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第19話 お前らは「ブラザーズ」。ほんで俺は「ボス」だ。どうぞよろしく。
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「何だって?」
「蜂を飼うのさ。蜜蜂をね」
ブラウニーは狐に摘ままれたような顔をした。俺がまともな仕事をオファーするなどとは思わなかったらしい。
奴隷のようにこき使って苦しめる積りだと思っていたようだ。心外だなぁ。
「給料はちゃんと払うよ? 当たり前だけど。住む所もある。最初は狭いかな。ちょっとの間は我慢してくれ」
「待ってくれ。本気なのか?」
落ち着いたようなので、俺はブラウニーに杖を返した。
「本気だよ。力仕事はないし、走り回るような仕事でもない。杖を突きながらでも十分務まるさ」
「……」
口を開けたまま、ブラウニーは固まってしまった。言葉が出て来ないようだ。
「話だけ聞いてくれ。嫌なら断ってくれていい」
それから俺は、仕事の内容と労働条件、福利厚生、守秘義務など「労働協約」に定めるべき内容を説明した。
多分ブラウニーにはチンプンカンプンだったろうが、俺の本気は伝わった筈だ。誤魔化すつもりならもっと適当な話をする。
「俺達6人全員を雇ってくれる……んですか?」
「半ダースなら安くなるだろ?」
俺の渾身の返しは、残念ながら受けなかった。何だよ? 「1ダースなら安くなる」くらい見とけよ。
「何で……? 袋叩きにして、あんたを殺そうとした俺達を?」
「うーーん。俺の田舎じゃそういうのも『縁』って言うんだ。袖すり合うも他生の縁、てね」
今回のは腐れ縁の類だろうけどさ。それでも縁は縁だ。
「やり直す気があるんだったら、俺の所でやり直すってのは筋の通った話だと思うぜ」
人生で一番大きなしくじりは俺に手を出したことだからな。やり直すならそこからだろう。
「やり直す……? やり直せるものなんか、残ってるのか?」
ブラウニーは自分の両手を見る。
「一丁前のようなことを言うな。てめえらなんか駆け出しのミジンコだろうが。墓に入る1秒前まで人生は自分のものだ」
墓に入る一歩手前だった爺が言うんだから間違いねえぞ。しみったれた声を出すな。
「やってみもせず諦めるな! てめえの足で立ってみろ!」
杖に寄り掛かるのは仕方ないが、人様に寄り掛かるんじゃない。
「転がる場所は好きなだけ作ってやるから、転ぶならうちで転べや」
そこまで言うと、俺は連中に背中を向けて歩き出した。
「付いてくる気があるなら、表の馬車に乗れ」
来ない時はそれまでの縁だ。性根を据えて答えを出せや。
30分後、ぞろぞろと6人は表にやって来た。
「えっ? まだいたんですかい?」
「何分後とは言ってねえからな。で、どうする? 乗るのか、乗らねえのか?」
「……迷惑が掛かりますよ」
俺は面倒になって、ブラウニーの横っ面を張り飛ばした。
「上等だ、馬鹿野郎! 纏めてぶっ飛ばしてやるから、荷台に乗りやがれ!」
あー、やだやだ。男の馬鹿は嫌いだ。愚図はもっと嫌いだ。
「あの…。脚がこれなんで、一人じゃ無理です」
畜生め。いつもだったらアロー君に放り上げてもらうのに。今日はレンタルした荷馬車だから、普通の馬だ……ってこともないか。
「話付けるから、ちょっと待ってろ」
俺はそう言うと、馬車に繋がれた馬の所に行った。鼻面を撫でるふりをして、耳の穴に息を吹き込む。
「よーし、よし。良い子だ。悪いんだけど、あいつら荷台に乗せてくれる?」
そう言いながら、一旦ハーネスを外してやる。
「ぶるるぅ、ふしゅー」
名前は知らないが、老馬は聞き分けてくれたようだ。式を取り憑かせたからね。
「おい。食いつかれたくなければ、お馬さんの首にしがみ付け!」
「え? どうなってるんで?」
面食らう6人組を一人ずつ馬にしがみ付かせ、お馬さんに投げ上げてもらった。俺が抱き上げれば良かったって? 嫌だよ。むくつけき男共をお姫様抱っこなんかしたくないっての。
尻だの、腰だのをさすっている男たちに目もくれず、俺は老馬を繋ぎ直して御者台へと昇った。
「捕まってろよ! 馬車を飛ばすぜ! はいーっ!」
老馬は景気よく嘶くと、軽やかに走り始めた。
人生をやり直す奴らを乗せてるんだ。景気良く行くぜ――。
そう思ったんですが、街中なんで安全速度に落としました。調子に乗るとろくなことは無いです。
ぽく、ぽく、ぽくとのんびり馬車は拠点に到着した。
このお馬さんもいい子だったね。何ならうちの子になっちゃう?
