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1.聖女、召喚されたけど逃げる
15.出会い①
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昨夜の失敗を踏まえたシャナが本日の宿として選んだのは、現在の懐事情から考えると少しばかり苦しいが、きちんと掃除がされていて衛生面の不安はさほど感じない宿屋である。
ベッドと机一つでいっぱいなくらい狭いけれど、部屋の隅に埃が溜まっている事もなければ、天上に蜘蛛の巣が張っている事もない。よくわからない染み――はあるが、きちんと掃除をした痕跡があるので良しとした。
壁や床に穴も開いていないし、鍵もそれなりに防犯性がありそうである。
任務完了の報告がてら、冒険者ギルドの受付でまた宿の聞き込みをした甲斐があったというものだ。なお、警備的な危険性については懐具合の関係で諦めざるを得なかった。
悲しいかな、ベッドはやはり木箱だったが、昨日よりも清潔感があるので贅沢は言うまい。寝具なんてサービスはもっとお高い宿屋にしかないのかもしれない。
なお、宿泊施設なのに寝具がないという現実については、考えるのを放棄している。ないものはないのである。
そんなわけで朝一での依頼を終えたシャナは、満室を恐れて早々に宿を取って部屋にこもっている。
資料室は明日でも逃げないが、宿屋は満室となればまたあのおんぼろ宿である。それだけは避けたかった。
懐事情的に、もう一件くらい依頼を受けても良かったが、あいにくとボニーの散歩をしている間にシャナにもできそうな依頼は全てなくなってしまっていた。街の子供たちの小遣い稼ぎになっているらしい。
戦闘に不安しかない現状では、街を出るような報酬の良い依頼は受けられない。今後の生活費のためにも、自衛のためにも早急に戦闘能力を身につける必要があった。
「――とはいえ、可能性は魔法だけなんだよなぁ……」
脳裏に変化のないステータスを思い浮かべながら、シャナは背伸びをしてそのまま寝袋を敷いたベッドに倒れた。まさにお手上げである。
ステータス上では聖女なんてファンタジックかつチート臭のする職業なのに、実際には魔法のまの字もわからない。
街中でもそれっぽい物を使っている人は見かけなかったので、もしかしたら魔法を使える人自体が少ない可能性もある。だとすれば、ますますどうしたら良いかわからない。
下手に人と関わり異世界人だと騒ぎになれば、王城関係者に気づかれる可能性がある。そうなれば待っているのは戦場送りである。そんな死に方はごめんだ。
召喚されてからまだ半月ほどではあるが、そんな短い間でも嫌と言うほど異世界の世知辛さを味わってきた。
中には王都で穴熊を教えてくれた第一異世界人や、井戸で水を汲んでくれた男のように優しい人もいたが、彼らもほんの一瞬しか関わっていないから他の面を知る機会がなかっただけだろう。
日本に比べて命の危機が身近にあるからか、この世界の人々は生き方が逞しい。語弊を恐れず言うなら、欲望に対して忠実で、他人を気遣う余裕が足りていない。
無償の愛やら底抜けの優しさを求めているわけではないが、それでも頼るもののない異世界で、他者の良心に期待してしまうのは止められなかった。
「あぁー……、これはダメな時の私ですわぁ……」
寝返りをうったらそのまま床に落ちそうな狭いベッドの上で、シャナは努めて明るく零した。
ふかふかのマットレスと清潔なシーツに包まれ、広々としたベッドを無感情に転がるよりはマシなので。
少しばかりセンチメンタルになっても朝は来る。
昼頃に寝落ちしたシャナは、そのままぐっすりと夜を過ごし、夜明け前に起き出した。異世界に来てからというもの、元々夜更かし気味の生活リズムだったのが嘘のように早寝早起きになっている。寝る以外にやる事がなかったともいう。
ゆっくりと朝の身支度を整え、日の出を待ってから宿を出た。次の馬車までの間はこの宿の世話になるつもりでいるが、荷物は全て持って出てきた。文字通りの全財産を安宿の部屋に置きっぱなしにはできない。
今日は当初の予定通り、冒険者ギルドの資料室で情報収集をするつもりである。
