神殺しの剣

在江

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第二部 第一章 港町イナイゴス

9 海上の陣容

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 並び立つイルカの石像が、ロータス川の河口から船を見送っている。船着場には、船員の家族や物見高い人々が集まってやはり出航を見送っていた。

 船上では、手の空いている人間が、甲板に出て港へ手を振る。見送ってくれる人もないエウドクシスは、やはり見送る人のなさそうな船長のレニトに話し掛けた。

 「どの辺りでぶち当たりますかね」

 大柄でがっしりとした体格のレニトは、もじゃもじゃの髭をしごきながら甲板から船員達の仕事ぶりを監視しており、エウドクシスには目もくれなかったが、質問にはきちんと答えた。

 「奴らはイナイゴスを目指しているらしい。湾内へ入る前に沈めてやる」

 船長は仕事をさぼって見送りの人に手を振る船員を目敏く見つけ、素早く近寄りながら雷のような大声を出して叱りつけた。

 怒鳴り声に驚いた船員達は、さぼっていた者もそうでない者も、蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。エウドクシスも怒鳴られる前に船長から離れ、舳先へ回った。

 以前働いていたツテをたどり、レグナエラ軍に接収されていたレニトの船に、兵士として雇われたのである。
 一介の兵士に過ぎない彼には、作戦の説明などされなかった。

 自分で集めた情報を分析したところでは、ネオリアとメリディオンの連合軍は、レグナエラ全土を戦火に巻き込まず、首都を陥落することで領土を手に入れようとしているらしかった。

 ならば、首都へ向かう主力軍を叩けば、敵の戦力は大幅に減退するだろう。ネオリアは陸路から攻めてくる可能性もあるが、メリディオンが来襲するならば、必ず海路を採らざるを得ない。

 まずメリディオン軍を壊滅させる。二国に共同して攻められるよりは、一対一の戦いの方が勝機を見込める。エウドクシスはこのように考えて、海軍の兵士に雇われたのであった。

 舳先へ回ると、海に浮かぶ島々が遠くに見えた。風は追い風である。幸先がよい。

 エウドクシスの乗った船は、他の船と共に、グーデオンの湾内を抜けた後、東へ針路を取った。海岸沿いに船を進めて、イナイゴス湾まで行くつもりである。

 「船が見えるぞー! 敵だ!」

 帆柱の先にしがみついていた男が、声を張り上げた。船員がどよめく中を、レニトがすっ飛んできた。その手には、早くも棍棒と銛が握られていた。船長は見張りが指差す方角を細目で睨み据えた。

 エウドクシスも水平線を観察した。甲板からは、まだ見ることができなかった。

 「全員、戦闘準備! 全速力!」

 船長は、棍棒と銛を振り回しながら怒鳴った。船員は素早く命令に従った。
 エウドクシスが他の船を見やると、それぞれの見張りが船影を見つけたのだろう、慌しい動きが見えた。

 並走する軍船は、二層になった櫂が慌てた百足の足のようにしゃかりきに動き出し、たちまち速度を上げた。
 レニトの船は元々商用で帆船だ。最初から目一杯全速力である。如何に船長が恐ろしくても、これ以上速度を上げようがなかった。

 次々と櫂船に抜かされ、焦る船長は今にも棍棒で甲板を突き破りそうである。棍棒で武装し終えたエウドクシスは、人目を避けて船尾へ向かった。

 もう、レニトの船が最後尾であった。エウドクシスは辺りを見回す。皆舳先に集中し、付近に誰もいない。彼は棍棒を脇へ置き、海面に向かってぶつぶつと呼びかけた。海の精霊が、きのこみたいにひょこひょこと顔を出した。

 「何でしょうか」
 「この船を、前にいる船に追いつくまで押してくれ」
 「わかりました」

 海の精霊の頭が海面から消えるか消えないかのうちに、船はぐん、と速さを増した。
 エウドクシスはよろけた弾みで、危うく縁から落ちるところだった。舳先から、船員のどよめく声が聞こえた。エウドクシスは棍棒を拾い上げると、何食わぬ顔をして人々の元へ戻って行った。


 「来ました!」

 見張りが船中に響き渡る大声で怒鳴る。舳先に立って前方に目を凝らすレグナエラのソルペデス王子には、まだ船影は見えなかった。だが、王子も負けずに大声で号令を下した。

 「よし、始めよ!」

 王子の声で、見張りが予め決められていた合図を他の船に送る。
 ソルペデスの船団を含め、部隊は三つの船団に分けられていた。

 王子の船団を中心に、バラエナスとデルフィニウスの船団が左右に展開し、イナイゴス湾の出入口をくさび型にふさいだ。ソルペデスの船は、湾内に向かって伸びる楔の先端で、敵を待ち構えている。

 陣を敷いて間もなく、見張りの言った通り、水平線の彼方から敵の船影が現れた。最初は灰色の影のようであったのが、船体を露にするにつけ、徐々に異国船の風体を明らかにしていった。