「ひぃいいん、ぷるる」
何だよう。良いお返事じゃない? 買取交渉してみるからね。
「さて、お前ら、ここが俺の家だ」
と言っても、まだ荷台に座ってるんだけどね。降りるのはセルフ・サービスだよ。お尻でずりずり滑れば降りられるでしょ?
「はい。一旦整列! 労働協約で説明してあるんだけど、どうせお前ら聞いてなかったでしょ? だから、大切なルールを確認しておく」
俺は杖にすがり付いて整列したチンピラ達の顔を一人一人じっくり見ながら、列の前を往復して歩く。
「まず、俺のことは『ボス』と呼ぶように! 低い声がポイント高いぞ」
「……」
「次に、この家で見聞きしたことは門外不出だ。俺には秘密が多い。テイマーの秘術だとか、錬金術師の秘伝とか、陰陽師の秘儀とかな? 喋ったら死ぬよ?」
「うちの動物たちはお前らより格上だ。雑に扱ったり、馬鹿にしたりしないこと。逆らったら死ぬ可能性が高いからね」
あ、そうだ。
「お前ら6人で1チームな。チーム名は『ブラザーズ』だ。覚えとくように。以上だ」
「あの……」
代表格のブラウニーが質問して来た。
「ん? 何だ、ブラウニー?」
「俺達はこの小屋に寝泊りすればいいんスか?」
「ああ、そうだ。ちょっと狭いが、工夫しろ。そのうち増築してやる」
「いえ、今まではこの半分くらいの部屋で雑魚寝してたんで問題ありやせんが、家賃とかは……?」
「タダだぞ? どうせ、空き部屋だからな」
「そりゃどうも。中を見ても?」
「ああ。掃除はしてある」
式神がやってくれたんだけどね。ガランとしているが、清潔だろ?
チンピラ改めプラザーズは小屋に入ると、足を引きずりながらあちこち見て回った。
「おぉ」とか「あぁ」とか聞こえて来る声は、気に入っているものと思いたい。
「どうだ? 住めそうか?」
「ありがとうございます、ボス!」
ブラウニーが杖を放り出して土下座した。異世界にその風習あるの?
「あっしらみてぇなもんに、こんな住処を用意してくれてありがとうございます。ありがとうございます……」
「え? あれか? 気に入ったか? それならいいんだ」
ブラウニーが持ち上げた顔は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。
「台所も、ベッドもある。暖炉のある家なんて住んだことはありやせん。冬が来るのが楽しみになるなんて……」
この世界の庶民生活を甘く見ていたな。そうか。貧乏人の家では暖炉なんか使えないか。薪代がね……。
「ゴホン! 食料は表の馬車に積んである。薪は小屋に用意してあるやつを使え」
水は庭の泉から掛け流しで台所まで引き入れてある。アロー君のお裾分けね。
「へい。何から何まで……」
よろよろと床から立ち上がったブラウニーが頭を下げた。まともに扱われるとは思っていなかったようだ。
「それからそこにあるガラス瓶」
「これですか?」
「我が家特性の健康飲料だから、全員1本ずつ飲め」
「へ、へい」
テーブルの上に置かれた瓶を手に、ブラウニーは不思議そうな顔をした。今更そんなものを飲ませてどうするのだと、考えているのだろう。
「体を丈夫にして、しっかり働いてもらうためだ。害は無いから安心しろ」
蓋を開け匂いを嗅いでいたブラウニーだったが、意を決して瓶の中身を飲み干す。身構えなくても本当に健康飲料だから。
ちょっと式を混ぜただけの。
「よし、仕事は明日からだ。今日は勝手に食事を執って休め。俺は母屋に戻る」
ブラウニーに続いて全員が「スポドリZ」を飲み干したことを見届けて、俺は小屋を後にした。
「明日になれば、杖が要らなくなってるだろう」
部下が全員足を引き摺っていたんじゃ、こっちの気が咎める。やったの俺だし。
寝ている間に膝を治療しておこう。
「蜂を飼うのさ。蜜蜂をね」
ブラウニーは狐に摘ままれたような顔をした。俺がまともな仕事をオファーするなどとは思わなかったらしい。
奴隷のようにこき使って苦しめる積りだと思っていたようだ。心外だなぁ。
