飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

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第4章 魔術学園奮闘編

第215話 強く撃つだけが魔術ではありませんね。

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「内輪向けの実力」として見せる火魔術はどうやら格好がついた。ステファノは魔力発動体としてのどんぐり投擲を仕上げるつもりでいた。

「どんぐりつぶてでは5点くらいの威力を示そうかと思います」
「属性は何にする気だ?」
「考えたんですが、土属性が一番普通に見えるんじゃないかと」

 水蛇も氷獄コキュートスも特殊過ぎる。水魔術は避けるべきだと思った。
 風魔術も無風陣スタシスが異質すぎて却下。雷は接触だけに限定するつもりであった。

「光は到底見せられんな」
「あれは威力がないからダメかと思っていたんですが」
「光の繭が敵を包み込むなどという魔術が他にあるわけなかろう。あれこそ研究心を引きつける」

 ステファノの術はどれもオリジナルばかりなので、マリアンヌ学科長の関心を引きやすい。土魔術は数少ないまともな魔術の1つであった。

「5点止まりにするつもりなら、標的を揺らす程度に威力を抑えろ。間違っても天井まで吹き飛ばしたりするなよ?」

 手加減を求めるドリーであったが、ステファノには実は勝算があった。
 以前は20メートルの距離があったので、「届かせるために」魔力を十分籠める必要があった。

 今回は半分の10メートルだ。自然と魔力を抑えて発射できる。

「やってみます。許可をください」
「5番、土魔術。発射を許可。任意に撃て」

 ステファノは左手のひらにどんぐりを載せ、人差し指と親指をつなぐ。
 右手も説法印を作り、こちらは左手の横で垂直に立てた。

 ぴーと空気を切って、どんぐりが飛び出す。

 標的直前で質量を増したどんぐりは胸の中央に着弾して、ずどんと重い音を立てた。

「的中2点、発動3点、威力1点。トータル6点」

 標的を引き寄せるまでもなく、ドリーが宣言した。

「うーん。威力はあんなものかな。発動にもう少し時間を掛けたら良いでしょうか?」
「そうだな。魔力を練る感じで一呼吸置けば良いのではないか」

 およそ魔術訓練中とは思えない会話を交わすステファノとドリーだった。

 その後10回ほどどんぐりを飛ばして、ステファノは手加減を物にした。

「お陰様で、丁度良い威力という物がわかってきました」
「それでも生徒にしては上の部類だからな。それを忘れるなよ」

 ドリーはステファノが調子に乗って手の内を見せすぎることを心配していた。

「はい。気をつけます」

「内輪向けの実力」は対策ができたと見て、ステファノは「公式向けの実力」を練習することにした。

「『公式用』に水魔術の練習をさせてもらって良いですか?」
「攻撃としては実用にならないレベルに抑えるのだったな」

「良かろう。距離はこのままで良いな? 5番水魔術。発射を許可する。撃て」

 ステファノは2、3秒魔力を練っているように見せる時間を置き、両手を伸ばして水魔術を発動した。
 手の先から噴き出た水は放物線を描いて標的まで飛んだが、最後は散って飛沫になってしまった。

「これでどうでしょう?」
「ふん。平凡な失敗例だな。生活魔法としてなら使えるレベルだ。丁度良いだろう」
「真面目な話、大分手加減を覚えました。強く撃つだけが魔術ではありませんね」

 籠める魔力の大きさと術の威力との関係を正確に知ることも、術者として大切なことであった。

「他所でそんなことは言うなよ。嫌味に聞こえるからな」

 普通の人間は少しでも大きな威力を得ようと、工夫と努力を積み重ねているのだ。ステファノのセリフはあてこすりに聞こえるだろう。

 それからの時間、標的までの距離を20メートルに戻して、ステファノは「縛」の魔術を磨いた。

「ドリーさん、ここで魔術以外の術を使うことは許されますか?」
「どういうことだ? 弓矢や投擲術の類か?」
「イドを飛ばす術を思いついたもので」

 遠当ての術では空気にイドをまとわせて飛ばしていたが、あれには土魔術を使った。今度は魔術を使わずにイドだけを飛ばそうという着想である。

「ふうむ。そうなると私にはまったく理解できんな。少なくとも禁止項目には入っていない。危険な術ではないのだな?」
「はい。標的を縛るだけの術なので、失敗したところで害はありません」
「ならば良いだろう。あー、何という術だ?」

