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高校二年生 春

7.家族

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《大口健太郎》
今日の部活終了時に顧問の廣瀬正敏から重大な発表があった。
全員を見回す。
「今週の土曜日に練習試合をやるぞ。相手は豊橋東と豊丘だ。二試合とも勝つつもりでいくぞ」
全員のテンションが上がった。
もちろん、僕もね。

帰り道、腕と足に錘を装着してのランニング、そして、隣を由依が自転車で走る。
ずっと続けてきた日課だ。
「由依さん、土曜日が楽しみだね」
「そうだよ。猛打賞で大勝利といきたいね」
「一生懸命に応援するよ」 
「違うよ。健太郎にもチャンスが来るよ。その時の為に、準備をしっかりね」
「うん。そうだね、僕も出たい」
「その意気だよ」
自然とピッチが騰がっていた。

由依の家で別れて、いつも通りに帰ろうと したところ、玄関から、由依の母親が出てきた。
「由依、健太郎君も一緒にごはんを食べていったら、どう?」
「健太郎、どうする?」
「ご馳走になろうかな」
「お母さん、食べて行くって」
「わかった。廣瀬先生には私の方から、連絡しておくね」
「有難うございます」

家に上がるとリビングに案内された。
「ここに、座っていて。着替えてくるから」
由依の父親が先にビールを飲んでくつろいでいた。
「こんばんは。おじゃまします」
「君が大口健太郎くんか?」
「はい、由依さんに、野球を教えてもらっています」
「君の話を時々、聞くよ。一生懸命にやっているらしいね」
「えっ、悪口とか言ってます?」
「いや、才能があるっていっていたよ」
そこにピンクのラインが入ったアディダスのジャージに着替えた由依が来て、ごはんを運ぶ手伝いをする。
「由依が、手伝いするなんて珍しいな」
「お父さん、好きな子がいれば手伝いだってしますよ」
「お父さん、お母さん、余計な事は言わないでくれますか? 健太郎が誤解する」
「大丈夫だよ。冗談なのはさすがにわかるよ。三浦君でしょ」
「違うよ。もう、その話は止め」

それから由依の家族と一緒に楽しい食事の時間を過ごした。
本当に仲の良い家族だった。
羨ましいという思いと感謝の思いが混じっていた。
もうすぐ九時になる。
「由依さん、そろそろ帰るよ」
「そこまで、送るよ」
「大丈夫だよ」
「良いって。お母さん、ちょっとそこまで送ってくるよ」
「美味しかったです。ご馳走さまでした」
健太郎はお礼を言って家をでた。

二人でゆっくりと並んで歩く。
「良い家族だね」
「ありがとう。また、来る?」
「いいの?」
「もちろん。いつでもどうぞ」
「今日は楽しかった。あまり遠くなるといけないから、ここで良いよ」
「あのさ、私、翔馬とは野球友達だから」
「そうか、仲が良いから勘違いしてた。嫌な思いさせたなら謝るよ。ごめん」
「それと、私は健太郎の事を」
「何?」
「練習試合で応援するから」
「ありがとう」
「じゃあね」
僕達は手を振って別れた。

月が道を照らしてくれていた。
広瀬宅の壁に背中をもたれかけて、夜空を見上げるすずがいる。
月光に照らされたすずはとても神秘的に見えた。 
「すずさん、ここで何をしてるの?」
「夜空を見ながら、健太郎を待ってた」
「帰りが遅かった? ごめん」
「ううん、数学でわからない問題があって教えてもらおうと思って」
「お風呂に入ってからでも良い?」
「うん、ところで誰のところでごはんをご馳走になったの?」
「由依さんのところ」
「付き合ってるの?」
「付き合ってないよ。友達? いや、先生かな」
「ふ~ん。よかった」
「何?」
「なんでもない」

風呂に入ってから、すずに数学を教えた。それから自分の部屋に戻り、ベッドに寝転がった 。
「健太郎、青春してるね。どちらが好みなの?」
天使のマナが現れた。
「何を言ってるの? どちらも友達」
「ふ~ん、まあ良いや」
「僕は三年後には、やっぱり死ぬんだよね」
「そうだよ。もう三年無いけどね」
「そうか。じゃあ、野球を頑張らないといけないな」
「そうだよ。そうそう、良いニュースがある」
「何?」
「健太郎の野球ランクが上がりました。真っ直ぐど真中のストレートを打つランクがSS、ど真中の速球ランクがSSです」
「SSって凄いの?」
「凄いもなにも世界でトップだよ」
「他は?」
「まだまだ。特に守備力は最低ランク。他も似たようなもんだね」
「よし、明日もがんばる」
「しっかりね。練習試合は応援にいくから。バイバイ」

はっきりした事は余命三年もない自分が誰かを好きになってはいけない事だった。
あとで、お互い辛くなってしまうだろう。
野球に専念して、みんなの記憶に残るように頑張る。
それしか出来ない。
涙が次々と零れ落ちていく。
少し長く生きられる事を幸せに思おう。
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