上 下
59 / 64

大誘拐団 8

しおりを挟む
そのまま、その場所に留まると、他の海賊が来るかもしれないので、女を背負って、下流へと移動した。
腰の皮袋から丸薬を取り出して飲ませようと思ったが、まだ気を失っているので、口移しで飲ませた。
ついでにこの女のスキルをドレインすると、両刀術1が身に付いた。
丸薬を飲ませて暫くすると、女は気が付いた。そして、俺が居るのに気が付くと、無事な方の手で腰のナイフを探した。
だが、気を失っている間に、武器を取り上げているし、木立の根元に足首を縛り付けているので、身動きも取れない。
「何が乙女の危機を助けただ。こんな風に縛り付けて、痛ぶるつもりだろう」と非難されたので、
「そんなつもりはない。ただ逃げられないようにしただけだ」と答えた。
「縄を解け」
「まず、質問に答えろ。子供達はどうした?」
「子供達?」
「お前達が、子供達の誘拐に関わっていることは分かっている」
「どうしてそれを?」
情報屋の言っていたことは正しかったようだ、それにしても、何者だろうな?あの情報屋は。
「口を滑らせてしまうぐらいなら、いっそのこと、全部吐いてしまえ」
「私は、子供達の誘拐に手を貸すのは嫌だった。大人を殺すのは何とも思わないが」
「喋る気になったか?」
「お前は悪い奴ではなさそうだな」
「海賊に言われたくないぞ」
「貴族達の依頼だった」
「貴族達って?そう言えば、海賊のバックにはフスタール同盟がいるって話だったな」
「そうだ。そのフスタール同盟だ。そいつらの依頼で、王都から船で運ばれてくる子供達を受け取って、エルトローレの街の奴隷商に引き渡すことになっている」
「子供達は、今、何処にいる?」
「1回目は、もうエルトローレの奴隷商に引き渡した。今は、次の連絡を待っているところだ」
「今夜、なぜ、俺達を襲った」
「もっと稼ぎが欲しかったからだ」
「最初の子供達は何人いた?」
「150人位だ」
大掛かりだな。貴族達が背後にいるのは確かなようだ。しかし、そうなると俺たちには手に負えない。後は、エレナの仕事だ。
そう考えて、船に戻ろうとすると、
「待て、私を置いて行くな」と女が叫ぶ。
「どうしてだ。ここで待っていたら仲間が助けに来てくれるかもしれないぞ」
「それは嫌だ。お前もさっき見ただろう。片手を失った今の私では、男達に弄ばれるだけだ。頼むから置いて行かないでくれ。重要な情報も話したじゃないか。証言だってしてもいいぞ」と、必死で訴える。
俺が思案していると、
「頼む。お前の女になってもいいから。いや、お前の女になる。この怪我に魔法を掛けてくれたんだろう。痛みが無くなっている。ここまで助けたら、途中で放り出すな。最後まで助けてくれ。お前のためなら何でもするから、連れていってくれ」
魔法というのは、何のことを言っているのかはっきりしないが、どうやら、ブラッドスライムで傷口を塞いだことを、癒し系の魔法と勘違いしているようだ。
「俺を、裏切らないか?」
「裏切らない。誓いを立てもいい」
「そうか、それなら連れて行こう」
こうして俺はその女を連れて、船に戻った。

船で、ヴィエラとアリシアの前で女にもう一度話をさせると、
「これはテレナ様に直接聞いてもらわないといけないな」という結論になった。
「この女はどうする?」と聞くと、
ヴィエラは、「樽に詰めるか」と言って女を素っ裸にすると、樽の中に座らせ、上から蓋を閉じてしまった。
女は、樽に押し込められながら、
「私はその男の女だからな。それが条件で付いて来たんだ」と叫んだので、
「その件については、テレナ様の判断を仰ぐ」と言われて、ヴィエラとアリシアにそっぽを向かれてしまった。
女は、もう樽から出られなかなったし、狭い樽の中で身動きも取れないだろう。酒を注ぐ為の穴が、空気穴の役目をしているだけだ。
『食べ物やトイレはどうするんだ』と思っていると、「水と食べ物は、その穴から差し入れてやる」とのことだった。
船に損傷がなかったので、翌朝、桟橋を出航し、2日後、王都に着いた。護衛の料金は、船から降りるときに、船長から手渡された。
ヴィエラが、女海賊を閉じ込めた樽を貰い受けると言うと、俺達の正体を察していた船長は、「好きにしてくれ」と言ってきた。
俺が樽を肩に担ぎ、そのまま、第3騎士団の本部に戻り、テレナに報告した。
デュエットには、先に、パティ達のところに行ってもらった。