余裕を持つためにもう少し稼いでおきたいところではあるが、現状では移動が最優先。次の町にトルトゥと同じ規模の冒険者ギルドがあるとは限らないので、資料室の優先度の方が高い。
調べものの最優先はやはり魔法についてだ。
(できれば今日中に使えるようになっておきたいところだけど……)
冒険者登録時に戦闘技能を聞かれて魔法と答えたが、代筆してくれた受付嬢は特に驚くこともなく欄を埋めていた。
つまり、少なくとも冒険者に魔法使いは珍しくない割合でいるということだ。となれば、魔法に関する教本のようなものが資料室にあってもおかしくはない。
移動先でも冒険者として活動するしか金を稼ぐ手段がないとなれば、身の安全のためにも、報酬のためにも急務と言える。
朝食は朝市の屋台でサンドイッチを一つ購入して歩きながら腹に納めた。なお、パンは少々水分不足でパサついていたが、中の具材が濃いめの塩味で、炒めた野菜の水分と肉汁でおいしく食べられた。サンドイッチと言うよりパニーノと呼んだ方が適切だったかもしれない。
冒険者ギルドに入ると、朝早い時間だからか依頼の張り出された掲示板の前は冒険者たちで混みあっていた。
依頼は基本的に朝一に前日までに届いた物が張り出されるらしいが、緊急性や内容によってはその限りではないという。
そして報酬の良い依頼は早い者勝ちである。報酬が良いという事はすなわちリスクも高いという事なので、シャナは絶対に選ばないだろうが。
資料室利用の際には、受付でギルドカードを提示する必要がある。
依頼を受ける冒険者で込み合う受付カウンターを見て、少し迷ったもののシャナは列に並んだ。
馬車は明後日には出る予定だ。調べものが多岐に渡るのは間違いなく、今は時間が惜しい。
前後左右を逞しい肉体とできれば夜道などで遭遇したくないタイプの強面に囲まれ、場違いと自覚もあるだけに向けられる視線に文字通り肩身を狭くしながらフードを引き下げ、順番を待った。
手馴れた受付員たちが手早く依頼受注を捌き、依頼を受けた冒険者たちがギルドから出ていくが、それと同じ以上にこれから依頼を受ける冒険者が入って来る。
受付の列もどんどん伸びる。
この時間に来てしまったのが失敗だとわかっているし、資料も重要なので入室者管理は大切なのも理解できるが、依頼受注と別の窓口にしてほしいものである。
胃がきりきりと痛みだした頃、ようやくシャナの順番が回ってきたのだった。
ベッドと机一つでいっぱいなくらい狭いけれど、部屋の隅に埃が溜まっている事もなければ、天上に蜘蛛の巣が張っている事もない。よくわからない染み――はあるが、きちんと掃除をした痕跡があるので良しとした。
壁や床に穴も開いていないし、鍵もそれなりに防犯性がありそうである。
任務完了の報告がてら、冒険者ギルドの受付でまた宿の聞き込みをした甲斐があったというものだ。なお、警備的な危険性については懐具合の関係で諦めざるを得なかった。
悲しいかな、ベッドはやはり木箱だったが、昨日よりも清潔感があるので贅沢は言うまい。寝具なんてサービスはもっとお高い宿屋にしかないのかもしれない。
なお、宿泊施設なのに寝具がないという現実については、考えるのを放棄している。ないものはないのである。
そんなわけで朝一での依頼を終えたシャナは、満室を恐れて早々に宿を取って部屋にこもっている。
資料室は明日でも逃げないが、宿屋は満室となればまたあのおんぼろ宿である。それだけは避けたかった。
懐事情的に、もう一件くらい依頼を受けても良かったが、あいにくとボニーの散歩をしている間にシャナにもできそうな依頼は全てなくなってしまっていた。街の子供たちの小遣い稼ぎになっているらしい。
戦闘に不安しかない現状では、街を出るような報酬の良い依頼は受けられない。今後の生活費のためにも、自衛のためにも早急に戦闘能力を身につける必要があった。
「――とはいえ、可能性は魔法だけなんだよなぁ……」
脳裏に変化のないステータスを思い浮かべながら、シャナは背伸びをしてそのまま寝袋を敷いたベッドに倒れた。まさにお手上げである。
ステータス上では聖女なんてファンタジックかつチート臭のする職業なのに、実際には魔法のまの字もわからない。
街中でもそれっぽい物を使っている人は見かけなかったので、もしかしたら魔法を使える人自体が少ない可能性もある。だとすれば、ますますどうしたら良いかわからない。
