追跡者の見せる夢

AAKI

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投稿1・夢の中で絡みつく[阿見 哲司、36歳、男、雑誌記者]

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 目を開いたとき、俺は既にそれが夢だと理解していた。立ち尽くしている地点から、後ろに戻れば外に出られる。夢から覚めることができるというおかしな確信さえあり、足を動かそうと思えば実行可能だ。

 要するに明晰夢というやつである。おかしな投稿から小説めいた記事を書いているせいで、望まずともこんなものを見てしまうのだろう。

 しかし、なんだここは?

 戦争などで荒廃した市街地のような、瓦礫の山だけが一面に広がる見覚えのない場所。写真や話でしか知らないアラビアやシリアと言った国のようで、足元は硬さのある砂地だ。見回せど、見回せど俺以外の人間が居るように思えない。

「あれは?」

 人間は居ないが、遠くに動く青色の物体が1つ見えた。こちらに近づいてくるのがわかったで、俺は側にあった瓦礫の影に身を潜めて様子を伺った。

 近づくにつれてそれが人の姿をしていることがわかるが、絵の具を塗りたくったような青色の肌や奇妙な紋様は何なのだろう。ただの部族的なものか、種族的なものかはわからない。しかし、背中から生えたコウモリを彷彿とさせる薄膜のある翼を見る限りは人間ではないのだろう。

 ある旅人の旅行記で、ジンやイフリートといった神話の存在と一緒に描かれる、悪魔デーモンの出で立ちにも似た女性。良く見れば角のような硬質の円錐が側頭部から生えているのも確認して、漸く人外の彼女が何という生物がなんなのか推測できた。

「夢魔とかいうやつか。あの格好を見る限り、淫魔も兼ねているタイプだな」

 友人に見せて貰った奇書や怪奇小説で培った知識を1人つぶやいた。おかしな記事ばかり手掛けていて、変な夢まで見るようになってしまったようだ。

 それにしても、通り過ぎざまに見たおっぱいの立派なことよ。ボロ布で隠してこそいたが、酷く男の情欲を誘ってくるじゃないか。くびれだって細すぎもせず、肉付きの良さが伺える筋肉と脂肪のバランスだった。スカートとも呼べない腰巻きからはみ出さんばかりの、左右に揺れるヒップも張りの良さが伝わってきた。

 青白い肌という既知のものではなくとも、おかしな魅力が理解できてしまう。人ならざるものとしてのフェロモンか特性めいたものなのか、何れにせよ俺の下腹部の熱は溢れんばかりだ。

「……っ」

 ついつい生唾を飲んでしまった。

 つぶやき声やその音が聞こえたということもないはずだが、不意に俺の隠れている側に影が差した。この見上げれば曇天が広がる退廃的な世界に、日差しというものがあるとはな。いや、感心している場合ではない。

 瓦礫の上を見上げようと上半身を捻った瞬間、壁との間に生まれた僅かな隙間に淫魔が降り立った。羽音で着地の勢いを殺して、俺の逃げる時間を与えることなく首に手が回される。

「ぐっ……!」

「フフフッ」

 喉元に細く鋭いものが突きつけられたことで、下手に動けないのを悟って体を強張らせるのだった。紋様だと思っていたものは、青白く筋をなし、脈打つ奇妙な生体器官だとわかった。

 しかし、女の主張した部分や柔肌をワイシャツ越しに密着させて、スーツパンツに収まった男のシンボルを艶かしく撫でる仕草など、淫魔に敵意は感じられない。やはり予想した通りの性質を持ち合わせているようで、彼女の目的は俺を害することではないのだろう。

 そこで彼女の攻めは終わって、背中に当たっていた柔らかい感触が離れる。後ろに手を回して立ち尽くし、魅力的な体を晒す様など俺を誘っているかのようだ。淫魔が一歩下がると、それを一歩追いかける。完全に悪魔のいざないに乗ってしまった俺は、目隠し鬼よろしく足音を追って瓦礫の世界から遠のいていく。

 5分も歩いたかというところで、たどり着いたのは大きな口を開けた洞窟だ。奥は薄暗く、少し下った地面は緑に苔むしている。淫魔は大きく腕を広げて俺を迎え入れようとすると、いきなり宙へと浮かんで洞窟の奥へ。

