アリーシャ・ヴェーバー、あるいは新井若葉と、歴史の終わり

平沢ヌル

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4章 システム

4章10話 侵入

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【新帝国歴1130年5月28日 アリーシャ、あるいは若葉】

「…………!」
 人の背丈ほどの黒っぽい機械に音もなく彼は忍び寄り、死角に回り込んで、ケーブルを切断し、仕留める。その戦い方は王侯貴族や騎士よりも、むしろ暗殺者のようだ。
「……すごい」
 私は呟く。
「そんなことない。……敵が弱すぎる」
 リヒャルト様だ。
 タブレットの起動からちょうど10日後になる。私たちはあの『遺構』の内部にいた。



【新帝国歴1130年5月21日 アリーシャ】

 ここで、話を少し過去に戻したい。
 あのタブレットは、あの遺構の管理者権限を証明するものらしかった。ということは、タブレットの利用者として登録されたらしい私であれば、遺構に攻撃される危険無しに近づけるかもしれない。そういうことで、七人委員会の面々に談判し、許可を得ることができていた。これはつまり、私一人であの遺構に入って戻ってくることを意味している。

 しかし、それだけで話が済まなかった。その出立前に、私はリヒャルト様の居室に呼び出されていたのだった。

「まずは、謝罪したい。済まなかった、私の落ち度だ」
 私の顔を見据えてリヒャルト様は言う。
 夕刻に近づいていた。大きな窓から強い光が差し込んでくる。この館は山の上に立っているのでヴォルハイム大公国の首都の景色が一望できる。リヒャルト様は窓を背にして立っているので、その顔を良く見ることはできない。
「え……いえ。じゃなくて、謝られるようなことは」
「きちんと謝罪させて欲しい。お前には酷い事を言った」
 その言葉で心の中に広がった何かを、私は上手く表現することができない。
「いいの……いいんです。私も、酷い事を言いました。大丈夫、なんて。それじゃ済まされないのに、亡くなった人と、戦わなければならない人にとっては」
 リヒャルト様とは違って、こういうことを口にするとき、私は視線を落としてしまう。万事において堂々としていない、私の悪いところだ。
 しばらく黙っていた後、リヒャルト様は再び口を開く。
「それから、もう一つの案件だ。今回の遺構侵入には、私を同行させてくれ」
「……え」
 これには、即座に返事をしかねた。遺構の管理者権限があるタブレットの所有者なら、災厄には攻撃されずに済むだろう。多分、そうだろうと思う。
「……危険です。同行者まで攻撃されないかは分かりません。一人であれば、より危険は少ない。そうだと思います」
「それを持っていけば本当に安全かも分からないだろう」
「それは、そうですが。……リヒャルト様にもしものことがあったら、公国はどうなるのですか。マクシミリアン様のように」
「お前を一人行かせて、帰って来なかったら私はどうしたらいい? マクシミリアンのように」
 リヒャルト様は、マクシミリアン、と呼び捨てにしている。ヴォルハイム家の人々に対する従順な態度はあくまで、表向きだけのことらしい。
「……それは。そんなことは」
「マクシミリアンの救出、あるいは遺骸探索も任務に含まれるのだ。お前一人では荷が勝ちすぎる」
 リヒャルト様はそこで一度言葉を切り、それから続ける。
「私の我儘だ、一緒に行かせてくれ。お前が知っているというその世界、それが災厄に関係しているなら、私も目に入れておきたい。理解できるかどうかは分からないが。……それにな」
 そして、彼は笑うのだ。
「もう一つ、我儘だ。今回の作戦では、私は形無しだ。一つぐらい戦功を挙げて帰らねば、今後の指揮に影響する」



【新帝国歴1130年5月28日 アリーシャ、あるいは若葉】

 現在の、遺構内部での出来事に話を戻そう。
「おかしいと思わないか? 件の兵士の証言と矛盾している」
 同じ遺構内部でマクシミリアン隊を襲った災厄の話だった。新型銃部隊への執拗な攻撃で彼らは壊滅していたはずだ。現在遺構の中で確認できている災厄は、そんな攻撃行動を示してはいない。それは単に、タブレットの恩恵かもしれなかったが。
「……ほら。エックハルト様のお話によると、新型銃の射手を災厄は狙ってくるらしいですから。それと関係があるかもしれませんよ」
 私はそんなことを言ってみた。

 新型銃を使って戦場で活躍していたエックハルト様だが、いざ敗走となった時には、それを戦場に捨てていった。そして捨てた新型銃を災厄の一体が回収していった、というところまで、エックハルト様は目撃していたらしい。