 ステファノは一瞬考えた後、口角を持ち上げた。

「術の名は、『水餅みずもち』です」
「はあ? ふざけた名だ。5番、水餅。発射を許可する。撃て」

 ステファノは気を落ちつけて標的と向き合った。魔術を使わないとなると20メートルの距離は遠い。
 礫を放つとしても思い切り投げる必要があっただろう。

 杖があれば長さと遠心力が味方してくれるが、ここにはない。イドを飛ばすためには投げつけるしかなかった。

 ステファノは投げつけるためのたまをイメージした。おにぎりを作るように両手で空間を作り、そこにイドを満たす。掴み、投げつけられるほどの密度と硬さ。

 興味津々にステファノの所作を見詰めるドリーであったが、その目にはステファノの両手が作った空間しか見えていない。

(だが、何かある。空気が歪み、淀んでいる……)

 ステファノは右手に握ったイドの球を振りかぶり、標的に向かって投げつけた。

 ステファノの腕が振り切られた瞬間、ドリーには透明な水しぶきが宙に散ったように見えた。

 一方、ステファノ自身には飛んで行くイドが観えていた。始原の赤に染まった球は、物理法則を無視して一直線に標的目指して飛んで行く。
 勘だけで投じた球は、若干右上に逸れていた。このままでは標的に当たらない。

「広がれ!」

 思わずステファノが叫ぶと、イドの球が標的の手前で弾けた。

 ヒトデのように5本の触手を伸ばしたかと思うと、標的に引っ掛かった触手がイド全体を引き寄せて標的に絡みついた。

 ずんと音を立てて、標的が揺れ、静かになった。

「これで終わりか? 危険はないのだな?」

 念を入れたドリーは土魔法で標的を引き寄せた。

「当たったのだろうが、判定のしようがないな。これは触っても大丈夫か?」
「はい。多分べたべたすると思います」

 何も変わって見えない標的に、ドリーは恐る恐る指先を伸ばした。その胸の辺りに指が触れると……。

「うおっ! 何かあるな。何だこれは? 押せば押し返して来る。確かに餅のような……」

 名前の通り水につけた餅を触ったような触感と粘り気をドリーは感じた。

「これは……切れないし、引っ張っても外れんな」
「はい。鳥もちのようなものと思ってもらえば」
「お前の意思で外せるのか?」
「本質はイドなので、俺の意思次第で消えてなくなります」

「わかった。もう消して良いぞ」

 ドリーは腕組みをして考え込んだ。

「聞いたことのない術だ。伯父が使っているのを見たこともない」
「俺の師匠なら多分同じことができますよ」
「今の魔術界にはない技だと思って良いな。目に見えないのでは防ぎようがない」
「殺傷力はありませんけど」

 なおもドリーは考察を重ねる。

「こいつで鼻と口を塞いだらどうなる?」

 打撃力がなくとも手で鼻と口を抑えれば、相手は窒息する。

「ここまで物質化させると、息はできなくなると思います」
「やはりそうか。使い方によっては殺傷力があるということだ」
「なるほど。そこまでは考えませんでした」
「『水餅』が殺人技だと言っているのではないぞ? 濡れ手拭いでも人は殺せるからな」

 だからといって手拭いを取り締まる法はない。あくまでも使い方の可能性である。

「盾をかざされたらどうなる?」
「物陰に入られたら効きませんね。投げたものを動かすこともできないので、大きく動かれれば躱されるでしょう」

「なるほど。完全無欠の技というわけではないか。しかし、目に見えんところが曲者だな」

 ドリーは見えざる鳥もちの厄介さを想像した。

「初見ではまず対処できまい」
「この技はどちらかというと接近戦での使用を想定しています」

 ステファノは杖術を使いながらイドを飛ばす使い方を説明した。

「それは……予測できんな」

 杖を避けた、あるいは受け止めたつもりでも目に見えない鳥もちが襲ってくる。二段構えの攻撃ということだ。

「攻撃がそのままフェイントになっているとは、実にいやらしい技だ」

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第216話 塾で教えるのは魔術ではありません。」

「たぶんその頃、『私塾』を開くことになります」
「私塾だと? そこでお前の師匠が教えるのか?」
「定かではありませんが、指導を願うことはできると思いますよ」

「それは……楽しみなことを聞いた」

 ドリーはステファノの言葉に微笑んだ。

「この年になって魔術の新境地に挑めるとはな」

 それを聞いて、ステファノはこの人には話して良いだろうと思った。

「塾で教えるのは魔術ではありません」
「何だと?」

「それを『魔法』と言い、世界を貫き万物を律する法を表します」
「魔法? 魔術と何が違うのだ?」

 その問いに、ステファノは静かに立ち上がり、椅子から離れて床に胡坐をかいた。
 
 ……

◆お楽しみに。
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