アリーシャ・ヴェーバー、あるいは新井若葉と、歴史の終わり

平沢ヌル

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7章 ヴィルヘルミーナ様の夢のお店

7章10話 姉と、彼女と、世界の終わり *

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【新帝国歴1136年1月18日 ヨハン】

「結論から言います。世界はあと800年後に滅亡する。人類が、このままの未来を進んでいくとね」
 それが、アリーシャの言葉だ。
「…………」
「…………」
「…………」
「何か、ご感想は?」
「ご感想は、じゃねえだろ。いきなりそんな唐突な話をされて、どう反応しろってんだ」

 ここはランデフェルト公宮の一室で、アリーシャと俺の他には、リヒャルト様とエックハルト様もいるが、人払いをしているのか、他の召使の姿はない。
 遺構崇拝者による立てこもり事件なんてものがあったので、俺たちは暫くヴォルハイムに留め置かれた。結果公都に帰還できたのは、1月も半ばを過ぎてからだった。
 それからすぐ後で、アリーシャは俺を呼び出した。彼女の秘密を明かしてくれるという運びになったのだが、口外は厳禁とのことだった。そして、アリーシャが語ったのが冒頭の言葉だ。

「……だからね。順を追って話をする必要があるわ。ここまで巻き込んでしまったあなたにも、知る権利があると思うから」
 それから、アリーシャは話し始める。あの『災厄』の、本当のところについて。
 災厄と称されてきたあれは、未来の究極的な滅亡を避けようとする巨大な装置だったのだという。だがその機構を働かせると、現在の世界がおそらくは破滅に近い状態になってしまうということだった。どこか別の救われる世界のために、この世界は滅亡する。災厄はそういう働きを持っていたということだった。

「…………」
 俺は黙って頭を抱えている。
 そう言われたところで、という話だ。

 リヒャルト様とエックハルト様も無言だったが、二人はずっと神妙な表情で、意外そうな顔はしていなかった。おそらく、この話を聞くこと自体は、二人にとって初めてではないのだろう。

「……それが理由か。あれが……あれが」
 俺は続けようとするが、上手いこと言葉が出てこない。
 3年前の事件、あの映像を。普段は平気そうな顔をして生きてはいるのだが、今でも俺は、あれを時々夢に見る。
「……世界の滅亡が絡んでいるのなら、無駄死にじゃなかったのか」
 ウワディスラフ・エミル。俺の師匠。

「…………。『彼女』はたぶん……そう」
 少しの間ぼんやりしていた俺は、話題が少し変わったことに初めて気が付く。
「その、『彼女』とやらが、ここで出てくるのか」
「そう、彼女は……彼女が、どうしてこの世界に現れたのか。それだけはあまり、はっきりしていないの」
「急に話があやふやになったな」
「仕方ないでしょ! だから、彼女は」

 それから、アリーシャはついに『彼女』について話してくれたのだ。
『彼女』、つまりアライ・ワカバというその女性は、おそらく災厄が生まれたであろう世界、その終焉の400年ほど前に生きていた人間だろうとのことだ。その世界での知識や技術は俺たちが生きている現代よりはずっと進歩しているが、災厄を作り出すような知識や技術は持ち合わせておらず、ずっと遅れているらしい。彼女が伝えられるその世界の知識は、今までにアリーシャが俺に伝えていた程度のことから、そこまで進歩したものではないという。

「……うーん」
 俺は、顔を顰めるしかなかった。
「そう、彼女の記憶であり、知識。……それを、私が受け取った。だから私は、今までいろんなことを彼女の知識で解決してこれた。……だけど、あなたには心配をかけました。ごめんなさい」
 アリーシャは頭を下げる。
「……いいよ、言ってくれたんだから。……それより」
 俺は腰掛けたままで、そう呟く。
「それより」、そう、それより、だ。もっと重要な問題がある気がするが、いきなり壮大な話を聞かされて、正直頭が回っていないのだ。

「そうだ。重大な問題がある。世界の滅亡、だな」
 俺の疑問をまず引き取ったのは、リヒャルト様だ。
「……その800年後の滅亡とやらは、避けることはできないのか」
 俺はその疑問を、アリーシャにぶつける。
「分かりません。だけど、『システム』は……災厄は。……うーん」
 そこで急に言い淀み、顔を顰めるアリーシャ。
「どうしたんだよ」
「……だから、あまり話したくなかったのよね。この話をすると、これまで通り、この世界の人間として普通に生きていくことができるのかも分からない」
「と言ったってな」
 あの巨大災厄と対峙して、壊されかけた俺だったから、アリーシャの話が単なる絵空事ではないことはわかる。だが、だ。
「だが、探さないわけにはいかない、生きる道を。我々も、その子孫も、800年後の未来に至るまで、それからその先も。そうだな、ヨハン?」
「そう……だから。未来の選択の自由を受け取った私たちには、800年後の未来を超える義務がある。それを私たちに託してくれた彼女のため、それから、他ならない私たちのためにね」
 リヒャルト様とアリーシャはそんなことを言っている。この二人の間には、その話については見解の一致を見ているようだった。

 一方の俺は、そこまでの覚悟はできそうにない、少なくとも一朝一夕では。腕を組んで椅子の背もたれに身を持たせかけて、黙って考え込むしかなかった。
「ヨハン殿。実に、面白い話だと思いませんか?」
 面白い、とは。そんな場違いな言葉を発したのは、ここまで黙っていたエックハルト様だ。
「何がですか」
「遺構崇拝者たちだって間違っているとは言えなかった。災厄が何を守っていたのか。災厄のない世界で、我々はどこに向かうのか。答えはない、そういうことです」
 エックハルト様は微笑む、うっすらと、得体の知れない微笑みを。
「……………」
 世界を、生命を、人類の生存を賭けた大博打、それを面白いと思うか、縁起でもないと思うか。俺はどっちかというと後者の方だった。
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