飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

文字の大きさ
158 / 694
第4章 魔術学園奮闘編

第158話 虹の彼方に「ナーガ」はいた。

しおりを挟む
 面談は終わったが、ステファノは留め置かれた。1人取り残された応接室に衛兵がやって来るまで、ステファノはイドの鍛錬に時間を費やした。
 四六時中イドの繭を発動しているステファノには、もはや瞑想も念誦ねんじゅも必要なかった。「考え事」をすることと同じレベルで、イドを操作することができる。

 イドの操作にはイメージが大きく影響する。そのことをステファノは実感してきた。

 自分が持つ魔力に対する色のイメージ。光紐、縄、蛇という細長く伸びるイメージ。手を包む盾のイメージ。そして「ヘルメスの杖」という合成のイメージ。

 それらを体系化することに、ステファノは挑んでいた。「自分だけの魔法」、その入り口にステファノは立っていた。

 交流電圧の魔法を会得して以来、ステファノは「陰」と「陽」の両極というイメージに引かれるようになった。「陽」に「始原/生成」を象徴する「赤」を当て、「陰」に「終焉/消滅」を象徴する紫を当てた。

 これをイド発動の基本に置く。

「手を動かす」という具体化の発想に結びつけて、ステファノは右手の盾を「始原」、左手の盾を「終焉」とする型を思いついた。これを基本系として、左右に帯びる盾の色を切り替える。基本が決まれば応用が広がるのだった。

 両手を「赤」に、あるいは「紫」に染める。あるいは「橙」、「黄」、「緑」、「青」、「藍」という中間の色を選択する。組み合わせは多様に存在した。

 右手に7色、左手にも7色。すべての色を組み合わせる総パターン数は49種あった。

 その数は「いろは」47文字に「あ行のえ」と「ん」を加えた49文字と一致して、ステファノを面白がらせた。

 衛兵を待つ間の時間つぶしに、ステファノは「イドの色」と「いろはの文字」を対応させる遊びに夢中になった。

「赤+赤=い」
「赤+橙=ろ」
「赤+黄=は」
「赤+緑=に」
「赤+青=ほ」
「赤+藍=へ」
「赤+紫=と」
「橙+赤=ち」
「橙+橙=り」
「橙+黄=ぬ」
「橙+緑=る」
「橙+青=を」
「橙+藍=わ」
「橙+紫=か」
「黄+赤=よ」
「黄+橙=た」
「黄+黄=れ」
「黄+緑=そ」
「黄+青=え」
「黄+藍=つ」
「黄+紫=ね」
「緑+赤=な」
「緑+橙=ら」
「緑+黄=む」
「緑+緑=う」
「緑+青=ゐ」
「緑+藍=の」
「緑+紫=お」
「青+赤=く」
「青+橙=や」
「青+黄=ま」
「青+緑=け」
「青+青=ふ」
「青+藍=こ」
「青+紫=エ」
「藍+赤=て」
「藍+橙=あ」
「藍+黄=さ」
「藍+緑=き」
「藍+青=ゆ」
「藍+藍=め」
「藍+紫=み」
「紫+赤=し」
「紫+橙=ゑ」
「紫+黄=ひ」
「紫+緑=も」
「紫+青=せ」
「紫+藍=す」
「紫+紫=ん」

 右手と左手に魔力の色を帯びさせる「型」を、「いろはうた」にあわせて1文字ずつ行っていく。
 繰り返し、繰り返し。

 やがて「文字」そのものが「型」になる。「い」の型、「ろ」の型……。
 色は溶けあい、切り替わる速さを上げて行く。赤から紫に向かうグラデーションは光のパレットとなる。

 色は外側から渦を描いて中心に向かい、中心から始まって外へと渦巻く。ついに……。

「わあー」

 ステファノの眼前に真円が現れた。外側を赤、中心を紫に彩られた終わりなき「虹」であった。それはまるで自らの尾を咥えた蛇のような始まりと終わりなき永遠の連環であった。

「失礼するぞ」

 2名の衛兵がドアを開けた先に見たのは、1人の少年が立ち竦み、感動に涙する姿であった。

「どうした?」

 いぶかる声はステファノの耳に入らなかった。

 魔法師ステファノは攻防一体の盾「虹の王ナーガ」を手に入れた。

 ◆◆◆

「どうして人を襲ったんだ、お前は? あん? 金目当てか?」

 衛兵隊の詰め所に連れていかれたステファノは「容疑者」として頭ごなしに尋問された。

「そもそもどういうお話でしょうか? 教えて頂かないと答えようがないのですが」

 直接対決を恐れてジローが出て来るはずがない以上、いかなる嫌疑も単なる「茶番」に過ぎなかった。ステファノは「嫌がらせ」は平気だと言ったが、必要以上につき合ってやる義理もない。

「なぜ俺が人を襲ったと言えるのか、その根拠を示していただけますか?」
「偉そうなことを言うな! 訴えが出てるんだ」
「どこの誰が、どう訴えているんですか? それを知らなければ答えようがありません」

「お前がそんなことを知る必要はない! 聞かれたことにちゃんと答えろ!」
「もうお答えしましたよ。必要なことを教えて頂けなければこれ以上お答えすることはありません」

「ふん。粋がるんじゃない。神妙に答えないのであれば、家には帰さんぞ」
「そうですか。じゃあ寝ますので、寝台に案内してください」
「ふざけるな、馬鹿者! まだ取り調べは終わっていない!」

「では、ここで寝ます」

 ステファノは腕を組んで目を閉じた。イドを練り、鎧を纏う。その上で風魔法を練り、耳の周りで音を遮断した。
 実際に寝たわけではないが、これで衛兵が何をしようとステファノには届かなくなった。

