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攫われてしまった 3
わたしの欲望が一気に萎えた。
男が布を下ろし、わたしの顔を伏せるように抱き寄せた。
手が自由だったら、体をまさぐるところだった。
縛られていて良かった。良かったのか?
「全部調べるんですか? 大変ですねえ」
「これで飯食っているんだ。後ろの連中も、仲間か?」
幌越しに、御者と話す声がはっきり聞こえた。布製の幌は、音を素通しする。移動中の騒音が、エロい音を掻き消してくれたと信じよう。
がばっ、と幌が開けられ、ランプで中を照らされた。いつの間にか、外は夕暮れていた。
暗がりに慣れた目に光が眩しくて、顔を男の胸に埋めた。
口枷がなかったら、どさくさに紛れて舐めるところだった。
抱きしめられていることを意識すると、またぞろ両脚の間から、とろりと蜜が溢れ出す。
検問を無事通り抜けたら、男はわたしをイカせてくれるだろうか。早く終わって欲しい。
「やあマッテオ。数ヶ月ぶりかな。彼女さんと相変わらず熱々だな」
ランプを持った男は、マッテオを見知っているようだった。
偽名だろうが、思いがけず名前を知れて、嬉しくなる。
検問の相手は、わたしを恋人と思い込んでいた。
似たような体型の人間を用意し、予め一緒にここを通っていたのだ。何ヶ月も前に。
改めて、大掛かりな計画だと認識する。黒幕が金も権力も持っているのは疑いもない。
行きに恋人役を務めた女は、どうなったのだろう。
本物の恋人かも知れない、と思うと軽く嫉妬を覚えた。
僅かな間に、わたしはすっかりマッテオの新たな恋人となりかかっていた。
嫉妬がわたしの目を覚ます。
逃げるなら、今がチャンスだった。
でも、わたしの手足は縛られ、マッテオに抱き抱えられていた。
声を上げようにも、口枷が邪魔をする。
「ここには二人きりかい?」
「そうじゃないと、楽しめないからね」
マッテオは、別人みたいに明るく応じた。ランプの光が引く。
「異常ありません!」
上司でも来たのか、急にシャキッとした声が響いた。
そのまま幌の中が暗くなる。
終わった。色々と。
がっかりしたような、ほっとしたような、相反する微妙な気持ちで、体の力を抜いた。
再び幌がめくられた。
灯りの向こうに立つ人影は、先ほどと違って見えた。
「暗すぎる。面倒でも、一旦表へ出てくれ」
別人の声がした。マッテオの腕に、力が籠る。
「今、行きます」
朗らかに言うと、わたしを抱えたまま、じりじりと移動した。
「どうした? その娘、寝ているなら、起こせ」
新たな相手は、マッテオを知らないようだ。どこか、聞き覚えのある気もする。
「起きています。プレイ中なもので、えへ」
マッテオは、わざとニヤけた声を出して、予防線を張った。
口枷と手足の緊縛は、他に言い訳のしようもないだろう。
密着するわたしには、彼が空いた手で、武器をまさぐるのが感じられた。
「なるほど。プレイ中を邪魔したな」
思い出した。
「こいつと仲間を捕縛しろ。抵抗する者は斬れ!」
ヒュン、と金属の唸る音が、耳を掠めた。
直前で後ろへ倒されなかったら、斬られたかもしれない。
不思議と怖さは感じなかった。
周囲が明るくなった。
マッテオの気配が、不意に消えた。
同時に、バタバタと複数の足音が入り乱れ、剣がぶつかり合うような音も聞こえた。
わたしは芋虫のように這いずり回って体を起こし、明るい方に顔を向けた。
幌の出入り口が、すっぱり斬られていた。
夕闇が迫る中、兵士と商人が戦っている。
よく見えるのは、誰かが魔法で灯りを打ち上げているからだ。
スポットライトに照らされた舞台みたいで、こんな時だけど現実には思えなかった。
兵士と対等に戦う商人がまた、非現実感を増していたのだ。
見える範囲では、その中にマッテオも御者もいなかった。
この人々は、一体どこから湧いて出たのだろう?
