目をぱちくりとさせた。それに更科さんはふわふわと笑う。
「は、い。楽しい、です」
「そりゃ楽しかったらいいんですけど……いつもフラフラになって出ていって帰って来てたんで……」
「お、仕事は、楽しいことだけじゃありませんし……もちろんこれが、人間時代だったら、もっと苦しいとか、辞めたいとか思っていたのかもしれませんけど……私も、成仏できないんで、働かないと……」
「……そういえば、更科さんってどうして成仏できないんですか……?」
素朴な疑問だった。
鳴神くんが教えてくれた逸話だったら番町皿屋敷のお菊さんは成仏したはずなのに、そのお菊さんのはずの更科さんは、今も成仏せずに、まほろば荘で働いている。理由がわからないんだったら、彼女に聞いても仕方がないような気もするけれど。
私の質問に、更科さんは「そうですねえ……」と首を傾げた。
「生、前は、怒られてばか、りでした……大事なお皿を割ってしまって……大事になってしまいましたし」
「それって……番町皿屋敷の……?」
「あれ? それって江戸、時代ですよね? 私、もっと前生まれです、よ」
「えっ!?」
思わず声を上げてしまった。そういえば、教えてくれた鳴神くんも「皿屋敷の話は他にもある」「番町皿屋敷が一番有名」って言っていたような……。
私は「そ、そうだったんですか……」と言うと、更科さんは大きく頷く。
「とある城で、使用人として、働いていましたけど……そのとき、花見の席でお殿様に、毒が盛られそうになった、んですよ……私も毒見をしていて気付き、慌てて訴えたので、未遂で終わったんですけど、お城はそのまま乗っ取られて、しまいました……」
「……これって、私が聞いて大丈夫なんですか? なんかおそろしい話に聞こえるんですけど」
「結構私の話、怪談の本には載っていますから。そのと、き、私も追い出されたお殿様に言われて、様子を伝えるために城で働いてましたけど……そのときお殿様の家宝のお皿を一枚隠されてしまったん……です。私は罪を擦り付けらえて、たくさん……痛い想いをしました」
鳴神くんもさらりと番長皿屋敷の話をしてくれたが、それもお世辞にもいい話ではなかった。そして更科さんが言葉を濁してしまったってことは、多分私が鳴神くんから聞いた話よりも怖い目にあったんだろうな。
更科さんは続けた。
「痛い想いも、怖い想いもしましたし……気付いたら、幽霊になって成仏できなくなって、ました……成仏できない、理由はよくわかりま、せんけど、多分納得できなかったん、だと、思、います」
「そりゃ……いいことしたはずなのに、冤罪を擦り付けられて殺されちゃったんだったら……」
「……多分、それが原因なんでしょ、うね」
更科さんはにこにこと笑った。
……笑うところって、あったっけ。私がカレーを更科さんの前に置くと、彼女は手を合わせた。
「報われた……いん、だと、思、います。だから、働いてるんだと、思、いま、す」
「もういいって、思わないんですか……?」
恐々と聞いてみたら、それでも更科さんは笑っていた。
「一度死んだんで、ほとんどの、ことは、怖くないです……それでも、陰陽師や大妖怪は怖、いですし、前の鳴神くんみたいな勘違いは、怖い、です……でも」
更科さんは私のつくったカレーをひと口食べた。途端ににっこりと頬を押さえた。
「心配して、くれるひとたちが、いて、帰れる場所、があって、この時代だと痛いことも怖い、ことも、してはいけないって言われているので、幸せ、です……成仏するまで、に、報われたら、いいなと思います。どうやったら報われるのか、まで、は、わからないですけど」
その言葉に、なにも私は言えなくなってしまった。
生前の彼女の悲しみやつらさは、私には申し訳ないけれど全部はわからない。そしてブラック企業で働いていても平気というのも鵜呑みにしていいかがわからない。ただ。
更科さんはこちらが思っている以上に、まほろば荘を信頼していて、私たちに気持ちを寄せているってことだけは、確認できた。
「本当に怖い、もう嫌って思ったら、逃げてくださいね?」
「はい、ありがとうございます。ああ、ビール、飲んで大丈夫ですか?」
「どうぞ」
「はい……わた、し、幸せですよ……」
そう言ってにこにこと彼女は笑った。
ひとの気持ちって難しいな。あやかしの中にも、神様や妖怪や幽霊のカテゴリーがあって、それぞれがちょっとずつ事情が違うみたい。
それこそ全部を全部、人間のルールに寄せてしまう訳にもいかないし、だからと言ってこちらも全部幽世のルールを押し付けられても困ってしまう。
少しずつ少しずつ、線引きを確認していくしかないんだろうな。
彼女が人間社会に心残りをなくせるように。彼女が成仏できるように。
私はそう思いながら自分もカレーをいただいた。
今日のカレーは成功のようだ。
「更科さんのこと、どうにかしたほうがいいと思ったんだけどな……なんの解決もできなかった……」
「うーん」
