生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

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39.楽しいお酒と異世界の結婚事情

 黒曜キノコ事件から数日が経った。

 あれからいくつか採取依頼は達成したけど、ハルは高額素材を納品させたりはしなかった。やっと分かってくれたみたいで、安心した。これで周りに注目されずにすむ――筈なんだけど、何だか最近ギルドに行くとやたら視線を感じる気がする。俺、自意識過剰なのかな。

 今日は一日オフにしようと決めていた日だ。昼すぎまで寝坊して、気になってた店に適当に入って昼食を済ませたら、目的地も決めずにハルと一緒に歩き回ってみた。

 領都トライプールはやっぱり広くて、結構疲れたけど楽しかった。

 その後はギルドの酒場に、初めて客として訪れてみた。

「お姉さん、マルックスのステーキとお酒!」
「アキト、もっとお腹から声を出して言わないと聞こえないよ」
「お姉さん!マルックスのステーキとお酒!!」

 思いっきり腹から声を出して叫んでみたけど、これは駄目かもしれない。注文するだけなのに難易度が高すぎる。

 美味しいって聞いてたからずっと興味はあったんだけど、なかなか来る機会がなかったんだ。

 でも、俺の声では注文が通りません。

 予想通りだって笑い続けてるハルは無視しておくとして、さてどうしようかなと考えていると、隣のテーブルに座っていた二人組の男性の一人が声を張り上げた。

「こっち、マルックスのステーキと酒だ!」
「はーい!お待ちくださーい!」

 俺のテーブルを指差してくれてるってことは、俺の代わりに注文してくれたって事?慌ててお礼を言ったら手を振って応じてくれたけど、あれ、この人見たことある。

「あれ?えーと」
「ああ、覚えてくれてたのか、俺の名前はカーディ。黒鷹亭の食堂で手伝いをしてた」

 そう言って笑ってくれた顔で、はっと思い出した。黒鷹亭の朝食で何度か配膳してくれた、腕に包帯を巻いてた人だ。

「最近いないからどうしたのかと思ってました、腕治ったんですね!良かった!」
「ああ、何とか日常生活に問題が無いぐらいには治ったよ」
「なあ、紹介してくれないのか?」

 そう言ったのは、カーディさんの向かいに座っていた男性だった。整った顔の優し気な男性は、落ち着いた雰囲気で冒険者には見えない。

「こっちは結婚したばかりの俺の伴侶で、クリスだ」

 照れくさそうに言ったカーディさんに驚いてしまった。今、結婚したばかりの伴侶って言った?

「初めまして、ストファー魔道具店を営んでいるクリスです」
「初めまして、俺は冒険者のアキトといいます」

 本当はハルもいるけど一人客に見える俺は、カーディさんとクリスさんのテーブルへと誘われた。

「新婚ならお邪魔じゃないですか?」

 同性同士で結婚という単語が出たことには正直驚いたけど、そこは後でハルに聞くことにしよう。もし新婚なら俺は絶対お邪魔だと思って聞いてみたけど、二人とも笑顔でぜひと誘ってくれた。

 カーディさんは主に冒険の話を、クリスさんは主に魔道具の話をしてくれて、俺は時間が過ぎるのも忘れて楽しく話しながら飲み食いした。食べ物が減ってくるとこれがお勧めだと注文までしてくれるので、注文の通らなさに頭を悩ます必要もなかった。

「意外とアキトはお酒強いんだね」

 ハルが感心したように言ってくるけど、強いっていうのはうちの父みたいに、酒を酒とも思わない人に言う言葉だと思うんだよね。俺は弱くないけど、強くもないよ。

 ふと気づくとクリスさんの手のひらが、カーディさんの怪我をしていた腕にそっと添えられていた。カーディさんはふわりと笑うと、もう片方の手でその手を握りしめた。

 俺はついその光景をじっと見つめてしまった。

 今まで誰にも言わずに来たけれど、実は俺の恋愛対象も男だ。

 とは言っても、まだ誰か特定の人を好きになった事はないんだけど。

 雑誌とかTVとか映画とか、男の半裸って普通に映すでしょ。それで、10歳ぐらい年上の筋肉質な人を見た時に、うわー格好良いなってドキドキした事で自覚してしまったんだ。どうやら俺は年上が好きみたいで、同級生にはちっともドキドキできなかった。

