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彼女は中学生である。
彼女は猫好きである。
彼女は桜が咲く時期になると、おかしくなる。
そして彼女は、自分を神だと思っている。
「神が、何だって中学生をしているんだい?」
「あなたは、唯一神だと思っているでしょ。違うの」
彼女は紺のセーラー服をなびかせ、くるりと一回転した。
重たげなプリーツスカートが、いやいや膨らみ、パタリと、しぼむ。
「わたしはぁ、桜と猫の神さまなのぉ」
節をつけて、歌う。辺りに人影は、ない。
「桜はね、とてつもない力を持っているのよ。小さな一つ一つの花が、手を広げたみたいに全部咲いたのが、束になって、わさわさわさわさ、揺れる」
「限界まで開いた花が、今にも散りそうなところって、ゴム風船に水をどんどん注ぎ込んで、膨らませ続けたみたいでしょ? 透き通るほど引き伸ばされた薄皮の内側で、大量の液体が揺れている」
「もう、爆発寸前」
「それなのに、一旦散り始めると、さらさらさらさら、流れる水のように、静かに呆気なく落ちて行く」
「つまり、散り際の僅かな時間、あの狂気をはらんだ満開の花が、桜の一番なの。それを目にすると、わたし、気が狂いそうになる。不思議ね。あのエネルギーは、どこへ行ってしまうのかしら」
「もう、狂っているね」
彼女は、うっすらと笑いを浮かべた。
唇の裂け目から、溜まりに溜まった力のかけらが、こぼれ落ちる。
「そうかもしれない。誰も気付いてないなら、同じことよ」
彼女は川に目をやり、そのまま土手を駆け下りて行った。
春の川は、澄み切った水面に、柔らかい陽光を反射して、慎ましくも、きらきらと光った。
彼女は川に掌を沈め、水の流れを楽しむ。肌に当たる日差しは暖かい。土に触れる水は、まだ冷たい。
他に人の姿は、ない。
「木の芽時って、言うでしょ」
春の風が、彼女の髪を撫でる。
「植物も虫も、冷たい冬の間、暗い地中で力をためこんでいるのよ。そうして、暖かい春になったら、ぶん、って飛び出すの。地下の支配から逃れようとする力は、地上の人間にも及ぶのよ」
「辛くて心がいっぱいの時に、圧されるのは、水でいっぱいの風船をつつくみたいでしょ?」
「桜みたいだ」
「そう。桜の、崩壊と一緒。わたしは、木の芽時にも、爆発しそうになるの」
「だから、桜の神を名乗るのかな?」
彼女は答えなかった。
川の水を両手で掬い、指のすきまからこぼす。水は細かく千切れて流れ落ち、また元の川と出会って去っていく。
「人間なんて、おかしなものね。既に自ら組み込まれ、本能まで取り込まれていることに気づかないで、ひたすら自然を支配しようと、壊して、遠ざけようとするなんて。好き勝手にこね回したつもりでも、本当は、一指たりとも、触れてやしないのに」
「一指たりとも?」
「そう。春と秋に結婚式が多いのは、何故でしょう? 春は、生命が溢れ出す時、秋は、絶滅の不安を引き起こす冬の前だからよ。動物の発情とも連動しているわね。猫とか」
「そういえば、猫の神とも言っていたね。好きだから?」
彼女は、うふふと笑った。
柔らかな草の生えた、土手の斜面に腰を下ろし、やおら靴と靴下を脱ぎ始める。
靴下のつま先を人差し指、中指、親指の三指でつまみ、すうっと引くと、中から白い足が現れた。
裸足になった彼女は、川を流れる水に足先を浸した。
冷たさに足を引っ込める。また、つま先を浸す。段々大胆に足を入れ、しまいには派手に水を跳ね上げた。
「優美だから」
跳ね上がった水滴が煌めき、彼女を包む大気を輝かせる。
彼女は、飛び上がっては落ちていく光のかけらを、うっとりと眺める。
いたずらっ子のような足元とは、別の人格が存在するようである。
「そっと地面に下ろす足の運び、しなやかにうねる筋肉、柔らかな身体、表情に富んだ神秘の瞳、どれをとっても素敵だわ。そうね、色気があるのよ」
色気があるのは、彼女も同じだった。
厚ぼったいセーラー服の下に、見え隠れする肌はみずみずしく、しなやかな動作で足を運ぶ。瞳は表情に富み、驚異の世界を映し出してなお新たな光を放った。
その細い首は、手をかけると、簡単に折れてしまった。
色を失うと共に、命の輝きも消えた彼女の身体に、何処からともなく、桜の花びらが降りかかる。
急に動かなくなった彼女を見咎める人影は、ない。
彼女の死体が消える。
代りに横たわるのは、ぼろぼろの毛皮をまとった三毛猫。毛並みの生え揃わない、子猫である。
丁度、白い牙が見える位、ちょこんと口を開け、端から血の泡をはみ出させている。
三毛猫の上にも、桜の花びらは舞い落ちる。
猫の死体が失せる。
剥き出しの土を、桜の花びらが埋め尽くしていく。
花びらは、うっすらと血が通っているようだ。
