生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

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75.【ハル視点】アキトの優しさ

 マルックスの襲撃以降は何事もなく、俺たちは無事に領都トライプールに辿り着いた。黒鷹亭に帰るのかと思っていたが、アキトはすぐに冒険者ギルドに向けて歩き出した。

 冒険者ギルドの中へと入ると、今日も酒場は賑やかだった。最初はあの賑やかさに驚いて固まっていたのに、アキトは普通の顔で受付へと足を進めていた。この騒音に驚かなくなったら、一人前のトライプールの住民なんていう奴もいるくらいだ。そう思うと、少しだけ気分が上がってきた。

「おい、あいつだ」
「え、あいつがアキト?」
「思ったより若いな」
「あの噂、本当なのかな」
「いやいや、どうせただの噂話だろうよ」

 周りの視線も噂話もすごいけれど、アキトはその全てをあっさりと無視して見せた。精霊が見える人という噂を知ったせいか、ああその話かと言いたげな顔で納品受付へと進んでいく。

「おかえりなさい、アキトさん」
「ただいま帰りました、メロウさん」
「お疲れ様でした。さて、今回は何を納品されますか?」

 では早速と、背負っていた魔道収納鞄を下ろして、アキトは納品予定の物を取り出し始めた。周りの視線が更に集まってくる。アキトの注目度はかなりのものだな。

 最初に取り出したのは、スリーシャ草の束だ。流行り病の特効薬に使うからと乾燥してから納品になると伝えたのは俺だけど、まさか乾燥するのに火魔法と風魔法を使って一晩で完成させてしまうとは思ってもみなかった。

「はい、スリーシャ草が10束分ですね」
「こっちは、たまたま見つけたポルパの実。たしか常設で買い取りしてましたよね?」

 アキトの大好きななまくりーむ味のポルパの実は、俺が言った通り8こだけを納品に回したようだ。

「はい、いくつかの料理店が常設で買い取りをしています。ああ、これは熟れきった最高の状態ですね」

 もぎ取った方を下にして重ならないように布袋の中に並べてあるポルパの実に、メロウは嬉しそうに微笑んだ。こうしておくだけで、うっかり実をつぶしてしまう危険性が減るから喜ばれるんだよな。 

「ポルパの実が8つですね」
「あとは途中で遭遇したマルックスが3羽」

 そう言ったアキトは、ちらりと俺の顔を見た。マルックスの襲撃で動揺を見せてしまったせいで、心配させてしまったみたいだ。

 アキトは本当に優しいな。その俺を気遣ってくれる気持ちはすごく嬉しい。でも俺はこの後の納品で、一体どんな騒ぎになるかが気になって仕方がないんだ。

 わくわくしながら笑みを浮かべれば、アキトの眉間にしわが寄った。これはかなり珍しい表情だ。

「あ、あと、これ、頼まれてた銀月水桃の蜜です」

 何も知らないアキトはそう言いながら、幻とまで言われる銀月水桃の蜜を、さらりと取り出した。受付に小瓶を置いたその瞬間、近くにいた冒険者がいきなり大声で叫んだ

「ぎ、銀月水桃の蜜だとっ!!!」

 人の納品をのぞき見て叫ぶとは、中級冒険者でも後でメロウから指導が入るだろう。ああ、でも、こいつのおかげでギルド中に声が響いたなと見回してみれば、ギルド内どころか酒場までがしんと静まり返っていた。

 銀月水桃の蜜の名前を知っている奴はもちろん、知らない奴までこの妙な空気に押されたように黙っているようだ。

「銀月水桃の蜜…ですか」

 自分が依頼したものではあったが、まさかこんなに早く本当に採取してくるとは思っていなかったのだろう。さすがに動揺した様子のメロウは、それでもすぐに白い手袋を身に着けた。震える手で小瓶を持ち上げると、すぐに精密鑑定にとりかかる。

「…た、確かに、間違いありません。銀月水桃の蜜が一瓶」

 そーっと丁寧に納品台の上に小瓶を置くと、メロウはふうと息をついてから立ち上がった。

「こちらでしばらくお待ち頂けますか?ギルマスの予定を聞いてまいりますので」
「あ、はい」

 反射のようにそう答えたアキトは、遠くを見たまま固まってしまった。静寂に包まれていた周りも、メロウが階段の方に消えた頃やっと動き出した。

「ぎ、ぎんげつすいとう…?じ、実在するのか」
「あれって入手難度いくつだったっけ」
「またアキトか」

 周りの声に我に返ったのか、アキトはジロッと俺を睨みつけてきた。こんなに高いものだって知ってたのに、またわざと教えなかったんだなと言いたいんだろうな。

「おい、今、あいつ…誰もいない所を睨まなかったか?」
「や、やっぱり見えてるんだ」
「おい、本当なのかよ、精霊が見えるって」
「精霊の導き無しで銀月水桃なんて手に入るかよ」
「まじか…精霊って童話の中の話じゃないのか?」
「本当に、見えるんだ」

 これで、精霊が見える人の通り名は完全に定着しただろう。精霊の加護持ちと思われれば、精霊の報復を恐れるこの世界の奴なら、やたらと手出しは出来なくなる。そう思うと自然に笑顔が浮かんでしまう。アキトはそんな俺をじろりと睨むと、押し黙ったままメロウが消えた階段を見つめていた。
 


 黒鷹亭の個室に辿り着いた俺は、鍵が閉まる音を聞いて気合を入れなおした。怒っているだろうアキトに、きちんと謝って許してもらわないといけないからだ。

「アキト、怒ってる?」
「怒ってたよ、さっきは。ハルはあんなに高値になるって知ってたんだよね?」

 銀月水桃の蜜は、500万グルで買い取られた。これは妥当な金額といえるだろう。

 更に指名依頼の報酬は300万グルで、こちらはギルドカードへの入金になる。メロウはきちんと説明していたけれど、何かを考えこんでいたアキトは、きっと聞いていなかったんだろうな。

