赤鬼伝

夏目べるぬ

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第22章

春風のさざめき

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 いつもの日常が戻り、エンマは蓮花の稽古場で、霊術の修行を再開した。
 エンマがやって来ると、稽古場の子供たちは、あっと叫んで集まって来た。
「エンマ!今までどこに行ってたんだよ。」
「フータが心配してたんだぞ!」
「魔物に捕まってたんじゃないっけ?」
 子供たちは、口々に言って騒いだ。
「ああ~…。」
 エンマは、面倒くさそうにして頭を掻いた。
「そうだなあ。魔物に捕まったけど、逃げて来たんだ。」
「えっ?逃げれたの?」
「なんだ、だらしねえ。魔物をやっつけたんじゃねえのかよ。」
「おい、こらっ!おめえら、うるせえぞ!兄貴は大変な思いをして戻って来たんだからなっ!」
 騒ぎ立てている子供たちの前に、フータが出てきて言った。すると子供たちは一斉に黙ってフータを見つめた。
「フータ。なんかおめえがすっかりこいつらのリーダーみてえじゃねえか。」
 エンマにそう言われると、フータは照れくさそうにして笑った。それを見て蓮花も微笑んでいた。
 いつの間にか、フータは子供たちをまとめる役になっていたようだった。
「蓮花。飛天術と、瞬足術だったか?それは、いつの間にか出来るようになってたぜ。」
「え、ほんとに?やってみせて。」
 エンマはその場から一瞬にして、そこから少し離れた稽古場の入り口の所に移動してみせた。更にそこから、飛天術で座った姿勢のまま空中を飛んで戻って来た。
「本当に出来るようになったのね。前は全然駄目だったのに。」
「それにな、心眼みたいなのも身に付いたんだ。だからこれからは、俺も魔物をやっつけられるぜ。」
「そんなに短期間で心眼まで…。すごいじゃない。」
 蓮花は目を丸くしていた。
「心眼じゃなくて、俺の場合は、魔眼ていうのなんだがな。」
「魔眼?魔物の目ってこと?」
「ああ。俺は半分魔物だろ。だからそれで魔物を見れるようになったんだ。」
「そう…。」
 躊躇なく「半分魔物」だと言い切るエンマの変わり様にも、蓮花は驚いていた。
「ただ、伝視は出来ねえんだけどな。あれはあんまりやりたくねえんだよな。目が痛くなっちまって。」
「それじゃ、今度は伝心術を教えるわ。伝心術が使えれば、ある程度遠く離れた仲間とも連絡がとれるようになるのよ。」
「そりゃあ便利だな。」
 エンマは緑色の目を輝かせた。

