アリーシャ・ヴェーバー、あるいは新井若葉と、歴史の終わり

平沢ヌル

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4章 システム

4章7話 敗北 *

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【????年??月??日 システム ループ12578】

 介入レベル4に到達。第38監視塔への侵入者を確認。
 広域防衛システム作動。



【新帝国歴1130年4月25日 アリーシャ、あるいは若葉】

 これは、この戦場において、私がヴォルハイム陣営の後方でどんなことをしていたかって、その話から始める必要がある。

 戦場での救護医療体制の充実についての助言と調査、それからその他の科学的な見識を活用した助言を行うことになった私だけど、戦闘開始の初期段階でできることは、大砲の着弾の統計を取り、その補正について助言することぐらいだった。
 と言ったところで、精密な火薬量制御なんて行われていないし、照準も怪しいから、すぐに活かせる知識なんてない。とりあえずはデータを取ることに専念していた。これは思ったよりずっと、地道で成果の出ない作業だった。
 それでも、大砲はこの作戦で、最重要な位置を占めていた。大型災厄には新型銃すら効かないし、小型災厄も一体一体倒しているには数が多すぎる。前線部隊の役目は専ら、遺構周辺を哨戒する災厄を刺激して、大砲の着弾位置まで誘導することだ。そして、そこに砲兵部隊が砲弾を叩き込む。そう、味方に当てないように。
 戦況は混沌としていたが、この部隊はそれでも戦果を上げていた。小銃の一撃では倒れない中型や大型災厄でも、大砲が命中すれば確実に破壊することができるし、うまいこといけば多数の小型災厄を巻き込める。誘導さえ十分なら、時間はかかっても確実に撃破数を増やすことができていた。

 これで、勝てるかもしれない。私はそんな錯覚に陥っていたと思う。

 だって少し考えてみてほしい。私はきちんと考えるべきだったのだ。この話を、元の世界の現代人の感覚で考えてみたら、ちょっと不思議に思うんじゃないかと思う。
『災厄の攻撃手段って、本当にそれだけなの?』って。
 ここまで災厄が使ってきていたのは、あくまで近世レベルの戦闘手段で対処できるような戦い方だった。こんなメカを自在に操れるような文明に依拠したなんらかの主体が、それ以外の攻撃手段を用意していないのか、って。

 私は、甘く見ていたと思う。
 私は、私達の誰も、気が付かなかったのだ。
 戦闘の最中に、遺構の頂上部付近で、形を変えているものがあることに。
 硝子質の立方体の一つが、ゆっくりと開いていっていた。その中から出てきたのは、反射鏡のようなもの。
 何かがおかしいことにやっと私が気がついたのは、その中央部に光が集まっていっているのを目にした時だった。

 遺構の砲門から放たれた光の一撃は、真っ直ぐに前線の一点に向かっていき、そこで爆発した。
 運悪く着弾地点にいたリヒャルト様旗下の部隊員13名、ツィツェーリア様旗下の部隊員8名が、瞬時に激しい熱傷を負い、犠牲となった。その光景に、味方の部隊は茫然となり、攻撃の手を完全に止めてしまった。
 進軍が止まったのを確認したのか、戦場に展開していた災厄は遺構へと後退を開始し、やがて姿を消した。
 ヴォルハイム同盟側の、遺構周囲に展開していた全部隊もまた、後方陣地へと後退した。人的被害という側面では、普通の戦場と比べて多かったとは言えない。しかし、今までに見たことのない攻撃を受けた兵士達は一様に意気阻喪していて、言葉少なだった。



【新帝国歴1130年4月27日 アリーシャ、あるいは若葉】

 そして私は、戻ってきていた。ヴォルハイムの陣営から、リヒャルト様の陣営に。一時の余裕ができて、やっと抜けてくることができたためだ。
 リヒャルト様の軍装はあちこち汚れていたし、あちこちが擦り切れた様子があったものの、幸い彼自身が熱線を浴びたということはなかったようだった。

「……リヒャルト様」
 私は、躊躇いがちにその名前を呼ぶ。こんな長いこと主君を放ったらかしていたのは、もしかしたら許されることではないのかもしれない。
 リヒャルト様は手で顔を覆ったまま、動かない。
「……勝てるわけがない」
 リヒャルト様は低い声で呟いた。
「あんなの。槍だろうと、剣だろうと、新型銃だろうと、大砲だろうと。不可能だ」
「…………そんなこと」
 私はそう言った。正直、何がそんなことなのか分からない。

 それでも、彼がそう思ってしまったら困るのだ。皆は一様に意気阻喪していた。指揮官が落ち込んでいたら、誰も何もできない。なんとかして、元気付けなければ。たとえ、虚しい一言であっても。

「あれが、魔法でなければ。科学技術によって生み出されたものであれば、必ずどこかに弱点があります。エネルギーは無限ではないから」
 そう言って、私はリヒャルト様に、躊躇いつつ手を伸ばす。
「大丈夫です。あなたなら。必ず、対処できます」
 私の手が彼に近づいて、そして。

