借金取りの彼と債務者の俺

リツキ

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 ハッと目を開けるとそこは自分の部屋だと春人は気づいた。
 初めてのゲイバーの勤務で、シャレにならないほど疲れ、ベッドに横になった瞬間寝てしまっていた。
 まだ疲れがとれてないせいか、頭がぼおっとしたままでスッキリしていない。
 ゆっくりと起き上がり、頭を掻く。
 春人は家を出ていて一人暮らしをしている。
 今年で27歳にもなるので、そろそろ自立をして結婚をしなさいと親にしょっちゅう言われるが、まだ結婚する気持ちにもなれない。
 勿論相手がいないのでその気持ちになりづらいということもある。
 だが今は更に結婚なんて考えられない。
 相手だって一千万の借金を抱えている男と結婚なんてする気ないだろう。
 大きく溜息を吐き、昨夜のことを思い出す。
 何度も男に口説かれているのか、からかわれているのかわからないが、自分が性的対象として見られるほど気味の悪いものはない。
 自分よりガタイの良い男に言い寄られるのは、決していい気分にはならない。
 しかし、またそういう思いを今晩もすることになる。

「できるんだろうか?いや・・・やるしかないんだよな」

 浅木というヤクザに監視されている以上、逃げることなんてできない。
 頭を抱え、春人は少しだけ泣きたい気分になった。
 とんでもないことになったんだと、改めて強く実感してしまった。

「あ!」

 ふと時計を見る。
 今の時間を知りたく置時計を見ると、時間は9時を指していた。
 こんな時間帯に起きるなんて休み以外はない。

(確か10時30分までにレストランに行かないといけなかったな)

 昼からやる仕事は普通のレストランなんだろうか?
 詳しいことは聞かされてないので何とも言えないが、昨夜のことを思い出すとあまり期待するのは危険に思える。
 再び尻を撫でられたことを思い出す。
 そして、肉体関係を誘われたことも・・・。
 大きな溜息を吐くことで、抱えてるストレスを吐き出す。
 それでも全く気持ちは晴れなかった。
 ふらりと立ち上がり、浴室へ入ってシャワーを浴びる。仕事を終えてからあまりの疲れで風呂も入らず、そのままベッドへ眠り込んでしまっていたのだ。
 とにかく10時30分までに準備をしなくてはならないと思ったので、さっと体を洗い、服に着替え、少しだけお腹がすいていたのでスマホで行先を調べつつパンを食べながら、そして家を出た。
 スマホで確認しつつレストランへと向かう。
 場所は少しお洒落な街並みにあり、昨夜いたゲイバーよりは人通りも多く、明るい感じがする。
 木々が立ち並び、その木々の横には休めるようベンチが設置してある。
 見ると人が座ってぼんやりと空を眺めていたり、スマホを見て休んでいる人もいる。
 そういう人たちを見て羨ましさも感じつつ、気持ちが穏やかになっていくのがわかる。
 歩いて10分ほどの場所にあり辿り着いた。
 レストランは二階建の白い建物で、その二階にあった。
 木製で作られた階段を歩き、室内へと入る。
 室内は木製の机と椅子が何席かあり、雰囲気的はロッジ風のようだった。