下手に人と関わり異世界人だと騒ぎになれば、王城関係者に気づかれる可能性がある。そうなれば待っているのは戦場送りである。そんな死に方はごめんだ。
召喚されてからまだ半月ほどではあるが、そんな短い間でも嫌と言うほど異世界の世知辛さを味わってきた。
中には王都で穴熊を教えてくれた第一異世界人や、井戸で水を汲んでくれた男のように優しい人もいたが、彼らもほんの一瞬しか関わっていないから他の面を知る機会がなかっただけだろう。
日本に比べて命の危機が身近にあるからか、この世界の人々は生き方が逞しい。語弊を恐れず言うなら、欲望に対して忠実で、他人を気遣う余裕が足りていない。
無償の愛やら底抜けの優しさを求めているわけではないが、それでも頼るもののない異世界で、他者の良心に期待してしまうのは止められなかった。
「あぁー……、これはダメな時の私ですわぁ……」
寝返りをうったらそのまま床に落ちそうな狭いベッドの上で、シャナは努めて明るく零した。
ふかふかのマットレスと清潔なシーツに包まれ、広々としたベッドを無感情に転がるよりはマシなので。
少しばかりセンチメンタルになっても朝は来る。
昼頃に寝落ちしたシャナは、そのままぐっすりと夜を過ごし、夜明け前に起き出した。異世界に来てからというもの、元々夜更かし気味の生活リズムだったのが嘘のように早寝早起きになっている。寝る以外にやる事がなかったともいう。
ゆっくりと朝の身支度を整え、日の出を待ってから宿を出た。次の馬車までの間はこの宿の世話になるつもりでいるが、荷物は全て持って出てきた。文字通りの全財産を安宿の部屋に置きっぱなしにはできない。
今日は当初の予定通り、冒険者ギルドの資料室で情報収集をするつもりである。
余裕を持つためにもう少し稼いでおきたいところではあるが、現状では移動が最優先。次の町にトルトゥと同じ規模の冒険者ギルドがあるとは限らないので、資料室の優先度の方が高い。
調べものの最優先はやはり魔法についてだ。
(できれば今日中に使えるようになっておきたいところだけど……)
冒険者登録時に戦闘技能を聞かれて魔法と答えたが、代筆してくれた受付嬢は特に驚くこともなく欄を埋めていた。
つまり、少なくとも冒険者に魔法使いは珍しくない割合でいるということだ。となれば、魔法に関する教本のようなものが資料室にあってもおかしくはない。
移動先でも冒険者として活動するしか金を稼ぐ手段がないとなれば、身の安全のためにも、報酬のためにも急務と言える。
朝食は朝市の屋台でサンドイッチを一つ購入して歩きながら腹に納めた。なお、パンは少々水分不足でパサついていたが、中の具材が濃いめの塩味で、炒めた野菜の水分と肉汁でおいしく食べられた。サンドイッチと言うよりパニーノと呼んだ方が適切だったかもしれない。
冒険者ギルドに入ると、朝早い時間だからか依頼の張り出された掲示板の前は冒険者たちで混みあっていた。
依頼は基本的に朝一に前日までに届いた物が張り出されるらしいが、緊急性や内容によってはその限りではないという。
そして報酬の良い依頼は早い者勝ちである。報酬が良いという事はすなわちリスクも高いという事なので、シャナは絶対に選ばないだろうが。
資料室利用の際には、受付でギルドカードを提示する必要がある。
依頼を受ける冒険者で込み合う受付カウンターを見て、少し迷ったもののシャナは列に並んだ。
馬車は明後日には出る予定だ。調べものが多岐に渡るのは間違いなく、今は時間が惜しい。
前後左右を逞しい肉体とできれば夜道などで遭遇したくないタイプの強面に囲まれ、場違いと自覚もあるだけに向けられる視線に文字通り肩身を狭くしながらフードを引き下げ、順番を待った。
手馴れた受付員たちが手早く依頼受注を捌き、依頼を受けた冒険者たちがギルドから出ていくが、それと同じ以上にこれから依頼を受ける冒険者が入って来る。
受付の列もどんどん伸びる。
この時間に来てしまったのが失敗だとわかっているし、資料も重要なので入室者管理は大切なのも理解できるが、依頼受注と別の窓口にしてほしいものである。
胃がきりきりと痛みだした頃、ようやくシャナの順番が回ってきたのだった。
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