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184.大切な存在
決して広くは無い黒鷹亭の部屋の中を、俺はうろうろとハルの姿を探して歩き回った。そんな所にいるわけがないのにベッドの下も見たし、カーテンの裏側まで探してみた。
「いない…」
思わず漏れたそんな声にも、返事は返ってこない。
俺があまりに寝入ってたから、何か用事があって出掛けてるだけかもしれない。またギルドに偵察に行ってたりするのかもしれない。そんな風に自分に言い聞かせてみるけれど、ちっとも上手くいかない。
だってハルが何も言わずに俺の側から離れた事なんて、一度だって無い。
絶望を感じながら、俺はそのままベッドに潜り込んだ。大丈夫だ。寝て起きたらきっとハルは帰ってきてる。それでおはようアキトって笑ってくれる。
そう思い込んで、俺は無理やり目を閉じた。
夕方になってもハルは帰ってこなかった。空腹に耐えかねて目が覚めてしまった自分に、苦笑が漏れる。ハルがいないなんて緊急事態なのに、それでも腹は減るなんてな。よく考えれば昨日の夜から食べてないのか。
「食べないと帰ってきたハルに怒られるな」
ぽつりと呟いた俺は、鞄の中から小さなパンと果物を取り出すと口に運んだ。味なんてろくに感じられないけど、食べたから怒られずに済むだろう。
寝すぎで痛む頭を抱えながら、俺はやけになったようにベッドに潜り込んだ。
翌日、目が覚めたのは既に食堂が閉まった頃だった。昨日はただぼんやりとハルを待っていたけれど、どこかで何かがあって帰れなくなってる可能性だってあるよな。部屋を出て探しに行こうかな。
「アキト、昨日はどうしたんだ?」
「ちょっと体調が悪くて」
「もう大丈夫なのか?依頼に行く気か?」
「あ、依頼はしばらくは受けないつもりです」
俺にとってはハルを探す方が大事なのでとは言わなかった。そもそもレーブンさんはハルの存在すら知らないんだから、伝えたって困らせるだけだろう。
依頼はしばらく受けないという言葉を、レーブンさんは何か嫌な事でもあったのだと解釈したみたいだ。たまには休むのも大事だとさらりと言い切って、差し入れの昼食まで頂いてしまった。
「いってきます」
「ああ、いってらっしゃい」
レーブンさんに見送られて、俺は街の中を歩きだした。完全に一人の状態でトライプールを歩くのなんて、俺にとっても初めての経験だ。目的はハルを探す事だから、行先はハルが行きそうな場所にしよう。
ハルが好きな場所と考えて最初に思い浮かんだのは、ステーキが美味しいという白狼亭だった。目の前で美味しそうに食べてやるなんて言った事はあったけど、結局まだ一度も訪れた事が無い場所だ。
初めての場所だから行き方すら分からなくて、ちょうど目についた雑貨屋で下級の魔法薬を買ってから白狼亭の場所を聞き出した。
「白狼亭かい?」
「ステーキが絶品だって勧められて」
「あそこのステーキは確かに絶品だよ!こっちの道を北に行けば白い狼の絵が壁に描いてあるからすぐに分かるよ」
「ありがとうございます」
「いやいや、こちらこそお買い上げありがとう」
優し気なおじさんに丁寧に頭を下げてから、俺は白狼亭を目指した。
道なりに進んで行くと、白狼の壁画はすぐに見つかった。
「いらっしゃい!」
「ステーキ2人前!」
「はいよ!」
「こっちステーキ3人前ね!」
「ちょっと待ってくれ!」
威勢の良い客と店員のやりとりを聞きながら、俺は店内をそっとのぞいてみた。店内には客が溢れていて、忙しそうに店員が走り回っているけれど、ハルの姿は無かった。
ここのステーキが領都トライプールで一番美味しいって、ハルはいつも断言してたな。
「はいよ、お待たせ!」
店員の持った鉄板から、じゅうじゅうと肉の焼ける音が聞こえてくる。
「うまそー!」
くんと鼻を動かしてみれば、食欲をそそる香ばしい香りが、通りいっぱいに漂っているのが分かった。なるほど確かに美味しそうな香りだ。いつもの俺なら、我慢できずに店に入ってただろうな。今日は食欲が無いからいらないけど。
俺はくるりと方向を変えて歩き出した。
「次はどこに行こうかな」
思わず独り言を呟いてしまったのは、そうすればハルが返事をしてくれるような気がするからだ。返ってこない返事に奥歯をぐっと噛み締めて、俺は冒険者ギルドを目指して歩き出した。
ハルとの思い出が一番たくさんあるのは、きっとこの冒険者ギルドだ。
俺が困らないように、いつでも先回りして色んな事を教えてくれた。高額素材を納品させた時は、悪戯っぽく楽しそうに笑ってたよな。
「おや、アキトさん」
受けるつもりはかけらも無いけど掲示板を見つめていれば、後ろから声がかかった。
「メロウさん、こんにちは」
「こんにちは。もう調査隊は出発したので、お知らせだけでもと思いまして」
「あ、そうなんですね」
それは良かったですなんて返してみたけど、その報告をした時はハルも一緒にいたのにななんてついつい考えてしまう。
「調査結果が出たらまた報告しますので」