「すみません、今日から働くことになった長谷部と言いますけど・・・」

 言うや否や、すっと横から浅木が現れた。

「時間通りだな。どうだ?疲れはとれたか?」

 問われたが苦い顔をしつつ春人は首を振った。

「・・・いいえ、あまり」
「そうかよ、悪夢でもうなされたか?」

 小馬鹿にするように言う浅木に春人はムッとした。

「悪夢ってより、疲れすぎて爆睡しました。それでもすぐには疲れはとれません」
「へぇ~」

 ニヤつきながら言う姿に更に春人は苛立ちを覚えた矢先、

「あ、浅木さんから頼まれていた人ですね?」

 髪を後ろに束ねてシャツとパンツ姿で現れた女性が声をかけてきた。

「悪ぃな、綾葉あやはさん。こいつだよ」

 綾葉と言われた女性がここの店長らしい。見た目年齢30代前半といった感じだった。

「こんにちは。これからよろしくお願いします。昼間はちょっと忙しくなるので大変ですけど頑張りましょうね!」

 ゲイバーの雰囲気とは違い、笑顔で明るく言われると仕事の意欲がここまでも違うのかと思うほど、気持ちがぐっと上がり少し元気になる。

「はい、よろしくお願いします!」

 春人の明るい表情に浅木は気に入らないのか、ちくりと嫌みを口にした。

「なんだよ、昨晩とは違って妙に嬉しそうだな?」
「べ、別に嬉しいわけじゃ・・・」

 図星を突かれ、少し焦った。

「別の仕事に変えるかな」
「え、そんな・・・」

 少し絶望な顔になる春人に浅木はニヤリと笑み、満足な表情になると

「なんてな、んじゃあ頑張れよ。俺は帰るからよ」

 言って綾葉にあとはよろしくと言いながらレストランから出ていった。

「それじゃあ・・・まずお皿をテーブルに置いてもらえるかな?」





 レストランの手伝いはゲイバーよりは気分的に穏やかだった。
 昼時ということで忙しくはなるが、精神的な苦痛はない分、体力的の大変さはあっても遥かに楽だった。
 2時までの就業なので夜からの準備をし終えるとレストランを出た。
 綾葉さんはサバサバしていて明るい人なので、話しかけやすくいい人だった。
 唯一の安心できる職場じゃないだろうか?
 お客も問題なく、普通にお昼を楽しむために来る人ばかりだ。
 ゲイバーは確かに特殊なのかもしれない。
 酒を楽しむ人もいれば。出会いを求めるために来ている人もいると、アキラから聞いていた。
 目的がそれぞれあれば対応も変わってきても仕方ないのかもしれない。

(だけど、俺に向かってくるのはやめて欲しいよな・・・)

 春人はただそれだけが気がかりだった。
 一旦自室に戻り、休憩する為に帰ることにした。





 ゲイバーとレストランの仕事が始まって二週間が経った。
 季節も仕事を始めた頃よりは暖かくなり、4月に入っていた。
 レストランについては問題なく、忙しいがなんとかこなせていた。
 問題はゲイバーだ。
 浅木から早く客からのセクハラに慣れた方がいいと言われたが、どうにも慣れず春人はどう対処したら良いか悩んでいた。
 深刻な表情をしながら、アキラから頼まれた買い出しを近くのスーパーで終え、歩き始めるが春風を感じたせいか、ふと立ち止まりたくなった。
 バーの近くにある川の橋まで辿り着くと、そのままそこに留まり、荷物を地面に置き橋の欄干にもたれながら川の流れを見つめる。
 川の傍には桜の並木があって、桜のつぼみも膨らみ咲きかけているのもあった。
 気づけば季節は春になっていて、季節感を味わう余裕なく日々を過ごしていた。
 こんなに色んなことが頭の中で解決せず、スッキリしない状態でバーに行くのは、何となく躊躇いがあった。
 相変わらずお触りされたり変な言葉がけされて、どうしても気分が滅入ってしまう。
 世の女性たちは、会社でセクハラされてどうかわしているんだろうと思った。

(どうしたらいいんだろう・・・)

 アキラに相談をしようかと思ったが、迷惑をかけたくないし、言ったところで解決策なんて貰えるのかわからない。
 彼はゲイだしノンケの春人が言ったところで、自意識過剰じゃないのかと思われるかもしれない。
 アキラは優しくて良い人だ。
 嫌な思いをしてカウンターまで戻ってくると、必ず大丈夫と声掛けをしてくれる。
 春人は無理して大丈夫と言うが、それが嘘なのはバレていた。
 かなり精神的に疲労している時は、アキラ自ら注文を聞きに行き、カウンター内の仕事を春人にさせたこともある。
 それくらい気遣ってもらっていたが、ある日、冗談で春人は自分のことを男として好きかと問いかけたことがあった。
 アキラは笑って、

「ハルちゃんは可愛いくていい子だけどタイプじゃないのよね。男らしい人が好きなの」

 と返答された。
 確かに男なら誰でもいいわけないのだ。誰だって好みがある。
 その話を聞いてから春人は、アキラに尋ねた質問がかなり浅はかだったと感じ、それでも笑顔で答えてくれた彼の人間性に信頼を寄せるようになった。
 色々思考しているうち、一番の悩みを思い出す。
 客の何人かに狙われているのか、遊ばれているのか常にいじられる。
 大半は遊ばれているのかもしれないが、春人としては屈辱で、でも客である限り失礼な態度はとれないので、もどかしく不器用な自分にうんざりしていた。
 何よりその中で一人、執拗に春人に声をかけてくる男がいて、その男が一番の悩みの種だった。
 名前は木立(こだち)という小太りの男で背が低く、毎日のように通い詰めて来る。
 春人を敢えて呼び注文するふりをして手やら腰やらを触れてくるのだ。
 考えただけでも気味が悪く正直もう会話もしたくない。
 そう悩みまくり思考し頭を抱えていると、

「何やってんだよ」

 聞き覚えのある声が春人の耳に入ってきたが、なんとなくその声を聴いただけでもうんざりした。

「・・・浅木さん」

 川の欄干にもたれながら浅木は悩んでいる春人に声をかけてきた。
 ちらりと浅木を見たが再び視線は川へと移す。

「いえ、別になんでもないです」
「じゃあなんでこんなとこで油売ってんだよ?」

 問われても春人は押し黙った。
 言ったところで悩みが解決できるとは思えなかったので、これ以上言いようがない。
 しかし浅木は春人の心を読んだかのように、悩みを口にしてくる。

