借金取りの彼と債務者の俺

リツキ

文字の大きさ
上 下
18 / 23

18:ライバル

しおりを挟む
 

 目を覚ますと春人が浅木の傍で寝ている。
 ここはどこだったか、静かに顔で見回すとそこは春人の部屋で、浅木は春人のベッドで寝ていたのだ。
 そしてベッドから体を起こそうとすると、浅木の体が裸であることに気づいた。

(ああ・・・そうだ、俺たち昨日・・・)

 傍らで眠る春人を見ると、春人も裸で自分に背を向けて寝ている。
 細い体が呼吸と共に動いているのがわかった。
 昨晩のことを思い出すと浅木は変に恥ずかしさも出てくるが、何より春人と自分が肉体関係になれたことが何よりも嬉しく、本当に自分のことを愛してくれたのだと実感したのだ。
 まさか抱き合える日が来るなんて思っていなかった・・・わけではないが、こんなに早く関係ができるとは思っていなかったのは確かだ。

(色々過去、自分がやらかしたことがきっかけだったけど・・・あいつのおかげでハルの本音が聞けたことは嬉しかったな)

 優しく春人の髪を撫でると、ううんっと呻きながらこちらに向いた。

「・・・浅木?」

 まだ寝ぼけているのか、春人はちょっとぼんやりしている。
 それが更に浅木は愛おしく思えた。

「おっす。寝れたか?」
「・・・あ」

 しばらく脳内が動いていなかったせいか、現在の状況を思い出した春人は少しずつ顔が赤らめていくのがわかった。

「う・・・ん」

 俯きながら小さい声で春人は頷いた。

「なんだよ、恥ずかしいのか?」
「ちょ・・・!いいでしょ!」

 恥ずかしい気持ちを隠すために春人は慌てて布団の中に潜る。
 面白くなって浅木は一緒になって潜り、二人の幸せのひと時を過ごすことになった。





 事の始まりは二日前の出来事だった。
 いつものように春人は夕方、アキラの店へと買い物袋をぶら下げ歩き、到着した時だった。
 自分より若めの青年が店の入り口前に座り込んでいたのだ。
 驚き春人はその青年へと走り寄った。

「どうしました?気分でも悪いですか?」

 声掛けをした瞬間、その青年が顔を上げた。
 春人は見た瞬間、少しドキっとする。
 そう感じるほど美しい青年だったからだ。
 芸能人やモデルのようなオーラと美しさというのだろうか。女性にも見える程の中性的な感じだ。
 髪は明るめの茶色で首元まであって長め、緩くパーマもかかっていた。
 目は大きく鼻も高くて小顔で、ハーフなんじゃないだろうかと思った。
 春人の呼びかけにその青年は頭を振る。

「大丈夫です。ここが開くのを待ってたんです」
「そうですか。ここは初めてですか?」
「いいえ、最近は来れてなかったけど、時々来てました」

 ということは彼も同性愛者ということだろうか?
 そう春人は思い、少し気を遣いながら話し始めた。

「すみません、今開けるので待ってて下さい」

 今日はアキラが少し遅めに来ると言っていたので店の鍵を預かっており、バッグから出して店の扉を開けた。

「どうぞ、カウンター席に座って待っていて下さい」

 自分の荷物をスタッフルームへと置き、開店準備を始めた。
 春人はテーブルや椅子を拭き始めると、その青年は春人に問いかけた。

「すみません、お聞きしたいんですけど」
「なんですか?」

 綺麗な目で春人を見つめ、言う。

「今日、浅木桂介さん来ますか?」

 突然浅木の名前を出され、春人は少し動揺した。

「え・・・確か今日は来るはずですよ?」

 言いながら春人は嫌な予感がしていた。
 この見た目の良さ、若さといい、もしかして彼は・・・。

「そうなんですね!よかったぁ!何時頃来ますか?」
「えっと・・・10時くらいには。他の店も回ると言っていたので」
「へぇ~そうなんですか」

 嬉しそうに微笑む青年に春人はしばし見つめてしまう。
 もしかしてこの青年は浅木と関係があった人じゃないだろうか?
 浅木自身が言っていた“セフレ”ということ。
 それは春人からすれば複雑な気持ちになる。
 相手は何度か浅木と関係を持った相手だ。見た目からしても完全に春人は負けている。
 なぜか妙に惨めな気持ちになったのだ。
 気まずい気持ちを抱えながら拭いていると、高崎がスッと店の中に入ってくるのが目に入った。