呆然と眺めるところへ、ずぶ、と不吉な音と共に、荷箱が崩れてきた。
「ん!」
幌布から突き出た剣先が、暗がりに白く光った。
引き抜こうとするのか、ガタガタと箱ごと揺れる。
わたしは箱を避けて、床へ伏せた。
幸い、荷箱の中身はほとんど空か、軽い物らしかった。
それでも木箱だから、当たれば痛い。
わたしは再び芋虫となり、荷台の最後尾から慎重に顔を出した。
彼らはまだ戦っていた。
兵士にアリクフロント領の紋章が付いているのが、見分けられた。
国境付近の領地である。
やはり、幌馬車で国境を越えようとしていたに違いない。
兵士と戦っているのは、商人に扮したマッテオの仲間だろう。
聖女を攫うのに、実行犯二人は少なすぎた。
ひひん。
馬がいななくと、乗っていた馬車が、急に動き出した。
たちまちバランスを崩して倒れ込んだわたしに、同じく崩れた積荷が、次々と落ちてくる。
痛い痛い痛い。
口枷のせいで、悲鳴も上げられない。
手足を縛られた身では、小さく丸まってやり過ごすより他なかった。
「待て!」
後ろから声がかかると同時に、頭上を一陣の風が通り過ぎた。
「わっ!」
慌てた声に一瞬遅れ、ガクン、と馬車が落ちた。
口枷をしていなかったら、舌を噛んだかもしれない。
見上げると、幌馬車の屋根だけが、先へ進んでいき、やがてこれも落ちた。
思いの外、明るい夜空が広がった。
どうにか体勢を立て直し、恐る恐る前方を見やると、落ちた屋根の下で、馬がもがいていた。
魔法で、馬車の車輪と屋根を切ったようだ。
相変わらず、無茶をする。
「アイナ!」
駆け寄る足音に向かって三度目の匍匐を試みた。
動く度に、新たな木箱が落ちる。
地味に痛い。
目の前を塞ぐ木箱が次々取り除かれ、突き出た両手がわたしの頬を挟んで仰向かせた。
「やっぱりこの匂いは、アイナだった‥‥お前、何やっているんだ?」
だから、攫われて縛られているところである。
SMプレイ中ではない、多分。
夜空を背景にわたしを見下ろすのは、元勇者で現アリクフロント伯のハルトくんだった。
男が布を下ろし、わたしの顔を伏せるように抱き寄せた。
手が自由だったら、体をまさぐるところだった。
縛られていて良かった。良かったのか?
「全部調べるんですか? 大変ですねえ」
「これで飯食っているんだ。後ろの連中も、仲間か?」
幌越しに、御者と話す声がはっきり聞こえた。布製の幌は、音を素通しする。移動中の騒音が、エロい音を掻き消してくれたと信じよう。
がばっ、と幌が開けられ、ランプで中を照らされた。いつの間にか、外は夕暮れていた。
暗がりに慣れた目に光が眩しくて、顔を男の胸に埋めた。
口枷がなかったら、どさくさに紛れて舐めるところだった。
抱きしめられていることを意識すると、またぞろ両脚の間から、とろりと蜜が溢れ出す。
検問を無事通り抜けたら、男はわたしをイカせてくれるだろうか。早く終わって欲しい。
「やあマッテオ。数ヶ月ぶりかな。彼女さんと相変わらず熱々だな」
ランプを持った男は、マッテオを見知っているようだった。
偽名だろうが、思いがけず名前を知れて、嬉しくなる。
検問の相手は、わたしを恋人と思い込んでいた。
似たような体型の人間を用意し、予め一緒にここを通っていたのだ。何ヶ月も前に。
改めて、大掛かりな計画だと認識する。黒幕が金も権力も持っているのは疑いもない。
行きに恋人役を務めた女は、どうなったのだろう。
本物の恋人かも知れない、と思うと軽く嫉妬を覚えた。
僅かな間に、わたしはすっかりマッテオの新たな恋人となりかかっていた。
嫉妬がわたしの目を覚ます。
逃げるなら、今がチャンスだった。
でも、わたしの手足は縛られ、マッテオに抱き抱えられていた。
声を上げようにも、口枷が邪魔をする。
「ここには二人きりかい?」
「そうじゃないと、楽しめないからね」
マッテオは、別人みたいに明るく応じた。ランプの光が引く。
「異常ありません!」
