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弊社のバレンタイン廃止にかこつけてチョコを渡そう計画
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がやがやと騒がしい居酒屋の個室で、俺は向かい合わせに座った伴野の顔をぼんやりと眺めていた。
清潔感のある短めの黒髪に、彫りの深い男らしい顔立ち。緩めたネクタイとくつろげたシャツの胸元が大人の色気を醸し出している。
伴野、今日も相変わらず格好良いな、お前は。
「平良、平良ー?おい、もう酔ったのか?」
「んー?」
反応の薄い俺を見て心配そうに眉間にしわを寄せた伴野は、個室の戸を開けると通りすがりの店員さんにウーロン茶を注文してくれた。
「お前、あんまり強くないんだから、無理すんなよ」
この気づかいのできる男の名前は、伴野連という。俺、平良慎也の職場の同僚であり、かつ密かに思いを寄せている相手だ。
俺は元々男が好きな訳じゃないんだけど、こいつの事は気づけば好きになってたんだ。もちろん恋愛感情って意味でね。
最初はそりゃあ自分の感情に戸惑った。きっとただの気のせいだーって思おうとしたんだけど、でもやっぱり好きだなって何度も何度も思うんだよな。
「それ、俺がもらうわ」
俺の飲んでいたビールを奪い取った伴野は、一息にそれを飲み干した。酒好きだけど弱い俺と違って、こいつが酔った所は見た事が無いんだよな。
「まだ飲めたのに」
「飲めたかどうかじゃなくてさ、もう飲むなって言ってんの」
「えー…」
「不服そうにすんな」
笑いまじりにそんなやり取りをしていると、コンコンと外から戸をノックする軽やかな音が響いた。伴野はすぐにすっと戸を開ける。
「お待たせしました、ウーロン茶です」
「ああ、ありがとう」
「こちらのお皿、おさげしますね」
「お願いします」
積み上げたお皿を器用に片手で持ち上げた店員のお兄さんは、戸を閉めてすぐに出て行った。
「ほら、これ飲め」
渡されたウーロン茶に口をつければ、伴野は満足そうに笑みを浮かべた。そのどこかこどもっぽい笑顔も、可愛くて好きなんだよなぁ。
何度も何度も恋心を自覚はしていたけど、それでも告白する勇気なんて俺には無かった。
だからこれからもずーっと片思いをし続けるんだと思ってたんだけど、最近になって気づいた事があるんだ。
もしかしてこいつも俺の事、好きなんじゃないかなーって。
あ、自意識過剰だと思った?思ったよね?
実は俺も何回もそう思ったよ。そんな都合の良い事があるわけないとか、夢を見すぎだろう現実を見ろとかさ。そうやって全力で否定し続けてきたから、疑う気持ちは分かる。
でもさ、仕事で困った事があったらいつでもさらりと手助けしてくれるし、俺からの食事の誘いは一度も拒否された事が無いんだよ。
え、それぐらい優しい人ならするんじゃないかって?
じゃあ俺との約束が常に最優先なのは?
見た目が格好良くて仕事もできるこいつは、悔しい事にまあモテるんだけど、今日も美人な同僚に食事に誘われてたのに先約があるんでってあっさりと俺を優先するんだよ。
それも律儀な人ならありえる?
それじゃあとっておきの理由を話そう。こいつと知り合ってから早数年。俺の誕生日は日付が変わったタイミングで必ず連絡が来るんだよ。同性の同僚相手に、そんな事をする奴がこの世界に何人いると思う?普通は数日過ぎてから、あ、誕生日だったんだーおめでとーぐらいだろう。
それにさ、目が合った時に愛おしいと言いたげに緩む目とか、二人だけの時の柔らかい空気感とかも他の人相手の時とは違う気がするんだ。
ただの願望じゃないのかって?
