姫待ち。魔王を倒したチート魔術師は、放っておかれたい

在江

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30 魔術師の惻隠 *

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 「俺たちは、王宮の外にいるから、力を持つ。ヒッサがエルフ国、ベイジルがドワーフ国の権威をちらつかせることができるのも、王宮に仕えていないからだ。身内だけで固めた王宮が叩かれたら、そこで終わりだ。味方をもっと作れ。今回、ルルフィウムを分離するのに、分析試薬や器具を貸してくれた魔術師や、情報をもたらした役人、召使、小さな事でも協力してくれた貴族の子弟。身分や出自を問わず、あらゆるところに味方の芽はある。掘り起こして固めろ」

 俺は、姫とアキの顔が、俺の話を聞きながら、揃ってほどけていくのを眺めていた。

 「あたしは、もう騎士団に入っちゃったから、引き続きあんたたちに協力するよ」

 アデラが付け加えた。

 「ザックだって、騎士団の不正を暴いたり、仕事を手伝ったり、色々協力してくれているんだ。それも、辺境にいるからできたことだったなあ」

 そう言って、意味ありげな流し目で俺を見る。今にも余計な事をほのめかすんじゃないか、と冷や汗が流れた。例えば、性欲解消の話とか。

 また、姫の表情が少し硬くなった気がした。以心伝心もほどほどにして欲しい。今のは、読まれなかった、と思いたい。

 「マデリーン」

 アキが、そっと姫に手を置いた。ああ、勇者め。彼は、自然にこういうことができる男なのだ。わかっている。姫の夫は、アキだ。

 姫が、アキを見て微笑んだ。俺の胸が痛む。努めて、顔に出さないようにした。どこまでできたか自信がない。

 「ヒサエルディスも、ベイジルも、ザカリーの意見に同意ということかしら?」

 質問ではなく、念押しだった。二人は頷いた。

 「そうだな。王の権威は別として、外野にあった方が、動きやすい場合もある」

 「わしも同感だ。それに騎士団所属になったら、薬草や鍛治まで手が回らん。協力しない、という意味ではないからな」

 「わかっている。皆、ありがとう。アデラも、いつもありがとう」

 「あはは~」

 今度は、アデラの声が少し硬かった。俺は、彼女を見ないようにした。


 帰路の旅は、アデラ以外の四人が一緒だった。彼女は俺と帰る方向がほとんど同じだったのに、ひと足先に帰った。

 「再建間もない辺境騎士団長として、不在を最小限に留めたいからな」

 「メイナードに任せておけば、心配ないだろうに」

 俺は、水牛人の副団長の名を挙げた。

 「そうやって、彼にばかり押し付けたから、ああなった、とも言えるだろ?」

 アデラの反論には、ぐうの音も出なかった。

 そこで、俺はゾーイをベイジルに紹介したのだった。
 彼は、俺が説明するまで、彼女が元魔王とも魔族とも気付かなかった。

 「そうかあ。だから、出仕を断ったんだな」

 「それとこれとは別の話だ」

 元魔王の件を、王宮側に伝えない理由も説明し、了解を得た。
 ベイジルは、猫人に擬態した元魔王をつくづくと眺める。

 「今なら簡単に抹消できそうだが、お前がらなかったのは意外だな」

 ゾーイは、ひっと声を上げて、俺の後ろに隠れるようにした。見た目も行動も、俺たちが闘った魔王とは、まるで別の存在である。

 「心配するな。ザカリーの所有を、勝手に処分などしない」

 「すべき事は理解しているが、できなかった」

 ベイジルと俺の言葉を聞いたゾーイが身を離し、不安そうに俺を見上げる。その手は俺のマントをしっかり掴んでいた。
 最初に魔族と見抜いた際に、殺す機会はあった。あまりに哀れっぽいのに同情、油断して見逃した。次に会った時には、利用価値が生じて生かしておいたのだ。

 元魔王と見破ったのは、俺の師匠である。同時に記憶を失っていることも指摘され、殺す必然性がないとも言われた。
 師匠の言にも一理ある。だが、魔王の残滓ざんしを消滅させる必然性は、あったのだ。
 政治的に。

 魔王を倒すことで権威を高めたアリストファム王国が魔王をかくまう行為は、これまで魔王の被害に遭ってきた人々や国に対する裏切りだ。

 魔王と国が結託して、茶番を繰り広げたとの邪推もあり得る。
 周辺諸国が手を結び、攻め入って来てもおかしくない。

 誤解される前に、ゾーイを消し去るのが、見つけた俺の責任だ。
 俺は彼女を生かしておくことで、姫を裏切ってもいる。アデラやアキも含めて、彼らに隠していることが、その証拠である。

