猫の夢

鈴木あみこ

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初めてのデート

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 一気にテンションが上がって無意識に十色の手を握り、引っ張って駆け足で飛び込んだ。
「十色! 見て見て! 可愛いでしょ? このコート」
 ネットの広告で見たファーコート。よかった! まだあった。サイズはSしかないけど、私は十分着れる。
 アイボリーかピンクベージュか迷う。
 防寒を考えて、いつもはロング丈だけど一枚はショート丈のも欲しい。だって着合わせしやすいでしょう?
 十色に聞いたら「どっちも似合うよ」って甘い笑顔で言われて、顔から湯気が出るかと思った。
 うわ~。完全なるバカップル!
 熱い熱い。手で顔をパタパタ仰ぐ。
 平日だけど、若い女の子で賑わうそのショップの中では、ぬるい視線が私たちに注がれる。顔が真っ赤だろう事は鏡を見なくてもわかる。穴があったら入りたいって、初めて思ったかもしれない…。
 コートの他に帽子も欲しい。
 小顔効果のあるニットキャスケット。トレンドのケーブル編み。冬っぽいオリーブ色が欲しかったけど、陳列されてるのはブラックだけ。ちょっとガッカリしたけど、3割引なら購入決定。

 会計で気が付いた。
「お金下ろしてない…」
 財布を覗いて小銭をじゃらじゃら出して、何とか足りた。
 気が付いたら十色が居なくて…。紙袋を下げてショップから出て見渡したら、パティオガーデンの前で立っている姿が見えた。
 壁にもたれて軽く足を投げ出して…。周辺には遠巻きに十色を見てるだろう女性達の姿もちらほら。
 こうして見ると、本当に美人イケメンだ。
 ジェンダーレス男子って聞いた事あるけど、こんな感じなんだろうね。メイクなくてあのクオリティ。視線が集まって当たり前だと思う。
 周りの女性達の視線を一身に浴びても十色はどこ吹く風で、まったく気にする素振りもなく視線は斜め上を見ている。

 注目を浴びている十色に声をかける事を戸惑って、暫く眺めてみたけど、私まで十色を眺めていても埒があかないので視線の集まる先に足を進めた。
「待たせてごめんね」って言って、目が会った瞬間、花もほころぶような笑顔で私を見つめた後、自然に手を繋がれた。
「恥ずかしいよ」
 真っ赤になって訴えたら「直、真っ赤、可愛い」
 って言われて腰を引き寄せられて、頬をぺろっと舐められた。

 えっ! 舐めた~~~!?

 びっくりしすぎて足から力が抜けそうになった。
 混乱して言葉もでない。仕方ないから又、寄り添って体重を預けた。
 突然、私の髪に顔を埋めて「直、良い匂い。好き」って甘い声で囁いた十色。

 なに!?~~~~。

 私は水から上がった魚のように、声も出せずパクパクしながら十色を見上げた。
「まかっか、かわいい」
 くすくす笑いながら、きゅうっと抱きしめられて、失神しそうになった。


 私は十色しか見ていなかったし、歩き始めてからは恥ずかしくて目線は足元だったから気付かなかった。
 パティオガーデンのガラス越し、まさに私たちの直ぐ後ろに咲江が座っていて、目を見開いて真っ赤な顔で私達を見ていたなんて。
 十色が咲江と目線を合わせながら、私の髪に顔を埋めて、いつもの柔和な笑顔を隠し、刺す様な視線で咲江を見ていたなんて。

 その後、咲江が病院以外の外出は、まったくといっていいほどしなかった事や、赤ちゃんを産んだ後も、ほとんど実家には帰ってこなかったらしい事もまったく知らなかった。

 ***

「直、次はどこ行くの?」
「パティオガーデン行きたかったけど、お金なくなっちゃたから…どこ行こうか?」
「行って見たい所はないの?」
「あ! 近くにイングリッシュガーデンがあるの。今の季節は行った事ないから行ってみたい! ちょっと歩くんだけどね、今日は暖かいからいいよね?」
「ボクは歩くの好きだから、いいよ。歩こう」

 ショッピングセンターを出て10分ほど歩くと、溢れるような緑が見える。同じ敷地内には小さいながらも本格的な結婚式場があり、バラの咲く時期は幸せそうな人達で込み合っている。
 イングリッシュガーデンは常に無料開放されていて自由にはいれるが、エントランスには花の管理費として善意で集められる募金箱が備え付けられているので、入場料の代わりにお財布の底の最後の100円をコトンと入れた。

 ピンクのツルバラがちらほら残るバラのアーチを潜ると、別世界が広がる。
 今の季節は花が少なくて残念なんだけど、春になればチューリップ。クロッカス、パンジー、ビオラが所狭しと咲き乱れ、初夏は色とりどりのバラの花が咲き誇る。
 梅雨の季節は雨に濡れた緑が輝くように揺れ、カタツムリや雨蛙が顔を出す。
 真夏は来た事がないんだけど、涼しくなると秋のバラが再び咲き始め、ツリガネソウや、ダリアといった優しげな秋の色で包まれる。
 冬に近づく今の季節は少し寂しく物悲しい雰囲気はあるけれど、高くなった青空に赤とんぼが舞い、赤く色づいた木々が風にざわめき、清清しく心が晴れるようだった。
 アイアンのアーチを潜ると、ピラカンサが赤い小さな実をたわわに実らせ、グリーンフェザーが風に揺れて、まるで物語の世界に迷い込んだような気持ちになる。そのままロックガーデンに沿って歩くと、小高い丘の上のガゼボに辿り付き、カメラを構えていたりスケッチブックを持っていたりする人達が秋を楽しんでいた。

 楽しくて心が弾んで、無意識に十色の手を引っ張って花や植物達の説明をしながら歩く。
 振り向くと必ず十色と目が合って、十色は眩しそうに目を細めて笑った。
 恥ずかしくて顔が真っ赤になったのが分かって、下を向いた私の頭を十色はぽんぽんぽんと3回叩くと今度は十色が私の手を引いて歩き始めた。

 ゆっくりと景色を楽しみながら進むと、池のほとりにキッチンカーが見えて、近づいてみるとソフトクリームを売っていた。
「食べたいの?」と、十色に聞かれて「体、冷えちゃうから」と、断ったけど本当はお金ないから買えないんだよね。十色はお金持ってなさそうだし…出してとも言えない。
 池に近づくと鯉が気持ち良さそうに泳いでいて、ぱしゃんと跳ねた。

「座りたい…」
 今日は随分歩いた。コートと帽子しか入っていないはずの紙袋が、やたらと重く感じはじめる。
「疲れた?」
「ん…少しね」
 十色に体を引き寄せられて体重を預ける。
「帰る?」
 耳に届いた柔らかいテノールに少し寂しくなったけど…。
「もう少し居たいけど、限界…かな?」
「OK」
 十色にぐっと抱き寄せられたような気がして、そのまま意識を無くしてしまった。

 ***

 すっと目が覚めたら自室のベッドの上だった。
「私、欲求不満だぁ」
 なんて夢見たんだよ。
 頭を抱えベッドの上で真っ赤になって丸くなる。
 凄く楽しかった。
 思い出すと心臓がドキドキして止まりそうになる。
 顔もにやけている事が分かって、恥ずかしくて布団をかぶった。

 でも、自己嫌悪にも陥る…。

「私は、夢でないとデートも出来ないんだ…」

 やっぱり神様は不公平だと思ったけど、思いがけないデートにくすくす笑えた。

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