彼女は猫好きである。
彼女は桜が咲く時期になると、おかしくなる。
そして彼女は、自分を神だと思っている。
「神が、何だって中学生をしているんだい?」
「あなたは、唯一神だと思っているでしょ。違うの」
彼女は紺のセーラー服をなびかせ、くるりと一回転した。
重たげなプリーツスカートが、いやいや膨らみ、パタリと、しぼむ。
「わたしはぁ、桜と猫の神さまなのぉ」
節をつけて、歌う。辺りに人影は、ない。
「桜はね、とてつもない力を持っているのよ。小さな一つ一つの花が、手を広げたみたいに全部咲いたのが、束になって、わさわさわさわさ、揺れる」
「限界まで開いた花が、今にも散りそうなところって、ゴム風船に水をどんどん注ぎ込んで、膨らませ続けたみたいでしょ? 透き通るほど引き伸ばされた薄皮の内側で、大量の液体が揺れている」
「もう、爆発寸前」
「それなのに、一旦散り始めると、さらさらさらさら、流れる水のように、静かに呆気なく落ちて行く」
「つまり、散り際の僅かな時間、あの狂気をはらんだ満開の花が、桜の一番なの。それを目にすると、わたし、気が狂いそうになる。不思議ね。あのエネルギーは、どこへ行ってしまうのかしら」
「もう、狂っているね」
彼女は、うっすらと笑いを浮かべた。
唇の裂け目から、溜まりに溜まった力のかけらが、こぼれ落ちる。
「そうかもしれない。誰も気付いてないなら、同じことよ」
彼女は川に目をやり、そのまま土手を駆け下りて行った。
春の川は、澄み切った水面に、柔らかい陽光を反射して、慎ましくも、きらきらと光った。
彼女は川に掌を沈め、水の流れを楽しむ。肌に当たる日差しは暖かい。土に触れる水は、まだ冷たい。
他に人の姿は、ない。
「木の芽時って、言うでしょ」
春の風が、彼女の髪を撫でる。
「植物も虫も、冷たい冬の間、暗い地中で力をためこんでいるのよ。そうして、暖かい春になったら、ぶん、って飛び出すの。地下の支配から逃れようとする力は、地上の人間にも及ぶのよ」
「辛くて心がいっぱいの時に、圧されるのは、水でいっぱいの風船をつつくみたいでしょ?」
「桜みたいだ」
「そう。桜の、崩壊と一緒。わたしは、木の芽時にも、爆発しそうになるの」
「だから、桜の神を名乗るのかな?」
彼女は答えなかった。
川の水を両手で掬い、指のすきまからこぼす。水は細かく千切れて流れ落ち、また元の川と出会って去っていく。
「人間なんて、おかしなものね。既に自ら組み込まれ、本能まで取り込まれていることに気づかないで、ひたすら自然を支配しようと、壊して、遠ざけようとするなんて。好き勝手にこね回したつもりでも、本当は、一指たりとも、触れてやしないのに」
「一指たりとも?」
「そう。春と秋に結婚式が多いのは、何故でしょう? 春は、生命が溢れ出す時、秋は、絶滅の不安を引き起こす冬の前だからよ。動物の発情とも連動しているわね。猫とか」
「そういえば、猫の神とも言っていたね。好きだから?」
彼女は、うふふと笑った。
柔らかな草の生えた、土手の斜面に腰を下ろし、やおら靴と靴下を脱ぎ始める。
靴下のつま先を人差し指、中指、親指の三指でつまみ、すうっと引くと、中から白い足が現れた。
裸足になった彼女は、川を流れる水に足先を浸した。
冷たさに足を引っ込める。また、つま先を浸す。段々大胆に足を入れ、しまいには派手に水を跳ね上げた。
「優美だから」
跳ね上がった水滴が煌めき、彼女を包む大気を輝かせる。
彼女は、飛び上がっては落ちていく光のかけらを、うっとりと眺める。
いたずらっ子のような足元とは、別の人格が存在するようである。
「そっと地面に下ろす足の運び、しなやかにうねる筋肉、柔らかな身体、表情に富んだ神秘の瞳、どれをとっても素敵だわ。そうね、色気があるのよ」
色気があるのは、彼女も同じだった。
厚ぼったいセーラー服の下に、見え隠れする肌はみずみずしく、しなやかな動作で足を運ぶ。瞳は表情に富み、驚異の世界を映し出してなお新たな光を放った。
その細い首は、手をかけると、簡単に折れてしまった。
色を失うと共に、命の輝きも消えた彼女の身体に、何処からともなく、桜の花びらが降りかかる。
急に動かなくなった彼女を見咎める人影は、ない。
彼女の死体が消える。
代りに横たわるのは、ぼろぼろの毛皮をまとった三毛猫。毛並みの生え揃わない、子猫である。
丁度、白い牙が見える位、ちょこんと口を開け、端から血の泡をはみ出させている。
三毛猫の上にも、桜の花びらは舞い落ちる。
猫の死体が失せる。
剥き出しの土を、桜の花びらが埋め尽くしていく。
花びらは、うっすらと血が通っているようだ。
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