生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

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73.黒鷹亭の一室で

 ギルマス室で清算までを済ませると、俺は周りの視線を振り切るように冒険者ギルドを後にした。無言のまま歩き続けていると、すぐに見慣れた鳥の模様の看板が見えてくる。黒鷹亭の前に立つと、ああ、帰ってきたなとしみじみ思う。

「アキト、まだ怒ってる?」

 弱り切った顔でそう聞いてくるハルをちらりと見てから、俺は何も言わずに黒鷹亭の中へと入った。こんなに人目がある場所では返事出来ないことぐらいハルも分かってる筈なのに、ギルドを出てからもう何度目かの質問だ。

「おう、アキト。お帰り」
「レーブンさん、ただいま戻りました」
「緊急依頼に行ってたんだって?」
「はい、バラ―ブ村には以前お世話になったので」
「そうか。人の縁を大切にするのは良い事だな」

 レーブンさんは少し頬を緩めてそう言うと、すぐに鍵を取り出して手渡してくれた。

「お疲れ様。ゆっくり休めよ」
「はい、ありがとうございます」



 自分の泊まっている部屋に入って、しっかりと中から鍵をかける。これで外に声は漏れなくなった。やっとハルと話せると振り返れば、ハルはすぐに口を開いた。

「アキト、怒ってる?」
「怒ってたよ、さっきは。ハルはあんなに高値になるって知ってたんだよね?」

 銀月水桃の蜜は、リスリーロの花のなんと5倍のお値段だった。つまりあんな小さな小瓶ひとつで、500万グルだ。

 メロウさんがあまりに慎重に取り扱ってたから爆発物かと疑ってしまったけど、別に爆発はしないらしい。王家の宝飾品なんかに使われるものなんだって。そりゃあ、500万グルもするものなら、慎重に取り扱うよなと値段を知って納得してしまった。

「うん、知ってた。本当にごめん」
「謝らなくて良いんだけど、理由は知りたい」

 ひたとハルを見据えれば、ハルは大きく目を見開いて固まった。

「理由…?」
「だって、ハルは理由もなくこんなことしないよね?」

 高額素材を納品する前に教えてって言ってあったのに無視されたと思って、さっきは腹が立ったんだ。でもギルドを出て歩きながら冷静になって考えてみたら、ハルの行動にかなりの違和感があるんだよな。

 俺が怒ることを分かってたのに、わざわざ目立つ場所で目立つように納品させたってことだ。その理由が知りたかった。

「アキトには、敵わないな」

 ハルはふうと息を吐くと、ゆっくりと話し始めた。

 目立ちたくないと俺が言っていたから説明し難かったんだけど、まず俺は見た目からして既に目立つんだって。

「え、でも黒髪の人って結構いるよね?」

 領都には黒髪の人もたまにいるから、それほど目立たないと思ってたんだけどと言えば、ハルはもごもごと言い淀んだ。

「あー…」
「何?髪じゃなくて?」
「その…この世界の人は、かなり筋肉質だろう?」

 なんて説明したら良いか悩んだ結果、直球ストレートが飛んできた。ああ、うん。確かにこの世界の人って筋肉質な人が多いよな。要は俺の筋肉が少なすぎるって話か。

「体格の話か」
「アキトは筋肉が無いわけじゃないし、この世界の人と比べて骨格が細いんだと思うんだけど」

 すかさずフォローを入れてくれるハルに、苦笑が漏れる。うん、ありがとう。その気持ちだけは、ありがたく受け取っておくよ。

「顔立ちも綺麗だし、よこしまな目でみる奴もいると思う」

 わーどうしよう。ハルにさらりと綺麗な顔立ちって誉めてもらってしまった。自分では普通の顔だと思うけど、好きな人に誉められればやっぱり嬉しいよね。脳内で大騒ぎの俺には全く気づかずに、ハルはそのまま言葉を続けた。

「どうせ目立ってしまうのなら、通り名持ちになった方が安全なんだ」
「え、なんで?」

 まさかそこに話が繋がるとは思ってなかった俺は、かなり驚いてしまった。ハルはもう隠し事をするつもりはないみたいで、すぐに説明を続けてくれた。

 例えば無名の目立つ新人冒険者がいて、その人を口説こうとする奴や、盗みを働こうとする奴、何らかの犯罪に巻き込もうとする奴がいたとする。その場合は、全部自分一人で対処しなくてはいけない。

「まあ、アキトには俺がいるから一人じゃないけどね」

 さらりとそういう嬉しい言葉を挟まないで欲しい。俺はドキドキしながらも、できるだけ普通に見えるように頷いた。

 もしその目立つ新人冒険者が通り名持ちなら、どうしても周りの視線を集めることになる。周りの目があるだけで、後ろ暗い所のある奴は近づき難くなるんだって。

「あーなるほど、まわりの目線を抑止力にするってことか」
「説明せずに行動して悪かったとは思ってるんだ…でも、アキトの安全を勝手に優先した」
「え、でも、ハルが噂を回したわけじゃないよね?」

 だってハルの声は、俺か幽霊仲間のカルツさんくらいにしか聞こえないんだから。どうあっても噂を回すことは出来ない。

「うん、アキトが俺を見て表情を変えたのを見た人とか、アキトが俺に話しかけるのを見た人がそう思い込んで噂になったんだと思う」
「じゃあ、ハルのせいじゃなくない?」
「でも黒曜キノコとか、銀月水桃の蜜とか、低ランクは知らない知識を使って納品させて、噂を広めたのは俺だからね」
「そうだけど」
「もし、アキトが俺を許せないって言うなら、どんな罰も受けるつもりだよ」

 ハルは覚悟を決めたような顔で、俺をじっと見つめてくる。

「すごい気配りしてくれるのに、なんでハルは納品だけ譲らないのかと思ってたんだ」
「うん、もっと早く説明すべきだった」
「でもさ、納品も俺のためを思ってしてくれてたって事だよな」

 俺の事を気にかけてくれているから暴走したんだなんて知ってしまったら、怒るよりもむしろ嬉しくなってしまった。元々、俺って周りの視線とか気にしない性質だしな。

「俺はもう全然怒ってないから、罰とかも無し!」

 そう伝えると、ハルはほっとしたように微笑んだ。

「ありがとう、アキト」
「うん。俺もありがとう、ハル」
「噂は定着したから、もう無理に納品はさせないから安心して」
「わかった」

 ひと段落したところで、俺はぼふっとベッドに突っ伏した。時間差で恥ずかしさが襲ってきたせいで、どうしてもじっとしていられなくなった。

 綺麗な顔立ちと褒められた事とか、俺が一緒にいるから一人じゃないっていう頼もしい発言。ハルのそんな嬉しい言葉がぐるぐると頭の中でまわっていて、もう普通の顔を維持できそうにない。

 今まで気づいてなかったけど、ハルって天然たらしすぎない?俺はベッドに顔をうずめて、真っ赤な顔を隠した。

「疲れただろうから、少し寝てから夕飯にしたら良いよ」

 ハルの見当違いな言葉に、ありがたく甘えさせてもらおう。

「うん、ちょっと寝ようかな」

 せめて顔の赤みが減るまではそっとしていて欲しい。そう思って答えれば、ハルは優しい声で答えてくれた。

「数時間で起こすから、ゆっくりして」
「ありがと」

 ハルの声に促されるように目をつむれば、ふわふわと次第に意識が遠ざかっていく。気づいてなかったけど、疲れてたんだな。このままじゃ、本当に寝てしまう。

「おやすみ、アキト」

 穏やかなハルの声を聞きながら、俺は意識を手放した。
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