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2話 友達事情

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 2年2組の教室の前で芽衣と別れ、すぐに2年3組の教室に向かう。
 ガラガラと音を立てて開かれるドアにクラスの視線が集まる。

 うっ……いつになっても慣れやしない。

 そんな感情とは裏腹にクラスは「何だ野宮か」と言った様子で、すぐに入る前の状態に戻った。
 居心地悪く足早に自分の席に向かう。もちろん視線は教室の床に固定して。

「おーすっ!」

 席に着いた途端に声を掛けてきたのは、高校唯一の友達と言ってもいい男、田宮剛だった。小学校からの友達で昔からよく遊んでいた。剛だけは僕にとって親友と言ってもいい存在だった。今は運よく同じクラスで隣の席だ。
 きっと彼が居なければ、僕はこの教室で孤立していただろうな。

「おはよう。相変わらず早いな」

 剛は必ずと言っていいほど、僕より早く教室にいる。
 僕がどれだけ早く学校に着いても剛は当たり前ように自分の席で退屈そうに座っているのだ。
 
「早起きは三文の徳だからな!」

 そう言って笑う剛の顔は輝いて見えた。小麦色をした健康的な肌と不自然なほどに真っ白な歯、さっぱりとした短髪は清潔感に溢れている。
 くそう。僕もこんな爽やかな奴に生まれたかった!

「お前は今日も伊野と登校か?」

「そうだよ。よく分かったな」

「お前らほんと仲良いからな。昔っから変わんねーもん」

「昔はよく3人で遊んでたな。今度また、3人で遊んでみるか」

 少し間があって、剛は「そうだな」と言って笑った。

 チャイムが鳴ったのは、そのすぐ後の事だ。

 チャイムの音と共に担任の佐都京子さみやきょうこが入ってきた。佐都は教師歴3年目の若手教員で担当は生物、男子生徒からの評判がすこぶる良い。評判が良い理由はもちろん顔だ。とてつもなく美人なのだ。しかも胸まで大きいときている。人気が出ないわけがなかった。

 僕だってもちろん佐都先生の事が好きだ。恋愛とかじゃないけど、先生の顔を見れば自然とニヤけてしまう。決していやらしいことを考えているわけではないけど―。

「やっぱ、いつ見てもめっちゃ可愛いな!」

 隣の剛が興奮気味に囁きかけてくる。

 そんな剛を軽くあしらって、僕は佐都先生に視線を向ける。

「皆さん、おはようございます」

「おはようございますっ!」

 クラスの男子たちの声が、ピタッと合わさる。まるでライブのコール&レスポンスの様だった。

 ふと女子の方を見ると、皆が皆、声を合わせたように男子たちを蔑むような目で見ていた。

「キモッ」

 声は出ていなかったが、視線がそう言っているような気がした。

 それでもクラスの男子たちは、そんなのお構いなしって感じで、まだコール&レスポンスに夢中になっている。
 よくやるよ。と心の中で毒づいてみる。
 心の中で?当たり前。声に出すのは恐いのだ。