「セクハラに悩んでるのか?」
「・・・・」

 相変わらず勘が良く、春人は余計苛立ちが募った。
 この人は人の動きに敏感で、自分が立ち淀んでいる姿を見てはサポートを入れてくる。
 それは自分だけじゃない。客に対してもアキラに対してもだ。
 じっと見つめてくる浅木に春人は隠したところで無駄に思え、

「どうしたらそのセクハラに対応できるのか悩んでいるんです。このままだと続けるのに苦痛過ぎるなって思って」

 思わず悩みを零した。
 ヤクザに悩みを打ち明けたところで答えが出るかはわからないが、何でもいいからヒントが欲しくなったのだ。
 暫く二人の沈黙が続いたが、ふと浅木はそれじゃあと口を開く。

「お前が客で、好みの女の子が店員でいたとして、ちょっかいをかけたいなと思ったら何を言われたら傷つく?」
「え?」

 驚いた質問に春人は思わず声を上げる。

「俺、あんまり声をかけたりしないんですけど・・・」
「例えばの話だよ!考えろ」

 呆れた口調で言われ春人は少し迷いながら答えた。

「それは・・・キツく“やめて下さい!”って言われたら傷つくかもです」
「理由は?」
「えっと理由は、ちょっと声をかけたかっただけだから。そんなに過剰に言われるのは想定外というか・・・」
「なるほど」

 浅木はうんうんと頷く。

「他には?」
「他ですか?えっと・・・」

 思考する春人に浅木は更に続けた。

「つまり、自分がされて傷つくことをしないのが一番じゃねぇのってことだよ」
「あ・・・」

 言われて春人はハッとした。

「人それぞれ考えがあるから全部に通用するわけじゃねぇけど、それをちょっと想像してみたら、多少はお客の対処がわかるようになるんじゃね?」
「・・・なるほど」

 浅木の言葉に春人は少ながらず納得した。
 その様子に浅木は続けて言う。

「お前が変わらず怯えてばかりいたら、向こうは更に付け上がってくる。それこそ向こうの思うツボだ。だからある程度上手く対抗しないと言い様に遊ばれるぞ?」
「・・・そうだと思います」

 静かにその言葉に春人は頷き、それを見た浅木は励ましも込めて言った。

「まぁ、頑張って対処できなかったらその時は俺が動くわ。その為に俺はいるわけだからよ」
「そうですね」

 ふっと笑う浅木につられて春人も笑った。
 なんだか少し意味がわかった気がして、気持ちが軽くなる。
 最近ちょっかいがエスカレートしている気がしていたので、おそらく春人が怯えているのを見抜かれて、遊ばれていたのだと思う。
 このまま遊ばれっぱなしも悔しいので、なんとか対抗したいと強く思うようになると、不思議と勇気が湧いてきた。
 人間とは、きっかけ一つで気持ちが切り替えれるのかもしれない。

「なんとかやれそうか?」

 尋ねられ春人は少し笑みを作り返事をした。

「はい、頑張ってみます」

 すぐにできるかわからないが、徐々に対応できるようになっていければと、少しだが自信が出てきたのは確かだった。

「頑張ってくれよ」

 ヤクザなのに妙に信頼しそうになっている春人だったが、今回ばかりは感謝だ。
 彼からすれば働かせたいから上手く春人を誘導したのかもしれないが、お客との対応の術が少し上がった気がし、何事も経験は必要だと前向きに考えることにした。
 親からお前は世間知らずで不器用だと言われ続け、いつかは工場を継ぐのだからしっかりしろと散々言われ、どう自分を成長させればいいかわからず悩んでいたので、良いアドバイスを貰った気がしたのだ。
 鼓舞する浅木に、感謝の気持ちも込めて春人は言った。

「ありがとうございました!」

 笑顔で思いをストレートに言うと、浅木は一瞬戸惑う表情になり、パっと顔を背けた。
 そして、よかったなとぽそっと呟いた。
 いつもの彼らしくない態度に春人は怪訝に思ったが、ぐっと荷物を持ち歩き出そうとした春人に、浅木はもう一つ地面に置いてあった荷物を持ち上げた。
 驚いた春人は慌てて浅木に声をかける。

「あ、俺持ちます!」
「いいよ、これぐらいどうってことねぇし、お前には最後まで働いて借金返済してくれねぇと困るからよ、こっちも」

 春人の顔も見ずさっさと歩き出す浅木に、慌てて春人も彼の後ろを付いて行く。
 変に優しい
 浅木は少し調子が狂うが、今日は余計なことを言わず彼の後を黙ってついて行くことにした。


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