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女がいた。俺が殺した奴だ。首が完全に横倒しになって、切れ目が見える。腹もぱっくり開いて、血にまみれている。
今、ニュースを見たばかりなのに、俺は完全に女の存在を忘れていた。殺した記憶ごと、きれいさっぱり忘れていたのだ。
それで不意打ちを食らい、俺は無垢の人みたいに突っ立っていた。女は前へ出た。血まみれである。服が汚れるのを嫌ってつい横に避けたら、女は当然の雰囲気で部屋へ押し入った。
この女を部屋に入れるのは初めてである。俺から電話番号も、住所も教えた覚えはない。生前も、もちろん死後も。俺は押し入られるまま、部屋の奥まで後じさりした。
「何で、あたしを殺したのよ」
首が皮一枚しかつながっていないのに、女は生前よりもクリアな発音で喋った。息漏れもしていない。そもそも、死んだ女がここに立っているのが異常である。
「あたしが何したのよ」
死んだ筈の女は、更に言い募った。俺は黙っていた。女を殺したことに後悔はないと思っていたが、良心が見せる幻かもしれないと思った。そこで、横蹴りを入れてみた。
きれいに入った。肉に当たる感触もあった。女もよろけた。首が、今にも落ちそうにぐらぐら揺れた。でも、落ちなかった。皮は意外と丈夫らしい。女も、頭を支えながら倒れずに立ち直った。
「ちょっと! 何すんのよ」
女の怒った声に、俺もぶちっと来た。
「何だと、クソ女。こっちが下手に出れば、いい気になりやがって。大体、お前が悪いんだろうが」
殴り合いでも、口でも、喧嘩には慣れている。気に入った女以外であれば、口でも女には負けない。まして、今度の場合は、殺しの是非はおいといて、徹頭徹尾女が悪いのだ。
俺は、女の身体的性格的欠点をあげつらい、非常識を並べ立て、立て板に水の勢いで罵倒しまくった。女は反論を差し挟む余地も見いだせず、間抜け面を晒していた。そして、真横になった首で嗚咽し始めた。しかし涙は出ない。
「ごめんなさい。ごめんなさい。あたしが悪かったんです。ごめんなさい」
遂に、謝り出した。俺は少々口が疲れたこともあって、罵りを小休止した。女は罵声が止んだのに力を得たか、謝り続けた。
「本当にごめんなさい。でも、あたし、本当にあなたに悪いことをしているなんて、思ってもみなかったんですもの。でも、もし、あなたに迷惑をかけたとしたら、ごめんなさいね。あたし、あなたがてっきり喜んでくれるものとばかり思ってしまって。ごめんなさい」
うっかり女の言葉に耳を傾けたせいで、またぞろ胸がむかついてきた。
「お前の言い訳なんか、聞きたくない。結局、お前は俺に謝らせたいだけだ。お前は全然謝ってなんかいない。今だって悪いと思っちゃいない。だから、くどくど言い訳を並べ立てているんだ。そんな姿になってまで、お前が如何に正しかったか、必死に証明しようとしている。バカは死んでも治らないって言うのは、本当だな。お前みたいなのをバカって言うんだ」
「そうです。あたしがバカでした。だからこうして謝っているじゃない。だから、もういい加減許してくれたっていいでしょ」
女は俺の話を全く理解するつもりがない返事をした。俺は、女を殴りたくなった。そこへ、チャイムが鳴った。女が素直に脇へ避けたので、通りすがりに蹴りを入れた上で俺は玄関に出た。
「こんばんは」
訪問者は、刑事だった。
今、ニュースを見たばかりなのに、俺は完全に女の存在を忘れていた。殺した記憶ごと、きれいさっぱり忘れていたのだ。
それで不意打ちを食らい、俺は無垢の人みたいに突っ立っていた。女は前へ出た。血まみれである。服が汚れるのを嫌ってつい横に避けたら、女は当然の雰囲気で部屋へ押し入った。
この女を部屋に入れるのは初めてである。俺から電話番号も、住所も教えた覚えはない。生前も、もちろん死後も。俺は押し入られるまま、部屋の奥まで後じさりした。
「何で、あたしを殺したのよ」
首が皮一枚しかつながっていないのに、女は生前よりもクリアな発音で喋った。息漏れもしていない。そもそも、死んだ女がここに立っているのが異常である。
「あたしが何したのよ」
死んだ筈の女は、更に言い募った。俺は黙っていた。女を殺したことに後悔はないと思っていたが、良心が見せる幻かもしれないと思った。そこで、横蹴りを入れてみた。
きれいに入った。肉に当たる感触もあった。女もよろけた。首が、今にも落ちそうにぐらぐら揺れた。でも、落ちなかった。皮は意外と丈夫らしい。女も、頭を支えながら倒れずに立ち直った。
「ちょっと! 何すんのよ」
女の怒った声に、俺もぶちっと来た。
「何だと、クソ女。こっちが下手に出れば、いい気になりやがって。大体、お前が悪いんだろうが」
殴り合いでも、口でも、喧嘩には慣れている。気に入った女以外であれば、口でも女には負けない。まして、今度の場合は、殺しの是非はおいといて、徹頭徹尾女が悪いのだ。
俺は、女の身体的性格的欠点をあげつらい、非常識を並べ立て、立て板に水の勢いで罵倒しまくった。女は反論を差し挟む余地も見いだせず、間抜け面を晒していた。そして、真横になった首で嗚咽し始めた。しかし涙は出ない。
「ごめんなさい。ごめんなさい。あたしが悪かったんです。ごめんなさい」
遂に、謝り出した。俺は少々口が疲れたこともあって、罵りを小休止した。女は罵声が止んだのに力を得たか、謝り続けた。
「本当にごめんなさい。でも、あたし、本当にあなたに悪いことをしているなんて、思ってもみなかったんですもの。でも、もし、あなたに迷惑をかけたとしたら、ごめんなさいね。あたし、あなたがてっきり喜んでくれるものとばかり思ってしまって。ごめんなさい」
うっかり女の言葉に耳を傾けたせいで、またぞろ胸がむかついてきた。
「お前の言い訳なんか、聞きたくない。結局、お前は俺に謝らせたいだけだ。お前は全然謝ってなんかいない。今だって悪いと思っちゃいない。だから、くどくど言い訳を並べ立てているんだ。そんな姿になってまで、お前が如何に正しかったか、必死に証明しようとしている。バカは死んでも治らないって言うのは、本当だな。お前みたいなのをバカって言うんだ」
「そうです。あたしがバカでした。だからこうして謝っているじゃない。だから、もういい加減許してくれたっていいでしょ」
女は俺の話を全く理解するつもりがない返事をした。俺は、女を殴りたくなった。そこへ、チャイムが鳴った。女が素直に脇へ避けたので、通りすがりに蹴りを入れた上で俺は玄関に出た。
「こんばんは」
訪問者は、刑事だった。
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