 そう思いながら、そんな彼らを素直に羨ましいとも思った。僕もそれくらい動じない強い心が欲しいよ。
 小さくため息を吐く。
 同時に佐都先生と目が合った。

 ドキッとして僕はくいっとすぐに視線を窓の外に移す。なのに、鼓動はどんどん速くなる一方だ。

 やばい、やばい、やばい。

「目が合っただけで、それとかこの先思いやられるなあ」

 隣の剛がこっちを見てニヤニヤしている。

「なに見てるんだよ!同じ状況なら剛だって絶対こうなるから!」

「ならねーよ。ちょっとは女慣れしねーと。伊野ばっかじゃ生きてけねーぞ」

「余計なお世話だ!」

「はい。じゃあホームルームはここまでです」

 先生の声を合図にチャイムがなった。

 僕は、もう一度窓に視線を移し思案する。 

 女慣れかぁ……。

 胸の奥ががキュッと苦しくなる。


 あぁ、やっぱ無理だわ……。







「つまんねぇ!」

 帰りのホームルームが終わった途端、隣の席に座る、剛が大声を上げた。

「つまらん!だるい!ねむい!」

「どうしたんだよ?急に……」

「なぁ駿、俺たちこんなつまんねぇ授業受け続ける意味あんのか?」

 何を言い出すかと思えば……。

「受けないと卒業できないしな。受ける意味があるかは分からないけど、受ける必要はあるとおもうぞ」

 僕の言葉が気に食わなかったのか、剛はガクッと項垂れて大きなため息を吐いた。

「お前は、ホンッとにバカだな。バカバカ野郎だわ話しになんねえ」

 いきなり何言ってんだ……。まあ、意味の分からないことを言うのは、いつもの事なんだけど。

「いきなり人を馬鹿呼ばわりするな。それに、バカって言われるようなこと言ってないだろ」

「あーうるさい!つべこべ言うなよ~」

 ダメだ。この人、暴君だわ。
 諦めて聞き流すモードに移行しよう。

「ボクハ、バカダ。バカバカヤロウダ」

「それでいいんだよ」
 何度も頷きながら剛が満足げに笑う。
 一番のバカはお前だと言ってやりたかったが、面倒臭いので言わない。


「んじゃぁまぁ、そろぼち帰るか」

 しばらくして、剛が椅子から立ち上がる。

「結局何を言いったかったんだよ。お前は……」

「ああ、うるさい、うるさい。いいから早く帰ろうぜ。こんな場所にずっといたら腐っちまう」 

「お前はもう腐ってしまえ!」





 どこかへ寄ることもなく僕らはまっすぐに家に帰った。買い食いをして帰る日もたまにあるのだが、

「わるい!今日は用事あるから!」

 と言われてはもう、帰るほかない。

「ただい」

「おかえりっ!」

 扉を開けた途端、かなりの食い気味で妹が玄関に駆け寄ってきた。

「お前はいつも帰ってくるのはえーな」

「当たり前だよっ!お兄ちゃんと昨日のドラマ見る約束してたもん」

「してない。勝手に捏造するな」

「してたよっ!今決まったの!」

 意味が分からん。僕の周りには自分勝手な奴しか居ないのだろうか……。

 呆れる僕を気にもとめず妹は鼻の穴を膨らませながら、大きな目をギラギラとさせこちらを見ていた。今にも目からビームが飛び出してきそうだ。

「あぁーわかった、わかった。約束通りドラマ見ような」

 ご存知の通り僕は妹に弱いのだ。

「いえ~い」

 少女らしからぬ低い声で妹がガッツポーズをする。

 ……まぁ、なんだかんだ言って可愛い妹だなとおもう。

 それからすぐに僕たちはリビングでドラマを見始めた。ドラマの場面が変わるたびに妹の表情も次々と変わっていく。

 よくもまぁ、そんなに感情移入できたものだ。

 素直に妹に感心していると、次第に瞼が重くなってきた……やばい……ねむ……―。





「お兄ちゃん。おきなさい!」

「ん?……もう……あさ?」

「何寝ぼけてんの!もうお父さんたち、晩御飯も食べちゃったし、自分たちの部屋戻っちゃったよ!」

 時計を見ると、すでに9時を回っていた。

「なんで起こしてくれないんだよ!」

「起こしたよ!でもお兄ちゃん、ぜぇんぜっん起きなかったじゃん!ご飯いるの?って聞いたら、後で食べるからいいって言ってたし!」

 全く覚えていない。

「それは、まぁ……ごめん」

 満足した様子で妹が微笑む。

「素直でよろしい!じゃぁご飯用意するからちょっと待ってて」

 皆さん!うちの子めっちゃできる子です!

 そう自慢したい衝動が今にも爆発しそうだった。でも口には決して出さない。妹をいい気にさせたくはない兄の意地がそこにはあった。

「お兄ちゃーん、もう少し時間かかりそうだから、先にお風呂入ってきてよ」

「わかった。そうするわ」

 寝起きで重い身体をゆっくりと動かし、風呂場へと向かった。そして脱衣所で服を脱ぎ、ズボンに入れたままのスマホを取り出す。

 あれ?

 スマホに【着信あり1件】と表示されている。

 よく見ると、画面に表示された番号が昨日掛かってきた番号と同じだった。

「また間違い電話か……」

 この後も間違い続けられては困る。間違い電話だってちゃんと言っておかないと。

 イライラを抑えながら発信ボタンを強く押す。



「おかけになった電話は電源が入っていないか、電波の―」

 繋がらなかった。

 何で電源切ってんだよ!スマホの意味!

 イライラを無くそうと思ったのに、倍になって返ってきやがった。



 その後、お風呂から出てもう一度発信を押してみたが、やはり電話は繋がらなかった。

 次掛かってきたら絶対出てやる。
 
 そう心に誓い、僕は可愛い妹の待つリビングへとスキップで向かった。












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