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79話 イバラ王 -8-
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グルネル指揮官の金の瞳がゆっくりとこちらへ向く。
「ん?」
彼は首を小さく傾げ、そのまま、俺たちを順に見渡すように視線を滑らせた。そして――、
「……お前、本命を取り逃がしたのか……」
部屋の空気がピシッと固まった。
「情報が遅いですよ、指揮官!!」
ジュールが、半ば叫ぶように言う。
「なんたる失態だ!!」
グルネル指揮官が、ルクレールの肩をぐっとつかむ。感情に任せて怒るというより“憤慨する上官”のテンションに近い。
「ああ、そうだよ。なにも言う事はありません。治療直後なんです。やめてください」
「――指揮官」カナードが静かに、しかし逆らえない響きで割って入った。「強靭さだけは人並み以上ですが、ルクレールには安静が必要です。その辺にしてやってください」
それでもグルネルは引かず、むしろ眉根を寄せながら言い放った。
「じゃあ……娼館通いをやめたのも、酒場で女を寄せ付けなくなったのも、特定の相手が出来たからではなく、見向きもしてくれなかった彼に操を立てているから……というわけか、お前は?」
「おい、指揮官ッ!! 人の下半身事情をこんなところで大声で言うなよ!!」
ちょっと待って。これ、俺も被弾してね?
「誰とやったとか、何人とやったとか言われてもなんともないくせに、やってないことを暴露されるほうが恥ずかしいのか、ルクレール!?」
ジュールが、口元を押さえて肩を震わせた。
「指揮官ッ!! そんな話をしている暇はないだろう、今は……! 早く対魔武具の増産と補填を掛け合いに行ってくれ!」
ルクレールの頭元に居るアッシュまでも、黒い喉をくくっと鳴らして笑いを堪えている。彼の首のストラップの赤い石が、小刻みに揺れた。
グルネル指揮官はようやく手を離し、ふん、と鼻を鳴らした。
「後で続きを聞くからな」
「……あー」
「聞くからな」
「っなんなんだよっ、ったく。了解」
指揮官は踵を返すと、まずカナードへ深くうなずき、「先に失礼します」とだけ短く告げた。
次いでリシャールへ恭しく一礼し、それから俺たちへも視線を向けてわずかに口元をゆるめ、堂々たる足取りで病室を出ていった。
「あんたにも、頭のあがらない相手って、居たんだ……」
俺が呆れ混じりにつぶやくと、ルクレールが、わずかに眉を動かせた。
「あれは別格。一応、上官だしな」
「さて、私たちもお暇しましょうか」
カナード寮監が眼鏡を軽く押し上げ、俺たちへ促した。
だが、その背をルクレールが低い声で呼び止めた。
「……ジャン」
「なんですか、ルクレール?」
「その四人に――使い魔を使役するときの術式を、少し前倒しで教えてやってくれ。身を守れる手段は多い方がいい」
カナードは一瞬だけ驚き、それから短くうなずいた。
「……了解しました」
さらにルクレールは続ける。
「それと、セレスの伝書使に……特例で、先んじてベネン授与『祝福の雫』の許可を出してやってほしい。いざというとき、こいつらの連携が要になる」
カナードの眉がわずかに上がる。
「なるほど。それも上へ申請しておきましょう。……では、これで。ゆっくり体を休めなさい」
背を向けたところで、ルクレールがもう一度声をかける。
「おい、そこの“子爵家の次男”。話がある」
「――俺か?」
アルチュールが振り向き、目を細める。
「え?」
俺も思わず声が出た。
ルクレールは俺のほうへ視線を向け、真っ直ぐな声音で言った。
「別に何もしない。……だから、二人にしてくれないか」
俺は、一瞬だけ迷ったが、ルクレールの目が、嘘をついてないのはわかった。
「……分かった。信じる」
そう言って、俺とリシャール、ナタン、カナード寮監は廊下へ出た。
扉が静かに閉じる。
それからしばらくして、静かな金具音とともに扉が開いた。
出てきたアルチュールは、落ち着いた顔の奥に、言葉にしきれない気配を潜ませていた。
「……なにを話したんだ?」
俺は恐る恐る尋ねた。
アルチュールは少しだけ視線を逸らし、
「……俺の“手の届かないところ”は、あの眼帯騎士がセレスを守るって」
ああ……、全く。あの男は……。
「……それ、だけ?」
「それだけじゃない」
アルチュールは小さく息を吐いた。
「「学院を出たらどうするつもりだ」と聞かれた。騎士になる、と答えたら――」そこで言葉を切り、俺をまっすぐ見る。「ノクターンを目指せ。いや、来い。鍛えてやる」って言われた」
「……」
どこまでも本気だな。
「あと……」
「まだあるのか?」
アルチュールは一歩近づき、俺の耳元へ口を寄せた。
「……「魔力を流しながらセレスを噛んだのか?」って聞かれた」
「はあぁ!?」
「もちろん、そんなことはしてない……と、答えたけど……」
アルチュールは耳まで赤くしながら、ぼそりと言った。
「……どうやら無意識に、俺は“マーキング”してるらしい」
「マ、マーキング……?」
「セレスの左肩と……右の尻に」
「…………」
「「微量の魔力を流しながら噛んだ痕の残照が見える」って……」
俺は反射的に右手で左肩を、左手で右の尻を押さえた。
「……なんで見えるんだよ、あの魔眼……!」
アルチュールは気まずそうに、しかしどこか困ったように笑った。
俺はもう、羞恥と衝撃で足元がふらつきそうだった。
「ん?」
彼は首を小さく傾げ、そのまま、俺たちを順に見渡すように視線を滑らせた。そして――、
「……お前、本命を取り逃がしたのか……」
部屋の空気がピシッと固まった。
「情報が遅いですよ、指揮官!!」
ジュールが、半ば叫ぶように言う。
「なんたる失態だ!!」
グルネル指揮官が、ルクレールの肩をぐっとつかむ。感情に任せて怒るというより“憤慨する上官”のテンションに近い。
「ああ、そうだよ。なにも言う事はありません。治療直後なんです。やめてください」
「――指揮官」カナードが静かに、しかし逆らえない響きで割って入った。「強靭さだけは人並み以上ですが、ルクレールには安静が必要です。その辺にしてやってください」
それでもグルネルは引かず、むしろ眉根を寄せながら言い放った。
「じゃあ……娼館通いをやめたのも、酒場で女を寄せ付けなくなったのも、特定の相手が出来たからではなく、見向きもしてくれなかった彼に操を立てているから……というわけか、お前は?」
「おい、指揮官ッ!! 人の下半身事情をこんなところで大声で言うなよ!!」
ちょっと待って。これ、俺も被弾してね?