 「ネオリアが先陣を切っているのか。この勝負、貰った」

 最も敵船に近く位置する船団の長、デルフィニウスが呟いた。強気な発言とは裏腹に、表情は厳しく引き締まっている。
 白波を掻き分けて進んでくるネオリアの船も、レグナエラの軍船と同様、百足のように櫂を並べて奴隷に漕がせる型の船であった。

 舳先には、やはり同じように金属をつけている。その形が武骨な太い棘であり、他に装飾が見られない点が如何にもネオリア風であった。

 レグナエラ軍の方は、軍船であっても装飾を施してある。庇護を求めるために神々の姿を描いたものがほとんどであったが、神々に附随した草木や動物なども描かれていた。

 「奴ら、無傷で来ているぞ。シュラボス島は傍観していたのか」

 遠目に敵方を眺めながら、バラエナスが誰にともなく、責めるような口調で言った。その表情は複雑だ。

 バラエナスの父親は、シュラボス島からレグナエラ本土へ移住してきたのだ。代々レグナエラ育ちの人間と比べて、内心引け目を感じることもあったバラエナスは、敵が無傷であることがまるで己の責任であるかのように錯覚したのであった。
 それも一瞬のことで、彼はすぐに気をとりなおし、部下に細かい指示を与えた。

 「グーデオンからの援軍は見えるか。マエナはまだか」

 ソルペデスは部下からの報告に眉をひそめた。彼の船団は敵方から遠い位置にあり、援軍が見えないからと言って焦るには早いのだが、それでも不安は残った。

 左右に船を展開するバラエナスとデルフィニウスは、既に作戦通り動き始めている。彼は不安を押し殺し、部下に次の指示を与えた。


 シュラボス島と近海の小さな島々の間を無事に通り抜け、いよいよレグナエラ本土が姿を現した。

 白っぽい乾燥した大地を前に、ずらりと並び揃ったレグナエラ海軍の様子は、ネオリア軍の海軍将ダリウスから見ても壮観だった。

 レグナエラの船はそれぞれ信奉する神々の姿を掲げ、そのまま飾って鑑賞に耐えるほどに見目麗しかった。
 大将らしく、キルースとヒスタスの船団を先頭に立て、後ろに控えたダリウスは、自軍の実用一点張りな船を格下に感じてしまった。

 「あのような見掛け倒しの船団など、すぐにでも沈めてやる。こちらには、メリディオン軍もついているんだ」

 後ろにいてよかった、という考えを頭から振り払うべく、彼は決意を声に出して自分を励ました。ここで手柄を立てれば、ダリウスの心証は間違いなく良くなる。

 もし、万が一異母弟のクロルタスが戦死でもすれば、王位継承者に返り咲くことも夢ではない。楽観的な将来図を脳裡に描き、ダリウスは自分を鼓舞するのであった。

 ネオリア軍の先陣を切るヒスタスも、レグナエラの海軍を見るのは初めてであった。彼も対戦相手の威容に息を呑んだ。

 内心、先駆けに名乗り出たことを後悔するとともに、古参の将であるキルースの曖昧な表情を思い出した。ここで負ける訳にはいかなかった。あの古狸の顔を称賛に変えてやる。

 ヒスタスは近付く船の一つに狙いを定め、部下に指示を与えるのであった。

 ヒスタスの船団からやや遅れて、キルースはイナイゴス湾へ向けて船を進めていた。

 彼の船団の後ろには大将であるダリウスの船団がある。
 実のところ彼は、クロルタス王子の指揮下に入りたかった。進攻計画が定まった後、こっそりと王子に陳情に赴いたほどである。

 キルースの希望は無論受け入れられなかった。クロルタスは一見頼りなさそうであるが、大局の把握に優れ、細かいことは気にせず部下に任せるやり方を好んだ。細かいことにも首を突っ込みたがる割りに、肝心なところで逃げ腰になるダリウスとは対照的である。

 以前偵察したことのあるレグナエラの海軍を前に、キルースは改めて、ダリウス指揮下に入ったことを嘆くのであった。

 メリディオン海軍は、ネオリア軍勢の後から航行していた。

 「いいんですか。ネオリアの奴らに手柄を一人占めされても?」

 ベルースは、不満顔の側近に訊かれて苦笑まじりに答えた。

 「メリファロス殿下にはきちんとしたお考えがある。今回の戦争を仕掛けたのはネオリアだからな。ネオリアに先陣を切らせるのが妥当というものだろう」

 最後尾についていた船の見張りが、緊迫した声で叫んだ。

 「後ろからも何か来るぞ!」
 「挟み撃ちか!」

 部下から報告を受けたフィロップは、前を行くメリファロス王子達などの船団への連絡と共に、船を旋回するよう命令を下した。
 何百とある櫂が一斉に動きを変える。海面が白く泡立ち、船の腹を打った。

 列をなして航行中の大きな船が、海上で向きを変えるのは容易でない。互いにぶつからないよう距離を測りながら船を操っているうちに、後方から来た船の正体が徐々に明らかになった。

 フィロップの予想通り、それはグーデオンから駆け付けたレグナエラ軍であった。
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