「まってアッ……!」

 それを追いかけた俺は見事に苔で足を滑らせて、ズルズル坂を落ちていった。

 急勾配でもなかったことが幸いして、滑り台を降りるような具合だったのでなんとか怪我をせずに済んだ。

「ぅう……。流石に痛いがン?」

 淫魔の足が突っ伏した俺の目の前に並んだかと思えば、それが二組。更に後ろにも地面へと降り立つ微かな音があり、その場には三人の女悪魔がいることがわかった。

 最初に出会ったのはセミロングだったはずだ。見上げると、ロングヘアーとショートボブの、顔立ちの異なる女性的存在が佇んでいる。

 体表の色や青白い脈模様は大して変わらないから、彼女らが同一の種族であることは確かだな。ロングヘアーの奴が一番小柄で乳房も小さめ。セミの方はいずれも中型と言ったところで、ボブカットが長身豊満か。

「アハハハハ」「ウフ~」「あぁ~~ん」

 三匹が俺を助け起こして、体にまとわりついてきた。どれもこれも各自に良さがあり、女体の酒池肉林が目の前にあった。

 しばらくそうして、俺の欲情を引き出そうとするかのように全身で全身を舐め回す。何故か徐々に疲労が溜まっていくような感じがするのは、もしかしてこの状態でも生命力を吸い取られているからか。

 まずいな……やっぱりそういう力があるか。

 内心では焦りがもたげるものの、彼女らの行為自体に嫌悪は感じない。

 だが、そこでフと気づくのだ。

 暗闇に目が慣れ始めたことで、洞窟の奥に作りの良い椅子があるのがわかる。玉座というほど物々しくはないが、柔らかそうなクッションを乗せた大型の代物。そこに鎮座するは男性体と思しき悪魔のシルエットであり、これまでのことを優雅に見学していたらしい。

 趣味のよろしいことだ。

 つい先程、この場に現れたという可能性もある。男の淫魔なのか、それとも悪魔達のボスなのか。

 そもそも俺の夢なのだから、きっと奴の顔は編集長やデスクになっているに違いない。さっさと目を覚ませと、いかつい形相で俺のことを見ているはず。

「確かめてやろうじゃねぇか……」

 俺は心身ともに疲れた体に鞭を打ち、淫魔達を振り払って、鎮座する野郎の顔を拝んでやるため前へと進み出た。

 近づいて容貌がわかるようになった瞬間、俺の心臓はこれまでに無いほど跳ねたのだ。恋に堕ちたなんていうロマンチックなもんじゃなくて、ヤバいときにゾッとくる奴だ。

 馬鹿な……!

 そこにあった顔は確かに俺の知るものだったが、それでもこんなこと! こいつは……こいつは、嘘だ。

 他の淫魔どもとは違って普通の人の肌をしており、翼や角は相変わらず怪物のそれには違いなかった。ガンガンに本能の危機回避性能が指示を出してきて、足元の滑る洞窟を一目散に逃げ出そうとする。しかし、苔に足を取られて思う通りに進まず、少し頭上にある僅かな灯りに手を届かせられない。

「ひっ! クソッ! あれは! あれは、駄目だ!」

 恐怖だ。自身の作り出した妄想に、俺は恐怖した。

 友人に見せて貰った古い本に書かれていたことを思い出してしまう。旅人ルドウィク・プリンが記した魔術的な旅行記の中に、かの者について述べた文章が幾つもあった。悪魔などという単純に認識できるものではなく、それはこの世の理から外れた者達だ。

 『蛇達の父』、それを崇拝する『暗闇にして預言者』、太古の城に封じられている『蛇髭を持つ怪物』など。

 それらに並び立つ、それ以上の偉大なる支配者であると。

 その分体の1つにしか過ぎない淫魔達にさえ、俺は人生最大の恐怖を抱くことになり逃亡を試みた。関わってはいけない異形の者達だったのに。だが、駄目だ。背後に何かが迫っているのがわかった。

 クソ! クソッ! クソクソクソ! 嫌だぁぁぁぁぁぁぁッ!

 そこで俺は目を覚ました。

「ハッ? はぁ……はぁ、はぁ~」

 酷い寝汗をかいてはいるが、無事に目覚められたらしい。いつものデスクに突っ伏したまま、目を見開いて安堵の息をついた。

 またこんなことを続けなければと思うと、とても憂うつだ……。
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