上司でも来たのか、急にシャキッとした声が響いた。
そのまま幌の中が暗くなる。
終わった。色々と。
がっかりしたような、ほっとしたような、相反する微妙な気持ちで、体の力を抜いた。
再び幌がめくられた。
灯りの向こうに立つ人影は、先ほどと違って見えた。
「暗すぎる。面倒でも、一旦表へ出てくれ」
別人の声がした。マッテオの腕に、力が籠る。
「今、行きます」
朗らかに言うと、わたしを抱えたまま、じりじりと移動した。
「どうした? その娘、寝ているなら、起こせ」
新たな相手は、マッテオを知らないようだ。どこか、聞き覚えのある気もする。
「起きています。プレイ中なもので、えへ」
マッテオは、わざとニヤけた声を出して、予防線を張った。
口枷と手足の緊縛は、他に言い訳のしようもないだろう。
密着するわたしには、彼が空いた手で、武器をまさぐるのが感じられた。
「なるほど。プレイ中を邪魔したな」
思い出した。
「こいつと仲間を捕縛しろ。抵抗する者は斬れ!」
ヒュン、と金属の唸る音が、耳を掠めた。
直前で後ろへ倒されなかったら、斬られたかもしれない。
不思議と怖さは感じなかった。
周囲が明るくなった。
マッテオの気配が、不意に消えた。
同時に、バタバタと複数の足音が入り乱れ、剣がぶつかり合うような音も聞こえた。
わたしは芋虫のように這いずり回って体を起こし、明るい方に顔を向けた。
幌の出入り口が、すっぱり斬られていた。
夕闇が迫る中、兵士と商人が戦っている。
よく見えるのは、誰かが魔法で灯りを打ち上げているからだ。
スポットライトに照らされた舞台みたいで、こんな時だけど現実には思えなかった。
兵士と対等に戦う商人がまた、非現実感を増していたのだ。
見える範囲では、その中にマッテオも御者もいなかった。
この人々は、一体どこから湧いて出たのだろう?
呆然と眺めるところへ、ずぶ、と不吉な音と共に、荷箱が崩れてきた。
「ん!」
幌布から突き出た剣先が、暗がりに白く光った。
引き抜こうとするのか、ガタガタと箱ごと揺れる。
わたしは箱を避けて、床へ伏せた。
幸い、荷箱の中身はほとんど空か、軽い物らしかった。
それでも木箱だから、当たれば痛い。
わたしは再び芋虫となり、荷台の最後尾から慎重に顔を出した。
彼らはまだ戦っていた。
兵士にアリクフロント領の紋章が付いているのが、見分けられた。
国境付近の領地である。
やはり、幌馬車で国境を越えようとしていたに違いない。
兵士と戦っているのは、商人に扮したマッテオの仲間だろう。
聖女を攫うのに、実行犯二人は少なすぎた。
ひひん。
馬がいななくと、乗っていた馬車が、急に動き出した。
たちまちバランスを崩して倒れ込んだわたしに、同じく崩れた積荷が、次々と落ちてくる。
痛い痛い痛い。
口枷のせいで、悲鳴も上げられない。
手足を縛られた身では、小さく丸まってやり過ごすより他なかった。
「待て!」
後ろから声がかかると同時に、頭上を一陣の風が通り過ぎた。
「わっ!」
慌てた声に一瞬遅れ、ガクン、と馬車が落ちた。
口枷をしていなかったら、舌を噛んだかもしれない。
見上げると、幌馬車の屋根だけが、先へ進んでいき、やがてこれも落ちた。
思いの外、明るい夜空が広がった。
どうにか体勢を立て直し、恐る恐る前方を見やると、落ちた屋根の下で、馬がもがいていた。
魔法で、馬車の車輪と屋根を切ったようだ。
相変わらず、無茶をする。
「アイナ!」
駆け寄る足音に向かって三度目の匍匐を試みた。
動く度に、新たな木箱が落ちる。
地味に痛い。
目の前を塞ぐ木箱が次々取り除かれ、突き出た両手がわたしの頬を挟んで仰向かせた。
「やっぱりこの匂いは、アイナだった‥‥お前、何やっているんだ?」
だから、攫われて縛られているところである。
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