初恋

咲良

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夏合宿⑥

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合宿3日目、今日もお昼から戻ると3年が待っていた。夏期講習って午前だけなの?って思っていたら、先週末に模試があったのでちょうど今週は午前だけらしい。なんてタイミングなんだろうと思ったが毎年この時期に夏合宿をしていて引退した3年が混ざるのはよくあることらしい。じゃああの引退試合はなんだったんだ。とも思ったが地道な基礎練ばかりより試合形式で練習が出来るのは3年たちが遊びに来てくれてるからなのは感謝するべきなんだろうな……
だけど、今日は川崎さんまで来てブロックに熱が入るもんだからWS陣が気持ちよくスパイク決められなかったのでまた自主練がストレス発散のブロック練となってしまった。
川崎さんと只野さんに挟まれてブロック飛ぶのははっきり言って怖い、タイミング合わなかったらどうしようってひやひやした。
「塩田……」
テーピングし直すのにコートを離れたら川崎さんが珍しく声をかけてきて驚いた。
「位置取り、うまくなってる」
「あ、ありがとうございます」
「あとは、タイミング」
「は、はい……」
「塩田は、頭が良い」
「あ、ありがとうございま、す…?」
「TV、試合、見るか?」
「えっあ、はい」
「プロじゃない」
「え?」
「塩田が相手してるの、高校生」
「は、はい…」
―どうしよう…今まで只野さんや佐藤さんが間に入ってくれたから、2人きりで話したことなかったかもっていうか川崎さん無口っていうか単語で話してない?
「塩田、頭いい、読む力、ある…でも、リードブロック」
片言で話す川崎さんの指が佐藤さんを指した。
「佐藤、しつこい」
―それは……褒め言葉としてとっていいんだろうか?
「只野、打たせない」
―打たせない?そんな事ないと思うが…
「2人は止めない」
―確かに川崎さんはドシャットで止めることが多いけど、2人は止めない?
「ブロック、止める、一番。でも、スパイカー嫌がるブロック。セッターも嫌がる」
―?どうしよう、どんどんわからなくなっていく…
「塩田、理解できるはず。1年、木下も、多分、分ってる」
ちょうど木下がスパイク打つ番だったので観察してみた、正面には只野さん、間に玉井、サイドには佐藤さん、玉井が狙われるんだろう、と見ていたが只野さんの伸ばした腕は中央、玉井寄りだったので木下は器用に打つコースを直前で変えて只野さんよりのストレートに打ったが只野さんが腕を動かしストレートを阻んだ。
「あ――――!!もう!今日全然気持ちよく決まんない!」
木下がだんだんストレスをため込んでいるようで文句を言っている、それに対して川崎さんは「な?」と言わんばかりの顔をしている。
―すみません!分らないです…
「佐藤、常に邪魔する。只野、スパイカーの思うように打たせない」
―あぁ…なるほど気持ちよくスパイクが決まらないと今の木下のようにストレスがかかるだろう、スパイカーが得点決めなきゃそれをセットしたセッターだってストレスがたまる一方だろう、その『打たせない』ってことか…
「リードブロック、我慢。プロほど、動けない。見てからで遅くない」
「あ、タイミング?」
コクッと川崎さんは頷いた。中学の3年間バレーから離れていた、TVで試合とかは見ていたけど…離れていたからなのか、僕はビビッていたんだ。TVで観るプロみたいに凄い攻撃が来るって、だから慌ててタイミングが早くなっていたのか…
「あ、ありがとうございます」
お礼を言うと川崎さんは頭を撫でてくれた。

川崎さんに言われたように、ちゃんと見てから動くと佐藤さんに声をかけられなくてもタイミングが合うようになってきた。川崎さんと只野さんの3枚ブロックでもちゃんとしたタイミングで飛べて、高校の部活に入ってから初めて『楽しい』と思えたかもしれない。

昨日同様自主練を終えて昨日同様みんなで合宿所に戻ってきた。今日も佐藤さんはミーティングで部屋に居なかった。正田さんが冗談を言って各務さんが冗談なのかわからない突っ込みを入れてワイワイやっていたが23時になっても佐藤さんが戻ってこなかった。
「長引いてんのかな?」
と正田さんが言って副主将らしくみんなに布団に入るよう声をかけて電気を消した。

すぐさま峯川のいびきが響きだした。
峯川のいびきもそうだが、ちょっと僕は興奮していて眠れないでいた。
部屋の扉が開く気配がした、佐藤さんが戻ってきたのかと視線を扉へ向けると佐藤さんと目があった。佐藤さんは僕がまだ起きているのを確認して手招きをしたので何かあったんだろうかと思い起き上がって佐藤さんについて行った。

今日も食堂前の自販機前のソファに腰かけたが佐藤さんはポケットから鍵を取りだし食堂に入っていった。僕も付いて行った方が良いのかな?と立ち上がりかけた時に佐藤さんがコンビニの袋を持って出てきた。いつの間に抜け出したんだろうか…
僕の横にコンビニの袋を置いてその横に佐藤さんも腰かけた。袋からプラスティックのフォークを取り渡してくる。袋から取り出したのは2個入りのショートケーキ
「ココアでいい?それともほかが良い?」
佐藤さんが飲み物を何にするか聞いてくるがなぜショートケーキを用意しているのかが分らない。
「バレー、楽しいと思えただろ?」
「え?」
「バレーは好きだけど、部活…楽しくなかったろ」
「……」
この人ホントどこまで人の事見てんだろ……
「ショートケーキ嫌いだった?」
「あ…いえ、嫌いではないです」
「何ケーキが好き?」
「えと…チーズケーキ」
「濃厚な奴?」
「いえ、あの、ふわふわの」
「あ――おじさんの焼印ついてる奴みたいなの?」
「あ、はい」
「ん――さすがに関西までは買いにいけないな」
「ぷっ何言ってるんですか」
笑ったらまた頭撫でられた。
「これでようやくバレー部員って感じだな」
「は?」
「楽しくなくっていつ辞めてもおかしくなかったじゃん?」
「そ…そんな理由で辞めたりしませんよ!」
「でも、楽しい方が良いじゃん?」
「そりゃ…そうですけど…」
「で?ショートケーキにもココア?」
「…ミルクティーが良いです」
「あいよ」
そういってミルクティーとストレートティーを自販機で買っていた。
ペットボトルのお茶で乾杯をして2人でケーキを食べた。
「他の奴らには内緒な」
「口止め、遅くないですか?消灯時間すぎてるのすでに3日目ですよ?」
「ははっそれもそうか」
2人で声を落として笑った。


「しかし、川崎さんいいとこかっさらっていくなぁ~」
「え?」
「バレーの楽しさ、俺が教えたかったぁ~」
「……ドーピングですよ」
「ん?」
「引退試合で…飯田先輩が僕は佐藤先輩に近いって、まだ……はっきり掴めてないです」
「ふはっそうか」
また、頭を撫でられた。
「そういえば」
「ん?」
「楽しい方が良いじゃんってさっき佐藤先輩言いましたけど、引退試合の時、玉井のプレーをみて『楽しいバレー』って言ってたじゃないですか、矛盾してません?」
「あぁ『楽しいバレー』ね。ん~これもなぁ~どうするもんか蝶矢監督と相談してんだよなぁ」
結局答えはくれないままケーキを食べ終え2人で部屋に戻り佐藤さんが峯川の寝姿勢をずらしいびきを止めてくれてそのまま寝た。
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