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依頼したら、誤解された!!

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 本を選んだ殿下を連れて一階の食堂へ戻れば、空気の入れ替えのためか窓が開けられていた。そこにいるはずのセンティンスの姿を探せば、彼は丁度テーブルを噴き上げているところだった。

「すまんな。待たせた」

「いや、構わない」

 私の腕を掴む殿下の姿をみとがめたセンティンスは、恭しく頭を下げ「殿下、こちらのテーブルと椅子をお使いください」と椅子を引いて見せる。幼い頃から思っていたが、センティンスは要領が良い。するべきことをサクッとこなしてしまうその姿になんど嫉妬を覚えた事か……。と、それどころではないな。

 昔を懐かしむあまり棒立ちしていた私にセンティンスが「クッションはいるか?」と聞く。殿下の座る椅子が、硬いため聞いたのだろうが私に聞かれても判らない。

「エルタン、クッションはどうする?」

「大丈夫だよ~~」

「そうか。要らないそうだ」

 センティンスに答え、殿下を椅子へと促す。テーブルを囲み三人で座ったところで咳ばらいを一つしたセンティンスが表情を改め、ここへ呼んだ理由を私へ聞いた。

「それで、俺に話があると聞いたが?」

「あぁ、それなのだが……少し向こうで話せないか?」

 視線でカウンターを促し、殿下に「少し向こうで話してまいります」と、返事を聞く前に移動する。何か言いたげな視線を向ける殿下は、私とセンティンスが移動すると渋々と本を読み始めた。

「それで?」

「あぁ、実はセンティンスに調べて貰いたいことがある。わかる範囲で構わない」

 言い終わるなり頭をさげる。これまで結構な無茶を聞いて来たのは私の方で、私からセンティンスに頼み事をするのは珍しい。そのせいかセンティンスは軽く訝しむ目で私を見ると殿下の方へと視線を流した。

「もしかして、王女殿下とかかわりあるのか?」

「あぁ、そうだ」

「ふむ。ライオネルの頼みだから一応話は聞くが、王族関係だ。調べられるかはわからんぞ」

 大きく息を吐いたセンティンスは、頭をガシガシ掻くと仕方ないと言わんばかりに頷いた。

「それで構わない」

「わかった。話してくれ」

 私は頷きこれまで知りえた情報を話す。

「……ここからは私なりの推測になるが、殿下が唯一恐怖を現した相手――ロダンセム男爵家のご令嬢メリシア嬢が、その事件に関わっているのではないかと思っている。何せ彼女は、虫一匹通さないはずの王城警備を敷くことができたのだから」

 そう六年前の記憶喪失の話を聞いた日。突如現れたメリシア嬢が、あの事件の真の犯人ではないかと睨んでいる。舞踏会で見せた禍々しいほどの執着。そして、殿下の怯えにも似た眼差しが。
 
「メリシア嬢が、王城警備を欺けると何故わかったんだ?」

「あぁ、それはだな――」

 再び私がこの目で見て、聞いたことを説明するとセンティンスの顔が驚愕に変わる。あの時は正直殿下に押し倒されて焦っていたから、それどころではなかった。よくよく考えれば、今回の侵入経路筋が六年前の事件にもつかされていたのではないかと思い至った。そう言った理由をセンティンスに語れば、彼は呆れを通り越し頭を抱えてしまった。

「はぁ……。今はその経路はもう封鎖されているんだな?」

「あぁ、国王陛下が主導して封鎖なさったとお伺いした」

「それで、君は何を僕に調べさせたい? それを知って、どうしたい?」

 どこか鋭く射抜くような瞳を向け、センティンスが問う。こう言うところは父親である騎士団長とよく似ている。自然と背筋が伸び、喉が鳴る。

「私が知りたいことはいくつかある。まず一つ目は、六年前の事件の詳細。正直、父の書斎を調べたが、殿下から聞いた以上の情報が無かった。二つ目は、メリシア嬢がどこで殿下と知り合ったか、についてだ」

「なるほど、もう一つの問いの答えは?」

「正直に言うが、知ったからどうしたいかと言われると……わからない。ただ、殿下の記憶が無くなっている事が……許せない」

 そう、私は許せないのだ。殿下は押しが強く、少し我儘な面はあるが、時折見せる仕草は可愛く子女かと見紛う程可憐だ。初めて知り合った者であろうと身分関係なく優しく声をかけることが出来る殿下の記憶が、あの事件のせいでなくなっているかもしれないことが――。何故あの日、殿下が連れ去られなければならなかったのか? その場で何がおこなわれたのか? その理由が知りたいのだ。

「ふむ。かなり危険ではあるけど、俺が出来る範囲で調べてみるよ」

「そうか、ありがとう」

 王家の絡む話であるが故に危険だ。それを承知で調べてくれると言うセンティンスに今一度頭を下げる。

「ところでライオネル。お前、よほど王女様を気に入ってるんだな」

 つい先ほどまで剣呑とした雰囲気を醸し出していたセンティンスが、ニヤニヤとした表情で殿下と私を見比べながら言う。

「なっ、何を馬鹿な……」

「何を照れているんだ。婚約者同士想い合えるのはいいことだろ?」

「確かにそうだが、私たちの場合……事情が、事情なだけにだな……」

「あぁ、はいはい。お前と王女殿下の事情とやらは知らないが、俺からすれば十分にお前は王女殿下に惚れてるように見えるぞ」

 ひとりで勝手に納得したように何度か頷いたセンティンス。そんな彼の言葉が受け入れられない私は、呆然と彼の言葉を脳内で反芻した。
 長年の友人であるセンティンスに依頼したはいいが、あらぬ誤解を受けた。しかも当然と言わんばかりだ。私はただ、殿下の記憶喪失を解くカギがあればいい、そう思っただけなのだが……。
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