「誰とやったとか、何人とやったとか言われてもなんともないくせに、やってないことを暴露されるほうが恥ずかしいのか、ルクレール!?」
ジュールが、口元を押さえて肩を震わせた。
「指揮官ッ!! そんな話をしている暇はないだろう、今は……! 早く対魔武具の増産と補填を掛け合いに行ってくれ!」
ルクレールの頭元に居るアッシュまでも、黒い喉をくくっと鳴らして笑いを堪えている。彼の首のストラップの赤い石が、小刻みに揺れた。
グルネル指揮官はようやく手を離し、ふん、と鼻を鳴らした。
「後で続きを聞くからな」
「……あー」
「聞くからな」
「っなんなんだよっ、ったく。了解」
指揮官は踵を返すと、まずカナードへ深くうなずき、「先に失礼します」とだけ短く告げた。
次いでリシャールへ恭しく一礼し、それから俺たちへも視線を向けてわずかに口元をゆるめ、堂々たる足取りで病室を出ていった。
「あんたにも、頭のあがらない相手って、居たんだ……」
俺が呆れ混じりにつぶやくと、ルクレールが、わずかに眉を動かせた。
「あれは別格。一応、上官だしな」
「さて、私たちもお暇しましょうか」
カナード寮監が眼鏡を軽く押し上げ、俺たちへ促した。
だが、その背をルクレールが低い声で呼び止めた。
「……ジャン」
「なんですか、ルクレール?」
「その四人に――使い魔を使役するときの術式を、少し前倒しで教えてやってくれ。身を守れる手段は多い方がいい」
カナードは一瞬だけ驚き、それから短くうなずいた。
「……了解しました」
さらにルクレールは続ける。
「それと、セレスの伝書使に……特例で、先んじてベネン授与『祝福の雫』の許可を出してやってほしい。いざというとき、こいつらの連携が要になる」
カナードの眉がわずかに上がる。
「なるほど。それも上へ申請しておきましょう。……では、これで。ゆっくり体を休めなさい」
背を向けたところで、ルクレールがもう一度声をかける。
「おい、そこの“子爵家の次男”。話がある」
「――俺か?」
アルチュールが振り向き、目を細める。
「え?」
俺も思わず声が出た。
ルクレールは俺のほうへ視線を向け、真っ直ぐな声音で言った。
「別に何もしない。……だから、二人にしてくれないか」
俺は、一瞬だけ迷ったが、ルクレールの目が、嘘をついてないのはわかった。
「……分かった。信じる」
そう言って、俺とリシャール、ナタン、カナード寮監は廊下へ出た。
扉が静かに閉じる。
それからしばらくして、静かな金具音とともに扉が開いた。
出てきたアルチュールは、落ち着いた顔の奥に、言葉にしきれない気配を潜ませていた。
「……なにを話したんだ?」
俺は恐る恐る尋ねた。
アルチュールは少しだけ視線を逸らし、
「……俺の“手の届かないところ”は、あの眼帯騎士がセレスを守るって」
ああ……、全く。あの男は……。
「……それ、だけ?」
「それだけじゃない」
アルチュールは小さく息を吐いた。
「「学院を出たらどうするつもりだ」と聞かれた。騎士になる、と答えたら――」そこで言葉を切り、俺をまっすぐ見る。「ノクターンを目指せ。いや、来い。鍛えてやる」って言われた」
「……」
どこまでも本気だな。
「あと……」
「まだあるのか?」
アルチュールは一歩近づき、俺の耳元へ口を寄せた。
「……「魔力を流しながらセレスを噛んだのか?」って聞かれた」
「はあぁ!?」
「もちろん、そんなことはしてない……と、答えたけど……」
アルチュールは耳まで赤くしながら、ぼそりと言った。
「……どうやら無意識に、俺は“マーキング”してるらしい」
「マ、マーキング……?」
「セレスの左肩と……右の尻に」
「…………」
「「微量の魔力を流しながら噛んだ痕の残照が見える」って……」
俺は反射的に右手で左肩を、左手で右の尻を押さえた。
「……なんで見えるんだよ、あの魔眼……!」
アルチュールは気まずそうに、しかしどこか困ったように笑った。
俺はもう、羞恥と衝撃で足元がふらつきそうだった。
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