 叫ぼうと殴ろうと、ステファノに触れることはできない。

 それを良いことに、ステファノは「虹の王ナーガ」を脳裏に呼び出してその性質を探った。

 ステファノがインデックスを呼べば「ナーガ」は眼前に展開する。切れ目のない7色は始まりも終わりもない連環としてそこにあった。

(『い』の型)

 ステファノが求めれば、「赤」+「赤」の魔力が励起される。これは「始原」最初期の型である。
 炎より前にあるエネルギーであり、熱そのものである振動であった。

 それは「色なき光」にして「炎なき熱」。

 ステファノにはイデアを呼ばなくてもわかっていた。これは火魔法ではなく、「熱」そのものを呼ぶ魔法であった。

「赤の外」をステファノは得た。

「ナーガ」とは法を守護する蛇の王。7つの頭を持つ蛇はすなわち「虹」の7色を表わし、光と魔力を統べる存在であった。

「おい! 起きろ、貴様! 起きんか!」

 大声を出そうと、恫喝しようと、衛兵の声はステファノには届かない。
 あるかなしかの笑みに唇の端を持ち上げた顔は、怒鳴り散らされても表情を変えない。

「ふざけるな!」

 焦れた衛兵が胸ぐらをつかもうと手を伸ばしたが、その手はステファノの襟を掴めなかった。池を覆う氷の表面を撫でたように、指は空しく空を切る。

「何だ、こいつは? 起きろ、貴様!」

 大きく拳を振り上げたところで、衛兵はその手首を掴まれた。

「お前さん、やりすぎだぜ?」

 斜視の小男がそこにいた。

「さっきから見てたがよう。こいつぁ見過ごせないぜ。それ以上やるなら、オレがお前を縛る」
「うう……」

 力を込めているようには見えないが、衛兵は身動きが取れない。いや、腕を振りほどき少年を殴りつけようとしたのだが、掴まれた腕はびくともしなかった。

「どうするよ? 縛られたいか?」

 白髪交じりのもじゃもじゃ頭。小男の風采は全く上がらなかったが、そんなこととは別の迫力が男の声に含まれていた。

 言ったことはやる。言葉には意思があった。

「わ、わかった。わかったから手を離せ!」
「小僧には手を出すなよ?」
「わかったと言っただろう!」

 小男が手を離すと、衛兵は掴まれていた手首を胸元に抱いた。
 体は小柄なくせに、とんでもない握力で掴まれていたのだ。

「そこをどいてもらおう。取り調べとやらは俺が代わる」
「そうはいかん。オレは頼まれ……訴えを受けている」

 じろりと、小男が衛兵を舐めるように見た。

「訴え書きを出してみろ」
「それは……」
「ないんだろうが? 言っておくが、嘘を吐けば職権乱用でお前をしょっ引くぜ?」

 衛兵は視線を外した。

「正式な訴え書きはまだない。口頭の訴えだ」
「では、小僧を留め置く理由はないな。一応話だけは俺が聞いておいてやる。それで良いな?」
「ぐっ。わかった」

 これ以上事を荒立てては本当に自分の進退問題になると判断した衛兵は、取り調べの席を明け渡して去って行った。

「……小遣い稼ぎも結構だが、ちゃんと仕事しやがれ。おい、小僧! 起きろ!」
「……」

 明け渡された椅子に横座りし、胡麻塩頭の小男がステファノに声を掛けたが、やはりステファノには届いていなかった。

「閉じこもってやがる。おとなしそうな顔の割に良い根性してるぜ」

 何を考えたか、小男はごそごそと靴を脱ぎ始めた。

「こいつはどうかな? 10年物の革靴だぜ?」

 脱いだ革靴をステファノの鼻先に持って行く。

「……。んぷっ! うはっはっ? 臭さっ!」

 ステファノは眼を見開いて、のけ反った。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第159話 王立アカデミーへようこそ。」

「これを持っていれば当校魔術学科の生徒であることが証明されます。なくさないように」
「これが……。ありがとうございます」

 受け取るステファノの手が細かく震えた。アリステアの目は震えを捉えていたが、何も言葉にはしなかった。

「授業は明日からです。時間割などの授業要領はあちらで係の者から受け取りなさい。そこで入寮の注意も受けられます」
「はい。わかりました」

「ステファノ、王立アカデミーへようこそ。当校は学びの道を志す者を歓迎いたします」
 
 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

転生先は上位貴族で土属性のスキルを手に入れ雑魚扱いだったものの職業は最強だった英雄異世界転生譚

熊虎屋
ファンタジー
現世で一度死んでしまったバスケットボール最強中学生の主人公「神崎 凪」は異世界転生をして上位貴族となったが魔法が土属性というハズレ属性に。 しかし職業は最強!? 自分なりの生活を楽しもうとするがいつの間にか世界の英雄に!? ハズレ属性と最強の職業で英雄となった異世界転生譚。

詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

【完結】魔法大戦 〜失われた古代魔法で無双する!〜

加瀬 一葉
ファンタジー
 王立魔法学校。高等部に編入してきた冴えない生徒ラフィト。エリートが集うこの学校で、辺境出身のラフィトは落ちこぼれの劣等生なのだが……。  実は彼は、失われたはずの古代魔法を操る一族の末裔。魔族の脅威が増す時代に、ラフィトは人類を救うことができるのか?  過去と現在が交錯する、魔法ファンタジー。

貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…

美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。 ※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。 ※イラストはAI生成です

処理中です...