「あ、いちゃいちゃしてんなよ、新婚だからって!」
「そうだそうだ!一人身に見せつけんな!」

 きっとカーディさんの顔なじみだろう冒険者の人がそうからかってくるのに、二人はふふと嬉しそうに笑って手を離す素振りもない。

 その姿に衝撃を受けた。こんなに人目がある場所で堂々と触れ合っている事にも、そして周りがそれをなんでもないことのように受け入れている事にもだ。

 そんな予定はなかったけど、いつか恋人が出来ても俺は周りに隠しながら生きていくんだろうなと思ってたんだ。同性同士への風当りは、結構きついみたいだったから。

 でも、もしかしたら、この世界では違うのかもしれない。後でハルに聞いてみよう。

「新婚祝いだ、おごってやるからこれも飲め」
「お、いいのか?」
「兄ちゃんもほら、おれのおごりだ、飲め」
「あ、いただきまーす」

 お二人の祝い酒のおこぼれを頂いた俺は、受け取ったお酒をごくごくと飲み干して、ぷはっと息を吐いた。

「意外といける口だな、アキト!」

 あれ、俺名乗ってないのに、なんで名前知ってるんだろう。そう思った時には別の人に声をかけられて、俺はその疑問をすっかり忘れてしまった。

 気づいたら周りのテーブルまで巻きこんでの大騒ぎになっていたけど、ギルドの酒場はいつもこんな感じなんだって。すごく賑やかだけど、明るくて楽しいお酒だった。



 この世界の酒は、多分アルコール度数が低めなんだと思う。夜道を歩いて黒鷹亭に辿り着く頃には、ちょっと酔ったかなくらいの感覚に戻ってた。

「アキトは本当に強いんだな。ちょっと安心した」
「強くないよ、弱くもないけど」

 部屋に入って鍵を閉めたら早速質問っていうのは、もうすっかり毎日恒例になっている。俺からの急な質問なんて、ハルももう慣れたものだ。

「ねえ、ハル?」
「ん、どうした?」

 ただ何となく、今回の質問はちょっと聞きにくい。

「あのさ、カーディさんとクリスさん…結婚したんだって言ってたよね?」
「ああ、新婚だって言ってたな」

 それがどうしたと言いたげなハルに、勇気を振り絞って聞いてみる。

「この世界って、同性で結婚できるの?」
「は?そう聞くってことはアキトの世界ではできないのか?」
「国によってはできる国もあったけど、俺の住んでた国ではできなかったな」
「そうなのか?」

 不思議そうなハルは、軽く首を傾げている。当人たちが良ければそれで良いだろうにと言われると、確かにと頷くことしかできない。

「こどもができないからって反対する人が多かったかな」
「……ん?……アキト、ひとつ聞いて良いか?」
「うん、何?」
「同性同士だとこどもはできないのか?」
「え、できないよね?」

 その言い方だと、できるみたいに聞こえるんですけど。

「あー、あの時弟が妊娠ってどういうことって言ってたのは…そういうことだったのか」
「あ、そういえばミウナさんの事、気になってたんだった」
「この世界では同性でもこどもはできるぞ」
「え、どうやって」
「どうやって…って…」

 一瞬で困った顔になったハルに、俺も慌てて言葉を重ねる。

「あ、違う!その性行為をしてってのは分かってるから!」
「じゃあどういう意味だ?」
「えーと、女の人は子宮があるけど、男にはないでしょ?どこで育てるの?」

 なんでこんなことを口に出して聞かなきゃいけないんだとちょっと思ったけど、ここで知っておかないと後々困りそうだもんな。きっと常識中の常識だから、ハル以外に聞いたら異世界人バレ確実だろう。

「ああ、そういう意味か…びっくりした」
「さすがにそういう知識はあるよ」
「教会関係者の中でも一部のものしか使えない受胎魔法というのがあるんだ」
「じゅたいまほう?」

 思わず棒読みで返してしまったけど、ハルはそれで合ってると笑って続けた。

 なんでも二人で一緒に教会にいって申請することが必要で、そこから審査に通ってからやっとかけてもらえる魔法なんだって。その魔法をかけた状態でセックスして二人の魔力をしっかりと練り合わせて、成功したら腹の中に赤ちゃんを育てる所ができる。赤ちゃんはそのままお腹の中で母体の魔力を吸いながら、ゆっくりと育っていくんだって。

 ちなみに魔力が多い赤ちゃんの時が、あのジウプの実の出番なんだそうだ。

 それって出産はどうやってするのって聞いてみたら、また教会に行って魔法で取り出されるらしいよ。

 異世界すごすぎない?こんな話いきなり聞いたらびっくりしすぎて、固まるよね。しかも魔力を合わせて生まれてくる子どもは、しっかりと親の特徴を受け継いでいるらしい。

「異世界すごい…」
「そうか?これが普通だと思ってたから、説明も出来なくてすまない」
「ううん、教えてくれてありがとう」

 ハルはいつもみたいにどういたしましてとは言わずに、何かを考えているようだった。

「アキトは、男女でしか結婚できない世界から来たってことか…」
「そうだよ」
「ということは、男女間以外には嫌悪感があるのか?カーディとクリスと話している時はそんな風には見えなかったが」
「あ、いや全然ないよ」

 何だか誤解されてしまったみたいだ。どうしようかなと考えたのは、ほんの一瞬だった。同性同士で結婚ができるのがこの世界の常識なら、言っても大丈夫なんだよね。

「俺は元々好きになるのは男なんだ」
「そうなのか?じゃあ、大変だったんだな」

 さらりと返された返事はあまりにも普通で、だからこそ嬉しかった。

「うん」

 一生隠していくのかと思っていたことは、常にふたつあった。

 ひとつが幽霊が見えること。ふたつめが男が恋愛対象なこと。そのどちらも、ハルは知っている。

 知った上で、笑顔でこうやって俺と一緒にいてくれる。それがとても特別なことのように感じた。
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