「あ、高崎さん。こんにちは」
「やぁハルちゃん!」

 嬉しそうに笑む高崎に春人は少しだけ安堵した。
 しかし、高崎も青年の方へとすぐ目に行ってしまった。

「あれ、君って確か・・・」
「こんにちは、高崎さん。お久しぶりです」
「確か・・・元井祥もといしょう君だったよね?」

 祥と言われた青年はにっこりと微笑む。

「わ!僕のこと覚えていてくれたんですか?」
「そりゃあ、これだけ綺麗だと誰だって覚えてるよ~」

 気のせいか、少し高崎も鼻の下が伸びているようにも見える。
 確かにこの祥という青年の美しさは、同性愛者じゃない春人でも見入ってしまう美しさだった。
 肌はきめ細かさや色白で、体形もどこか男らしくない儚さも感じる。
 今流行りの男性と言っていいだろう。

「最近、桂介さん元気ですか?」

 下の名前呼びに春人の胸の中がモヤっとした影が渦巻く。
 これは自分の直感は間違っていない気がした。
 尋ねられた高崎はそうだねぇ~と言いながら答えた。

「元気っていうか普通じゃない?」
「普通って。そうですか・・・」

 言って瞳が少し寂しい色に変化する。
 二人は最近会っていないのだろか?
 そう思うとどこかホッとする春人は、二人の会話には入らず仕事に集中する。しかし初めて会う春人に祥は気になっているようだ。

「最近働き始めた人ですか?」

 祥は春人に向かって尋ねた。

「あ、はい。と言っても半年くらいには経つんですけど・・・」
「半年・・・そうなんですね」

 そう答えると、祥は少し考えているように見えた。

「もしかして借金ですか?」
「・・・まぁそうです」
「と、いうことは桂介さんの伝手でここへ来たってことですね」
「ま、まぁ」

 なぜだが春人は返事がぎこちなくなる。
 理由は祥の問いかけがどこか探られているように感じたのだ。視線もどこか疑うような目つき。
 少し緊張しながら春人は祥を見ると、祥から次々と質問が始まった。

「ぶしつけな質問になりますが、あなたゲイですか?」
「は?え、いや違いますけど・・・」
「そうですか・・・」

 どうやら春人と浅木の関係を少し疑っているみたいだった。
 でもなぜ疑っているのだろう?

「過去、男と付き合ったことがあるとかあります?」
「え?な、ないですけど・・・」

 過去はないが現在はそうだ。でも浅木が男だから好きなんじゃない。
 色々頭の中で言い訳しながら春人は答えた。

「そうだよな、この人普通の顔だし」

 小さく呟くように言っているが全部春人には聞こえていた。

(悪かったな、普通の顔で)

 なんでこんなに顔が普通と何度も言われないといけないのかと思うと、少しうんざりした。
 これ以上尋ねられても嫌だと思い、春人は静かにその場から逃げるように仕事の準備を始めると、

「そういえばなんで10時に来るなんて知ってるんですか?」
「え?あ、そ、それは、昨日店を閉める時に言っていて・・・」

 当然嘘だった。
 昨晩、浅木と一緒に帰る時に言っていたのだ。
 だから知っていたことで、当然知っているのは春人だけだった。
 鋭い質問に春人は少し辟易する。
 完全にこの祥という青年は浅木に好意を持っているし、セフレの関係だった可能性も高い。
 おまけにここ最近会っていなかったとすれば、春人を完全に疑っているとしか思えないのだ。
 じっと祥から見つめられ春人は少し戸惑う。
 その様子を傍からみていた高崎が少し助け船を出してくれた。

「まぁ、いいじゃない。10時にあいつ来るんだから。祥君は待ってればいいよ。その間、俺が話し相手にでもなろうか?」
「・・・はい、お願いします」

 決していい意味ではない視線を祥から送られながら、春人は早くアキラが帰ってこないだろうかと、ぼんやり思った。





 時間は10時になろうとしている。
 先ほどから祥はこまめに携帯の時刻を確認していた。
 よっぽど浅木に会いたいのだろう。
 どんな再会になるのかと思うと、春人は少し逃げ出したい気持ちになる。
 明らかに自分の恋人に好意がある青年と恋人が会う対面を見るなんて、修羅場もいいとこだ。
 おまけにこの青年はわりと好戦的に見える。
 見た目も頭の回転も春人は敵わないと思った。
 仮病を使って帰ろうかなんて思っていると、扉が開く音が聞こえた。
 みんなの視線がそちらへと向かう。

