生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

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65.【ハル視点】複雑な気持ちと決意

 ブラン爺とアキトが和やかに話している間、俺はただひたすらに自分の気持ちと向き合っていた。

 俺だけのアキトでいて欲しいなんて、そんな重い感情が自分の中にあることに、まず驚いてしまった。

 そもそも、俺は今まで誰かに執着した経験が無い。男女問わず言い寄ってくる人はたくさんいたが、誰のことも特別には想えなかった。わずかに好意を抱けた人と付き合っても、相手から別れようと言われれば、あっさりとそれを受け入れる。申し訳なくはあったが、その程度の感情しか抱くことができなかった。

 そんな俺なのに、アキトに関する事だけは、全く譲れる気がしない。この村で居場所を作るアキトを見ているだけで、ここまで動揺するなんてかなりまずい状態だ。

 このままでは駄目だ。意外ではあるがアキトは、人の感情を察するのも上手い。

 こんな風にぐるぐると悩んでいたら、アキトに心配をかけてしまう。必死で気分を変えようとしてみるけれど、自分でも自分が制御できない。初めての感情を、どうしても持て余してしまう。

 どうすれば良いのかと途方にくれていると、不意に人の気配が近づいてきた。

「ブラン、ここにいたのか」

 そう言って声をかけてきたのは、バラ―ブ村の村長、パルンさんだった。老齢であるとは思えない見事な筋肉のこの人は、見た目から分かるようにかなり強い。おそらくこの村では、アックスの次に強い人だろう。

「ああ、アキト、こいつはわしの兄で村長をしとるパルンだ」
「初めまして、アキトと言います」

 パルン村長の筋肉をじっと見つめていたアキトは、我に返るとすぐに丁寧な自己紹介を始めた。慌てた様子で挨拶をするアキトの姿に、すこしだけ気持ちが落ち着いてくる。

「初めまして。前に来てくれた時には、わしは他の村に出向いててなぁ…今日は緊急依頼を受けてくれて本当にありがとう」
「いえ、そんな」

 ぱたぱたと手をふったアキトに、ブラン爺は悪戯っぽく笑いながら、パルン村長を指差した。

「似てない兄弟でびっくりしたじゃろ?」
「え、似てますよ」
「…初めて、言われたかもな」
「一体この筋肉バカとわしの、どこが似てると言うんじゃ?」
「筋肉バカとは何じゃ!」
「筋肉バカは筋肉バカじゃろうが!」

 ぽんぽんと言葉が飛び交うのはこの兄弟の間ではいつもの事だが、アキトは慌てて口を挟んだ。このままじゃ言い合いになるとでも思ったんだろうな。その優しさがアキトらしい。

「お二人の優しい目がそっくりだったので、紹介される前に兄弟かなって思ったんです」

 続けてアキトがさらりと言い放った殺し文句に、俺は我慢できずに盛大に噴き出してしまった。

 かつて敏腕商人だったブラン爺と、盗賊すら避けて通ると言われるパルン村長を捕まえて、優しい目だなんて言えるのはアキトぐらいだろうな。



 そろそろ宴が始まると伝えられたアキトは、ブラン爺とパルン村長の後ろを少し離れて歩き出した。すかさず隣を歩きながら、ワクワクした様子のアキトをちらりと伺う。

 美味しそうに食べる姿も好きだけど、このキラキラと目を輝かせている顔も好きだな。くるくると変わっていく表情を堪能していると、不意に気になる視線が飛んできた。

 じっとアキトだけを見つめている視線を辿ってみれば、そこに立っていたのはイワンだった。切なそうな目に、まだアキトの事を諦めていないんだとすぐに分かってしまった。

 イワン自身は、良い青年だ。酒癖も悪くないし、誰彼構わず手を出すようなたらしでも無い。数年前に両親を失くしてからは、自分もこどもだったのに、弟を育てるために必死で働いてきたのも知っている。村人の助けもあったとはいえ、簡単な事では無かっただろうと、尊敬の念すら抱いていた。

 それでも、アキトの隣に立つのは俺で無ければ嫌だ。

 さっき一度乗り越えたかと思えた暗い感情が、ぐるぐると渦巻いている。これは駄目だ。すこし一人で落ち着いて考えた方が良い。今の状態で、イワンと話すアキトを見てしまったら、とんでもない事を口走りそうだ。

「アキト」

 声をかければ、アキトは視線だけを向けて先を促してくれた。

「俺はちょっと村の周りを見てくるから、俺のことは気にせずに宴楽しんでね」
「え…」
「念のためゴブリンが他にいないかも見ておきたいんだ。今回はかなり近かったから…。宴が終わるまでには絶対に村に戻ってくるから」

 嘘をつくのは嫌だから、きちんと周りの見回りもしてくるつもりだ。安心させるように笑ってみせれば、アキトはやっと小さく頷いてくれた。

「じゃあ、いってくるね」

 一方的に伝えるつもりだった挨拶に、アキトはすぐに口を開いた。

「いってらっしゃい、気を付けて」

 誰かに聞かれるかもしれないのに、わざわざ声に出してそう答えてくれた事が、暗い感情まみれの心の中に染みわたった。

「うん、ありがとう」

 にっこりと笑って答えると、まっすぐに村の門の方を目指して歩き出した。不審に思われないように、俺はちゃんと笑えていただろうか。



 村を出て歩くと、すぐにゴブリンの拠点があった場所まで到達した。

 もう一度気配を探ってみたけれど、ゴブリンどころか、普段ならうろついているスライム程度の弱い魔物の気配すら近くにはなかった。アキトが魔法を連発したから、その魔力を察知して逃げたんだろうな。