私がしょんぼりと肩を落としている中、鳴神くんがダウナーな声を上げる。
「俺は大家の仕事ってよくわかんないけど、これって大家のすることなのか?」
「私は代行だけどね……でも、店子さんが困ってたら相談に乗らないとだし。そしてヘビーな話だけれど、店子さんがやばいことになって、家賃払えなくなったらうちも困るから、店子さんの生活がまずくなりそうだったら、事前に話を聞けってさ」
「なるほどなあ……」
「でも日吉さんの言い方じゃ、私なんの役にも立てそうにないよう……どうしよう」
フラフラしながら働いているひとに、どんなことができるんだろう。私が廊下から夕陽を眺めていたら、鳴神くんがボソリと口を開いた。
「こういうのって、自己申告じゃないとどうしようもないと思う。それこそ更科さんが『助けて』と言わないと」
「でも……更科さん、それを言わないじゃない」
「でも小前田だって、言う相手を選ばないか?」
「ええっと……?」
鳴神くんの話の意図がわからずに戸惑っていたら、鳴神くんが続けた。
「例えば学校でトラブルが起こった場合、すぐに担任に頼るか? 警察や家族に頼らないのはなぜか?」
「ええっと……ケースバイケースだけれど、まずは友達に相談、それでもどうしようもなかったら、担任、、親、警察の順番になるのかな……」
「それでいいと思う。大家代行の小前田に頼るとなったら、よっぽどのことだから。小前田に必要なのは、頼れると思わせることで、有事の際に動くことだと思う」
「……それって、根性論にならない?」
「ならない。どちらかというと『なにかあったら相談に乗る』と事前に言っておいて、頼らせやすい方法を取ったほうがいい」
鳴神くんに言われて、私は自宅に戻って考え込んでしまった。私がやっているのは大家代行で、おばあちゃんの代理として仕事をしているけれど、就職とは全然違うもんな。
それに。鳴神くんに言われて気付いたけれど、私。
「……更科さんはどうしたいんだろう?」
彼女の意見をなんにも聞いていないから、一度彼女と話をしてからじゃなかったら意味がないんじゃ。
鳴神くんの言っていたことも思い返しながら、私は今日の献立を考えることにした。普段から買ったものばかり食べている更科さんをご飯の誘えたらいいなと思いながら。
****
お肉、玉ねぎと人参、じゃがいもはどうしよう。カレーをつくろうと思い立ったものの、独り暮らしだったらカレーをできる限りもたせたいんだけど、じゃがいもを入れているとカレーが傷むのが早い。でもじゃがいもを入れたほうがおいしいんだよなあ。
考え込んだ末、傷むのは嫌だなあと思い、代わりにマッシュルームを籠に放り込んだ。
買ったものをまほろば荘まで持って帰ると、それぞれ切って炒めてカレーをつくりはじめた。
お水を足して煮込んでいる間に、のろのろとした足取りの足音に気付いた。
今日はいつもよりも早いけれど、更科さんなようだ。
「お帰りなさい」
「あ、ただい、まです……」
早朝から出て行った更科さんは、やはり疲れているらしくフラフラだった。
私は「うーんと」と声をかけた。
「今日カレーなんですけど、ひとりだったら食べきれないんで、よろしかったらどうですか?」
「え……いいん、ですか……?」
「はい、よろしかったらどうぞ」
私が招き入れると、更科さんは持っている袋を恥ずかしそうに持ち上げた。中に入っているのはビールのようだ。私は「あー」と声を上げた。
「持ってきてもいいですよ」
「お、邪魔します……」
そのままうちに上がり込んできた。私は煮込み上がったカレーの材料に、パキンパキンとカレールーを割り入れる。
「そういえば、私実家のカレーをつくりましたけど、好きなお肉とかルーとかありましたか?」
「お、肉自体、あんまりたくさん食べませんから、豚も鳥も牛も、皆好きです」
「そりゃよかったです」
カレー自体は日本に入ってきたのは明治か大正かだったと思うけど、更科さんの場合は江戸時代文化のひとだから、もしかしたらお肉自体をそこまで多くは食べなかったのかもしれないな。
うちはおばあちゃんにならった豚バラカレーだけれど。更科さんの様子だったら大丈夫そうだ。
「今日もずいぶんと早くにお出かけでしたけど、お体は大丈夫ですか?」
「い、ちど、死んでますからね。フラフラはしてますけど、実はそこまで、悪くはないんですよ?」
「本当ですかー?」
「はい、本当、ですよ」
そう言いながら、更科さんは「ご飯、よそいますか?」と食器棚からカレー皿を二枚出してきた。私はルーをぐるぐるかき混ぜながら「お願いします」と頼むと、彼女はご飯を盛ってきたので、私はルーをぐるんとかけてあげる。
ふたりでのんびりと食事をしながら、私はふと気付いた。
「そういえば……更科さんはお仕事って……」
「わ、たしは……営業を、してますよ……楠さんと一緒ですね」
「そういえば、前も取引先からお菓子もらってきてましたよね」
「はい……つらいけど、楽しいです」
「うん? つらいのに楽しいんですか?」