 怒られる理由を増やしたくない俺は、それについては触れずに返事を返した。

「うん、知ってた。本当にごめん」
「謝らなくて良いんだけど、理由は知りたい」

 ひたと俺の目を見据えてそう言ったアキトに、俺は大きく目を見開いた。

「理由…?」
「だって、ハルは理由もなくこんなことしないよね?」

 ずっと怒っていると思っていたアキトだけど、色んなことを考えてくれていたんだな。俺の事を信頼してくれているから辿り着いただろう結論に、胸がいっぱいになった。面白がって納品させたんじゃないかと思わずに、理由を聞いてくれるアキトに嘘は吐きたくない。

「アキトには、敵わないな」

 目立ちたくないと言っていたから説明し難かったんだけど、まずアキトは見た目からして既に目立つと伝えれば、アキトは不思議そうに首を傾げた。

「え、でも黒髪の人って結構いるよね?」
「あー…」
「何?髪じゃなくて?」
「その…この世界の人は、かなり筋肉質だろう?」
「体格の話か」

 そういったアキトの眉間には、またしわが寄っていた。俺は慌てて口を開いた。

「アキトは筋肉が無いわけじゃないし、この世界の人と比べて骨格が細いんだと思うんだけど」

 俺の言葉にアキトは苦笑を漏らした。少なくとも眉間のしわは無くなったから、このまま続けよう。

「顔立ちも綺麗だし、よこしまな目でみる奴もいると思う」

 ついつい綺麗とか言ってしまったけれど、これはアキト的には大丈夫な発言だろうか。自分の恋心がばれないか心配になった俺は、焦りながらも言葉を続けた。
 
「どうせ目立ってしまうのなら、通り名持ちになった方が安全なんだ」
「え、なんで?」

 不思議そうなアキトに、俺は分かりやすくなるように考えながら答える。

 例えば無名の目立つ新人冒険者がいて、その人を口説こうとする奴や、盗みを働こうとする奴、何らかの犯罪に巻き込もうとする奴がいたとする。その場合は、全部自分一人で対処しなくてはいけない。

「まあ、アキトには俺がいるから一人じゃないけどね」

 思わず本音が口をついて出てしまったけれど、アキトは嬉しそうに笑ってくれた。

「もしその目立つ新人冒険者が通り名持ちなら、どうしても周りの視線を集めることになるだろう?」
「うん」
「周りの目があるだけで、後ろ暗い所のある奴は近づき難くなるんだ」
「あーなるほど、まわりの目線を抑止力にするってことか」

 さすがにアキトは理解が早い。

「説明せずに行動して悪かったとは思ってるんだ…でも、アキトの安全を勝手に優先した」
「え、でも、ハルが噂を回したわけじゃないよね?」

 確かに噂を回したのは自分では無い。アキト以外には聞こえない俺の声では、噂話なんて流せるわけが無い。

「うん、アキトが俺を見て表情を変えたのを見た人とか、アキトが俺に話しかけるのを見た人がそう思い込んで噂になったんだと思う」

 冒険者がいる事を知っていたのにアキトに言わなかった事は、あえて伝えなかった。ずるい大人でごめんな。

「じゃあ、ハルのせいじゃなくない?」

 どっちかって言うと、油断してた俺のせいじゃないかとアキトは苦笑を浮かべる。

「でも黒曜キノコとか、銀月水桃の蜜とか、低ランクは知らない知識を使って納品させて、噂を広めたのは俺だからね」
「そうだけど」
「もし、アキトが俺を許せないって言うなら、どんな罰も受けるつもりだよ」

 そう言い切ってはみたけれど、もしこれでハルとは一緒にいたくないと言われたらどうしよう。そう思ってしまう自分は、あまりに恰好悪くて嫌になる。

「すごい気配りしてくれるのに、なんでハルは納品だけ譲らないのかと思ってたんだ」
「うん、もっと早く説明すべきだった」
「でもさ、納品も俺のためを思ってしてくれてたって事だよな。俺はもう全然怒ってないから、罰とかも無し!」

 アキトの言葉に、俺はホッと肩の力を抜いた。アキトは優しすぎる。もう少し怒っても良いんじゃないかと思うけれど、この立ち位置を失わずに済んだことが素直に嬉しい。

「ありがとう、アキト」
「うん。俺もありがとう、ハル」
「噂は定着したから、もう無理に納品はさせないから安心して」
「わかった」

 話が終わったと思ったのか、アキトはぼふっとベッドに突っ伏した。バラ―ブ村から出てトライプールまで移動して、更に納品までしてから帰ってきたんだ。

 間違いなく疲れているだろう。謝りたい気持ちばかり優先してしまったけれど、本当なら先に一休みするように促すべきだった。

「疲れただろうから、少し寝てから夕飯にしたら良いよ」
「うん、ちょっと寝ようかな」
「数時間で起こすから、ゆっくりして」
「ありがと」

 きちんと上を向いて眠った方が良いんじゃないかと言いたかったけれど、俺は少し考えてから口をつぐんだ。既に眠そうなアキトには、寝返りを打つのも面倒だろう。生身の体があれば、俺が抱きかかえて向きを変えさせるんだけどな。そんなどうしようも無いことを、つい考えてしまう。

「おやすみ、アキト」

 俺の声は届いたのかどうか、アキトはすうすうと寝息をたてて眠ってしまった。
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