うるさいな。良いんだよ。こいつは俺が好きで、俺もこいつが好き。そういう事で良いの。って、あーかなり酔ってるせいか、さっきから自問自答が止まらない。
酒に強くないのにここまで飲んだのは、これから一世一代の賭けをする予定だからだ。
「なあ…」
「ん?なんだ?」
「バレンタインさ…廃止になっただろ?」
弊社のバレンタインという行事が廃止になったのは、実はもう数年前の事だった。
どこかの支社で何か問題でも起きたのか、それとも上司の誰かのただの思いつきなのか。理由は全く分からないけれど、それは突然全社員の向けて告知された。
社内の反応は様々だった。
慣例として渡し続けてただけだから、これを機に止めようかと納得する人。
好みに合わせて一々用意をするのは、正直面倒だったと喜ぶ人。
ついでに自分用のチョコを買いあさってたのに、口実が無くなると悲しむ人。
例え義理チョコと分かっていても嬉しかったのにとしょんぼりする人。
お返しに悩むから無い方が良いと、ホッと胸を撫で下ろす人。
廃止なんてつまらないと文句を言う人。
つまりもう仕事場ではチョコが貰えないのかと絶望する人。
当時の俺の感想としてはへぇーそうなんだーぐらいだったんだけどさ、今はその制度が廃止になった事を心から喜んでいる。
だって、それを口実にして、こいつにチョコを渡す計画を立てているからな。
「ああ、そうだな」
「でも、チョコ欲しくない?」
ドキドキとうるさい自身の心臓の音を感じながら、俺はぽつりとそう尋ねた。
「………うん、欲しいよな」
「じゃあさ…俺がチョコあげようか?」
突然告白する勇気は無い。でもチョコをあげようかって言って、その反応を探るぐらいしても良いだろう?
酒の力も借りて、なけなしの勇気をふり絞って尋ねたんだ。頼むから、はやく、はやく答えてくれ。祈るような気持ちで答えを待つ俺に、伴野は笑みを浮かべた。
「…うん…楽しみにしてる」
多分伴野の返事が返ってくるまで、そんなに時間は経ってなかった。でもその一瞬がとてつもなく長く感じた。
「そっか、じゃあ楽しみにしてて」
弊社のバレンタイン廃止にかこつけてチョコを渡そう作戦は、どうやら成功みたいだ。後はチョコを貰った時の反応で、俺への気持ちを推理するとしよう。
無事に約束を取り付けた俺は、今度はチョコを調達する手段に悩む事になった。
百貨店とかスーパーに、バレンタインチョコの催事コーナーがあるのはさすがに俺も知ってる。知ってはいるけど、ちらりと横目に覗いてみたそこは、女性で溢れていた。たまーに男性がいても、連れの女性と一緒なんだよな。
美味しいチョコが売ってるとしても、あの中に入ってチョコを選ぶ勇気は俺には無いな。ごめん、伴野。
かと言って手作りは重すぎるだろう。料理は得意な方だけど、さすがにその選択肢は最初から無しだ。
通販でなら買う事はできるかなと色んな通販サイトも巡ってみたけれど、パッケージのバレンタインっぽさがあまりに強すぎて怯んでしまった。
折角渡せるとなったのに、チョコを入手するのがこんなに難しいとは。何日も悩んでいた俺に、不意に光明が差した。
たまに仕事帰りに生ハムと酒目当てに立ち寄っている某輸入食品店に、バレンタインチョコのコーナーが出来ていたんだ。
パッケージも露骨にバレンタインバレンタインしてなくて、大人っぽい物が多い。海外からの輸入だからだろうか。これならワインと一緒に買って帰れば、つまみにするのかなと思われるんじゃないかな。
その日、俺はいつも通りの生ハムと普段は飲まないワインを一本選び、つまみようですという顔をしながら大人っぽい黒とグレーのパッケージのチョコレートを買って帰った。
二月十四日、当日。鞄にひっそりとチョコを忍ばせた俺は、緊張しながら出社した。仕事中は無理だから、仕事終わりにどこかで渡せれば良いなと考えていた。
「あれ?伴野は?」
なんで始業時間になっても来ないんだと隣の席の同僚山田に尋ねてみれば、あまりにあっさりと答えは返ってきた。
「伴野は今日は急遽休みになったらしいぞ?」
「え…そうなの?」
楽しみにしてるって言ってくれてたのに、休み?
