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第25話 それぞれの戦い

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 WO-9に勝算がまったく無かったわけでは無い。彼はまだオーバードライブ2を温存していた。
 最新のテクノロジーであるOD2は、通常のODよりもさらに高速での機動を可能とする。

 鍵は神経系統のバイパスである。

 サイバースクワッド隊員の肉体は、もちろん生身の人間ではない。ロボットやアンドロイドと呼ばれる人造人間と同等の機構である。
 唯一の生体組織である脳と生化学的にリンクしているところが、違いであると言えた。

 したがって、いかに高性能の人工ボディーであっても「神経伝達速度」を超えては機動できないという限界が存在した。ODは神経による命令を受け取ってからの動きを電気的に制御して、高速運動を行うという仕組みをマシンの限界を超えて加速させたものであった。

 OD2ではこれを更に進化させた。

 脳からの命令を神経回路をバイパスして、初めから電気的信号として処理する。そのためには命令内容をあらかじめモジュール化し、「走る」「殴る」「蹴る」などの定型パターンとして登録する必要があった。

 OD2の使用は定型パターンにおいてのみ可能であり、使用中は脳による直接制御が不能になるというトリッキーな機能であった。一旦発動した行動は取り消しできないのだ。

 当然ながらOD2は「単発の動作」にしか使えない。まさに一瞬だけの必殺技であった。

 最後の瞬間にOD2を炸裂させ、相手を圧倒して勝利する。

 すべてはその瞬間を実現させるというゴールから「逆算」して積み上げなければならなかった。そのためには……。

<アンジェリカ! 頼む。OD2を使えるように、「道」を示してくれ!>
<ODの使い過ぎの上に、OD2を重ねるというの? 体がバラバラになっても知らないわよ!>
<それしか道が無い。これがボクの切り札ウィニング・ハンドだ!>

 アンジェリカはWO-9のAB(人工頭脳)領域をオーバーヒートさせる勢いで演算を行った。

<演算終了! 最適パターンをVRモニターに示します! 成功確率は60%よ!>
<十分だ! 道があるなら渡り切って見せるさ!>

 WO-9の眼前に赤い線が描かれた。その細い線が魔人の懐に飛び込むための道。
 何があってもその道を逸れることはできない。

 人類の存亡をかけた綱渡りが始まった。

 ◆◆◆

 残り2体。

 既に90体近い魔物を倒して来たWO-2であった。徐々に王城から引き離され、最後に残った2体は森の中にいた。

(時間を取らせやがって、1分で片づけるぜ)

 そうは言っても森の中で超音速飛行はできない。出来るだけ素早く木々を縫って走ることしかできなかった。

(いた!)

 2体のうちの1体を直線上に視認した瞬間、WO-2は噴射装置ブーツを起動し、一瞬で魔物目掛けて体当たりした。

 ソニック・ブームと激突の衝撃音がほとんど1つに重なり森を揺らした。
 熊型の魔物は吹き飛ばされ、大木に激突した。背中から血を流しながら、地面を転がる。

 追い打ちを掛けようとしたWO-2は脳天に走る頭痛に、一瞬よろめいた。

(何だ? 頭痛だと?)

 生身の体が無いWO-2には血圧の変動が無い。頭痛など感じたことが無い。サイボーグとして生まれ変わって以来。

 そんなことより、先ず魔物の止めだと気を取り直し、ODを起動して魔物の背後に立つ。

「チェックメイトだ」

 レイガンを首に突き付けて、至近距離から首を断ち切った。
 地響きを立てて魔物の巨体が地面に倒れた。

(どういうことだ? なぜ、頭痛が? ……魔核の影響か?)

「ちっ! 面倒な話だぜ」

 顔をしかめつつも、WO-2は脳波通信でアンジェリカを呼び出した。

<アンジェリカ、報告がある。ついさっき、一瞬だけだが頭痛を感じた>
<それは魔核の影響と考えられるわね。噴射装置ブーツの使用を中止して頂戴>
<アンジェリカ、ここまで来てそれは今更だぜ>

 WO-2は皮肉な笑みを浮かべた。

<こうなることは覚悟の上で魔核なんて物を体に仕込んだんだ。ジタバタするのは止そうぜ>
<これ以上魔核を使用すれば、いつ脳細胞が回復不能のダメージを受けるかもしれないのよ>
<理解の上さ。その時は頼んだ通り、サイバネティック器官のスイッチを切ってくれ>
<……わかったわ。無理はしないでね>

(無理しないで済むものならな)

 最後の言葉を飲み込みつつ、WO-2はODのスイッチを入れた。

(残るは1匹。待っていろよ、スバル!)

