生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

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157.【ハル視点】ルセフの異変と毒キノコ

 アキトの幸運のおかげか、それとも日頃の行いか。今日もストイン湖周辺は雲一つない晴天だった。チームのメンバーは予定通り湖の調査と、東側の森の調査に分かれるようだ。

 アキトとブレイズは、昨日よりもわくわくと楽しそうに森の中を歩いている。

 目的地が近づいてくると、ルセフは今日の調査の注意点を教え始めた。西側と東側で同じ素材があっても気にせずに書き留める事や、素材袋を赤い線付きに変えて昨日の分と区別する事などだ。どちらも良く考えられているなと素直に感心してしまった。

「じゃあ、今日も頼んだぞ。アキト、ブレイズ」

 信頼のこもったルセフの言葉は、二人のやる気に火を付けたようだった。

 担当の場所に辿り着いた二人は、ぐるりと辺りを見渡した。俺も一緒になって見渡してみたけれど、昨日と比べると明らかに素材の量が少なかった。

「こんなに違うんだね?同じ森なのに」
「昨日の半分ぐらいしか無いよな」

 残念そうにしながらも、アキトとブレイズはすぐに調査に取りかかった。要領が分かって来たからか、調査は昨日よりも更に順調に進んだ。素材の数が少ない事もあって、あっという間に調べ終わってしまった。

「え、もう終わり?」

 ブレイズは簡単すぎるとつまらなさそうな顔をしているけれど、素材が無ければどうしようもない。アキトもせっかくやる気を出したのにと、少し不服そうだ。

「終わっちゃったね」
「仕方ないかールセフさん所に戻ろっか」

 二人はのんびりと元来た道を戻り出した。獣道を歩くのにもすっかり慣れた二人の後を、俺も少しだけ距離を開けてついて行く。やっぱり森の中を歩くのは楽しいななんて考えていると、不意にアキトが声を上げた。

「え…」

 かすれた声に何事かと視線を向ければ、地面にうなだれたまま座り込んでいるルセフの姿が視界に飛び込んできた。

「ルセフさん?」
「おう、おかえり。ちょっと失敗したわ」

 一見して分かるような傷や怪我は無さそうだなと検分していると、アキトとブレイズがルセフに駆け寄ろうとした。心配で我慢できなかった気持ちは分かるけれど、それはまずい。俺が手を伸ばすよりも先に、ルセフが声を上げた。

「そこで止まれ、原因が分からない今はまだ近づいたら駄目だ」
「でもっ!」
「ブレイズ、もしお前らが近づいてきて俺と同じ症状を起こしたら、誰が俺を助けるんだ?」

 何が起きているかを確認してから近づかないと、取返しがつかなくなる事だってある。過去には麻痺蝶の鱗粉に気づかずに近づいたせいで、チーム単位で全滅したなんて事もあったそうだから警戒はした方が良い。

「…分かった」
「よし、ブレイズはファリーマとウォルターを呼んできてくれるか?」

 不服そうながらもそう答えたブレイズに、ルセフはあえて役目を与える事にしたようだ。ブレイズは小さく頷くと、すぐに背中を向けて駆けていった。

 手だけでまだ動かないでと指示を出してから、俺は無造作にルセフに近づいた。仮に麻痺蝶の鱗粉があっても、今の俺には影響しないからな。

「症状を聞いてくれ」
「ルセフさん、今の症状を教えてくれますか?」
「今は目が見えなくて、手も少ししびれてるな」

 かなりまずい状況だが、ルセフ本人が落ち着いているのはありがたい。俺も遠慮なく質問を続けられる。

「原因は分からないんですか?」
「ああ心当たりは無いな…しびれ以外に痛みは特にないけど、今の状態で魔物に襲われてたら危なかった」

 ルセフの軽口に、アキトはふるりと肩を揺らした。もし魔物に襲われていたらと想像して、怖くなったんだろう。

「そんな風に言ってるけど、さっきは集中して気配探知してたみたいだし、魔物が来たら先手必勝って攻撃してたと思うよ?」

 絶対にそう簡単に襲われるつもりなんてなかっただろうに、アキトを怖がらせるなよと少しだけ腹が立った。

「だからアキトは、そんなに心配しなくて大丈夫だよ」

 そう言うと、俺はあえてにこっと笑みを浮かべた。

「さて始めようか。今の見えないというのはどういう状態かを聞いてくれ。かすんで見えないのか、真っ暗なのか、それとも真っ白なのか…」
「見えないというのはどういう状態ですか?かすんでるとか真っ暗とか」
「真っ暗だな」

 真っ暗になって見えなくなる。しかも加えて手のしびれときたら、思い当る素材はいくつかしか無い。森の中にある可能性が高いものとなれば、更に絞り込める。

「…アキト、キノコに触れたか聞いてくれるか?」
「ルセフさん、キノコに触れましたか?」
「リュス茸には触れたけど、あれは毒は無いからな…え、まさか?」

 きっとそのまさかだろうな。

 この近くでキノコがありそうなのは、ルセフの後ろにある茂みの辺りだろうか。茂みの下を調べてみれば、リュス茸の群生地にまぎれるようにして、真っ黒なキノコが数本だけ生えていた。

 これは本来ならダンジョンにしか生えないクラーウ茸というキノコだ。毒性が強いものだが、精製方法によっては薬の材料にもなるという上級素材の一つだ。俺はすぐにアキトに声をかけた。