ちらりとスマホを見たけれど、メールも電話も今日は来てない。
どういう事だと伴野を問い詰めたかったけれど、そんな状況でも仕事は待ってくれない。複雑な気持ちを抱えたまま、俺は何とか仕事に取り掛かった。
やっと昼休憩の時間になった。大きなミスをしなかったのが奇跡だと思う程、集中はできていなかったと思う。ちらりとスマホを見てもやっぱり連絡は無いな。
コンビニで買ってきた期間限定のサンドイッチをもそもそと齧ったが、残念ながらあまり味を感じない。朝は楽しみにしながら買ってきたのにな。
もしかして俺からのチョコがやっぱり迷惑だったのかな。受け取りたくないって思ってわざと休んだ?そんな考えがぐるぐると頭の中で回っていた。
「ねえ、伴野さんって今日休みなの?」
「ええ、そうみたいですよ?今朝体調が悪いって連絡あったらしくて」
「えーそんなの絶対嘘でしょ?」
「今日休むって事は、ついに本命の彼女出来たんですかね?」
「他の人からのチョコなんて貰わないでーって?」
楽し気に盛り上がる女性達の声に、俺の心臓はぎゅうっと締め付けられた。本命の彼女か。俺からチョコを貰う事よりも、その彼女を優先したって事なんだろうか。
やばい、泣きそうだ。俺は必死で表情を取り繕うと、そのまま人けの無い倉庫の方へと足を伸ばした。
わざわざ会社を休んで意思表示するぐらいなら、最初から受け取らないって言ってくれて良かったのにな。そんな事を考えながら、少しだけ泣いてしまった。
一日の仕事を終えた俺は、ふらふらと自宅に帰った。渡すはずだったチョコを自分で食べてやろうかなと思ったけれど、箱すら見たくなくてまだ鞄の中に入ったままだ。
俺の事を好きなんじゃないかなってのは、やっぱり自意識過剰だったのかな。
じわりと涙が滲んできた瞬間、コートのポケットの中でスマホが揺れた。なんだよと涙を拭って視線を向ければ、そこには伴野連の名前が表示されていた。
なんで今更連絡なんてしてくるんだよ。今はおまえと話したくない…というか冷静に話せる気がしない。
そう思ってじっと見つめていると、ぴたりと揺れが止まった。
あーもう、今日はもうこのまま寝てやろうかな。そう思った瞬間、またしてもスマホが揺れ出した。
律儀なあいつの事だから、謝りたいのかな。彼女が出来たから、チョコは受け取れないとかいうんだろうか。そんな言葉を聞きたく無いと思う一方で、いっそはっきりと引導を渡して欲しい。そうも思った。だから俺は通話のマークにそっと指先で触れた。
どんな言葉が飛び出してきても、同僚としての関係は続けられるようにしないとな。
電話の向こうは、しんと静まり返っていた。え、何?何で無言?気まずいとか思ってるんだろうか。それでも何か話してくれないと困る。
「伴野?」
チョコをあげるなんて言ったのはただお前を揶揄っただけだから、気にするな。彼女とお幸せに。そう言えば良いのかな。そんな事を考えていた次の瞬間、俺の耳に届いたのはガッラガラの声だった。
「たいら…」
え、だれこいつ?