 午後になり、エンマは蘭丸の訓練所へ行き、そこで久々に椿に会った。
「赤鬼君、よく帰ってきたねえ。僕はもうてっきり死んだものかと思っていたよ。」
「相変わらずの減らず口だな、てめえは…。まあいい。それより椿。俺はおめえと勝負したかったんだ。」
「いいけど。なんか調子に乗ってないかい。」
 エンマは椿のからかいを無視して、木刀を構えた。
 椿もまた、エンマのただならぬ気迫を感じていた。
 二人ともしばらく動かずに、互いの出方を窺っていた。
 時間が止まったかのような静けさの中。いつしか他の訓練生たちも二人の対決を見守っていた。
 エンマは右手に木刀を持ち、ただまっすぐに立っているだけに見えたが、その目だけは鋭く椿を見据えていた。椿はすっかりエンマに気圧されて、額から汗が流れ出していた。
 一分が、一時間にも思えるような長さだった。
 そのぴりぴりと張り詰めた空気に、先に耐えられなくなったのは椿だった。
「やあっ!」
 椿は鋭く力強い一撃を放ってきた。しかし、エンマは攻撃を見切って素早くかわし、椿の後ろをとると、椿の首に木刀をぴたりと当てた。
「これでお前は死んだな。俺の勝ちだ。」
 エンマはにやりと笑って言った。
「フフ…。こうあっさりと負けてしまうとはね…。認めざるを得ないようだねえ、エンマ。」
 椿は初めて、エンマを名前で呼んだ。
「なんか、てめえに名前で呼ばれると変な感じだな。いつも通り、赤鬼でいいぜ。名前で呼ばれる方が気色わりいからな。」
 エンマは苦笑した。
「そうかい。じゃあ赤鬼君は赤鬼君のままでいいんだね。」
「ああ。一向に構わねえ。」
 エンマと椿の闘いはほんの数分で終わったが、それを見ていた蘭丸には、エンマの力が十分に伝わっていた。
 以前に比べて、動きに一つの無駄もなかった。何より、落ち着いている。相手を気迫で負かすほどの悠然とした構え。
 エンマの強さを目の当たりにして、蘭丸はいても立ってもいられなくなった。
「エンマ。今度は俺が相手だ。」
 蘭丸が前に進み出た。
「真打ち登場ってわけだな。」
 エンマは動揺した様子もなく、ただ楽しそうな顔をしていた。
 蘭丸は、エンマの成長に驚きはしていたが、まだ自分の方が強いという自信があった。それ故に、純粋にエンマとの対決を楽しむ余裕がこのときはあった。
 今度は間髪入れず、先にエンマが蘭丸に攻撃を仕掛けてきた。
 以前とは比べ物にならない速さで、エンマは次々と蘭丸に攻撃してきた。かわす暇もないくらいの嵐のような攻撃。そして、恐ろしいほどの気迫。だが蘭丸も負けてはいない。次々と繰り出される攻撃を、蘭丸は全て木刀で受け止めた。
 それはさながら、木刀の打ち合い合戦だった。快い響きが訓練所内に響き渡って、そこにいた訓練生たちは皆、二人の対決に見入っていた。
 二人は互角のように見えた。お互いに隙を見せず、攻撃を避けようともせず、ひたすら木刀を打ち合っていた。
 だが、同じような動きを繰り返している中で、蘭丸は、一瞬体をひねって、攻撃してきたエンマの態勢を崩して、隙を作った。
 その僅かな隙を突いて、蘭丸はエンマの小手に木刀を当てた。その一撃で、エンマの手が痺れて、握っていた木刀を落とした。それで勝敗は決した。
「ちっ…。いけるかと思ったんだがな。」
 エンマは悔しそうな表情で木刀を拾った。
「エンマ。強くなったな。」
 蘭丸は、かろうじて作った笑顔でそう言ったが、その胸の内はざわめいていた。
 ほんの僅かな差だった。しかも、打ち合いでは、互角の力だった。
 これまでに感じたことのない強い焦りが、じわじわと蘭丸の心に湧き上がっていた。