 わかっているのに、俺はゾーイを殺す気になれない。
 一言で説明するなら、情が湧いたのだろう。恋愛感情ではない。小屋で飼う鶏に対するような情である。

 目の前にいる彼女は、人間を害した記憶を失い、人間を害する魔力を持たず、契約によって俺に従う存在である。

 覚えてもいない罪を償うために命を奪っても、引き換えにならない。償いは、反省と共に行われて初めて、被害者にとっての一歩となる。

 色々理屈をねたが、俺は要するに、弱くて無抵抗な者を殺したくなかったのだ。

 「お前は、為政者ではない。この者を裁く責任までは、負わずとも良かろう」

 ヒサエルディスが言った。

 「今の境遇を、罰と捉えることもできなくはない。魔王として君臨した記憶を失い、自分を倒した男の性奴隷になっている訳だし」

 ベイジルが、もっともらしい顔で頷く。解釈に、彼の性的嗜癖が入り込んでいる。ベイジルはSMプレイが好きなのだ。

 「性奴隷じゃないから」

 俺は、きっちり訂正した。ヤっているけど。

 「どちらでも良い。姫とアキの示す友愛も、ゴールトの激情も、王妃の奸佞かんねいも、私には等しくきらめいて見える。私たちが人間界に関わるのは、エルフにない物を求めてのことだ。お前の場合は、観察していて面白いからだが」

 「ああ、そうですか」

 ヒサエルディスの感想に、俺は気のない返事をした。


 にゅるにゅる。じゅぼじゅぼ。

 「おっはよー! やあ、ヤっているね!」

 ばーん、と大きく扉を開けて、アデラが入ってきた。俺の朝立ちを咥えるゾーイが、びくりとした刺激で俺は精子を放出してしまう。

 「う、えほっ、げほっ」

 飲み込み損ねたゾーイが口から白い液体を溢れさせ、俺は慌てて拭く物を探す。
 アデラが敷地内へ入って来たのは、何となくわかっていたが、俺が夢うつつの状態で、危険ではないと判断して、動かなかったのだ。

 「朝から何があったんだ?」

 シーツを交換し、とりあえず食べられる物をテーブルへ並べた。アデラの分も含めて三人前である。部屋へ引っ込む隙のなかったゾーイも、同じ食卓へついた。

 「やっと休みが取れたから、遊びに来ただけ‥‥人の作ったメシは美味いな」

 「うちへ来なくたって、他に行くあてあるだろ」

 「町じゃ気が抜けないし、それ以外だと、ここが一番近い」

 「辺境騎士団長にしょっちゅう出入りされたら、困る。目立ちたくないんだ」

 「だから、私服で来ている」

 ほら、と示すまでもなく、むっちりと寄せあげたおっぱいの谷間が俺の目を刺激する。
 服の裾も短く、何だかヤリやすそうな物を選んで着たみたいだ。まさか。

 「あたし、溜まっているのよ」

 やっぱり。

 「だが」

 「ゾーイちゃんが良かったら、三人で仲良くヤラない? 皆で、上も下も気持ちよくなれるよ」

 ゾーイの尻尾がゆらりと揺れる。

 「それだと、私とザック様は、キスできますか?」

 「できるできる。あたしの胸も揉んでね。女の子同士のキスも、気持ちいいらしいよ」

 「おい」

 どさくさに紛れて俺とのキスを持ち出したゾーイに、事情を知らないアデラが、気安く請け合った。
 にへら~、とゾーイが笑み崩れる。

 師匠が封印してくれたから、魔力を吸われる心配はないとは思うが。普段からのキスを解禁してしまうと、歯止めが効かなくなるというか、また姫への裏切りが重なるような感じがして、後ろめたい。

 「お前、三人でヤったことあるのか?」

 ゾーイとのキスを断ろうとして、恐ろしく遠回しな地点から質問を始めた。元魔王だからできない、と単刀直入に言えば、別の問題が発生する。

 「初めて~。皿とシーツを洗ったら、早速試してみよう」

 当然、アデラに俺の要望は伝わらない。嬉々として片付けを始める。
 ゾーイの目が期待に輝き、アデラと仲良く仕事をし始めた。早くも尻尾で彼女をくすぐり、傍目にはイチャイチャしているように見えなくもない。
 俺は断る機会を逸した。
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