過去の思い出が彩る瞬間

リツキ

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2.



 初日。

 昼二時頃。総務課の半分の社員と社長たちが、会社のエントランスまでアメリカから来る社長代行、リデル・ライトを出迎えに集まっていた。
 結希は緊張のあまり心臓の高鳴りが落ち着かないでいる。

「いらっしゃったぞ」

 上司の一言で結希はビクリとし、背筋を伸ばす。
 会社の入り口前をしなやかに高級車の社用車が止まると、車の扉を開ける為に結希の後輩が走り開ける。
 開くと、車から出て来る彼の瞬間がスローモーションのように世界がゆっくりと流れて見えた。

 屈みながら出て来ると、身体に合ったブランドスーツを身に纏い、すらりとした長い足と長身姿が現れた。
 金髪は後ろに小綺麗に纏められ、高校時代より大人の顔立ちになり美少年から美青年になっていて光を放っているようにも見えた。
 あまりにも美麗になっていて結希は少し見とれていたが、周りを見渡すと皆、同じように呆然として見つめている。

 リデルは真っ直ぐ社長へと歩み寄り、握手を求めながら挨拶を始めた。

「初めまして。社長代行として参りましたリデル・ライトと言います」

 流暢な日本語に社長は驚いた表情になって答えた。

「日本語お上手ですね!驚きました。確か十代の時に日本へ留学されていたんですね?」
「良く知っていますね?はい。十七歳の時に三ヶ月ですが留学していました」

 二人の会話が結希の耳に入り再度確信した。リデル・ライトはあの高校時代に仲良くしていたリデル・ライトなのだと。
 社長とリデルは挨拶を終えると、会議室へと向かうことになった。
 その時、上司から小声で結希に話し掛ける。

「頼むぞ」
「……はい」

 静かに頷き結希は緊張の面持ちで、少し震える声でリデルに声を掛けた。

「ライト様、突然のお声掛けすみません。五日間サポートとして付き沿わさせていただきます、折原と言います」

 バレないでくれと祈りながら結希は少し伏し目がちで言うと、リデルに暫し見つめられながら言葉を返してきた。

「ああ、折原さん。よろしくお願いしますね。あとリデルで大丈夫だよ」
「わ、わかりました」

 笑顔で気さくに声を掛けられた瞬間、結希の胸に高校時代に感じた淡い感覚が蘇ってきた。
 見た目もさながら、この声掛けはずるいと思った。
 頭を下げた結希はそのまま静かにリデルの後ろを付き、自分より十cm以上高くなった身長を見つめ、何とも言えない気持ちを抱えながら付いて行った。





 会議室に着き暫く休憩を交えながら談笑が始まっていた。
 結希はその姿を離れた席で見つめている。

 不思議な気持ちだった。
 九年前、あの苦い思い出は時間と共に消え去ったと思っていたのに、それが再び復活している。
 それを感じているのは結希だけなので一人で複雑な心境を抱えている。
 笑むリデルを見ると過去を思い出す。あの時もあの笑顔が好きだったのだ。
 彼の横顔、引き込まれる青い瞳、全てに惹かれていたのだ。

(……もう忘れろ。見ろよ、あいつも俺のことなんて覚えていない)

 自分の存在なんて目の隅にもないリデルは、社長と色々と話に花を咲かせている。
 モヤモヤがずっと結希の胸の中で広がるばかりで、早く五日間過ぎてほしい、ただそう願うばかりだった。





 二日目。

 今日は朝からリデルを各課に連れて見学をすることになっていた。もちろん結希もサポートとして付き添っている。
 昨日とは違ったライトグレーのスーツを着こなし、颯爽と現れるリデルの姿に思わず見惚れるがすぐに現実に戻った。
 

 リデル、リデルの秘書、結希と広報課の男性二人、会わせて五人で一階から歩きながら説明をしていく。
 一部屋ずつ質問を細かく尋ねるリデルは、変わらず真面目な男だと思った。
 高校時代の時もいつも真面目に授業を受けていたことを思い出す。時々眠っていた結希に書き留めていたノートを見せてもらった気がした。

(ダメだ。一つ一つの姿に高校時代のことを思い出してまう)