 訓練所から戻って来た二人を、蓮花が出迎えた。
「おなかすいてない?ほら、今日は草餅を作って来たのよ。甘くないからエンマも平気かと思って。」
 蓮花は、盆の上に、団子状にした綺麗な緑色の草餅を並べて持ってきた。
 磨り潰したヨモギと餅を練り合わせて作った草餅の上に、きな粉がまぶしてあった。
「へえ。お前は何でも作れんだな。草餅なら、じじいが作ってくれたことがあったな。」
 エンマは嬉しそうにして、蓮花の作って来た草餅を食べた。
「蘭丸も、はい。」
「ん…。」
 蘭丸は草餅を蓮花から受け取って一つ食べたが、何か思いつめたような顔をして、何事かを考えている様子だった。
「どうしたの?蘭丸。」
 エンマと蓮花の方をちらりと見ると、突然立ち上がって、蘭丸はエンマに向かって言った。
「…エンマ。お前も聞いたんだろう。長老の話をさ。蓮花との結婚の話だ。」
「え?おめえも知ってたのか?」
「ああ。それで今まで、俺は勝手に嫉妬してたんだ。」
「なんだ。そういうことだったのか。」
「でもな、長老がいくらそう言おうと、俺は絶対認めないからな!」
「ち、ちょっと、蘭丸!いきなり何言い出すのよ!」
 びっくりして蓮花が言った。
 しかし、蘭丸の顔は真剣だった。
「蓮花はな、この里では特別な存在なんだ。誰もが認める、一番の霊術使い。だから、その結婚相手に相応しい者は、長老によって決められる。だから、俺がどんなに蓮花を好きでも、実力が認められなければ、結婚相手とは認められないんだ。なのに長老は、お前を蓮花の相手にと決めている。それが、俺にはどうしても納得がいかない。長老の考えを変えさせるには、何が何でも、俺の力を長老に認めさせるしかない。それしか俺にはチャンスはないんだ。」
「ちょっと待てよ。蘭丸。俺は、蓮花と結婚する気なんかないぜ。それに、そのよく分からねえ里の掟だか何か知らねえが、そんなもんのせいで、蓮花やおめえが一緒になれねえってのも、変じゃねえか?なんでそんなに長老が仕切ってんだよ。」
「優れた血統を残すためだよ。蓮花の両親も、優れた霊力を持つ人たちだった。その血を継いだ蓮花は、里一番の霊術使いになった。そうやって、優秀な血を継いで、優秀な霊術使いや霊剣使いが生まれるんだよ。俺だって、才能を認められたから、この里へ招かれたんだ。誰でも他の里から移って来れるわけじゃないんだ。」
「そんな面倒なことがあるとはな…。でも蘭丸、俺はいくらあのじじいに勝手なことを言われようと、絶対従わねえぜ。俺は俺の決めた通りに生きていきたいからな。そんなことまであんなくそじじいに決められたら、たまったもんじゃねえぜ。だから、蓮花のことは気にするなよ。」
「お前はそうでも、蓮花はそうじゃないんだ。蓮花は、お前を…。」
「やめて!!」
 蓮花は蘭丸の口を押さえようとしたが、蘭丸はそれをかわして、庭の方に出た。
「蓮花はな、お前に惚れているんだ!」
「え…?」
 エンマはきょとんとしていた。
「蘭丸!変なこと言わないで!違うわよ!」
 真っ赤になりながら、蓮花は必死に否定した。
「違うもんか。俺は悔しいけど、エンマがいない間の蓮花を見て、はっきり分かったんだ。蓮花が誰よりもエンマの帰りを待ってて、心配してるって。それに、エンマが帰ってきた途端、あんなに嬉しそうにして…。今だってそうだ。どう考えたって、惚れている以外の何物でもないだろう!」
「だって!エンマは仲間だし家族だから、当たり前でしょ!心配するのは。」
「あんなに必死にエンマを探したりさ。もう、隠すこともないじゃないか。」
「やめてったら!もう知らない!」
 蓮花はそう叫んで出て行った。
 それを、あっけにとられたようにエンマは眺めていたが、視線を蘭丸に移して言った。
「だったら、何だってんだ。蘭丸、おめえは何がしたいんだ。蓮花は嫌がってたじゃねえか。」
「お前が鈍いから言ってるんだ。蓮花がどんな思いでお前を待っていたか。俺は蓮花の気持ちも尊重したい。だからお前にも蓮花の気持ちを分からせてやったんだ。つまり、お前にその気はなくても、蓮花にはあるってことだ。」
「んなこと言われても、俺には迷惑なだけだ。そんなことを長老に決められる蓮花のことは、かわいそうだとは思うが…、だからって、俺はお前と違って蓮花に惚れているわけでもないし、今はそんなことは考えられねえ。雷鬼を倒すまではな。」
「それなら、お前にとって、蓮花は何なんだ?俺には時々、お前らが妙に仲が良く見えてきて…。」
「蓮花は俺の仲間だし、家族みてえなもんだと思ってるぜ。それに、じじいを失くして、最初に会ったのが蓮花だったからな。あいつがいなかったら、俺は魔物に殺されてた。だから蓮花は、俺の命の恩人だ。そういう意味では、蓮花は特別な存在なのかもしれねえな…。」
 そこまで言って、ふとエンマは、蓮花が自分にとって、草吉を失くした後の支えとなっていたということに気が付いた。
 里へ来てから、皆の冷たい視線にさらされながらも、蓮花の励ましや助力によって、ここまで強くなることが出来たのだ。
 黄泉の国から里へ帰って来て、蓮花の顔を見て一番安心したことは事実だった。
「なんで蓮花は帰ったんだ?今まで楽しそうにしてたのに。」
 フータが心配そうな顔をして聞いた。
「蘭丸。おめえのせいだぞ。」
 エンマは蘭丸をちらりと見て言った。
「蘭丸が蓮花になんかしたのか?」
 フータは、澄んだ目で蘭丸を睨んだ。
「……。」
 蘭丸は何も答えず、突然盆の上に並べられた草餅をとってぱくりと食べ、次々に頬張って食べて、盆をすっかり空にしてしまった。