「よ!遅くなったわ」

 事の次第を知らない当人、浅木が笑顔で現れたのだ。
 浅木を見た瞬間、祥は声を上げて呼んだ。

「桂介さん!」

 椅子から立ち上がり、浅木の元へ駆け寄ると彼に抱き着いた。
 その光景を目にした春人は思った。

(やっぱりそうだ・・・)

 祥は浅木のことを好きなのだ。
 抱き着かれた浅木は、春人と目が合い、慌てて抱き着く祥を引き剥がす。

「な、なんだよ。祥!」
「なんだよって酷いよ、桂介さん!会いたかったのに!」

 ここはゲイバーではあるが、お客は二人の関係を知らない。
 明らかに好機の目で見られていた。

「ちょっと待て、俺言ったよな?もう会わないって」

 そう言うと祥は一瞬にして泣きそうな顔になった。

「わかってる。でも俺は会いたかったの!桂介さんのこと、忘れられなかったんだよ!」

 言いながら再び祥は浅木の元へと寄り添った。
 再び浅木は春人に視線を送る。
 その視線は“悪い、ごめん”と言いたげに感じで、春人もこくりと頷いた。

「とにかく、もう一度話し合おう。いいな」
「・・・うん」

 浅木は祥の肩に手をのせ、店の外に出ていくことにした。
 再びちらりと春人を一瞥するが、何も言わず扉を閉めた。
 春人にとっては言葉にし難い複雑な気持ちが胸の中で渦巻いていた。



 店から少し離れた場所へ浅木は祥を連れて行く。
 辿り着いたところは、人気のいない路地裏のような場所だった。
 浅木は祥に向かい合い、困った表情で話し始めた。

「半年前、言ったよな?もう祥とは会えないって」
「・・・わかってる」
「だったら・・・」

 言いかけた浅木を祥は遮るように声を少し荒げながら言った。

「わかってるよ!でも、気持ちが止まらないんだよ!」
「・・・祥」
「好きなんです、桂介さん。ずっと言わなかったけど」

 目に涙を浮かべ、浅木に訴えるように見つめた。
 言えば浅木は自分の元から離れるのがわかっていたから、ずっと伝えることを我慢していたのだ。
 祥の切ない想いを受け止めるが、浅木は視線を逸らし、俯くしかなかった。

「ごめん、お前のことを恋愛感情では見れない」
「何がいけなかったの?どうしたら好きになってくれる?」
「そうじゃない!元々のお前との関係だったから、一緒に居られたんだ」

 そう言われ祥は黙ってしまった。

「悪い・・・」

 言い過ぎたと思い、浅木は失言したことを謝った。

「無理なの?寝ることも?」

 諦めることができない祥は更に浅木を問い出す。
 祥は浅木との関係をどうしても切りたくないのだろう。
 しかし、浅木の脳裏に浮かんだのは春人の姿だった。
 もしかして肉体関係を結ぶことができなくても、春人と離れることは考えられなかった。
 考えたくなかった。

「ごめん、無理だ」

 はっきりとした口調で言われ、祥は堪えていた涙を零した。
 小さく浅木は再び“ごめん”と呟き、祥を背にして歩き出す。
 しばらく祥はその場で立ち尽くしながら泣き始めた。
 背後でその泣き声を耳にしながら、浅木は掌を握り締め、アキラの店へと戻って行った。





 一時間ほどしてから浅木が一人で店に戻ってきた。
 少し疲れた表情で帰ってきて、すっと春人と目が合った。

「悪かったな、変な空気作っちまって・・・」

 謝る浅木に呆れた顔でアキラは声をかける。

「本当に何やってるのよ。祥君、ずっとあなたのこと待ってたのよ?」
「すみません、まさか来てるなんて思わなかったんで」
「ちゃんと別れてなかったの?」
「いや、ちゃんと言ったんですけどね。向こうには伝わらなかったみたいで」