思わずスマホを耳から離して、表示を確認しちゃったよ。うん伴野連で間違いは無いみたいだ。
「平良、平良…聞こえてる?」
「聞こえてる…何その声?」
電話の向こうから、盛大に咳き込む音が聞こえてくる。え、本当に体調不良じゃないか。誰だ、絶対に嘘って言った奴。
「平良…今日、ごめ」
「体調悪いなら、家まで行こうか?」
何度か行った事があるから、伴野の家までの道なら覚えてる。粥と冷えピタと風邪薬もいるかな。
「ごめ…来ないで…」
さっきのメンタルを引きずってるせいか、来ないでという言葉がずしんと胸に来た。
「あの、インフル…だから」
「はぁー!?電話とかしてる場合じゃないだろ、薬飲んで寝ろ!」
「さっきまで寝て…た」
「そうか」
それならまあと黙り込めば、ぽつりと掠れた声が聞こえた。
「あの…ごめ…」
「え?何のごめん?」
「チョコ」
貰えなったと言った後、鼻をすする音が聞こえてくる。
「待って待って、え、泣いてんの?」
「う…泣いてない…」
笑った顔も、怒った顔も、嬉しそうな顔も見た事があるけど、そういえば泣き顔だけは見た事ないな。一体どんな顔して泣いてるんだろう。見てみたいって言ったら怒るだろうな。
「絶対泣いてるだろ」
「だって、情けなくて…」
伴野は所々でつっかえながらも、平良は悪ふざけだったかもしれないけどチョコをくれるって言われて嬉しかった事、今日のチョコを受け取ったらその場で告白するつもりだった事を教えてくれた。
その瞬間、俺は小さくガッツポーズを決めてしまった。
こいつが俺の事を好きなのは確定じゃないか。チョコをもらって告白するつもりだったのに、失敗したと泣いてしまうぐらい俺の事を好きなんだ。
そう思うとじわじわと喜びが湧いてくる。
「なあ、それ、インフル治った後で聞かせて」
「え…聞いてくれるの?」
「俺も同じ気持ちだけど、電話で言うのは何か違うと思うんだよ」
もうここまで言ったら告白したも同然だと思うけど、俺的には違う。やっぱり告白は目を見て言いたい。
「なあ、伴野…いや連」
「…っ!なんだ?」
「早く治して、直接会いたい」
「おれも…しんやにあいたい……あーあんしんしたら、ねむ…」
ふわあと大きなあくびが聞こえてきた。電話越しでもあくびってうつるんだな。
「ちょこ…たべないでな…」
「ああ、ちゃんと置いとくから、安心して寝て良いよ」
「ありが…」
すぐにすーすー寝息が聞こえてくる。もう限界だったんだろうな。体調が悪いのに俺に謝るために必死で電話してくれたんだ。
「おやすみ、連」
今日は感情のジェットコースターって感じで大変な一日だったけど、終わりが良ければそれで良いか。
ハッピーバレンタイン!
清潔感のある短めの黒髪に、彫りの深い男らしい顔立ち。緩めたネクタイとくつろげたシャツの胸元が大人の色気を醸し出している。
伴野、今日も相変わらず格好良いな、お前は。
「平良、平良ー?おい、もう酔ったのか?」
「んー?」
反応の薄い俺を見て心配そうに眉間にしわを寄せた伴野は、個室の戸を開けると通りすがりの店員さんにウーロン茶を注文してくれた。
「お前、あんまり強くないんだから、無理すんなよ」
この気づかいのできる男の名前は、伴野連という。俺、平良慎也の職場の同僚であり、かつ密かに思いを寄せている相手だ。
俺は元々男が好きな訳じゃないんだけど、こいつの事は気づけば好きになってたんだ。もちろん恋愛感情って意味でね。
最初はそりゃあ自分の感情に戸惑った。きっとただの気のせいだーって思おうとしたんだけど、でもやっぱり好きだなって何度も何度も思うんだよな。
「それ、俺がもらうわ」
俺の飲んでいたビールを奪い取った伴野は、一息にそれを飲み干した。酒好きだけど弱い俺と違って、こいつが酔った所は見た事が無いんだよな。
「まだ飲めたのに」
「飲めたかどうかじゃなくてさ、もう飲むなって言ってんの」
「えー…」
「不服そうにすんな」
笑いまじりにそんなやり取りをしていると、コンコンと外から戸をノックする軽やかな音が響いた。伴野はすぐにすっと戸を開ける。
「お待たせしました、ウーロン茶です」
「ああ、ありがとう」
「こちらのお皿、おさげしますね」
「お願いします」
積み上げたお皿を器用に片手で持ち上げた店員のお兄さんは、戸を閉めてすぐに出て行った。
「ほら、これ飲め」
渡されたウーロン茶に口をつければ、伴野は満足そうに笑みを浮かべた。そのどこかこどもっぽい笑顔も、可愛くて好きなんだよなぁ。
何度も何度も恋心を自覚はしていたけど、それでも告白する勇気なんて俺には無かった。
だからこれからもずーっと片思いをし続けるんだと思ってたんだけど、最近になって気づいた事があるんだ。
もしかしてこいつも俺の事、好きなんじゃないかなーって。
あ、自意識過剰だと思った?思ったよね?
