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両陛下との茶会

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 殿下の記憶の件は、他人にバレないように調べようと思う。とりあえず、友人の中でも信頼できるものに手紙でそれとなく聞いてみよう。それから、父や母に当時の事を疑われないよう聞くのも良いだろう。

 それよりも今は、不敬にならないよう努める事に専念すべきだ。我が家のためには絶対に失敗できない! と言うのは建前で、どうして私はこんな所でお茶をしているのだろうか?

 殿下の話を聞き家へ帰ると、私宛に王妃陛下から気軽なお茶会の誘いが来ていた。
 内容を知った両親からは、何度も不敬になる事はするなと念を押され家を出たのは今朝方だ。そして、現在。花々が咲き乱れる庭園の一角で、将来の義母となる王妃陛下を前に緊張しながらティーカップを持ち上げ、出された紅茶を一口すすっているわけなのだが……。

「あらあら、まぁまぁ、じゃぁ、エル君はライオネル君の事が大好きなのね~」

「もぅ、母上ぇ~。そういう事いっちゃだめだよぅ~」

「ふふっ、エルも恋を知ったのだな」

「父上まで、ダメだってばぁ~!」

 殿下の間延びした話し方とよく似た話し方をする楽し気な王妃陛下は、優しい瞳で私を見るとことさら微笑みを深くした。
 更にその隣には、忙しいはずの国王陛下までいらっしゃる。
 殿下に外堀から埋められている気がする。あぁ、今すぐ帰りたい。
 
 感情を出さないよう細心の注意を払い。表情筋をフル稼働させて、引き攣る頬を隠し笑みを張り付けた。

「そう言えば、ライオネル君に聞きたいことがあったんだ」

 優雅に足を組み替えた国王陛下が、私を真っすぐに見据える。その瞳には嘘偽りを許さないと言うような感情がのっていた。
 自然と伸びた背筋のまま姿勢を正し、国王陛下に向き合う。

「なんなりとお答えいたします」

 なんとかきょどらずに答えた私に、陛下はふっと茶化すような笑みを見せた。

「まず、私たちの事は父上、母上と呼んでくれていい。いずれエルの伴侶となるんだ。遠慮はいらん」

「はぁ、あ、ありがとうございます。ち、義父上様、は義母上様」

 本当にいいのだろうかと思いながら向けられる両陛下の期待の籠った視線に根負けした私は、両陛下にお礼を言いつつ望みのまま両陛下を呼んだ。
 私の言葉に納得したらしい両陛下が嬉しそうに微笑んだかと思えば、急に真面目な顔になった国王陛下が両手を組み私を見据えると「それでだ……」と話を切り出した。
 緊迫した空気に緊張した私はゴクリを喉を鳴らし、続く言葉を待った。

「エルとはどこまで進んだ?」
 
「…………はぃ?」

「だから~、エルとはどこまで進んだのだ? もうキスは済ませたのか? それとも、その先……はっ、まさか! 子供が出来るようなことまで済ませているとは言わないよな?」

 何を言い出した? 国王陛下ともあろうお人が、何故私と殿下の床事情を知りたがる……。って、そうじゃない。突っ込むところはそこじゃない。落ち着け、まずは冷静に!

 冷静さを取り戻すべく何度か深呼吸を繰り返し、どう答えた者かと思案し始める。
 そこへ、殿下によく似た美しい王妃陛下が「あらまぁ、フェス様。そう言う事は、二人の秘密ですのよ~。親が口を出す事ではありませんわ~」と意味ありげな言葉を紡いだ。
 
 王妃陛下、貴方は私と殿下の何をご存じなのですか? 私の知らないところで何があったのですか?

「いや、しかしな。可愛い君によく似た愛しいエルの事だ。そこらの男では我慢もできんだろう? そしかも、年頃だぞ? 私がライオネルぐらいの時には、それはそれは苦労したものだ。それに、エリシャも興味あるだろう?」

 国王陛下……苦労は一体……何に苦労をしたのですか? 確かに殿下は見目も可愛いし、性格も可愛い人です。ですが、男です! 国王陛下は同性にも食指が動いたのですか? もしかして、いや止めよう。流石に考えるだけでも不敬だろう。それよりも、私は男に食指が動いたことはありませんよ。多分……。私はあくまでも、女性と結婚したかったのですよ。なのに殿下と同類認定は辞めて頂きたい! あ、いや、別に殿下がダメだと言う訳ではないです。  

 盛大に国王陛下にツッコミを入れた私は、殿下の性癖を否定しながら言い訳をする。
 そんな私を他所に、王妃陛下もまた「ふふふっ、まぁ、無いとは言い切れませんわね~。先日も、二人で……ねぇ。エル君」と言い出す始末。

 ちょ、待ってください。先日も二人でなんですか!! ま、まさか……あの時の事を言っているのですか? アレは、一方的に殿下がしかけて来ただけで、私が望んだ事ではありませんよ……勘弁してください。

「は、母上! そ、それは内緒にしてって僕お願いしたでしょ~?」

 頬を染め恥ずかし気にするような内容ではないでしょう? この間見られたのは、殿下が押し倒して私を玩具にしていただけでしょう! それに、そんなにお菓子の屑を口の端に付けていてはだめです! 拭いて下さい。

 殿下の口をポケットに仕舞っていたハンカチーフで拭う。すると嬉しそうに殿下が破顔した。そんな私たちのやり取りを、両陛下や周りのメイドたちから生暖かい視線で見つめている。
 あぁ……最悪だ。

「うふふっ。良かったわね~エル君。ちゃんと愛されているわよ。安心しなさい。それに、昨日も彼に押し倒されてたって聞いたわよ~。オホホホ」
 
 え? 愛されているって、どういうことですか? ただ食べかすを拭いただけです。それに間違いなく、あの時の従僕ですよね? あいつっ、今度、絶対一言言ってやる!

「なっ、なんだと!! では、すぐにでも孫の顔が見られると言うのか!」

 国王陛下、もう黙っててください。孫の顔って、男同士、どうせなのに孫が出来るはずはないでしょう! それともセクシュアルである殿下は、女性同様に孕めると言うのですか? 穴が二つあるとでも??
 はぁ、疲れる。なんでこんなに疲れるんだ。天然か? この一家は全員が天然なのか? それとも、私の常識がおかしいのか……もう分らない。

 考える事を放棄したい。そう思いながら見上げた空は青く澄み切っていた。テーブルを囲み、弾む会話が耳を通り抜けていく。
 後、どれぐらい耐えればこの時間は終わるのだろうか? あぁ、帰りたい――。
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