「給料はちゃんと払うよ? 当たり前だけど。住む所もある。最初は狭いかな。ちょっとの間は我慢してくれ」
「待ってくれ。本気なのか?」
落ち着いたようなので、俺はブラウニーに杖を返した。
「本気だよ。力仕事はないし、走り回るような仕事でもない。杖を突きながらでも十分務まるさ」
「……」
口を開けたまま、ブラウニーは固まってしまった。言葉が出て来ないようだ。
「話だけ聞いてくれ。嫌なら断ってくれていい」
それから俺は、仕事の内容と労働条件、福利厚生、守秘義務など「労働協約」に定めるべき内容を説明した。
多分ブラウニーにはチンプンカンプンだったろうが、俺の本気は伝わった筈だ。誤魔化すつもりならもっと適当な話をする。
「俺達6人全員を雇ってくれる……んですか?」
「半ダースなら安くなるだろ?」
俺の渾身の返しは、残念ながら受けなかった。何だよ? 「1ダースなら安くなる」くらい見とけよ。
「何で……? 袋叩きにして、あんたを殺そうとした俺達を?」
「うーーん。俺の田舎じゃそういうのも『縁』って言うんだ。袖すり合うも他生の縁、てね」
今回のは腐れ縁の類だろうけどさ。それでも縁は縁だ。
「やり直す気があるんだったら、俺の所でやり直すってのは筋の通った話だと思うぜ」
人生で一番大きなしくじりは俺に手を出したことだからな。やり直すならそこからだろう。
「やり直す……? やり直せるものなんか、残ってるのか?」
ブラウニーは自分の両手を見る。
「一丁前のようなことを言うな。てめえらなんか駆け出しのミジンコだろうが。墓に入る1秒前まで人生は自分のものだ」
墓に入る一歩手前だった爺が言うんだから間違いねえぞ。しみったれた声を出すな。
「やってみもせず諦めるな! てめえの足で立ってみろ!」
杖に寄り掛かるのは仕方ないが、人様に寄り掛かるんじゃない。
「転がる場所は好きなだけ作ってやるから、転ぶならうちで転べや」
そこまで言うと、俺は連中に背中を向けて歩き出した。
「付いてくる気があるなら、表の馬車に乗れ」
来ない時はそれまでの縁だ。性根を据えて答えを出せや。
30分後、ぞろぞろと6人は表にやって来た。
「えっ? まだいたんですかい?」
「何分後とは言ってねえからな。で、どうする? 乗るのか、乗らねえのか?」
「……迷惑が掛かりますよ」
俺は面倒になって、ブラウニーの横っ面を張り飛ばした。
「上等だ、馬鹿野郎! 纏めてぶっ飛ばしてやるから、荷台に乗りやがれ!」
あー、やだやだ。男の馬鹿は嫌いだ。愚図はもっと嫌いだ。
「あの…。脚がこれなんで、一人じゃ無理です」
畜生め。いつもだったらアロー君に放り上げてもらうのに。今日はレンタルした荷馬車だから、普通の馬だ……ってこともないか。
「話付けるから、ちょっと待ってろ」
俺はそう言うと、馬車に繋がれた馬の所に行った。鼻面を撫でるふりをして、耳の穴に息を吹き込む。
「よーし、よし。良い子だ。悪いんだけど、あいつら荷台に乗せてくれる?」
そう言いながら、一旦ハーネスを外してやる。
「ぶるるぅ、ふしゅー」
名前は知らないが、老馬は聞き分けてくれたようだ。式を取り憑かせたからね。
「おい。食いつかれたくなければ、お馬さんの首にしがみ付け!」
「え? どうなってるんで?」
面食らう6人組を一人ずつ馬にしがみ付かせ、お馬さんに投げ上げてもらった。俺が抱き上げれば良かったって? 嫌だよ。むくつけき男共をお姫様抱っこなんかしたくないっての。
尻だの、腰だのをさすっている男たちに目もくれず、俺は老馬を繋ぎ直して御者台へと昇った。
「捕まってろよ! 馬車を飛ばすぜ! はいーっ!」
老馬は景気よく嘶くと、軽やかに走り始めた。
人生をやり直す奴らを乗せてるんだ。景気良く行くぜ――。
そう思ったんですが、街中なんで安全速度に落としました。調子に乗るとろくなことは無いです。
ぽく、ぽく、ぽくとのんびり馬車は拠点に到着した。
このお馬さんもいい子だったね。何ならうちの子になっちゃう?