実は俺も何回もそう思ったよ。そんな都合の良い事があるわけないとか、夢を見すぎだろう現実を見ろとかさ。そうやって全力で否定し続けてきたから、疑う気持ちは分かる。
でもさ、仕事で困った事があったらいつでもさらりと手助けしてくれるし、俺からの食事の誘いは一度も拒否された事が無いんだよ。
え、それぐらい優しい人ならするんじゃないかって?
じゃあ俺との約束が常に最優先なのは?
見た目が格好良くて仕事もできるこいつは、悔しい事にまあモテるんだけど、今日も美人な同僚に食事に誘われてたのに先約があるんでってあっさりと俺を優先するんだよ。
それも律儀な人ならありえる?
それじゃあとっておきの理由を話そう。こいつと知り合ってから早数年。俺の誕生日は日付が変わったタイミングで必ず連絡が来るんだよ。同性の同僚相手に、そんな事をする奴がこの世界に何人いると思う?普通は数日過ぎてから、あ、誕生日だったんだーおめでとーぐらいだろう。
それにさ、目が合った時に愛おしいと言いたげに緩む目とか、二人だけの時の柔らかい空気感とかも他の人相手の時とは違う気がするんだ。
ただの願望じゃないのかって?
うるさいな。良いんだよ。こいつは俺が好きで、俺もこいつが好き。そういう事で良いの。って、あーかなり酔ってるせいか、さっきから自問自答が止まらない。
酒に強くないのにここまで飲んだのは、これから一世一代の賭けをする予定だからだ。
「なあ…」
「ん?なんだ?」
「バレンタインさ…廃止になっただろ?」
弊社のバレンタインという行事が廃止になったのは、実はもう数年前の事だった。
どこかの支社で何か問題でも起きたのか、それとも上司の誰かのただの思いつきなのか。理由は全く分からないけれど、それは突然全社員の向けて告知された。
社内の反応は様々だった。
慣例として渡し続けてただけだから、これを機に止めようかと納得する人。
好みに合わせて一々用意をするのは、正直面倒だったと喜ぶ人。
ついでに自分用のチョコを買いあさってたのに、口実が無くなると悲しむ人。
例え義理チョコと分かっていても嬉しかったのにとしょんぼりする人。
お返しに悩むから無い方が良いと、ホッと胸を撫で下ろす人。
廃止なんてつまらないと文句を言う人。
つまりもう仕事場ではチョコが貰えないのかと絶望する人。
当時の俺の感想としてはへぇーそうなんだーぐらいだったんだけどさ、今はその制度が廃止になった事を心から喜んでいる。
だって、それを口実にして、こいつにチョコを渡す計画を立てているからな。
「ああ、そうだな」
「でも、チョコ欲しくない?」
ドキドキとうるさい自身の心臓の音を感じながら、俺はぽつりとそう尋ねた。
「………うん、欲しいよな」
「じゃあさ…俺がチョコあげようか?」
突然告白する勇気は無い。でもチョコをあげようかって言って、その反応を探るぐらいしても良いだろう?