「アキト、来てくれ!」

 すぐに茂みに近づいてきたアキトに、俺は原因となったキノコを教えた。

「やっぱりあった。原因はこのリュス茸の隣に生えてる黒いキノコだよ」

 まじまじとリュス茸を見つめていたアキトにそっちじゃないよと声をかければ、ようやく黒いキノコに気づいたようだ。

「クラーウ茸という毒キノコだよ」

 俺はすぐにクラーウ茸についての説明を始めた。手袋なしで触れると症状が出る事、この見た目のせいで影に生えると見つかり難い事、そして本来ならダンジョン内にしか無いキノコだと言う事。アキトは真剣な顔で、最後まで説明を聞いてくれた。

「治療法はある?」

 上級図鑑のクラ―ウ茸のページを見ても、そこに治療法についての記載は一切無い。

 今回のは例外としても、基本的にクラ―ウ茸の生息地はダンジョン内のみに限られている。触ると危険な毒キノコだが、逆に言えば最初から素手で触れさえしなければ危険は無いから治療法は重視されなかった。

 とはいえ、治療法が存在しないわけでは無い。何らかの事故でやむを得ず肌に触れた時のために、ダンジョンに通う冒険者の間では密かに治療法が広まっていた。

 俺もよくダンジョンに潜っていたから、その治療法はもちろん知っている。

 それほど難しい薬でも無いからアキトなら簡単に作れるだろう。材料もここなら簡単に調達できる物ばかりだ。

「あるけど…」

 それでも俺は言い淀んでしまった。

「アキト、クラーウ茸は上級素材なんだよ。クラーウ茸の事だけなら人に聞いたと言えるけど、その治療法を知ってるなんて…変に思われるかもしれない」

 危険な素材の事を先達から聞くというのは良くある事だが、あくまでそれは危険を避けるための助言としてだ。治療法はダンジョンに潜る仲間に教えるものだから、まだ中級のアキトが知っているのはどう考えてもおかしい。

 精霊が見える人と思われるだけならまだ良い。もしかしたらランク詐称や情報を売り買いしている情報屋だと疑われる可能性だってある。俺はじっと目を見つめながら、アキトの決断を待った。

「ハル、お願いだから、治療法について教えて」

 まっすぐに俺の目を見返してくるアキトは、少しの躊躇も見せなかった。ああ、そうだな。アキトが自分の身の安全のために、仲間を見殺しにするわけが無かったな。

「…分かった。ジジの花びらと、ブローズの葉を水に浮かべて熱して作った薬を飲ませれば良いだけだよ」
「ジジの花びらは昨日採取してたからそれを使わせてもらって、後はブローズの葉があれば良いって事か…ブローズって初めて聞いた」
「上級素材だからね。ちなみにあっちにある青い花がブローズだよ」

 時季によっては見つけるのが難しいブローズだが、今は綺麗な青い花が咲き誇っているから見つけるのは一瞬だ。俺がそっと指差して言えば、アキトは嬉しそうに笑った。

「あ、ここにあるんだ。ありがとう、ハル」
「どういたしまして」



 ブローズの葉とクラ―ウ茸を採取したアキトは、大急ぎでルセフの所へと戻った。

「ルセフさん、リュス茸の隣にクラーウ茸がありました」
「あーやっぱりか」

 待っている間に、ルセフもクラ―ウ茸に辿り着いていたようで、反応はあっさりとしたものだった。悔しそうなのは、素手で触れた自分の迂闊さを嘆いているんだろう。

「ダンジョン以外にあるとは思わないですよ」

 すかさずアキトが慰めにかかる。今回のはルセフの油断では無く、避けようの無い事故だったと俺も思う。

「いや、でも迷惑かけたね」
「いえ。ジジの花びらは昨日西側で採取したのがありますし、今ブローズの葉も採ってきたので、野営地に戻ったら薬作りますね」

 さらりと治療薬について口にしたアキトに、ルセフは驚いた顔をして固まった。この反応からして、治療法は知らなかったのかもしれないな。

 さてどんな反応をするかと見守っていれば、ルセフはただふわりと笑みを浮かべた。どこで治療法を知ったんだなんて尋ねるつもりはないようだ。俺はこっそりと胸を撫で下ろした。

「…ありがとう。迷惑ついでにもう一つ頼みたい。手袋をしてからクラーウ茸を採取してもらえるかな?」
「あ、もう採取して持ってます」
「ああ、ありがとう」

 原因が分かったからか、それともすぐに治療ができると聞いたからか、ルセフの表情もさっきより穏やかだ。

「そっちはどうだった?」

 二人の調査の結果を気にする元気も出てきたようだ。

「西側の半分ぐらいの素材で、上級素材っぽいのは無かったですね」
「ああ、こっちも少なかったな。調査は終わってるから、後は戻ってからクラーウ茸も書き加えないと」

 ゆったりと会話を続けていると、遠くからブレイズが走って来るのが見えた。その後ろからは真剣な顔をしたウォルターとファリーマも走ってくる。

「おーい!お待たせ!」
「ルセフ、大丈夫か?」
「今どんな状態だ?」

 すぐさまそう尋ねた二人に、ルセフは苦笑を浮かべる。

「目が見えないのと手のしびれ。原因はクラーウ茸だった」
「クラーウ茸?それは…なんでこんな所に?」
「アグアウルフもダンジョンに多い魔物だから、何か関係があるのかもなー」
「とりあえず野営地まで戻るか」

 そう言うなりウォルターはひょいっとルセフを持ち上げると、そのまま歩き出した。いわゆる恋人抱きという抱き上げ方に、ルセフはもっと他の運び方をしろと最初は暴れていた。この二人の間に恋愛の空気は一切無いから、おそらくただの嫌がらせだろう。

 恋人以外にされて嬉しいものでは無いから、暴れる気持ちはよく分かる。結局心配かけたんだから我慢しろと言われて、ルセフは眉間にしわを寄せたまま暴れるのを止めた。
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