「以前リンスブルックの工房を狙ってきたのも、新型銃自体が狙いか。……推論をあまりに広げるのは危険か。お前はどう思う」
 リヒャルト様は呟くと、私に尋ねる。
「……分かりません」
 私は正直に答える。
「新型銃が非常な威力を発揮するものであることは間違いがありません。災厄相手の戦闘よりむしろ、人間相手の戦争で。あの銃のおかげで恐ろしいことになるかもしれません。……だけど、災厄を作っている技術はそれより高い。狙う理由が分からない。こんな技術は、前世の世界にもなかった」
「…………」
 リヒャルト様は振り返って、私の方を鋭い目で見つめている。
「以前にもお話した通り、私の前世の世界にも『災厄』と似たような機械はありました。だけど、もっとずっと、ずっと原始的なものだと思います。前世の世界では、それこそ時計のようなもの、人間社会を支えるために存在する道具に過ぎないものでした。それが人間の文明全体に攻撃を仕掛けるとか、それは知らない。『災厄』を構成している技術は、私が元いた世界の技術より高い。だから、災厄について、私が確信を持って言えることはありませんでした。……だけど」
 
 ちゃんと説明しなければならない。なぜ私が、遺構の砲門の一撃の威力を見ても驚かなかったのか。私の世界には、どんな兵器が存在していたのか。

「……一度に大量の人間を殺す兵器なら存在していました。あの砲門より、ずっと威力が高い。比べ物にすらなりません。一つの都市、それどころか一つの国家すら、一瞬で壊滅させられてしまう」

 十九世紀に飛躍的に発展した人を殺す技術は、それから二十世紀にかけて大量殺戮の手段を人類に提供するようになる。核兵器はその最たるものだ。

「……そんなもの、取り扱えるのか? 時の為政者に」
 リヒャルト様は疑問を口にする。もっともな話だった。
「取り扱えません。敵対する大国間ですら、お互いに使わないことにしていたのです。一度それを許せば、お互いを完全に滅ぼしてしまう」

 これは、核戦争における相互確証破壊と呼ばれる概念だ。冷戦の最中の核軍拡競争にあって、なぜ人類が滅亡せずにすんだのか、その回答でもある。だが、だからと言って正解であるとは言い切れない。

「だけど恐ろしい、相手に出し抜かれるのは。それで、使わない兵器を大量に生産しては溜め込む、そうして世界を何回も破壊し尽くせるほどの兵器が作られました。それに、野心を抱く小国家もやがてその兵器を手に入れ始めた。……おかしいですよね」

 彼は、どう思うんだろうか? 私たちの歴史の、どうしようもなく狂った側面を。

「誰も死にたくないのに、死にたくないからこそ、相手を確実に殺せる手段を洗練させていく。文明が進展すればするほど、内包する自滅の危険性は上がっていき、狂気じみたものに変わっていく。にも関わらず、自分たちがより賢くなっている、過去の人間たちのように愚かな選択は取らないと思い込んでいる。技術の進展によっては人間は賢くならないんです。だけど、殺されるわけにはいかない。それでも」

「……なんだか、すごい世界で生きてきたんだな」
 リヒャルト様は頭を掻いている。私は首を振った。

「そんなことはないんです。今のはあくまで、究極的な状況が実現したらどうなるか、という話。日々の生活はごく平穏なものでした。科学と技術の正の側面を享受して私たちは生きていた。その負の側面は見て見ぬ振りをして」

 これは正直、かなり微妙な話だ。私の考え方には多分に私見、もっと言えば偏見が混じってくるのは避けられないし、リヒャルト様がどう感じられるかも分からない。私はこの論理において、自分なりの中庸を形成しなくては。

「それは、しょうがないんです。人間の力は小さなものです、世界の問題を一人の力で解決するなんてできるわけがない。一人の人間には、自分の生活をより良く、幸せなものにする義務があります。だけど、その歯車が噛み合っていって、誰もその先を見る人がいなければ、どこに向かって行ってしまうのか分からない」

 この辺まで話して、私は自分の話が、本来言いたかったことから完全に逸れていたことに気が付く。
「……とにかく。遺構が作られた目的は分かりません。これを支える科学技術は私の知っているものより高い。でも一つ、言えることがあるとすれば。この技術をもって人間を滅ぼすのであれば、一瞬で滅ぼせるはず。だから、この遺構は別の目的で作られている。多分、そうです」
 そんな話をしながら、ずいぶんと先まで進んできていた。正直、周囲の状況に目を配っていたとは言えず、油断している。
 そこは最奥部と思われた。機械仕掛けの扉で、ドアノブも引手も設置されていない。頭の位置ぐらいの場所にはパネルが表示されており、何かの文字が点滅している。

 システム第38監視塔制御室
 デバイスをかざし、ロックを解除してください

と書かれていた。
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