酒の力も借りて、なけなしの勇気をふり絞って尋ねたんだ。頼むから、はやく、はやく答えてくれ。祈るような気持ちで答えを待つ俺に、伴野は笑みを浮かべた。
「…うん…楽しみにしてる」
多分伴野の返事が返ってくるまで、そんなに時間は経ってなかった。でもその一瞬がとてつもなく長く感じた。
「そっか、じゃあ楽しみにしてて」
弊社のバレンタイン廃止にかこつけてチョコを渡そう作戦は、どうやら成功みたいだ。後はチョコを貰った時の反応で、俺への気持ちを推理するとしよう。
無事に約束を取り付けた俺は、今度はチョコを調達する手段に悩む事になった。
百貨店とかスーパーに、バレンタインチョコの催事コーナーがあるのはさすがに俺も知ってる。知ってはいるけど、ちらりと横目に覗いてみたそこは、女性で溢れていた。たまーに男性がいても、連れの女性と一緒なんだよな。
美味しいチョコが売ってるとしても、あの中に入ってチョコを選ぶ勇気は俺には無いな。ごめん、伴野。
かと言って手作りは重すぎるだろう。料理は得意な方だけど、さすがにその選択肢は最初から無しだ。
通販でなら買う事はできるかなと色んな通販サイトも巡ってみたけれど、パッケージのバレンタインっぽさがあまりに強すぎて怯んでしまった。
折角渡せるとなったのに、チョコを入手するのがこんなに難しいとは。何日も悩んでいた俺に、不意に光明が差した。
たまに仕事帰りに生ハムと酒目当てに立ち寄っている某輸入食品店に、バレンタインチョコのコーナーが出来ていたんだ。
パッケージも露骨にバレンタインバレンタインしてなくて、大人っぽい物が多い。海外からの輸入だからだろうか。これならワインと一緒に買って帰れば、つまみにするのかなと思われるんじゃないかな。
その日、俺はいつも通りの生ハムと普段は飲まないワインを一本選び、つまみようですという顔をしながら大人っぽい黒とグレーのパッケージのチョコレートを買って帰った。
二月十四日、当日。鞄にひっそりとチョコを忍ばせた俺は、緊張しながら出社した。仕事中は無理だから、仕事終わりにどこかで渡せれば良いなと考えていた。
「あれ?伴野は?」
なんで始業時間になっても来ないんだと隣の席の同僚山田に尋ねてみれば、あまりにあっさりと答えは返ってきた。
「伴野は今日は急遽休みになったらしいぞ?」
「え…そうなの?」
楽しみにしてるって言ってくれてたのに、休み?
ちらりとスマホを見たけれど、メールも電話も今日は来てない。
どういう事だと伴野を問い詰めたかったけれど、そんな状況でも仕事は待ってくれない。複雑な気持ちを抱えたまま、俺は何とか仕事に取り掛かった。
やっと昼休憩の時間になった。大きなミスをしなかったのが奇跡だと思う程、集中はできていなかったと思う。ちらりとスマホを見てもやっぱり連絡は無いな。
コンビニで買ってきた期間限定のサンドイッチをもそもそと齧ったが、残念ながらあまり味を感じない。朝は楽しみにしながら買ってきたのにな。
もしかして俺からのチョコがやっぱり迷惑だったのかな。受け取りたくないって思ってわざと休んだ?そんな考えがぐるぐると頭の中で回っていた。
「ねえ、伴野さんって今日休みなの?」
「ええ、そうみたいですよ?今朝体調が悪いって連絡あったらしくて」
「えーそんなの絶対嘘でしょ?」
「今日休むって事は、ついに本命の彼女出来たんですかね?」
「他の人からのチョコなんて貰わないでーって?」
楽し気に盛り上がる女性達の声に、俺の心臓はぎゅうっと締め付けられた。本命の彼女か。俺からチョコを貰う事よりも、その彼女を優先したって事なんだろうか。
やばい、泣きそうだ。俺は必死で表情を取り繕うと、そのまま人けの無い倉庫の方へと足を伸ばした。
わざわざ会社を休んで意思表示するぐらいなら、最初から受け取らないって言ってくれて良かったのにな。そんな事を考えながら、少しだけ泣いてしまった。
一日の仕事を終えた俺は、ふらふらと自宅に帰った。渡すはずだったチョコを自分で食べてやろうかなと思ったけれど、箱すら見たくなくてまだ鞄の中に入ったままだ。
俺の事を好きなんじゃないかなってのは、やっぱり自意識過剰だったのかな。
じわりと涙が滲んできた瞬間、コートのポケットの中でスマホが揺れた。なんだよと涙を拭って視線を向ければ、そこには伴野連の名前が表示されていた。
なんで今更連絡なんてしてくるんだよ。今はおまえと話したくない…というか冷静に話せる気がしない。
そう思ってじっと見つめていると、ぴたりと揺れが止まった。
あーもう、今日はもうこのまま寝てやろうかな。そう思った瞬間、またしてもスマホが揺れ出した。
律儀なあいつの事だから、謝りたいのかな。彼女が出来たから、チョコは受け取れないとかいうんだろうか。そんな言葉を聞きたく無いと思う一方で、いっそはっきりと引導を渡して欲しい。そうも思った。だから俺は通話のマークにそっと指先で触れた。
どんな言葉が飛び出してきても、同僚としての関係は続けられるようにしないとな。
電話の向こうは、しんと静まり返っていた。え、何?何で無言?気まずいとか思ってるんだろうか。それでも何か話してくれないと困る。
「伴野?」
チョコをあげるなんて言ったのはただお前を揶揄っただけだから、気にするな。彼女とお幸せに。そう言えば良いのかな。そんな事を考えていた次の瞬間、俺の耳に届いたのはガッラガラの声だった。
「たいら…」
え、だれこいつ?