テレナは直ぐに樽の囚人を見たいと言ったので、地下室に樽を運び込んだ。
同席しているのは、テレナとヴィエラとアリシアと俺、それにテレナの護衛のアンドレラだけだ。
ヴィエラが樽を開けると、糞尿の臭いが凄かったが、女は気を失っていただけで、まだ生きていた。
テレナは、ヴィエラに命じて女を樽から出して、水を何杯もかけさせて臭いを落としてから、尋問を始めた。
女の話は、俺達が聞いた通りで、特に新しいことは無かったが、
「子供の誘拐は、フスタール同盟の依頼だと言うんだな?何か証拠はあるのか?それとも貴族の名前は出せるのか?」とテレナ。
女は首を横に張って
「証拠なんてあるわけない。貴族の名前は分からないが、伯爵だったと思う」
「証拠はなしか。それに、伯爵だと?それだけでは、何も分からないのと同じだ」
テレナは暫く考え込んでいたが、やがて話題を変えて、
「ところで、この男の女だと言ったそうだな。手を出されたのか」と冷たい声で問いかける。
「いや、まだだ」と女が答えると、
「それでは、この男の女ではないではないか」
「いや、私は誓いを立てた。この男の為なら何でもすると」
「何でもするだと?何故、そこまで言う?」
「その男に助けられたからだ」
テレナは、俺の方に向き直って
「その話は聞いていないぞ」と、再び冷たい声を出した。
「俺が、船から逃げたその女を追いかけて岸に上がると、仲間の海賊に無事な方の手首も斬り落とされるところだったんだ。だから、その男の首を刎ねた」と説明すると、
「なるほど、無事な方の手首も斬り落とされるところだったのか。海賊の中で、そういう目にあった女はどうなる?」と今度は、海賊の女に聞く。
「男達に弄ばれるだけだ」と、女はさも嫌そうに答える。
「それで、助けられたことを恩に着たのか」
「それもある。だけど、この男が悪い奴には思えなかったから、残りの人生を、この男に賭けてみようと思った。それに・・・」
「それに何だ?」
「あんたにだけ言うから、耳を貸してくれ」
「テレナ様、危険です」とアンドレラが止めたが、テレナは女に耳を近付けて、女の言葉を聞くと頷いた。
「そなたのことをどうするかは、少し考えてみよう。それまでは、地下牢だ。この女を地下牢に入れておけ」
ヴィエラとアリシアが、女を隣の地下牢に入れた後、
「執務室で、もう少し話を聞こう」と言われた。

執務室で2人だけになると、テレナはくるりとこちらを向き、仮面を外して、俺に抱き着いてきた。
「少し目を離すと、次々に女をつくるんだな。いくら女をつくってもいいが、私のことを忘れるなよ」
と言うので、正面から菫色の瞳を覗き込みながら、
「こんな美人を忘れるわけないじゃないか」というと、
「それだけか?」と聞いてくるので、
「優しくて」
「それで?」
「賢くて、思いやりがあって」
「それで?」
「俺の中で一番の女だ」と言うと、情熱的なキスをされた。

その後、テレナは体を離し、仮面を着けると
「今回はお手柄だったな。これで、川を使って子供が運ばれていると確信が持てた。しかし、証拠がない以上、あの女は証人としては使えない。海賊ということを隠して、ここで匿ってみるか」
「あの女は最後に何を言ったんだ?」
「気になるか?」
「気になるとも」
「ふふふ、乙女の危機を救われたんだとさ。あの女は、男を知らないそうだ。初めての相手をそなたに決めたと言っていたぞ」
「そんな・・・」
「思い当たることがありそうだな」
「あれは」と俺が説明しようとすると、片手を挙げて、
「残りは、夜にでも聞こう。それより、仕事の話だ」
「仕事の話?」
「あの女は、犯罪奴隷にして、そなたに与えるから、保護してやってくれ」
「保護?」
「誘拐事件のバックにフスタール同盟がいるとなると、迂闊には動けない。幸いあの女のことは、他の騎士団には知られていないから、あの女の存在は隠しておく。騎士団の中にもフスタール同盟の者は大勢いるからな。幾ら私でも、相手が悪すぎる。それに、元々、今回のことは、内密にしている。王都騎士団が、王都の外で活動を許されているのは、王都から1日までの距離と決められているからな」
「エルトローレに行ったのは、俺の我儘だ。悪かった」
「それは、いい。ヴィエラとアリシアは、休暇を取ったことにしておいたからな。それに、あの女の話で、子供の誘拐は河岸を見張ればいいことがはっきりしたから、第5騎士団と協力して河岸を徹底的に洗う。残念だが、こちらが手を出せるのは、誘拐の実行部隊までだ。その黒幕には、まだ手が出せない。こちらも準備を整えないとな。勿論、手伝ってくれるだろうな」
「当たり前だ。これまで、テレナの頼みを断ったことがあったか」
「いや、ないな。頼りにしているぞ、婿殿」と言って、テレナはニヤリと笑ったような気がした。

「それと、あの女のことだが、あの女が元海賊だとバレては具合が悪い。話を聞いた限りでは、あの女がそなたに捕まったことは、他の海賊にも知られていないのだろう?」
「多分、誰にも見られていないと思う」
「あの女は、本来なら斬首だが、そなたを慕って付いて来たことに免じて、罪を軽くする。犯罪奴隷にして、舌に刺青を入れるに止める」
「舌に刺青?痛くないのか?」
「死ぬほど痛いそうだが、刑だから仕方あるまい」
「何故、舌に刺青を?」
「沈黙の魔法を込めた刺青だ。奴隷の主が許したとき以外は喋れない。あの女の口から、いろいろ漏れると厄介だからな」
「女の主は?」
「そなたを慕ってきたんだ、そなたに決まっている。奴隷として面倒を見てやれ。もう、あの女には、それしか生きる道はない」


★★★ 重要なお知らせ ★★★
今回の話もボリュームが多いので、
この続きである大誘拐団9は、
明日土曜日の20:00頃にアップしたいと思います。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

プレアデスの伝説 姫たちの建国物語

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:49pt お気に入り:14

政治的に正しい異世界

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:0

悪役令嬢の中身が私になった。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:688pt お気に入り:2,629

ある公爵令嬢の生涯

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:5,779pt お気に入り:16,126

寄宿生物カネコ!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:405pt お気に入り:17

処理中です...