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とある令嬢の不幸な話 1
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セレストが家から出られなくなったのは、かれこれ三年前の出来事である。
義母のサラが呪われ、父はそれが原因で家に帰らなくなり、彼女の介護をほぼ彼女ひとりでしないといけなくなってしまったからである。
「嫌よ……お母様が呪われてしまったなんて……そんなこと知られてしまったら、もうわたくしたちの人生お先真っ暗じゃない……!!」
王立学園から休暇で帰ってきたライラが叫んだ。
さすがにそれにはセレストが窘めた。
「ライラ、お義母様に聞こえてしまうから。それ以上は静かになさい」
「だって……」
「あなたのお母様じゃない。それを言ったらお義母様が可哀想だわ?」
「でもお母様はわたくしよりもお姉様のほうが好きじゃないの」
「そんなことないわ」
何度言っても平行線のままだった。
しかし呪いのことは、どうしようもなかった。
****
オグレイデイ国に脈々と受け継がれる伝承。
かつてこの国は魔族により支配された土地であり、時の勇者によりこの国は人間の元に返され、現在のオグレイデイ国はその勇者の末裔により治められているという話。
しかし、これについてはいくつかの逸話は貴族ですら読むことが難しく、平民に至ってはほとんど知られていない伝承が存在している。
オグレイデイ国は魔族の支配により、土地だけでなく国民もまた魔族に冒されてしまったという話。時の勇者により土地は取り戻せたものの、肝心の国民たちひとりひとりにかけられてしまった魔族への隷属の呪いだけは、完全に解くことができなかったのである。
魔族は滅ぼした。しかし魔族の隷属の呪いだけは消えない。
あまりに人間から外れてしまった呪いの発症者たちは殺すしかなかったが、問題は隷属の呪いをかけられてもなお、人間の心のままの人々。
だからこそ、旅の仲間であった聖女により、その呪いは封印という形で抑えられた。
呪いというのも千差万別だ。風邪や切り傷、火傷の跡のように、ちょっとやそっとでは呪いと断定できない些細なものから、突然の石化や皮膚の鱗化、唐突過ぎる幽体離脱など。
本来ならばこれらの症状は全て神殿に行けば、神殿にいる神官や巫女の力によりきちんと解呪が施されるし、中には解呪を専門職とした解呪士が詰めているのだが。貴族たちは過去の逸話により、呪いについて忌み嫌うようになってしまったのである。
魔族に隷属しているなんて知られてしまえば、一族が全て殺されてしまうおそれがある。貴族同士の利害の不一致の場合、どちらかに呪いが発生したと告げ口してしまえば、それだけで族滅のおそれすらあった。
そうなることをおそれた貴族たちは、呪いの疑いのある者たちを徹底的に隠すようになってしまったのである。
本来、呪いは正しい解呪士に見てもらえば一発で解呪されて元の生活に戻れるもの。神殿にだって他言無用の令くらい存在するのだが、それらは無視されてしまった。
魔族に制圧されていたのは過去の話だ。
しかしこの国の民は今もなお、既に滅びた魔族の幻影に脅えきって生活していた。
****
セレストの義母であるサラは、セレストの母が亡くなった頃に父が再婚した人であった。
この国の娼婦は娼館で一旗あげるか、一芸を磨いて娼館から脱出するかの二択であり、サラはダンスの才能を磨き続けて、パトロンたちを得、貴族の目に留まって養子縁組された後にセレストの父の後妻に入ったのだ。
普通であったのなら、娼館上がりの女性は貴族の娘を隷属する話を盛られるのだが、サラとセレストはそんな義親子にはならなかった。
「なにがあっても落ち着いて。落ち着けば対処方法が見えてくるから」
彼女は足ひとつで成り上がった身だが、それだけではたくさんのパトロンも貴族の養子縁組の打診もなかった。
とにかく冷静で落ち着いた女性であり、成り上がりにありがちな見栄っ張りな性分も、己をひけらかす意地汚さも、過剰に自分をよく見せようとする自己愛もなく、それがセレストには魅力的に見えた。
なによりも。
サラがサロンを開き、貴族の夫人方と談笑する中、彼女が一番美しく品があったのを見て憧れていたのだ。彼女のようになりたいと。
サラはそんなセレストに、様々なことを教えた。
彼女はパトロンたちとどんな話題にでも対応できるよう、たくさんの本を読み、外国の流行を追い、舞台や物語にも精通していた。それらをひけらかすことなく、サラはセレストに本の選び方、読み方、流行の追い方を教えたのだった。
図書館に出かけ、司書に本を一日三冊選んでもらって、それを必ず一日で読み終えること。毎日通えば司書がどんどんおすすめの本を教えてくれるようになるから、それには必ず手に取るようにすること。中には面白くないもの、つまらないものにも当たるだろうが、自分には合わなかっただけだと割り切って、内容を知ることだけに努めること。
セレストは王立学園に通っていた際は図書館に通い、そこで婚約者と談話室で話をし、なるほどこういうことかと理解していったのだが。