 頭を振り必死に過去の事を忘れようとしていた時だった。

「どうかしたのかい?折原君」

 急に声を掛けられ顔を上げると、心配そうにリデルが結希に尋ねていた。
 結希は思わす心臓が跳ね上がる。

「あ…いや、すみません。大丈夫です」
「そう?一度休もうか?」

 時間を確認するとまだ時間は午前十時になったばかりだった。

「い、いえ本当に大丈夫なので」
「本人も大丈夫と言っているので大丈夫ですよ、リデル様。次に行きましょう」

 広報の一人がそう言い、そうだねと静かにリデルは頷くと五人は次の課へと歩き始めた。





 午後十二時になると辺りは騒がしくなった。
 五人は昼食を取る為にあらかじめ確保していた会議室へと向かう。会社にある食堂から持ってきた五人分の昼食を配り、少し会話も交えつつ食事を始めた。

 色んな思いが駆け巡りあまり食欲がわかない結希は、半分ほど食べてから席を立った。
 トイレに行き用を済まして廊下に出ると、廊下の窓から見える外を眺めた。
 会社は八階建、平成初期に建てられ築二十年は経っていて、現在は二階から眺めていた。

 あと三日。
 土日は休みになるのでリデルと会うことはない。あと三日バレなければこの感傷的な気持ちから逃れるのだ。
 リデルの姿を見る度に、高校時代自分がした恥ずかしい行動が何度もリプレイされて心をえぐられて辛い気持ちが募る。
 あの時の後悔の念が心に何度も刺さるのだ。
 額にキスをした後、リデルが驚いて結希の名前を呼んだ時の表情が頭にこびりついて離れない。
 リデルがどんなに複雑な気持ちになったのだろうと思うと耐えられないのだ。
 大きく溜息を吐くと背後から人の気配がした。そして、

「疲れたかい?」

 優しいリデルの声が結希の背後から聞こえてくる。それだけで気持ちが少し高揚してしまう自分が恥ずかしかった。
 
「リ、リデル様、お疲れ様です」

 振り向くと穏やかな表情でリデルが立っていた。

「食欲がなかった?残していたよね」

 見られていたのかとわかり、少し気まずい気持ちになった。

「まぁ、少し食欲がなくて」
「疲れるよね。取引先の代行が来るってだけで気を遣うし」
「そういうわけでは……」
「いいよ、気にしてないから」

 笑むリデルを見ながら、逆に気を遣わせてしまったという後悔と本当に日本語が上手くなっていることに感心した。

「日本語本当にお上手なんですね。十七歳の時に留学していたとおっしゃっていましたけど」
「ありがとう。アメリカに戻っても日本のアニメ、漫画は読んではいたし、日本で仲良くなった友達ともやり取りしていたから……」

 そう言い、リデルは結希をジッと見つめた。驚き結希は思わずすっと視線を外す。
 しかしそのままリデルは結希に話を続けた。

「折原君、君は何歳なんだ?」
「え?」

 問われて結希はドキっとした。なぜ年齢を尋ねてくるのか。
 海外の人はあまり年齢を気にせず会話をしてくると聞いたことがあるが…。

「えっと二十六歳です」
「え!そうなんだ、僕と同じ歳なんだね。高校はどこに通ってたの?」
「えっとそれは……」

 食い気味に尋ねてくるリデルに対し、高校の名前をどう誤魔化そうか悩んだ。
 年齢が同じだからもしかして同じ高校かと思ったのだろうか?
 口籠っていると結希の様子に気を遣ったのか、実はさ、と口を開いた。

「実はある人を探していて」
「……ある人?」

 胸をざわつかせながら結希は尋ねた。

「うん。高校の時に留学したんだけど、その時に仲良くしていた同級生に会いたいんだ」
「え?」

 結希のざわつきが更に増してくる。少し体も震えていた。

「最後、ちょっとした誤解があってちゃんとさよならが言えなかったんだ。会って誤解を解きたいって思っているんだよ」
「誤解?」
「そう…変な風に思われたんじゃないかって」
「……変な風…」

 変な風と言われ結希は複雑な心境になった。一体どういう意味で言っているんだろう。あの時自分がした行動が変な風に思えたということか?
 変な気持ちにさせてしまってすまないとか、そんなつもりはなかったんだとか、言い訳がしたいということなんだろうか?
 どっちにしろ、結希としては考えてもあまりいい方向で考えられなかった。

「……そうなんですね。多分、リデル様とは同じ学校ではないと思います。俺のいた高校ではお見かけしなかったので…」
「…そうなんだ」
「リデル様なら目立つし、高校にいたら覚えていたと思うので……」

 少しがっかりした顔でリデルは結希の言葉に返答をした。

「確かに周りは日本人の生徒ばかりの中で僕がいたら目立つよね」

 苦笑するがどこか本気で残念そうだった。

「ごめんね、変なことを聞いてしまって」
「いいえ。お会いできるといいですね、その人と」
「うん……」

 リデルの寂しげな目が心苦しかった。


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