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高校二年生 夏

17.空に誓う

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《大口健太郎》
成瀬剛毅の投球は凄い。
自分以外の全てを圧倒する様な球だ。
(健太郎、行くよ。成瀬剛毅をぶっ飛ばすよ)
「わかった。全力で頑張るよ。僕にはそれしか出来ないからね」
(そう、そう)
僕はピッチング練習をして、マウンド上で空を見上げた。
一年前までベッドの上から見上げていた青い空だ。
でも、今はこのマウンドの上から見上げている。
その時、退院出来ずに死んでいった友達を思い出してしまった。
僕は何人も見送った。
「僕もいずれ死んで、そっちに行くよ。でも、少しだけ楽しんでも良いかな」
心に火がついた。
僕は幸せ者だ。
最後まで精一杯に生きなきゃ。

《成瀬剛毅》
横浜高校の攻撃は二番バッターから始まる。
この回は確実に自分まで打席が回ってくると思うと楽しみで仕方なかった。
(剛毅、必ずアイツを玉砕するんだよ。立ち直れない程の格の違いを見せて)
「そのつもりぜよ。じゃけんど、アイツは何者かえ?あんなに凄い球を投げるき、驚いとるがよ」
(あの子、一年前まで難病で生死をさまよっていたの。そして、治って必死に練習したみたい)
「な、な、なんと、一年前から野球を始めたのか。あの球以上に驚きぜ」
剛毅はマウンドの大口を見た。
キャッチャーのサインに頷き、大きく振りかぶって投げ込んだ。
バッターは振る事も出来ない。
球場にどよめきが起こる。電光掲示板に百六十キロの表示。
二番は見送り三振で終わっていた。
三番バッターにはスローカーブから入ってきた。
コースが甘くなったが、バッターは打ち損なってサードゴロ。
「大口健太郎、おまんは凄いぜよ。俺はおまんを認めるき、本気で行くぜよ」
(ジャビはマナに負けたくなーい)
「そこかよ」
成瀬剛毅は笑いながらバッターボックスに入った。

《白石舞》
白石舞は興奮していた。
大口健太郎と成瀬剛毅の豪速球対決が始まり、今度は打者として成瀬剛毅がバッターボックスに入った。
彼はピッチャーだけでなく、バッターとしても凄い。高校野球で通算六十以上の本塁打を放っている。間違いなく最高のバッターなのだ。
甲子園でも目にした事も無い、いや、今まで見た事の無い対決になるかもしれない。

大口が投げ込んだ。
アウトコースにストレートだ。バックネットへファールチップ。
電光掲示板には百六十キロの表示。
「ジロー、成瀬は凄いね。タイミングを合わせてきた」
大口は左足を大きく振り上げて、二球目をインコースへ投げ込む。
成瀬は見送り、ボールと判定。
再び、どよめく。百六十二キロ。
安田次郎のカメラを持つ手が震えてる。
「ま、舞さん。アイツ、変ですよ」
「私もそう思う。百六十キロ連発。成瀬を越える気か」
「いえ、違うんです。笑って投げてます。まるで、もう一人、誰かいるみたいに喋って笑っています」
「そんなこと」
次はスローカーブ。
大きな当たり。球はぐんぐん延びていくが、レフトのポール外側。
ファールだ。これでツーストライク、ワンボール。
白石舞は不思議に思った。
キャッチャーがど真ん中に構えた。
大口は今まで以上に大きくダイナミックなフォームで投げた様に見えた。
成瀬剛毅は豪快に空振り三振。ヘルメットがクルンと回り、落ちる。
電光掲示板には百七十キロ。
「ウソー、ウソー、嘘でしょ」
白石舞は立ち上がっていた。いや、白石だけではない。ほとんどの人が
立ち上がり、信じられないという思いに違いない。
隣の次郎が拍手を始めた。
それが球場全体に広がる。

横浜高校の攻撃は終了して攻守交代。
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