「……嘘ばっかり、吐くな」
 掠れた声。
 私の手は、素早く払い除けられる。

 それから口を開いたリヒャルト様の口調は、ぞっとするほど冷たかった。
「お前は動揺していないな、あの攻撃自体には。まるでああいうものがあることは、元々知っていたような口振りだ。……あんな兵器の存在を、お前は知っていたのか?」
 彼は私を一瞥して、言葉を続ける。口調だけじゃなくて、その視線ももう、冷たい。
「常人であれば、あれを見てなお、対処できる、なんて発想は出てこない。まあ、常人ではないんだろう。だが、相手の攻撃力が度を超えていることを把握しているかどうか、それは話が別だ。……お前は、何を知っている? 災厄について。あるいは、あの攻撃手段について。何か話していないことがあるんじゃないか? 無いとは言わせない、あるだろう」

『まあ、常人ではないんだろう』
 私はその言葉が、無性に悲しかった。

 私の前世。こんな突拍子もない身の上話を、それでも信用してくれたリヒャルト様。私は確かに、別の世界の人間としての記憶、それに由来するアイデンティティを持っている。だけど、前世でだって、こんな風に信じてくれた人がいたなんて思えたことはなかった。
 その彼が、今はもう私を信じてはいない。
 私はリヒャルト様に、どんな害意も持っていない、悪意なんてない、はずだった。でも、多分違う。私は、元の世界のことを全部、彼に話していたわけじゃなかった。この世界の発展レベルに『合わせてやっていた』だけだった。それが、人の生死を左右する問題かもしれなかったのに。

 私は、破れかぶれで口を開く。
「……私は、あの攻撃を予想することはできなかった。できていなかった」
 それは、予想することは不可能だったという意味なのか。予想することは可能だったが、しなかったという意味なのか。
「遺構への攻撃行動によって、何が起きるのかは分からなかった。私たちの誰も。甘く見ていたのは皆同じです……それでもリヒャルト様、あなたは今回の攻撃に不賛成でしたね」
 彼はそうだった。不確定要素への疑問を呈して、ヴォルハイム側からは弱腰を痛罵され、侮辱されていた。
「私は、権力なんて持ったことないし、そんな責任が伴う決定なんて、したことないですけど。……今回は、それが必要だった、多分。不確定要素と言ったって、その帰結が人的犠牲だってことは明らかだった。こうであるべき理想に惑わされて、全貌の見えない敵に向かって突っ込んでいくことは、一番してはならないことだった」
 リヒャルト様は黙っている。私は、彼の顔を見ることはできない。
 脆弱な槍。その通りだろう。だが、そんなことは問題じゃなかったはずだった。貧弱な手段で自分より強い相手に立ち向かうのに、自分の戦力を過大評価するのは自殺行為でしかない。

 あの二人、マクシミリアン殿下とツィツェーリア様の言葉。
『人間は、災厄に勝たねばならない。単純なことだ』
『男の役目は、女が踊る舞台を作ること』
 それらは確かに、一種の理想を体現していた。私も一部では同意した、というかそれに魅了されていたんじゃないかと思う。私はリヒャルト様を弱腰呼ばわりするヴォルハイム側の人々に、少なくとも内心ですら異議を唱えることをしなかった。
 なんで? どうして?
 私は、ランデフェルトじゃなくて、ヴォルハイムの臣下になりたかったの?
 そうじゃない、そうじゃなくて。多分私は、悔しかったんだ。リヒャルト様とは、絶対に対等になれない。だったらせめて、もっと認めて欲しい。臣下としてよりも、もっと、ずっと。彼の上に立つヴォルハイムの力を利用したとしても。
 その渇望に際限なんてない、だから自分の気持ちが歪んでしまっても、そんなことには気付けない。

『お前には絶対に勝てないから』
 なんて、言ったんだった、この人はそれでも。なんで、どうして。私のしてきた提案は、取り返しがつくものだった、今までずっと。ヘロンの蒸気機関も、蠟管式蓄音機も、その他の全て、何もかも。絶対に間違えられない、撤回もできない選択を一瞬で下さなければならないような問題じゃない。
『今回の作戦には、お前は同行しなくていい。自分の安全を最優先し、帰国してくれていい』
 それは、彼の心からの言葉だった。自分の判断に自信が持てないことまで含めて。
『あんな兵器の存在を、お前は知っていたのか?』
 私は、知っていた。もちろんあれと同じものじゃない、でも、あれよりもっと酷い惨禍をもたらす兵器があることを知っていた。

「……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい」
 私は、もう、謝ることしかできない。
 部隊員の死亡、13名。少なく聞こえるかもしれない、でもランデフェルトは小国で、しかも彼らは災厄特化の精鋭部隊員。これは手痛い損失だった。それに彼らは、リヒャルト様の前で死んでいる。
 涙すら涸れて、出てこない。刺すような感情に支配されながら、その場を退出する以外に、私にはできることがなかった。
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