追跡者の見せる夢

AAKI

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投稿5・とある探偵助手の報告書[八月朔日 翠華(仮名)、23歳、女、探偵助手]

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「……大した話は、おっと、失礼」

 言いかけたところで、男性の携帯電話が鳴ったので中断してしまった。彼はゆっくりとした動作で作業手袋を脱いで、デフォルトの電子音を発する電話に出た。

「あぁ、俺だ」

 興味のないふりをしながらも、翠華は話の内容に密かに耳を傾ける。

「そうか。ちょうどやっているところだ」

 仕事の電話だろうか。それか、よく言うDIYめいた犬小屋作りは、老犬のためのものではなかったのかもしれない。

「明日には向こうに行くが。あぁ、ついでに片付けておくか。車を頼む」

 どこかに出掛ける算段なのはわかった。それを耳にしていて、不意に友人のことを思い出した。旅行に行く話になっていたものの、この仕事が入ったことでキャンセルになったのである。今頃、独り愚痴など言いながら首都を出てどこかに向かっているかもしれない。

 そんなことを考えていたせいか、一瞬の出来事に反応することができなかった。

「あッ……」「おっと、すまない」

 いつの間にか電話を終えていた男性が、ペンキ缶を持ち上げた拍子に中身が飛び出してしまったようだ。いや、どこかわざとらしかったようにも思えるが、それを指摘しても仕方ないことだと思い翠華は諦める。

「いえ、こちらの不注意ですから……。シャツだけで良かったです」

 大した量は掛かっていないため、他に付着しないよう気をつけながら苦笑いを浮かべた。

「古着で良いなら、タンスの肥やしになっているのがある。ちょっと寄っていきなさい。外で立ち話も何だし」

「そ、そうですか。では、少しの間だけ失礼させていただきます」

 男性は言った。着替えだけであれば断るところだったが、何か話してくれそうなのでお言葉に甘えることにした。一人暮らしには少し大きい平屋の一軒家に上がり、居間で冷たい緑茶など出して貰う。

 服のサイズを決めるのに、チラチラと胸元を見てくるのは気に入らなかったが。エロ親父めと、内心で毒づく。

「あまり遅くなってもいけませんので、手短に話してくださって構いません。ん……」

「へへへっ。おっと、直ぐ探しに行くよ。お茶は、ちょっと渋めで申し訳ない」

 釘を指すと、男性は急いで古着を取りに行ってしまった。お茶は少し出すぎてはいるものの、これぞ緑茶と言わんばかりの味で悪くはない。甘い茶請けが欲しくなるが。

 しかし、あまり気を許し過ぎるのは良くないと、翠華は念の為に持ってきたスタンガンがバッグの中にあるのを確認した。大して強くない代物だが、男でも怯ませるぐらいはできるだろう。他にも催涙スプレーもある。

「待たせたね。もし良ければシャワーもあるけど?」

 戻ってきた男性はまたしても、厭らしい笑みを浮かべて風呂を勧めてくれた。

「いえ、遠慮させていただきます。それで、お話というのは?」

「ハハハッ。まぁ、急ぎなさんな。古着を置いとくよ」

「あ、どうも……」

 翠華は話を聞こうとするも、男性に大きめのシャツを手渡されたので中断された。彼女がそれ受け取ってお礼を言うと、彼は僅かに名残惜しそうに居間を出ていった。まさか監視カメラなど仕掛けられていないはずと、信じたいものの周囲を確認してしまう。

 タンスの奥にしまわれていた古臭い香りはするも、嫌なものではないので手早く着替えてしまおうとする。しかし、描かれていた柄を見て躊躇う。

「なに、これ……?」

 いわゆる触手と呼ばれる、無脊椎動物に多くある軟性の突起だった。それが幾つもあり、さらには触手に囲まれるように若い女性が、たぶん少女が祈るように立っている。

 パンクな絵柄と言えばそれだけだが、見ていると酷く気味悪さを覚える。悪性を詰め込んだかのような卑しさと言えば良いのだろうか。

「えーと……仕方ないか」

 数秒ほど思案した後、好意を無下にすることもできず着替えることにした。サイズ的には十分だが、少し胸周りがきつく感じるのは仕方ないのだろう。ただ、それ以上にきになることがあった。

 触手の絵柄がまるで体にフィットするよう上手く配置されていて、どこか全身を包み込んでいるような感じを覚える。単なる錯視や思い違いなのかもしれないと信じつつも、心は今ひとつ落ち着かない。

「すみません。着替え終わりました。なんだか無駄にピッタリのようで、ありがとうございます」

 人のものを着ているのだという違和感であると信じて、男性を呼んだ。

「そうかい。そいつは良かった」

「不釣り合いでみっともない姿で申し訳ありませんが、さっそくお話を聞かせてください」

「ま、慌てない。慌てない。えーと、あの日は庭先で椅子の修理をしてたんだっけかな」

 ついつい気持ちせっついてしまうも、男性は自分のお茶を入れて記憶を引き出し始めた。それなりに前の話となるため、彼も時間がかかってしまうようだ。

 最初は、少女が独り里山の方へと向かって歩いていく姿を見たと言う。対して、翠華の見解を述べると「何かを追いかけているようだった」との情報が追加された。蝶々のような虫だと言うが、行方不明の女の子が虫嫌いなのは家族から聞いていた。

 すると「じゃあ、あれは鳥だったのかな?」などと言葉を二転三転させるのだ。何か怪しささえ感じたところで、違和感を覚える。それを指摘するよりも早く、先程の老犬が縁側から入り込んでくる。

「あのですね。って、ワンちゃん!」

「あ、こらッ」

 何をするかと思えば、犬は翠華の脱いだシャツを咥えて外へ飛び出したのだ。何が気に入らないのか、ただ興奮しているだけなのか、力任せにそれを引きちぎり始めた。

 慌てて飼い主が止めるものの、手遅れらしく土とペンキで取り返しようがなくなっている。

「すみません……。なんてことするんだ、馬鹿!」

「ぐるぅぅぅぅ。きゅ~……」

「い、いえ、どうせ捨てるしかありませんでしたから」

 犬も大人しくなって、叱られると先程までの弱々しい姿へと戻った。赤色に対して興奮する牛というわけでもあるまいが。

 とりあえず、下手に男に渡っておかしな使われ方をするよりかはマシだろう。そう無駄に安心したところで、それは襲いかかってきた。唐突に、視界が揺れて意識がぼんやりとなり始める。

「ッ……これ、は」

 それは強い眠気であり、直ぐに睡眠薬を飲まされたのだと理解した。おかしなところを注意していたせいで、古典的な方法に気づけなかった自身を呪う。襲いかかってくる異様な倦怠感は脳みそを溶かし、目蓋が自然に落ちてきて危機感を覚える。

 ガクッと体を机から落としながらも、ハンドバッグに手を伸ばして武器を取ろうとする。間に合わない。眼前に男の影が差したところで、翠華の意識は完全に途切れた。
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