いつもフラフラになっているものの、彼女からの思いがけない言葉に、私は目をぱちくりとさせた。それに更科さんはふわふわと笑う。
「は、い。楽しい、です」
「そりゃ楽しかったらいいんですけど……いつもフラフラになって出ていって帰って来てたんで……」
「お、仕事は、楽しいことだけじゃありませんし……もちろんこれが、人間時代だったら、もっと苦しいとか、辞めたいとか思っていたのかもしれませんけど……私も、成仏できないんで、働かないと……」
「……そういえば、更科さんってどうして成仏できないんですか……?」
素朴な疑問だった。
鳴神くんが教えてくれた逸話だったら番町皿屋敷のお菊さんは成仏したはずなのに、そのお菊さんのはずの更科さんは、今も成仏せずに、まほろば荘で働いている。理由がわからないんだったら、彼女に聞いても仕方がないような気もするけれど。
私の質問に、更科さんは「そうですねえ……」と首を傾げた。
「生、前は、怒られてばか、りでした……大事なお皿を割ってしまって……大事になってしまいましたし」
「それって……番町皿屋敷の……?」
「あれ? それって江戸、時代ですよね? 私、もっと前生まれです、よ」
「えっ!?」
思わず声を上げてしまった。そういえば、教えてくれた鳴神くんも「皿屋敷の話は他にもある」「番町皿屋敷が一番有名」って言っていたような……。
私は「そ、そうだったんですか……」と言うと、更科さんは大きく頷く。
「とある城で、使用人として、働いていましたけど……そのとき、花見の席でお殿様に、毒が盛られそうになった、んですよ……私も毒見をしていて気付き、慌てて訴えたので、未遂で終わったんですけど、お城はそのまま乗っ取られて、しまいました……」
「……これって、私が聞いて大丈夫なんですか? なんかおそろしい話に聞こえるんですけど」
「結構私の話、怪談の本には載っていますから。そのと、き、私も追い出されたお殿様に言われて、様子を伝えるために城で働いてましたけど……そのときお殿様の家宝のお皿を一枚隠されてしまったん……です。私は罪を擦り付けらえて、たくさん……痛い想いをしました」
鳴神くんもさらりと番長皿屋敷の話をしてくれたが、それもお世辞にもいい話ではなかった。そして更科さんが言葉を濁してしまったってことは、多分私が鳴神くんから聞いた話よりも怖い目にあったんだろうな。
更科さんは続けた。
「痛い想いも、怖い想いもしましたし……気付いたら、幽霊になって成仏できなくなって、ました……成仏できない、理由はよくわかりま、せんけど、多分納得できなかったん、だと、思、います」
「そりゃ……いいことしたはずなのに、冤罪を擦り付けられて殺されちゃったんだったら……」
「……多分、それが原因なんでしょ、うね」
更科さんはにこにこと笑った。
……笑うところって、あったっけ。私がカレーを更科さんの前に置くと、彼女は手を合わせた。
「報われた……いん、だと、思、います。だから、働いてるんだと、思、いま、す」
「もういいって、思わないんですか……?」
恐々と聞いてみたら、それでも更科さんは笑っていた。
「一度死んだんで、ほとんどの、ことは、怖くないです……それでも、陰陽師や大妖怪は怖、いですし、前の鳴神くんみたいな勘違いは、怖い、です……でも」
更科さんは私のつくったカレーをひと口食べた。途端ににっこりと頬を押さえた。
「心配して、くれるひとたちが、いて、帰れる場所、があって、この時代だと痛いことも怖い、ことも、してはいけないって言われているので、幸せ、です……成仏するまで、に、報われたら、いいなと思います。どうやったら報われるのか、まで、は、わからないですけど」
その言葉に、なにも私は言えなくなってしまった。
生前の彼女の悲しみやつらさは、私には申し訳ないけれど全部はわからない。そしてブラック企業で働いていても平気というのも鵜呑みにしていいかがわからない。ただ。
更科さんはこちらが思っている以上に、まほろば荘を信頼していて、私たちに気持ちを寄せているってことだけは、確認できた。
「本当に怖い、もう嫌って思ったら、逃げてくださいね?」
「はい、ありがとうございます。ああ、ビール、飲んで大丈夫ですか?」
「どうぞ」
「はい……わた、し、幸せですよ……」
そう言ってにこにこと彼女は笑った。
ひとの気持ちって難しいな。あやかしの中にも、神様や妖怪や幽霊のカテゴリーがあって、それぞれがちょっとずつ事情が違うみたい。
それこそ全部を全部、人間のルールに寄せてしまう訳にもいかないし、だからと言ってこちらも全部幽世のルールを押し付けられても困ってしまう。
少しずつ少しずつ、線引きを確認していくしかないんだろうな。
彼女が人間社会に心残りをなくせるように。彼女が成仏できるように。
私はそう思いながら自分もカレーをいただいた。
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