 下を俯きながら浅木は、親に叱られる子供のような状態になっていた。
 アキラから一つ溜息を吐き、話を続けた。

「そういうのちゃんとしないと、後々お互いが傷つくことになるんだからね」
「・・・わかってます」

 そう小さく言う浅木を春人は心配な気持ちで見つめることしかできなかった。





 店の営業が終わり、浅木と春人とは二人で歩きながら、祥の話をしていた。

「出会ったのは一年前だったかな。出会いのバーで会って、そこからの関係だ」

 浅木に“関係”と言われ、つまり肉体関係と春人は想像する。

「最初の段階で真剣な付き合いはしないって言っておいたんだけど、途中から恋人みたいな動きをするようになったんだ」
「恋人みたいって、頻繁に連絡が来るとか?」
「まぁそれもあるけど、なんで会ってくれないとか、いちいち監視されてるようなことを言い出したから、そこで言ったんだ。もう会うのはやめようって。俺たちそういうのじゃないだろうって」

 浅木は割り切っていたんだろうけど、向こうからしたら浅木の魅力に勝てずに好きになってしまったのかもしれない。
 人の気持ちなんてわからないものだから、春人も少し祥の気持ちの変化は理解できる気がした。
 それは春人とが浅木に対して感じた気持ちと同じ気がしたのだ。
 感情はスイッチを押したからって動くわけじゃない。
 夜空を少し見上げながら浅木は話を続けた。

「別れの話が今年の四月くらいだったかな。あいつもモデルやってるからそれから忙しくて俺と会う機会がなかったのかもしれないけど」
「モデル・・・」

 やっぱりと、祥の姿を思い出し納得する。

「浅木はやっぱりイケメンが好きなんだね」
「お、おい。ただの好みの問題だろう?」
「俺、イケメンじゃないよ?」
「なんだよ」

 浅木は少しニヤリとした。

「ヤキモチ焼いてくれてんの?」
「え?ち、違うよ!」
「本当かぁ~」

 ニヤニヤと笑う浅木に春人はムキになって怒った。

「そういうことじゃなくて、本当にイケメン・・・綺麗な人が好きなんだなって実感したんだよ」
「まぁ・・・いいじゃねぇか。あの時は相手の性格とか考えてなかったし、その、やれればいいって思ってたから、な」

 気まずそうに言う浅木を見て、春人は呆れた表情で言う。

「酷い人だったんだね」
「・・・今思えば、本当に嫌な奴だったよ、マジで」

 少し落ち込んだ表情で言う浅木に春人はすっと近寄り、腕を組んだ。

「ハ、ハル?」
「今はそうじゃないよね?」
「今は違う!お前のことは傷つけたくない」

 真剣な眼差しで言われ春人は優しく笑んだ。

「よかった。祥君のこともちゃんと誠実にしないとね」
「・・・ああ、悪かったよ」

 優しく浅木は春人の髪をくしゃりと撫でて、腕を組みながら二人は春人のアパートへと向かった。
 まさか後ろから幸せムードの二人を見つめる鋭い視線があることも気づかずに。





(え?何で?)

 アキラの店の前に再び祥が立っていた。
 祥が浅木に詰め寄った日からの翌日だ。
 いつものように店に向かい、店が目の前に見える辺りまで行くと、立っていたのだ。
 祥の視線は今度は春人に向かっているようだった。

(どうして?)

 心なしか少し怒りに満ちた目をしている気がした。
 少し緊張しながら近づいて行くと、祥もそれに合わせて春人に向かって近寄ってきたのだ。

「ちょっと、どうして昨日本当のことを言わなかったの?」
「え?本当のことって?」

 いったい何について尋ねているのか、春人はわからなかった。

「とぼける気?君、桂介さんのこと好きなんでしょ?」
「え?」

 一番触れられたくないことを指摘され、春人の目が泳いでしまった。
 それにいち早く気づいた祥は春人の服を掴む。

「やっぱり!まるで知りませんみたいなことを言ってたくせに、それに・・・」

 言って少し祥は唇を噛む。

「桂介さんと付き合ってるでしょ?」
「・・・・」

 これ以上は言えないと思い、春人は口籠った。
 黙る春人を見て、祥は更に怒りの表情になる。

「昨日見たよ。帰り、二人で腕組んだ歩いてたよね?」
「え・・・」

 驚き春人は祥を見つめた。

「昨日、店が終わるのをちょっと待って桂介さんともう一度話したかったんだよね。だから店まで行ったら二人で出てきて、そのうち君から桂介さんの腕を組んで歩いてたよね?」