「ひぃいいん、ぷるる」
何だよう。良いお返事じゃない? 買取交渉してみるからね。
「さて、お前ら、ここが俺の家だ」
と言っても、まだ荷台に座ってるんだけどね。降りるのはセルフ・サービスだよ。お尻でずりずり滑れば降りられるでしょ?
「はい。一旦整列! 労働協約で説明してあるんだけど、どうせお前ら聞いてなかったでしょ? だから、大切なルールを確認しておく」
俺は杖にすがり付いて整列したチンピラ達の顔を一人一人じっくり見ながら、列の前を往復して歩く。
「まず、俺のことは『ボス』と呼ぶように! 低い声がポイント高いぞ」
「……」
「次に、この家で見聞きしたことは門外不出だ。俺には秘密が多い。テイマーの秘術だとか、錬金術師の秘伝とか、陰陽師の秘儀とかな? 喋ったら死ぬよ?」
「うちの動物たちはお前らより格上だ。雑に扱ったり、馬鹿にしたりしないこと。逆らったら死ぬ可能性が高いからね」
あ、そうだ。
「お前ら6人で1チームな。チーム名は『ブラザーズ』だ。覚えとくように。以上だ」
「あの……」
代表格のブラウニーが質問して来た。
「ん? 何だ、ブラウニー?」
「俺達はこの小屋に寝泊りすればいいんスか?」
「ああ、そうだ。ちょっと狭いが、工夫しろ。そのうち増築してやる」
「いえ、今まではこの半分くらいの部屋で雑魚寝してたんで問題ありやせんが、家賃とかは……?」
「タダだぞ? どうせ、空き部屋だからな」
「そりゃどうも。中を見ても?」
「ああ。掃除はしてある」
式神がやってくれたんだけどね。ガランとしているが、清潔だろ?
チンピラ改めプラザーズは小屋に入ると、足を引きずりながらあちこち見て回った。
「おぉ」とか「あぁ」とか聞こえて来る声は、気に入っているものと思いたい。
「どうだ? 住めそうか?」
「ありがとうございます、ボス!」
ブラウニーが杖を放り出して土下座した。異世界にその風習あるの?
「あっしらみてぇなもんに、こんな住処を用意してくれてありがとうございます。ありがとうございます……」
「え? あれか? 気に入ったか? それならいいんだ」
ブラウニーが持ち上げた顔は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。
「台所も、ベッドもある。暖炉のある家なんて住んだことはありやせん。冬が来るのが楽しみになるなんて……」
この世界の庶民生活を甘く見ていたな。そうか。貧乏人の家では暖炉なんか使えないか。薪代がね……。
「ゴホン! 食料は表の馬車に積んである。薪は小屋に用意してあるやつを使え」
水は庭の泉から掛け流しで台所まで引き入れてある。アロー君のお裾分けね。
「へい。何から何まで……」
よろよろと床から立ち上がったブラウニーが頭を下げた。まともに扱われるとは思っていなかったようだ。
「それからそこにあるガラス瓶」
「これですか?」
「我が家特性の健康飲料だから、全員1本ずつ飲め」
「へ、へい」
テーブルの上に置かれた瓶を手に、ブラウニーは不思議そうな顔をした。今更そんなものを飲ませてどうするのだと、考えているのだろう。
「体を丈夫にして、しっかり働いてもらうためだ。害は無いから安心しろ」
蓋を開け匂いを嗅いでいたブラウニーだったが、意を決して瓶の中身を飲み干す。身構えなくても本当に健康飲料だから。
ちょっと式を混ぜただけの。
「よし、仕事は明日からだ。今日は勝手に食事を執って休め。俺は母屋に戻る」
ブラウニーに続いて全員が「スポドリZ」を飲み干したことを見届けて、俺は小屋を後にした。
「明日になれば、杖が要らなくなってるだろう」
部下が全員足を引き摺っていたんじゃ、こっちの気が咎める。やったの俺だし。
寝ている間に膝を治療しておこう。
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