 音を立てるのも構わず、WO-2は最後の魔物がいるポジションまで一直線に突っ走った。
 茂みを突き破り、枝をへし折りながら、僅かたりともスピードは落さない。

(いた!)

 茂みの向こうに、トラ型の魔物が見えた。
 WO-2が立てる物音に反応して、正面から火球を飛ばそうと口を開いている。

(へっ! そんなところにオレはいねえよ!)

 魔物の口から火球が音を立てて放たれた。

 ゴボォオオー!

(待ってろ、スバル! 後は飛んで行くだけだからな!)

 WO-2は噴射装置ブーツのスイッチを入れた。
 薄暗い森を白昼の明るさに変え、WO-2の踵が火を噴く。瞬時に越える音速の壁は、轟音と振動のみを森の中に残す。

 火球が飛んで来た位置にはガラス化した地面しか残っていなかった。

「Grrrrr」

 空中に鼻先を突き出し、WO-2の気配を魔物は探した。

「探さなくても、今パパがハグしてやるぜ。ベイビーちゃんよ!」

 500メートル上空から一気に急降下したWO-2は、そのままの勢いで魔物の背中にぶち当たり、脇に腕を入れて抱え上げた。

「ほら。高い、高ーいだ。楽しいだろう?」

 勢いそのままに魔物を抱いたまま、WO-2は急上昇する。行く先は高度5000メートルの上空だ。
 足元からは飛行機雲コントレイルが青空に白い線を引く。

 魔物は背中のWO-2に噛みつこうと首を捻るが、体の構造的に届かない。
 振りほどこうにもWO-2の両腕は胸に回されているのではなく、わきの下から「魔物の体内」に突きこまれていてほどけない。

「Gwaaaww!」

「おー。楽しいか―? うん? 何だ、もう降りたいのか?」
「Gyaaaaww!」

 苦痛に叫ぶ魔物を、WO-2はあっさりと宙に放り出した。

「難しい年頃だな。じゃあ、1人で帰りな? 地獄へよ!」

 重荷を捨てたWO-2はWO-9のビーコンを目指して、さらに加速する。

<WO-2、飛ばし過ぎよ!>
 
 アンジェリカが警告する。

<へへ。堅いこと言うなよ。ようやく慣らし運転が終わったところさ。これからが面白くなるんじゃねえか?>
<WO-2!>

<人違いだぜ。俺の名前は……ブラスト爆発だ!>

 魔物が大地に激突し、粉々に砕け散った時、ブラストは高度1万メートルを飛ぶ流星になっていた。

 ◆◆◆

 チェスのめ手を1手ずつ指し進めるように、WO-9は黒い魔人への距離を一歩ずつ詰める。その一歩のために命を削りながら。

 既にわき腹と肩に、火球を受けている。サイバネティック・ボディに痛覚は無いため痛みに苦しむことは無いが、被弾のダメージは動きの精確さとスピードをダウンさせた。

<最接近成功確率は現在40%よ>
<悪くない。ブラストのカラオケよりマシじゃないか?>

 今また続けざまに放たれた火球を体すれすれにかわし、タックルを外すクォーターバックのように体を捻りながらステップを踏む。
 合間に撃つレイガンは、魔人の皮膚を僅かに削った。

<硬い奴だ。魔力って奴は本当に厄介だな>

 その魔力を飛ばして、魔人は土魔法を操った。WO-9の足元の土が足首に纏わりついて来る。

「くっ!」

 ここでOD2を使うわけにはいかない。WO-9は苦し紛れにレイガンで足元を狙い撃つ。

「糞っ!」

 相変わらず痛みはないが、土魔法を吹き飛ばす代償に自分で足首にダメージを与えてしまった。
 疾走するスピードが10%落ちる。

<今ので成功確率が20%に下がったわ。接近パターンを微調整……変更終了>
<OKだ。問題ない。多少ダンスのステップが複雑になっただけさ>

 WO-9は損傷を無視して疾走を続ける。微妙にぶれる重心をその都度立て直して修正しながら。

(後2歩!)

 至近距離から放たれた火球を跳び上がってかわしながら、WO-9はレイガンを狙い定めた。

「GaaAAAA!」

 その瞬間、魔人が口を大きく開けて白熱した炎を吐き出した。身を捩って避けようとしたWO-9だが、よけきれずに右手の肘に着弾する。

 ドーン!

 爆発と共に熱と衝撃がWO-9を襲う。さしものサイバネティック・ボディも至近距離からの魔法に耐えきれず、肘は破壊され、二の腕があらぬ方向にぶら下がった。

 バランスを崩したWO-9は魔人に近付けずに、地面に叩きつけられた。

<最接近確率ゼロ。失敗よ!>

「Gufgh」

 魔人はにやりと笑い、止めを刺そうと口を開けた。
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