 それにしても、今日のアキトは、すごかった。

 俺の指示にあそこまで完璧に動けるとは、正直に言って思っていなかった。もちろんアキトを侮っていたわけでは無い。俺の指示は早すぎるとよく注意を受けていたし、指示役が俺と決まれば周りからは嫌そうな顔をされていたからだ。

 あれほど完璧についてこられた奴なんて、相棒だったあいつしか今まではいなかった。

 一人で異世界に飛ばされてきたのに、泣き言も言わずにアキトはどんどん力をつけていっている。その姿を、近くで見守れればそれで良いと、そう思っていた筈なのに。

 脳内に浮かんできたのは、イワンと寄り添い合っているアキトの姿だ。ただの想像なのに、ふうと大きなため息が漏れた。

 以前は興味が無い様子だったが、もしイワンの想いをアキトが受け入れたら、俺はどうすれば良いんだろう。

 いや、敵はイワンだけじゃない。きっとアキトを好きになる奴は、男女問わずたくさんいるだろう。

 アキトは一見、華奢で可愛らしく見えるが、中身は優しくて性格も良い。その上、魔法の腕も良くて、咄嗟の決断力もあり、考え方は妙に格好良い。そんなことが広く知られるようになったら、恋人になりたい奴はきっと山のように現れるだろう。

 俺じゃない誰かが、当然のようにアキトの隣に立つようになる。そんな未来を想像してみる。好きな人の幸せな姿を近くで見ているだけなんてつらすぎるだろうと思うけれど、同時にそれでも側にいたいとも思ってしまう。

 アキトはきっと顔だけで相手を選んだりしないだろう。性格だって良くて、優しい人を選ぶと思う。この人ならアキトをまかせても良い。そう思えるような人とアキトが結ばれて、もう俺は必要ないと言われるまではアキトの側にいる。

 そう決意を固めると、少しだけ楽になった気がした。



 気づくとそれなりの時間が経ってしまっていた。宴が終わるまでに帰ると言ったのを思い出した俺は、すこし慌てて村へと戻った。

 村の中はさっきと変わらずわいわいと盛り上がっている。もしもの事態を想定していただろう大人たちも、美味しい料理と酒で気分がほぐれたのか、楽しそうに笑っている。

 手作りの楽器を持ち寄った人たちの、決して上手いとは言えないが、趣のある音楽が響いてくる。バラ―ブ村の村人の温かさが、音楽を通して伝わってくるようだ。

 音楽に合わせて、夫婦や恋人達は楽しそうに踊りだす。平和な光景に、この村が無事で良かったと心からそう思った。

 聞こえてくる音楽に合わせて体を揺らしながら、俺はアキトの姿を探して歩きだした。

「おかあさーん!」

 こどもが一人嬉しそうに叫びながら、俺の近くを走りぬけていった。そのこどもが持っているカラフルな果実に目が釘付けになった。あれは、おそらくナドナの果実だろう。

「おかあさん、これみてー」
「あら、これなぁに?」
「これね、アキトがくれたんだって」

 ああ、やっぱりアキトが渡したんだな。自分で採ったものだし好きにしたら良いけれど、よくブラン爺が受け取ってくれたな。凄腕の商人だったブラン爺なら、ナドナの果実の価値を知っている筈だ。そう簡単に受け取ってもらえるとは思えないけれど、アキトが上手く説得したんだろうか。どう断ろうか悩むブラン爺と、ナドナの果実を渡そうと奮闘するアキトの姿を想像してみる。くすりと笑みが漏れた。

「まあ、そうなの?」
「ナドナの果実だよな…これ」
「はい、おかあさんとおとうさんのぶん!」
「ありがとう」

 父親が焦っているのには全く気づかずに、小分けにされた果物を母親に押し付けると、元気なこどもはすぐにまた走り去っていった。

「ナドナの果実っていうの?」
「ああ、かなりの高級品なんだが…本当に良いのかな?」
「まあ」
「一応確認してくる」
「値段を知らなくて出してたら大変だもんね!」

 アキトの居場所を尋ねながら歩いていく父親を、屋根の上から追跡する。生身の時は大変な技術が必要だったのに、この体ではあまりに簡単な追跡だ。

 ほどなく、アキトの居場所は見つかった。ミウナとオーブルの家の近くで、アキトはミウナたちと一緒に食事をしていたようだ。そこにはイワンの姿もあったが、もうその姿を見ても動揺はしなかった。

「本当にあれは、食べても良いんだな?」

 俺をここまで案内してくれた父親の質問に、アキトは即座に頷いた。

「俺が採取したものだから、気にせず食べて欲しいです」

 さらりとそう答えるアキトに、俺は屋根の上で笑みを洩らした。うん、アキトらしいな。

 姿を現せばアキトはきっと反応してしまうだろうと、俺はそのまま屋根の上に座り込んだ。



 遠くから聞こえてくる音楽に耳を傾けていると、ミウナとオーブルがいちゃ付き始めた。すかさずイワンがアキトを連れ出していった。

 きっときちんと告白するつもりなんだろうな。結果は気になるけれど、イワンの後をついていくのはあまりに悪趣味だ。のぞき見なんてするもんじゃないと、俺は屋根の上に寝転がった。

「ミウナ…良いのか?」
「良いってなにが?」
「イワンは振られると思うんだが…」
「だろうね。でも前みたいにうじうじし続けるぐらいなら、いっそはっきりと振られた方が良くない?」

 ミウナがあっさりと言い切れば、オーブルも確かにと返事を返した。そうか、二人から見ても勝率は0か。少しだけ、安心してしまった。

「アキトさんはすごく良い人だし、家族になってくれたら嬉しいけどさ」
「ああ」
「でも、あの興味の無さは、どう考えても無理だと思うんだ」

 帰ってきたらどう慰めようかと相談を始める二人の話を流し聞きながら、俺は夜空の星を眺めていた。
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