続・姫待ち。魔王を倒したチート魔術師は、放っておかれたい

在江

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26 闇夜に浮かぶ体 *

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 エルフ国の入り口へ辿たどり着くと、国境を守る兵士の動きが、妙に慌しかった。

 「何かあったの?」

 流石さすがのティヌリエルも、自分の機嫌を脇に置く。

 「詳しくは不明ですが、アリストファムの方で、何か起きたようです。先ほど、入国手続きを厳格にせよ、と命令がありました。殿下、失礼します」

 と、王女の手荷物から体から調べ始める。
 通常は、顔を見て手を振るだけのところである。

 ヒサエルディスも、当然ながら、より厳しく調べられた。あの女の子から贈呈された薬草は、その場で没収された。二人とも、抵抗も抗議もしなかった。

 この騒ぎは、リチャードが姿を現したことと関係があるに違いない。
 だが、彼がどのように関わるのかまでは、推測できなかった。

 ヒサエルディスには、兵士の話を聞いた王女が、一瞬期待に満ちた表情を見せたことが、最も気に掛かる点出会った。

 さりとてその場では問い詰めることもできず、王城へ送り届けて家へ戻ったところへ、母が帰宅した。

 「無事に戻ったんだね。出先で変わった事は、なかったかい?」

 「別に。何かあったの?」

 リチャードらしき人影を見た事を、隠すつもりはなかったが、話せば彼について改めて説明せねばならない。
 今のヒサエルディスには、億劫おっくうなことだった。

 「わからないけど、しばらく自宅待機するようにってお達しが出た。お前もだよ、ヒサエルディス」

 「えっ。何で?」

 思わず問い返した。いよいよ、リチャード絡みの様相である。そうなれば、家にこもるよりも、王城へ出向くか、国境を越えた方が良いのではないか。

 「ハリナダン様を呼び戻すって、王様が」

 彼女の思考を、母の発言が中断した。
 エルフ王が、リウメネレンではなく、ハリナダンを頼るとは、相当に重大な事態である。少なくとも王命で他出するリウメネレンであれば、すぐに呼び戻せる筈であった。

 「ハリナダン様が今どこにいらっしゃるか。王様はご存じなの?」

 「さあ。とにかく、家にいなさいね」

 母は娘に言い渡した。


 無論、ヒサエルディスが、大人しく従う訳はなかった。自室へ閉じこもると見せかけ、夜になってから、こっそり抜け出したのだ。

 リチャードは、ヒサエルディスに会いに来たのだ。
 彼から貰ったブローチには、魔法がかけられていた。どのような魔法か、ヒサエルディスにはわからなかったし、リチャードも説明しなかった。没収した警備兵からも、説明はなかった。

 彼は、何かの危機に備え、ヒサエルディスにブローチを渡したのである。彼女は彼に会って、ブローチが没収されたことを謝らなくてはならない。
 リチャードが故国アリストファムを捨てる気で来たのなら、彼女もエルフ国を捨てる覚悟で彼に寄り添うつもりだ。ブローチを取り戻す必要があるなら、改めて探す。
 二人で取り組めば、何もかも上手く行くような気がした。

 まずは、国の外へ脱出しなくては。
 正面からは、突破できないだろう。


 闇夜であった。夜目の利くエルフには、あまり関係がない。人間や、他の昼行性動物から見つかりにくいという利点はあるものの、今見つかりたくない相手もまたエルフであった。

 ヒサエルディスは、見回りと出くわさないよう、国境から付かず離れず移動する。
 エルフ国は、エルフ以外の者の出入りを厳に制限している。

 そのため、国境全体にある種の結界を張っていた。魔力も、技能も、相当に難易度の高い仕事である。
 当然ながら、結界に関する情報もまた、厳重に秘匿ひとくされている。恐らくは、王と技術的に直接関わる僅かな者しか扱えない。
 王女のティヌリエルでも、知っているかどうか怪しい。

 仕組みを知らずとも、効果は体験できる。そして、体験を重ねることで、得られる知識もある。

 幼い頃から、リウメネレンの家へ入り浸っていたヒサエルディスは、国境付近を歩く機会が多かった。そして、結界が部分的に弱まる場合があることを、経験的に知っていた。

 近頃では、森をぶらぶらと歩く際に、無意識に結界の弱まった箇所を数え上げている。逐一ちく一国への報告は、しない。

 警備の方でも、そのことは把握していて、彼女が次に通った時には修理済みの場合が大半だ。だが、全てではない。

 ヒサエルディスは、一か八か、結界のほころびから外へ出ようと考えたのである。
 このような状況だ。通常以上に、結界には敏感になっている。そして、結界の全範囲を同時に警戒し続けることも、実際には不可能だった。

 大きな岩を、抱え込むように生えた木のある箇所だった。
 闇にそびえる大木が、ヒサエルディスを見下ろすように枝を伸ばしている。

 岩を回り込めば、綻んだ結界が感じ取れる。そこから実際に出入りするのは、幼い頃以来のことだ。
 大人の体で綻びを大きくすれば、警報が伝わり、警備が飛んでくるだろう。

 一旦出て仕舞えば、外の世界である。何とかなる。
 ヒサエルディスは、どこか近くに、リチャードがいるような気もしていた。

 「いいっ」

 「静かに」

 彼女は、ぴたりと動きを止めた。幻聴かと思った。その二つの声には、聞き覚えがあった。
 間もなく、彼女の尖った耳は、また別の音を捉えた。

 パン、パン、パン。

 「んんんうっ」

 どこから聞こえてくるのか。ヒサエルディスは、そっと周囲を窺う。森の木々を透かし見ても、予期された姿はない。

 やはり幻聴、と思いたがる彼女の心に逆らい、耳は音の出所を突き止め、足を動かす。
 夜目に白く、仰向けの裸体が見分けられた。


 ティヌリエルである。両脚を大きく広げ、乳房が剥き出しになるまでまくり上げた服に、顔を埋めるようにしている。その上に覆い被さるのは、リチャードだった。

 フードが脱げて、顔があらわになっていた。王女の両足を掴み、一心に腰を打ちつけている。まとわりつくマントが邪魔になったか、片手で後ろへ流した。

 一瞬開いた二人の体が、一箇所でぴったり繋がっているのが、丸見えになった。光のない闇に、白く浮き出た接合部が、とてつもなく拡大されて、ヒサエルディスの目に飛び込む。
 急に視力が上がった、と錯覚しそうだった。

 その良好な視界に、ティヌリエルの顔が映り込んだ。
 ヒサエルディスの足が動いた。

 彼女は、きびすを返すなり、一目散に逃げ出した。背後に足音が聞こえるような気がしたが、振り向かなかった。

 家まで戻ると、母にばれないよう、そっと自室へ入り込んだ。
 たちまち膝から崩れ落ちた。

 だめだ。まだ泣けない。
 ヒサエルディスは体に力を入れ、上半身をベッドに届くまで近付けた。立ち上がる気力が出せなかった。

 顔をベッドに伏せる。まだ泣けなかった。
 彼女は泣きたかった。しかし、喉に何かが詰まったように、声も涙も出てこない。

 その脳裏には、ティヌリエルの勝ち誇った笑みが焼きついていた。王女は、こちらへ視線を向け、確かにヒサエルディスの姿を捉えていた。
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