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舞踏会③

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 会場内に流れる曲に合わせ、ステップを踏みクルクルと回り踊る。もうすでに二度も踊っているにも拘わらず、殿下はニコニコと機嫌よさげに笑っていた。

「エルタンは、(女性側の)ステップも上手いんだな」

 なれないはずのステップを熟練した玄人のように踏む殿下に驚きながら褒めた私に、殿下は「だって、沢山練習したからねぇ~」と言うとはにかんだ。
 その笑顔に周囲の男どもが、何かを期待するように頬を染めている。これは終わったら誘いが多そうだと思った私の予感は見事に的中する。

 曲の変わり目でダンスの輪から離れ、のどが渇いたと言う殿下と共に軽食が置かれたコーナーへ向かう。
 その道中、幾度となく殿下はダンスに誘われていた。
 最初は、相手を傷つけないようニコニコと笑顔で対応していた殿下だが、五人十人と断りを入れる回数が増えるに比例して、笑顔がしかめっ面に変わり、めんどくさそうな言葉でに断るようになった。

 そして、十五人目を前に殿下は「だからぁ~。もう、何度も言ってるの聞こえてるでしょ~? ラー君意外とは踊らないの~!」と、もう迷惑だ! と言わんばかりに声を大きくする。
 断られた相手も、この態度にはドン引きで視線を彷徨わせ無言のまま去って行った。
 ある意味で、平和にはなったが……周囲の反応は、あまりよろしくない。

 世間を知らない殿下だからこそなのだろうが、その奔放さ故に社交界では誹られる可能性も。それに思い至った私は、殿下へ諭すようにその名を呼んだ。
 軽食を皿に移しとってもらっていた殿下が振り向く。
 皿を受け取り、人目を避けるようにして端へと移動した私は、そこで真面目に社交界の事について話すことにした。

「こういう社交の場では、どんなに迷惑だと思っていても相手に対しての礼儀を忘れてはいけない。王女である貴方にとって、この国の貴族たちは臣下であり、上手く付き合っていく必要があると考えた方がいい」

 私が説教をしていると感じたのか、もぐもぐと幸せそうにケーキを食んでいた殿下の笑顔が一瞬ぶー垂れた表情に変わる。それでも、伝えるべき事は伝えておかなければならないと心を鬼にして言い含めた。

「嫌ならいくらでも二人の時に私が話を聞くし、愚痴を聞く。だから、こういった場では、その思いを隠すんだ。いいか?」

 ここまで折れても中々同意してくれない殿下に、私は憤りを感じるも。私の方が大人なのだと言い聞かせ、説得する。が、いつの間にか殿下と私の話は食い違いをみせはじめた。

「むぅ~。だって~、折角おしゃれしてラー君とイチャイチャしてるのに~! 邪魔するあいつらが悪いんだもん~」

「だってじゃない。それに、イチャイチャは二人の時にするべきもので、こういう人目のあるところだとはしたないと言われてしまうんだ。それに、邪魔なんかじゃなくて、王女であるエルタンと仲良くなりたくて声をかけているだけだろう?」

「僕は、ラー君がいればそれでいいもん」

「確かに、結婚したらそれでいいかもしれないが、領地を運営するための社交やら、挨拶やらは結婚してからも必要になる。今のうちにそう言った訓練をするべきだろう? それにだ私は、婚約者を紹介したり、挨拶をしたりとやらなければならない事もあるから、今は無理だ」

「えぇ~。つまんない~! ラー君は僕より社交が大事なのぉ~?」と再び頬を膨らませた殿下に、私はどこのご令嬢だ。と溜息を吐き出した。
 そんな私を他所に、殿下はハっと何かに気付いたように瞳をキラキラと輝かせる。

「今、ラー君、僕を紹介するって言ったよね~? もしかして、友達~? ねぇ、そうでしょう? 僕の事友達に紹介してくれるんだぁ~」

 何がそんなに嬉しいのか理解できない私は、僅かに首を傾げながら殿下の言葉に頷いた。

「……あぁ、そうだ。新学期から学院に通うにしても、全く知らない人ばかりでは辛い。だから、同い年の上の妹に殿下の事を頼もうと……妹と引き合わせておこうかと」

 はて? 社交界での態度について話していたはずが、何故かイチャイチャ出来ないと言う意味の分からない題材になり、彼女を友達に紹介する、しないの話に変化しているのか?
 私は、どこで会話を間違えた? というか流された?

 軽食を食べ終え「やったぁ~!」とはしゃぐ殿下の腕を取り、妹たちがいるであろう場所を目指して歩く。高いヒールを履いている殿下の歩調に合わせ、ゆっくりと進めば妹たちが学友と思われる令嬢たちと談笑していた。

 上の妹はクリーム色からオレンジにグラデーションしている生地にたっぷりのドレープをほどこしたドレスを纏い。下の妹は、ピンクピンクしたドレスを着ている。
 兄的視線でみてもどちらの妹も、見目は良いしスタイルも悪くない。ただし、いなければ――。

 私と殿下が婚約すると言う話を、妹たちに打ち明けたのは婚約者が決まった翌日の夜だ。
 可愛い妹たちに軽蔑されるのではないかと心底怯え、ブルーな気持ちで妹たち二人の前に立つ。決死の思いで、殿下と婚約する事になった。と伝えれば我が妹たちは黄色い声をあげ、頬を赤らめたかと思うと鼻息荒く私に詰め寄った。

「お兄様、お願いがありますの」と言う上の妹に、首を傾げ「なんだ?」と聞けばモジモジとした様子を見せ。

「御結婚あそばした後で構いませんの。初やなんて申しませんわ。慣れた頃でいいので是非、是非わたくしを閨事に呼んで下さいまし! 正座して、見学させていただきすわ!」

 と、これまで見た事もないほどの笑顔で言われた。そんな姉に、下の妹が我慢ならないと「お兄様!」と私を呼ぶ。この時点で既に、嫌な予感しかしない私は曇った顔で妹を見た。

「殿下と二人でどんなお話をされたのですか? 今日は、どのようなことをお二人でされたのですか? さぁ、全てわたくしに報告してくださいませ」

 と、宣った。
 その後、銅像のように硬直したままの私に妹たちは気付くことなく「どちらが押し倒す方でしょう?」などと二人で盛り上がり妄言を吐き続け、ぐふふ、ぬふふと笑い合っていたのだ。

 出来れば殿下には二人が腐女子である事を隠したい。そう考えた私は、腐女子である妹たちと殿下を引き合わせる事に及び腰だった。いまだに、不安しかない。
 だが、これから先婚約者の決まった殿下は、女装したまま学院に通う。その事を考えれば、例え腐っていようと妹を協力者としてそばに置く必要がある。
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