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62話 デート -4-
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表面には、肉眼では捉えきれないほどの緻密さで魔術式が刻まれている。
中央には、深い碧を宿した魔石がひとつ、静かな湖面の底から湧く光のように微かに揺らめいた。
「よろしければ、お試しになりますか?」
「……あ、いや。俺は……、ちょっと」
遠慮がちなアルチュールのその仕草に、思わず苦笑する。
「着けてみてくれよ、アルチュール。似合うと思う」
できるだけ軽く、押しつけがましくならないよう声をかける。
アルチュールがわずかにためらいながらも腕を差し出すと、店主は微笑み、バングルをそっと通した。黒い輪は金属とは思えないほど滑らかに腕にはまり、ぴたりと肌に吸いつくように定位置で止まる。
上から触れるさせてもらうと、ごつい外観に反して締めつけは驚くほど柔らかい。
「凄く似合ってる」
深い碧の魔石が、アルチュールの瞳の色と、夜の影を全部ひとかたまりにして封じ込めたみたいに見えた。
森の中で生きる騎士、そんな言葉がしっくりくるほど、彼の腕に収まった黒いバングルは自然だった。
「セレス……これは値が張る」
ぶら下がった札に目を落とし、アルチュールが苦い顔をする。
「俺は、特注の髪紐をもらったじゃないか。お返しに渡したのって、いま、お前が使ってるお古の髪紐だけだぞ?」
それに――俺には一応、懐に余裕がある。
入学してから公爵家から“学生用の生活補助”として支給されている資金には一度も手を付けていない。学費とは別に、雑費や交際費としてかなりの額を貰っているが、使わずに丸ごと貯まっている状態だ。
王家に次ぐコルベール家の財力は、常識の範囲から軽く外れている。
本音を言えば、自分が働いて貯めた金じゃないと思うと、大変、申し訳なさはある。もともと転生前は完全なる庶民だった身としては、未だに実感が湧かないくらいだ。
……それでも。
贅沢せず今後も節約するつもりなので、だから、これだけは――アルチュールに贈りたいと思ったものだけは、どうか買わせてほしい。
「俺は……セレスが使っていたこの髪紐が気に入っているんだ。これだけでいい」
指先でそれを確かめるように触れながらアルチュールは言う。
「俺だって気に入ってる。お前にもらったこの髪紐があったから……遺跡の穴に飛び込んだとき、絶対にお前のところに戻れるって信じていられた。その上、こないだ機転利かせてポーション二本も投げてくれただろ。あれで命拾いしたようなもんだし。頼む、礼ぐらいさせてくれないか」
そこで、俺はアルチュールの耳元に少しだけ顔を寄せ、小さく囁いた。
「――あと、受け取ってくれたら、今度いいことしてやる」
「いいこと……?」
「以前、セレスも自分でするのか? って聞いただろ?」
「あ……ああ」
「当たり前だって言ったら、興味津々な顔してたよな?」
アルチュールが一瞬、固まった。
彼は、俺のことを綺麗な存在みたいに思い過ぎだ。だが俺も普通の若い男だし、欲望や色気も持っている。完璧でも清廉でもない。
「今度、目の前でするって言ったら……?」視線を彼の横顔に落とし口角を持ち上げて、俺はそっと続けた。「俺だって、お前に向き合うと、抑えが効かなくなる。他の誰にも、こんなふうに言ったりはしないんだからな」
言葉の意味が届いた瞬間、アルチュールの肩がわずかに震えた。
頬のあたりがみるみる熱を帯びて行く。けれど店主の前ということもあって、どうにか平静を装おうとしているのがありありと分かる。視線は逸らしたまま戻らず、喉ぼとけが小さく上下した。
「……分かった」
最後は隠しきれない男の色気がひと筋まざったように微笑むのだから、俺のほうがどうにかなりそうだった。
なんだその顔。スパダリか? ずるいだろ、反則だろ。人がいなかったら、壁に押し付けて、そのまま噛みつくようなキスを何発かお見舞いするところだった。あぶない。
そもそも、なぜか諸事情により現在は“受け”側を務めさせていただいておりますが、初期のキャラ設定では、れっきとした”攻め”でしたからね、俺は。
その名残なのか、わりとえっちぃことにハードルが低い気がするのは気のせいなのか、元来の俺のせいなのか……?
――にしても、ったく、マジでっっぱねぇな、アルチュールさんのイケメンオーラは……。
そんな自分の動揺を誤魔化すかのように、俺は店主に声をかけて会計を済ませた。
バングルは包まず値札だけを切ってもらい、彼の腕にそのまま残してもらった。いま、外してしまうのが惜しいくらいに、よく似合っていたから――。
その後、通りの角にある果物屋に立ち寄った。
色とりどりの果実が山積みにされている。
「さて、ネージュとシエルに土産を買ってやろう」
アルチュールがそう言って笑いながら、甘そうなベリーや乾燥果実を選んでいく。
ネージュが「パパ最高!」と叫び、シエルが「拙者、恩に着るでござる、父上」とやけに格式ばった声で頭を下げた。
……うん、まだ言葉も満足に話せない頃から、ネージュに保育士代わりの子守りを任せていたのが悪かったな。ある種の“英才教育”を施してしまったようなものだ。
仕方ない。
この分だと、殿下のマルスも、ナタンのオグマも、「それがし」とか言い始めているんじゃないか……?
