続・姫待ち。魔王を倒したチート魔術師は、放っておかれたい

在江

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20 出会ってしまった

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 アリストファム王国側とは、途中で合流する手筈であった。それまでの間、王女を守るのは、エルフ国の護衛のみである。
 ヒサエルディスも、一応護衛する側のつもりで同行したのだが、実質される側であった。

 人間もドワーフも獣人も、見たことはある。しかし、エルフ国内へ招待された特別な存在を眺めるのと、彼らが普通に存在する日常へ分け入るのとは、まるで違う経験だっった。

 端的に、人間の多い土地は、土も植物も少ない。
 彼らは、生活の便を追求し、ぬかるむ土を石畳で覆い、大勢が寝泊まりできるような箱型の建物を密集して作る。


 エルフ国の王女ともなれば、人間の貴族がこぞって客として迎えたがる。
 だが、エルフ王は、国の位置を特定させないため、移動経路と宿地を厳格に指定した。そこに領主や役人の家は含まれず、時には野宿も辞さなかった。

 アリストファム側の護衛と落ち合う場所も、店こそ相手側の希望を呑んだものの、それまでと同様であった。

 初め、ヒサエルディスは旅の枕で、ろくに眠れなかった。見える物、匂い、聞こえる音全てが気にさわるのだ。

 同じ部屋で寝むティヌリエルは、きちんと睡眠を取れているようで、そのことまでもが気に障った。
 彼女は野宿であっても、すぐに眠りに落ちた。

 本来、王女に対しても、王やリウメネレンに対するのと同様の敬意を払うべきであった。
 だが、普段から、同じ年頃の娘同士として、姉妹のような距離感で接してきた相手である。

 王命は頭にあっても、二人きりの時まで主従の線を守るのは、ヒサエルディスには難しかった。
 彼女は、王女の乳母の娘でもあるのだ。


 もう明日には、アリストファム側と合流するという晩になっても、ヒサエルディスは慣れぬ宿屋のベッドで寝付けなかった。
 体は疲れているのに、目だけが冴える。明日への緊張が、余計に目を開かせる。

 合流後は、相手側に進路を任せると聞いていた。明晩からは、まともな寝所で眠れる、という期待もあった。

 王女は眠っている。ヒサエルディスはベッドから抜け出し、そっと鎧戸よろいどを開いてみた。

 外は晴れていたが、月はまだ真夜中の位置にある。街は真っ暗で、人間の作った四角い建物が、得体の知れない物体のように、黒く固まって見えた。
 人影もなく、不気味なほど静かである。

 水の音が、細く聞こえる。確か、近くに噴水があった筈である。夜は放水を止めているのだろう。
 昼間見かけた時に、ブシューッと大層な勢いで水を噴き上げていた。

 これだけ静かな空間に、あの音が響いたら、うるさくて眠れない、と苦情が寄せられそうだ。
 見るともなく、暗がりを眺めていると、光が現れた。


 暗闇に穴が空いて、光が漏れ出したようにも見えた。ヒサエルディスは、自然と光の点を注視する。

 光点は、倍々に増えて、七色の帯となった。七色の光がくるくる回る様は、綺麗で心が浮き立つ。
 しばらくの間、楽しく眺めたヒサエルディスは、それが何なのか突き止めたくなった。

 王女はベッドで熟睡中である。扉から出て宿の出入り口まで降り、裏手へ回り込む、と考えただけで、無理と判断した。裏へ回る道を知らない。
 彼女は、窓から飛び降りた。

 その瞬間、光は七色とも消えてしまった。

 「ああ~」

 嘆息の声が漏れる。道へ足が着くと、目の裏の残像を頼りに、その場所まで移動した。
 光に慣れた目に、徐々に周囲が浮き上がる。

 そこは、噴水だった。噴き出す水は止まっているが、溜める部分に水が張ったままであった。
 ヒサエルディスが手を差し入れても、何も起こらない。ただの水である。

 「俺のショーは気に入った?」

 ばっと振り向いた。人間の男が、一人で立っていた。
 エルフから見ても、まずまず美しい顔をさらし、体をマントで包んでいる。その下からはみ出した服の感じからして、魔法の得意な人間であることが予想された。

 「貴方が、あれを?」

 尋ねたのは、他に話しかけるべき言葉が思い浮かばなかったからだった。

 順当に推測して、彼が魔法を使ったであろうことは、ほぼ確実だった。
 そんな念押しよりも、身元や目的など、他に確認すべきことが山ほどあったのに、ヒサエルディスは考え付かなかった。せいぜい、名前を知りたいと考えた程度である。

 既に、彼女は知らず、男に惹かれていたのだ。

 「そう。得意なんだ」

 男が口の中で呪文を唱え、手を動かし始めても、彼女は何ら警戒心を抱かなかった。彼から悪意を感じなかったし、もう一度あの光を見たいと思っていたのだ。

 「光よ、踊れ」

 男の指先は、ヒサエルディスを指した。
 彼女の白っぽい夜着が、様々な光の渦巻くドレスに早変わりした。

 「うわあ。素敵」

 ヒサエルディスは、慎みも忘れて裾をつまみ上げた。彼女の手にも光が踊った。

 パッと、光が消えると、ただの布切れに戻った。素足を晒していたことに気付き、彼女は慌てて手を離した。
 顔が熱くなったが、この闇では男に見分けられないだろう。
 幸いだった。脚も見られていないことを、祈る。

 「そろそろ眠った方が良い。自力で戻れるんだよね?」

 男が、開いたままの鎧戸を見上げて指差した。ヒサエルディスも釣られて見上げ、自信がなくなった。

 降りる時は夢中だったが、存外高い場所に自室があった。落下の衝撃を弱めるよりも、自重を持ち上げる方が、力を必要とするのは、魔法も筋力も同じである。

 「しょうがないだなあ」

 笑みを含んだ声の後、ヒサエルディスの体が浮き始めた。振り向くと、男が呪文を唱えている。

 「名前を」

 言いかけて、言葉を呑み込んだ。この状態で、名前を言える訳がない。
 彼が呪文を止めたら、彼女が落ちる。リウメネレンだったら、言えたかも知れない。不意に、師匠を思い出した。彼女が勝手に、弟子を名乗っているだけなのだが。

 ぐぐぐうっ、と鎧戸の高さまで持ち上げてもらった後、ヒサエルディスは必死で窓枠を掴み、足を掛けた。同時に魔法の後押しが消えるのを感じた。

 部屋へ無事に降り立つと、窓の外を覗き込んだ。
 闇に慣れた目にも、男の姿は見分けられなかった。既に立ち去ったのかも知れない。

 ヒサエルディスは、見えない姿に手を振ってから、鎧戸をそっと閉めた。
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