思わずスマホを耳から離して、表示を確認しちゃったよ。うん伴野連で間違いは無いみたいだ。
「平良、平良…聞こえてる?」
「聞こえてる…何その声?」
電話の向こうから、盛大に咳き込む音が聞こえてくる。え、本当に体調不良じゃないか。誰だ、絶対に嘘って言った奴。
「平良…今日、ごめ」
「体調悪いなら、家まで行こうか?」
何度か行った事があるから、伴野の家までの道なら覚えてる。粥と冷えピタと風邪薬もいるかな。
「ごめ…来ないで…」
さっきのメンタルを引きずってるせいか、来ないでという言葉がずしんと胸に来た。
「あの、インフル…だから」
「はぁー!?電話とかしてる場合じゃないだろ、薬飲んで寝ろ!」
「さっきまで寝て…た」
「そうか」
それならまあと黙り込めば、ぽつりと掠れた声が聞こえた。
「あの…ごめ…」
「え?何のごめん?」
「チョコ」
貰えなったと言った後、鼻をすする音が聞こえてくる。
「待って待って、え、泣いてんの?」
「う…泣いてない…」
笑った顔も、怒った顔も、嬉しそうな顔も見た事があるけど、そういえば泣き顔だけは見た事ないな。一体どんな顔して泣いてるんだろう。見てみたいって言ったら怒るだろうな。
「絶対泣いてるだろ」
「だって、情けなくて…」
伴野は所々でつっかえながらも、平良は悪ふざけだったかもしれないけどチョコをくれるって言われて嬉しかった事、今日のチョコを受け取ったらその場で告白するつもりだった事を教えてくれた。
その瞬間、俺は小さくガッツポーズを決めてしまった。
こいつが俺の事を好きなのは確定じゃないか。チョコをもらって告白するつもりだったのに、失敗したと泣いてしまうぐらい俺の事を好きなんだ。
そう思うとじわじわと喜びが湧いてくる。
「なあ、それ、インフル治った後で聞かせて」
「え…聞いてくれるの?」
「俺も同じ気持ちだけど、電話で言うのは何か違うと思うんだよ」
もうここまで言ったら告白したも同然だと思うけど、俺的には違う。やっぱり告白は目を見て言いたい。
「なあ、伴野…いや連」
「…っ!なんだ?」
「早く治して、直接会いたい」
「おれも…しんやにあいたい……あーあんしんしたら、ねむ…」
ふわあと大きなあくびが聞こえてきた。電話越しでもあくびってうつるんだな。
「ちょこ…たべないでな…」
「ああ、ちゃんと置いとくから、安心して寝て良いよ」
「ありが…」
すぐにすーすー寝息が聞こえてくる。もう限界だったんだろうな。体調が悪いのに俺に謝るために必死で電話してくれたんだ。
「おやすみ、連」
今日は感情のジェットコースターって感じで大変な一日だったけど、終わりが良ければそれで良いか。
ハッピーバレンタイン!
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あの……これ続きないでしょうか。
めっちゃトキメキました!!
チョコ貰えなくて泣くとか可愛いすぎ(≧∀≦)!
素敵なお話です!!!
感想ありがとうございます。
ときめいて頂きありがとうございます。
バレンタインの勢いだけで書いたのでそう言って頂けたら嬉しいです。
続きはまだ書けてないんです、すみません。
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感想ありがとうございました。