 次の日、エンマは皐月の訓練所へ向かって行った。
 勿論、皐月と勝負するためである。
 蘭丸と闘って手ごたえを感じたエンマは、皐月に勝つ自信があった。
「あら、エンマ君。ずっと行方不明だったんでしょう?でも戻って来たのね。良かった。」
 皐月はエンマを見て優しい微笑みを浮かべた。
「今日はな、あんたを負かすために来たんだ。」
 エンマは不敵な笑みを浮かべて、皐月を鋭く見つめた。
「そんな怖い顔しないで。ねえ、あの刀は役に立ったかしら?」
「ああ。怪物退治やら何やら、黄泉の国では散々役に立ったぜ。」
「そう。良かったわ。」
 言いながら、皐月はゆっくりと木刀を構えた。
「はっ!!」
 ゆっくりした動作から一転して素早く踏み込んできた皐月は、エンマの胴を狙って、いきなり木刀を振るった。
 エンマは瞬時に後方へ飛び退いてかわすと、高く跳躍してそのまま皐月の頭を狙って木刀を振り下ろした。が、それを皐月は木刀で受け止めて、まるで女の力とは思えないほどの強い力で、エンマの攻撃を押し戻してきた。エンマもそれに負けじと力を込め、鍔迫り合いが続いた。
 だが、エンマはそれを利用した。強い力がかかっていた所を、エンマが急に力を緩めたので、皐月の体勢が一瞬崩れた。その一瞬の隙を、エンマは見逃さなかった。
 少し下向き加減になった皐月の頭に、木刀をこつんと軽く当てた。
「よし!勝ったぜ。」
 エンマは嬉しそうに笑った。
「あーあ。とうとう負けちゃった。でも、優しいのね。今までの恨み!とか言って思いっきり叩かれるかと思ってたわ。」
 皐月は微笑んでいたが、少し悔しそうな顔をしていた。
「んなことしねえよ。ただでさえ、女と勝負すんのは気が引けてんだからな。けど、これで躑躅に刀を作ってもらえんだな!」
「ええ。じゃあ早速お父さんの所へ行きましょう。」
 エンマは皐月に伴われて、躑躅の鍛冶場へ行った。
 躑躅は、暑い鍛冶場の中で、半裸になって逞しい肉体に汗をびっしょりとかきながら、鉄を打っていた。
「お父さん。エンマ君に、刀を作ってあげて。」
「なんだ、皐月。とうとう負けちまったのか。」
 躑躅は顔を上げて、エンマを見た。
「ふうん。お前は…紫色の炎か。」
「え?何が?」
 エンマは唐突に言われて、意味が分からず聞き返した。
「俺はな、そいつの気が見えるんだ。刀を使う奴の気ってもんがな。お前は赤と青の混ざった紫って所だな。そんな気の奴は、初めて見たな。ふふん、面白い奴だ。」
 躑躅はにかっと笑ってみせた。
「で、刀は作ってもらえんだろうな。」
「ああ、作ってやるとも。お前だけの刀をな。だが、すぐに出来るわけじゃねえ。少し待ってもらうぜ。」
「どのくれえで出来るんだ?」
「そうだな…。最低でも、ひと月はかかるな。」
「そんなにかかるのか!…ちくしょう。待ち遠しいぜ!」
「ひと月待ってもらえりゃあ、立派な刀が出来上がるからよ。それまで楽しみにしてな。」
「おう!頼んだぜ!」
 エンマは喜びを抑えきれない様子で叫んだ。

