トレンダム辺境伯の結婚 妻は俺の妻じゃないようです。

白雪なこ

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「無礼ねぇ?嫌々、トレンダム辺境伯夫人になってもらっては困ると、婚姻前に告げた筈だが?」
「トレンダム辺境伯夫人になるのが嫌なんて言ってませんわ!話の通じない方ね!これだから辺境の野獣と言われるのですわよ!こんな野獣を夫として扱えだなんて!もうっ、もうっ!ああっ!本当にイライラしますわ!」

 椅子から立ち上がって、キィーーー!と叫びながら、地団駄を踏むシルビナ。

 人が地団駄を踏むところを初めて見た。
 幼児の床に寝転んでの手足バタバタは、見たことがあるが。

 キィーーー!と、本当に叫ぶ人間も初めてだ。
 珍しいものを見た。

 珍獣を見る目で、一同の視線がシルビナに注がれる。

「我がトレンダム辺境伯家としては、シルビナ様は辺境伯夫人失格ですわよ。これだから“王都の外のお花畑の蝶々”は使えませんわね」

 “王都の外のお花畑の蝶々”とは、都会に憧れ、ふわふわ飛んでいる馬鹿な娘という意味の侮辱語である。
 “王都の外のお花畑の蝶々”を見つめるクラーラの目が超絶冷たくなっている。

「辺境の子供のくせに偉そうに!」
「よくもまあ、そこまで見下している家に、嫁いだものですわね」
「辺境伯夫人とあなた方を一緒にするなんて不敬ですわよ!良いですか?前辺境伯夫人は、公爵令嬢です。リーダール公爵家のご令嬢が、辺境伯夫人であらせられたのです。お怪我で引退された公爵令嬢である辺境伯夫人の跡を、侯爵令嬢である私が引き継ぐのは自然なことです。辺境の子供でしかない貴女はどこかその辺に嫁に行く立場だから、理解できないと思いますけどね」

 いつの間にか、この国の爵位が、公爵家令嬢=辺境伯夫人=侯爵令嬢に、変更されているような気がする。
 トレンダム辺境伯家のゴッドマザー、クリスティーナは、この国に4家しかない公爵家の令嬢で、高貴な姫様であるが、この晩餐のテーブルについているもの達が、その姫様の子供であることはシルビナ様の記憶にないようだ。

 我ら辺境伯家の兄弟は、これでも、高位貴族なのだが。

 シルビナの中では、辺境の、蔑むべき平民と変わらないという扱いな様だが、それを本気で信じているからというより、貶めてやりたいという、嫉妬と悪意が感じられる。

 辺境伯夫人になれば、公爵家の令嬢だった母と同じ立場になれる。そう強く信じていても、母のかつての評判を聞いていれば、どうしても、気になってしまうのが己の容姿だろう。
 母本人とは、寝室に出向き、挨拶をした様だが、人に会う準備どころか、まだろくに会話ができない母と、嫁とはいえ初対面の人間が、ジロジロ見られる距離に通す侍女たちではない。離れたところから声掛けして、終わりだ。
 だから、容姿のことは、目の前にクラーラがいなければ気にならなかっただろうが、実際にいるのだから、気になるだろう。辺境伯夫人にはなれ、これで母と同じだと言い張ってはいても、“麗しの銀の姫”と呼ばれた公爵家の美姫と同じとは言えない。まあ、母もそんな恥ずかしい二つ名を口に出したりはしないが。

 クラーラは母によく似ている。そして、こんなことは言いたくなかったが、失礼ながら、シルビナは、平凡だ。だから、自分より下であるべきと決めつけたいクラーラが、とびきりの美少女なのが気に食わないのだろう。
 自分で自分に喧嘩を売って、勝手に負けている気がしないでもない。別に平凡でもいいと思うのだが。

 どこかその辺に嫁に行く?クラーラには、王家や公爵家、近隣国の公爵家などからの婚約の打診があるのだが、その辺というには遠いな。トレンダム辺境伯家は国の防衛のトップなので、他国への嫁入りなどは許可できないし、王家や公爵家からの話は、母の実家のリーダール公爵家と我が家とで、止めている。

 ちなみに両親は恋愛結婚だ。大熊な叔父とは種類が違うが、やはり野獣系の大きく人相の悪い獅子だとか、魔王だとか言われている。父と並べば、もしかすると叔父たちも、叔母の言うように可愛い熊ちゃんに見えるかもしれない。
 そんな魔王のような父と麗しの銀の姫はお互いに一目惚れ。一目あったその時から、ラブラブだ。並んだ姿は案外お似合いだ。両親は、クラーラにもそんな相手を見つけて欲しいと、婚約者を決めていない。

 俺にも……候補は沢山いたが、婚約者は決めていなかった。出来れば高位貴族令嬢と恋愛結婚を、と言われていた。相談も報告できないまま、急ぎ結婚し、失敗したと知られれば……叱られそうだ。

 そういえば、リーダール公爵家の爺様も、何か言ってたな……ま、まあ、今考えるべきことではないな。それより、今の問題は、シルビナのことだ。

「シルビナ、トレンダム辺境伯夫人として、王都に向かい、社交をすることは認めないぞ」
「もう、なんて話の通じない人たちなのかしら!もう!イライラしますわ!」
「トレンダム辺境伯として、命じる。、王都に向かうことも、社交も禁じる!当主である夫の命令が聞けないのならば、婚姻は解消する!まあ、どの道、離縁は確定だ。ルマルド侯爵家の娘としてなら好きにすれば良い」
「うるさい!うるさい!うるさいですわ!私に指示しないでちょうだい!私は王都に行くの!トレンダム辺境伯夫人として!そこの侍女、早く準備してちょうだい!これは命令よ!ルマルド侯爵家の娘で、トレンダム辺境伯夫人な私の!」

「ああ、聞かなくて良いぞ。これは、トレンダム辺境伯命令だ」

 被害者になりかけた侍女が心得たと頷く。シルビナの方は見ないようにしているようだ。

「この人、頭大丈夫かなぁ」
「大丈夫な訳ないでしょ」
「うるさい、うるさい、子猿どもめ!お前達なんていつでも追い出せるんだから!前辺境伯夫人に言いつけるわよ!私への無礼は許さないに違いないわ!」

「すごいね、初日と別人みたいだ。猫が500匹ぐらいどこかに行っちゃったのかな?」
「1000匹かもね。育ちの悪い野良猫が増えて困っちゃうわね」

 興奮しすぎて、意味不明な言葉で怒鳴りつけるシルビナには、確かに猫が残っていない。
 母親と妹は、1万匹飼ってるそうだが。

「黙りなさい!とにかく、私は王都に行くから!あなた達のことは、よ~~く皆様に伝えておいてあげるわ!それじゃあ私は支度がありますので、失礼しますわ!」

「ああ、そうだ。トレンダム辺境伯家の王都にある屋敷タウンハウスは、行っても使えないぞ。離縁した人間に使う許可など出すわけがない。自分の実家の王都にある屋敷タウンハウスにでも行け。ルマルド侯爵家には連絡を入れておいてやる」

「どうして、王都にある屋敷タウンハウスを使えないの?私は辺境伯夫人なのよ、私の屋敷なのよ!妻を虐げるなんて、酷いですわ!そして、ルマルド侯爵家への連絡はいらないわ。余計なお世話よ!常識がないわね、本当に!」
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