彼女があと一年で卒業というときに、唐突に実家から呼び戻しがあったのである。
【母急病】
詳細は一切書かれず、それだけで心臓が痛くなり、馬車を走らせ、冒頭の顛末に至るのである。
義母のサラが呪われ、父はそれが原因で家に帰らなくなり、彼女の介護をほぼ彼女ひとりでしないといけなくなってしまったからである。
「嫌よ……お母様が呪われてしまったなんて……そんなこと知られてしまったら、もうわたくしたちの人生お先真っ暗じゃない……!!」
王立学園から休暇で帰ってきたライラが叫んだ。
さすがにそれにはセレストが窘めた。
「ライラ、お義母様に聞こえてしまうから。それ以上は静かになさい」
「だって……」
「あなたのお母様じゃない。それを言ったらお義母様が可哀想だわ?」
「でもお母様はわたくしよりもお姉様のほうが好きじゃないの」
「そんなことないわ」
何度言っても平行線のままだった。
しかし呪いのことは、どうしようもなかった。
****
オグレイデイ国に脈々と受け継がれる伝承。
かつてこの国は魔族により支配された土地であり、時の勇者によりこの国は人間の元に返され、現在のオグレイデイ国はその勇者の末裔により治められているという話。
しかし、これについてはいくつかの逸話は貴族ですら読むことが難しく、平民に至ってはほとんど知られていない伝承が存在している。
オグレイデイ国は魔族の支配により、土地だけでなく国民もまた魔族に冒されてしまったという話。時の勇者により土地は取り戻せたものの、肝心の国民たちひとりひとりにかけられてしまった魔族への隷属の呪いだけは、完全に解くことができなかったのである。
魔族は滅ぼした。しかし魔族の隷属の呪いだけは消えない。
あまりに人間から外れてしまった呪いの発症者たちは殺すしかなかったが、問題は隷属の呪いをかけられてもなお、人間の心のままの人々。
だからこそ、旅の仲間であった聖女により、その呪いは封印という形で抑えられた。
呪いというのも千差万別だ。風邪や切り傷、火傷の跡のように、ちょっとやそっとでは呪いと断定できない些細なものから、突然の石化や皮膚の鱗化、唐突過ぎる幽体離脱など。
本来ならばこれらの症状は全て神殿に行けば、神殿にいる神官や巫女の力によりきちんと解呪が施されるし、中には解呪を専門職とした解呪士が詰めているのだが。貴族たちは過去の逸話により、呪いについて忌み嫌うようになってしまったのである。
魔族に隷属しているなんて知られてしまえば、一族が全て殺されてしまうおそれがある。貴族同士の利害の不一致の場合、どちらかに呪いが発生したと告げ口してしまえば、それだけで族滅のおそれすらあった。
そうなることをおそれた貴族たちは、呪いの疑いのある者たちを徹底的に隠すようになってしまったのである。
本来、呪いは正しい解呪士に見てもらえば一発で解呪されて元の生活に戻れるもの。神殿にだって他言無用の令くらい存在するのだが、それらは無視されてしまった。
魔族に制圧されていたのは過去の話だ。
しかしこの国の民は今もなお、既に滅びた魔族の幻影に脅えきって生活していた。
****
セレストの義母であるサラは、セレストの母が亡くなった頃に父が再婚した人であった。
この国の娼婦は娼館で一旗あげるか、一芸を磨いて娼館から脱出するかの二択であり、サラはダンスの才能を磨き続けて、パトロンたちを得、貴族の目に留まって養子縁組された後にセレストの父の後妻に入ったのだ。
普通であったのなら、娼館上がりの女性は貴族の娘を隷属する話を盛られるのだが、サラとセレストはそんな義親子にはならなかった。
「なにがあっても落ち着いて。落ち着けば対処方法が見えてくるから」
彼女は足ひとつで成り上がった身だが、それだけではたくさんのパトロンも貴族の養子縁組の打診もなかった。
とにかく冷静で落ち着いた女性であり、成り上がりにありがちな見栄っ張りな性分も、己をひけらかす意地汚さも、過剰に自分をよく見せようとする自己愛もなく、それがセレストには魅力的に見えた。
なによりも。
サラがサロンを開き、貴族の夫人方と談笑する中、彼女が一番美しく品があったのを見て憧れていたのだ。彼女のようになりたいと。
サラはそんなセレストに、様々なことを教えた。
彼女はパトロンたちとどんな話題にでも対応できるよう、たくさんの本を読み、外国の流行を追い、舞台や物語にも精通していた。それらをひけらかすことなく、サラはセレストに本の選び方、読み方、流行の追い方を教えたのだった。
図書館に出かけ、司書に本を一日三冊選んでもらって、それを必ず一日で読み終えること。毎日通えば司書がどんどんおすすめの本を教えてくれるようになるから、それには必ず手に取るようにすること。中には面白くないもの、つまらないものにも当たるだろうが、自分には合わなかっただけだと割り切って、内容を知ることだけに努めること。
セレストは王立学園に通っていた際は図書館に通い、そこで婚約者と談話室で話をし、なるほどこういうことかと理解していったのだが。
彼女があと一年で卒業というときに、唐突に実家から呼び戻しがあったのである。
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