 エンマは、出来上がった刀のことを想像しながら、わくわくした気持ちで道を歩いていると、丁度稽古場から出て、帰り道を歩いている蓮花の後ろ姿を発見した。
「蓮花!」
 このわくわくとした気持ちを誰かに伝えたくて、エンマは蓮花に向かって声を掛け、一目散に走っていった。
「エンマ…。」
 蓮花は急に声を掛けられて、驚いたように振り返った。
「蓮花!俺、皐月に勝ったんだ!そんで刀をつくってもらうことになったんだぜ!これで俺も、やっと自分の刀を持てると思うと、もう、嬉しくて嬉しくて…。」
「良かったわね。」
 無邪気に喜んでいるエンマの様子を見て、蓮花は微笑んでいた。
「…そういや、なんで今日は来なかったんだ?」
「…別に毎日私が蘭丸の家に行かなくたっていいでしょう。あくまでも手伝いに行ってるだけなんだから。」
 蓮花は顔を背けて、そっけなく言った。
「そりゃあそうかもしれねえけど…。なんか物足りなくてな…。」
「物足りないって、何よそれ?だいたい、昨日あんなことになって、行けるわけないでしょ。少しは察してよ!本当に鈍感なんだから!そういう所は、全然成長してないのね!」
 突然蓮花に怒鳴られて、エンマはびっくりした顔をしていた。それを見て蓮花は、はっとしたような表情になって、胸に手を当てた。
「ああ、私ったらどうしてこうなんだろ。すぐにかっとなっちゃって…。エンマ、ごめんなさい。」
 蓮花は罰が悪そうにして謝った。
「怒ったり謝ったり、忙しい奴だな…。」
 エンマは苦笑した。
「そうか。昨日蘭丸が言ったことを気にしてたのか。あいつ、惚れただの何だの、そんなことばっかりだもんな。俺もうんざりしてきちまうぜ。」
「え…。エンマは何も気にしてないわけ…?」
「何を?」
「何をって…。」
 蓮花は困惑したような表情をして俯き、深くため息をついた。
「蓮花。」
 急に真剣な口調になって、エンマが言った。
「今の俺はな、雷鬼をぶっ飛ばす以外、余計なことは考えたくねえんだ。他のことに気を取られて混乱したりしたくねえ。ただでさえ、俺は頭が悪いんだ。お前と違ってな。蓮花、お前なら分かるだろう。俺の言いたいことが。」
「うん…。」
 涙目になりながら、蓮花は頷いた。
「じゃ、帰ろうぜ。蓮花、今日は何餅だか、何団子だかを食わしてくれんだ?」
 エンマはからっとして言った。
「もうっ、エンマったら、本当に食いしん坊ね。」
 蓮花も笑って言って、二人は桜並木の帰り道を並んで歩いていた。

 家に戻ると、庭でフータが一生懸命に何かをしていた。
 両腕を大きく前に伸ばして、両手を大きく広げて、全身に力を込めているように見えた。
 エンマと蓮花は声を掛けずに、その様子を見守っていた。
 すると、フータの両手から、小さな風が生じたようだった。その風が渦を作って、まるで竜巻のように長く伸びて回転しながら、その小さな竜巻が、フータの周りを回り出した。
「すげえな!フータ!」
 エンマの声に、フータは振り返った。
「あっ!兄貴!見てくれよ!おいら、風を出せるようになったんだ!」
 蓮花も、驚いて見ていた。
「一体、どうやったんだ?風を出せるなんて、いつの間にそんなことが出来るようになったんだ?」
 フータの周りをくるくると回っている小さな竜巻を見て、エンマは感心して言った。
「おいら、ずっと修行してたんだ。そしたら、なんか風を使えるようになって。おいら、風が好きだからかな。」
「そうか。おめえも修行してたんだな。風なんて自然の力を使えるなんて、すげえじゃねえか。」
「へへへ…。」
 エンマに褒められて、フータは嬉しそうに笑った。
「本当…すごいわ。風を操るなんてこと、この里の誰にも出来ないのよ。それに…自然の力を使うなんて、普通の人間には出来ないことなのよ。」
 改めて蓮花は、フータの不思議さに驚くばかりだった。
「なんか皆に褒められると、おいら照れくさくてむずむずするよ。」
 フータははにかんだように頭を掻いた。
「おいらさ!兄貴がもうどこにも行かないように、兄貴を守れるくらい強くなりたいって思ったんだ!だから今度はおいらも、魔物退治とかに行きたいよ!おいらだって兄貴や皆のために戦うんだ!」
「そんなふうに思ってたのか…。フータ。おめえも、成長してるんだな。」
 体は小さいが、フータはフータなりに、頑張っているのだ。
 その姿を見てエンマは、またフータから何かを得たように思ったのだった。
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