想像しただけで、頭が痛いような可愛いような――なんとも言えない気分になった。
中央には、深い碧を宿した魔石がひとつ、静かな湖面の底から湧く光のように微かに揺らめいた。
「よろしければ、お試しになりますか?」
「……あ、いや。俺は……、ちょっと」
遠慮がちなアルチュールのその仕草に、思わず苦笑する。
「着けてみてくれよ、アルチュール。似合うと思う」
できるだけ軽く、押しつけがましくならないよう声をかける。
アルチュールがわずかにためらいながらも腕を差し出すと、店主は微笑み、バングルをそっと通した。黒い輪は金属とは思えないほど滑らかに腕にはまり、ぴたりと肌に吸いつくように定位置で止まる。
上から触れるさせてもらうと、ごつい外観に反して締めつけは驚くほど柔らかい。
「凄く似合ってる」
深い碧の魔石が、アルチュールの瞳の色と、夜の影を全部ひとかたまりにして封じ込めたみたいに見えた。
森の中で生きる騎士、そんな言葉がしっくりくるほど、彼の腕に収まった黒いバングルは自然だった。
「セレス……これは値が張る」
ぶら下がった札に目を落とし、アルチュールが苦い顔をする。
「俺は、特注の髪紐をもらったじゃないか。お返しに渡したのって、いま、お前が使ってるお古の髪紐だけだぞ?」
それに――俺には一応、懐に余裕がある。
入学してから公爵家から“学生用の生活補助”として支給されている資金には一度も手を付けていない。学費とは別に、雑費や交際費としてかなりの額を貰っているが、使わずに丸ごと貯まっている状態だ。
王家に次ぐコルベール家の財力は、常識の範囲から軽く外れている。
本音を言えば、自分が働いて貯めた金じゃないと思うと、大変、申し訳なさはある。もともと転生前は完全なる庶民だった身としては、未だに実感が湧かないくらいだ。
……それでも。
贅沢せず今後も節約するつもりなので、だから、これだけは――アルチュールに贈りたいと思ったものだけは、どうか買わせてほしい。
「俺は……セレスが使っていたこの髪紐が気に入っているんだ。これだけでいい」
指先でそれを確かめるように触れながらアルチュールは言う。
「俺だって気に入ってる。お前にもらったこの髪紐があったから……遺跡の穴に飛び込んだとき、絶対にお前のところに戻れるって信じていられた。その上、こないだ機転利かせてポーション二本も投げてくれただろ。あれで命拾いしたようなもんだし。頼む、礼ぐらいさせてくれないか」
そこで、俺はアルチュールの耳元に少しだけ顔を寄せ、小さく囁いた。
「――あと、受け取ってくれたら、今度いいことしてやる」
「いいこと……?」
「以前、セレスも自分でするのか? って聞いただろ?」
「あ……ああ」
「当たり前だって言ったら、興味津々な顔してたよな?」
アルチュールが一瞬、固まった。
彼は、俺のことを綺麗な存在みたいに思い過ぎだ。だが俺も普通の若い男だし、欲望や色気も持っている。完璧でも清廉でもない。
「今度、目の前でするって言ったら……?」視線を彼の横顔に落とし口角を持ち上げて、俺はそっと続けた。「俺だって、お前に向き合うと、抑えが効かなくなる。他の誰にも、こんなふうに言ったりはしないんだからな」
言葉の意味が届いた瞬間、アルチュールの肩がわずかに震えた。
頬のあたりがみるみる熱を帯びて行く。けれど店主の前ということもあって、どうにか平静を装おうとしているのがありありと分かる。視線は逸らしたまま戻らず、喉ぼとけが小さく上下した。
「……分かった」
最後は隠しきれない男の色気がひと筋まざったように微笑むのだから、俺のほうがどうにかなりそうだった。
なんだその顔。スパダリか? ずるいだろ、反則だろ。人がいなかったら、壁に押し付けて、そのまま噛みつくようなキスを何発かお見舞いするところだった。あぶない。
そもそも、なぜか諸事情により現在は“受け”側を務めさせていただいておりますが、初期のキャラ設定では、れっきとした”攻め”でしたからね、俺は。
その名残なのか、わりとえっちぃことにハードルが低い気がするのは気のせいなのか、元来の俺のせいなのか……?
――にしても、ったく、マジでっっぱねぇな、アルチュールさんのイケメンオーラは……。
そんな自分の動揺を誤魔化すかのように、俺は店主に声をかけて会計を済ませた。
バングルは包まず値札だけを切ってもらい、彼の腕にそのまま残してもらった。いま、外してしまうのが惜しいくらいに、よく似合っていたから――。
その後、通りの角にある果物屋に立ち寄った。
色とりどりの果実が山積みにされている。
「さて、ネージュとシエルに土産を買ってやろう」
アルチュールがそう言って笑いながら、甘そうなベリーや乾燥果実を選んでいく。
ネージュが「パパ最高!」と叫び、シエルが「拙者、恩に着るでござる、父上」とやけに格式ばった声で頭を下げた。
……うん、まだ言葉も満足に話せない頃から、ネージュに保育士代わりの子守りを任せていたのが悪かったな。ある種の“英才教育”を施してしまったようなものだ。
仕方ない。
この分だと、殿下のマルスも、ナタンのオグマも、「それがし」とか言い始めているんじゃないか……?
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