 昨夜の帰りの姿まで見られていて、春人は言葉をなくした。
 まさかいたなんて気づかなかったのだ。
 全てを見られていた以上、春人はそれ以上話すことができなくなった。
 話せば全てを認めてしまうことになるし、話したら話したで祥がどういう行動になるか怖かったのもあった。
 何も話さない春人に祥は苛立ちを隠せなかった。

「なんでだんまりなの?もう事実でしょ?白状しなよ」

 責め立てる言葉に春人は、一つ溜息を吐き言った。

「そうだよ、だって君が明らかに浅木に対する気持ちがわかったし、言えなくなった」
「ふん」

 祥は見た目を反し、生意気な目をする。

「見てて面白かった?桂介さんに片想いしてる子が必死になってる姿をさ」
「そんなこと思ってないよ。その、昔の話とかは詳しく知ってるわけじゃないし、昨日君が浅木のことを好きだって知ったわけだし、戸惑うだろう?」

 春人は必死に弁解をするが、向こうは更に怒りを強くしているのがわかる。
 プライドを害したのかもしれない。

「なんだよ、別に見た目フツーなのに、なんで桂介さんはあんたなんかに気持ちが行ったわけ?何?ベッドの中では上手いってこと?」

 挑発的な言葉に春人は更に困惑した。

「え?ベッドって、してないよ!」
「してないって、まだ彼と寝てないってこと?」

 春人以上に驚く祥に再び戸惑いながら言った。

「寝て・・・ないよ。まだ付き合ったばかりだし・・・」
「付き合う?」

 美しい祥の顔が歪んでいくのがわかった。
 今、口にしたことは相当まずかったかもしれない。
 春人の胸倉を掴み、声を少し荒げて祥は言った。

「付き合うってどういう意味!?恋人関係ってこと?」
「待って、落ち着いて・・・」

 苦しく必死になって春人は訴えるが祥の怒りが収まらなかった。

「なんで、なんで恋人なの!?僕が一番望んでる関係なのに、なんであんたがそれを!!」

 更に胸倉を掴む力が籠り、更に春人は苦しくなった。

(まずい、誰かを呼ぼうか?)

 そんなことを考えていると、店の中から慌ててアキラさんが出てくるのが見えた。

「ちょっと二人とも!何をしてるの!?」

 必死になってアキラは二人の間を割ろうともがく。
 諦めたのか、祥は突き放すように春人の胸元から手を離した。

「どうしたの、祥君。何があったの?」
「この人が、僕を騙したんです!」
「え?騙した?」

 アキラは思わず春人を見た。

「騙したって、ただ言えなかっただけで・・・」
「言えなかったって何のこと?」

 アキラはただ困惑していた。
 困惑して当たり前だ。春人はまだアキラに浅木と付き合っていることを伝えていないのだ。
 急に怒り出している祥の心情もわかるわけがなかった。
 色々アキラからは苦言を呈してきたのに、それを思いっきり裏切っているのでそれすらも春人は口にすることができない。
 ちっとも言わない春人に祥はしびれを切らし、話し始めた。

「この人、桂介さんと付き合っているのに、それを僕に昨日、言わなかったんです」
「え?」

 アキラの表情が一気に固まる。
 春人はアキラの顔を見ることができず、ずっと逸らしていた。

「付き合っているくせに僕のことを馬鹿にした表情で見てたんだと思ったら、腹が立って仕方なくて・・・」

 祥の話を聞きつつアキラは春人を見つめたまま返答した。

「そう、そうだったの。でも祥君、その話はもう浅木さんから話をつけたんじゃなかったの?」
「そうですけど・・・」
「だったらもう、この話は終わりよね?」
「・・・・」

 アキラに諭され祥は黙り込んだ。

「私は今からハルちゃんと話しがあるの。だから今日は帰ってくれない?あなたが怒ったこともハルちゃんと話し合うから」

 そう言われ祥は静かに頷くが再び春人の方へと顔を向けた。

「寝てないって、桂介さんへのあんたの価値って大したことじゃないんだね」
「え?」

 一転し落ち込んでいた春人は祥を鋭く見る。

「そうでしょ?きっと今後、体の相性が合わなくて別れるんじゃない?」
「どういう意味だよ!?」
「言葉のままだよ、本当に愛していたらすぐ寝たくならない?二人が別れるのがいつになるか楽しみだね~」

 ニヤリと嫌な笑みを浮かべ、祥はその場を離れて行った。
 春人の拳はぐっと力強く握り締め、祥の背後を睨んでいた。



しおりを挟む

処理中です...