「お願いします」
メロウさんと別れてからギルドの中を一周してみたけれど、やっぱりハルの姿は無かった。
「おい、アキトだ」
「精霊が見える人ってやつか」
そんなひそひそ声が聞こえてきて、胸の中に苛立ちが貯まっていく。元々ハルが見えてない周りからしたら、俺はいつもと変わらずソロの冒険者なんだよな。
「いない…」
思わず漏れたそんな声にも、返事は返ってこない。
俺があまりに寝入ってたから、何か用事があって出掛けてるだけかもしれない。またギルドに偵察に行ってたりするのかもしれない。そんな風に自分に言い聞かせてみるけれど、ちっとも上手くいかない。
だってハルが何も言わずに俺の側から離れた事なんて、一度だって無い。
絶望を感じながら、俺はそのままベッドに潜り込んだ。大丈夫だ。寝て起きたらきっとハルは帰ってきてる。それでおはようアキトって笑ってくれる。
そう思い込んで、俺は無理やり目を閉じた。
夕方になってもハルは帰ってこなかった。空腹に耐えかねて目が覚めてしまった自分に、苦笑が漏れる。ハルがいないなんて緊急事態なのに、それでも腹は減るなんてな。よく考えれば昨日の夜から食べてないのか。
「食べないと帰ってきたハルに怒られるな」
ぽつりと呟いた俺は、鞄の中から小さなパンと果物を取り出すと口に運んだ。味なんてろくに感じられないけど、食べたから怒られずに済むだろう。
寝すぎで痛む頭を抱えながら、俺はやけになったようにベッドに潜り込んだ。
翌日、目が覚めたのは既に食堂が閉まった頃だった。昨日はただぼんやりとハルを待っていたけれど、どこかで何かがあって帰れなくなってる可能性だってあるよな。部屋を出て探しに行こうかな。
「アキト、昨日はどうしたんだ?」
「ちょっと体調が悪くて」
「もう大丈夫なのか?依頼に行く気か?」
「あ、依頼はしばらくは受けないつもりです」
俺にとってはハルを探す方が大事なのでとは言わなかった。そもそもレーブンさんはハルの存在すら知らないんだから、伝えたって困らせるだけだろう。
依頼はしばらく受けないという言葉を、レーブンさんは何か嫌な事でもあったのだと解釈したみたいだ。たまには休むのも大事だとさらりと言い切って、差し入れの昼食まで頂いてしまった。
「いってきます」
「ああ、いってらっしゃい」
レーブンさんに見送られて、俺は街の中を歩きだした。完全に一人の状態でトライプールを歩くのなんて、俺にとっても初めての経験だ。目的はハルを探す事だから、行先はハルが行きそうな場所にしよう。
ハルが好きな場所と考えて最初に思い浮かんだのは、ステーキが美味しいという白狼亭だった。目の前で美味しそうに食べてやるなんて言った事はあったけど、結局まだ一度も訪れた事が無い場所だ。
初めての場所だから行き方すら分からなくて、ちょうど目についた雑貨屋で下級の魔法薬を買ってから白狼亭の場所を聞き出した。
「白狼亭かい?」
「ステーキが絶品だって勧められて」
「あそこのステーキは確かに絶品だよ!こっちの道を北に行けば白い狼の絵が壁に描いてあるからすぐに分かるよ」
「ありがとうございます」
「いやいや、こちらこそお買い上げありがとう」
優し気なおじさんに丁寧に頭を下げてから、俺は白狼亭を目指した。
道なりに進んで行くと、白狼の壁画はすぐに見つかった。
「いらっしゃい!」
「ステーキ2人前!」
「はいよ!」
「こっちステーキ3人前ね!」
「ちょっと待ってくれ!」
威勢の良い客と店員のやりとりを聞きながら、俺は店内をそっとのぞいてみた。店内には客が溢れていて、忙しそうに店員が走り回っているけれど、ハルの姿は無かった。
ここのステーキが領都トライプールで一番美味しいって、ハルはいつも断言してたな。
「はいよ、お待たせ!」
店員の持った鉄板から、じゅうじゅうと肉の焼ける音が聞こえてくる。
「うまそー!」
くんと鼻を動かしてみれば、食欲をそそる香ばしい香りが、通りいっぱいに漂っているのが分かった。なるほど確かに美味しそうな香りだ。いつもの俺なら、我慢できずに店に入ってただろうな。今日は食欲が無いからいらないけど。
俺はくるりと方向を変えて歩き出した。
「次はどこに行こうかな」
思わず独り言を呟いてしまったのは、そうすればハルが返事をしてくれるような気がするからだ。返ってこない返事に奥歯をぐっと噛み締めて、俺は冒険者ギルドを目指して歩き出した。
ハルとの思い出が一番たくさんあるのは、きっとこの冒険者ギルドだ。
俺が困らないように、いつでも先回りして色んな事を教えてくれた。高額素材を納品させた時は、悪戯っぽく楽しそうに笑ってたよな。
「おや、アキトさん」
受けるつもりはかけらも無いけど掲示板を見つめていれば、後ろから声がかかった。
「メロウさん、こんにちは」
「こんにちは。もう調査隊は出発したので、お知らせだけでもと思いまして」
「あ、そうなんですね」
それは良かったですなんて返してみたけど、その報告をした時はハルも一緒にいたのにななんてついつい考えてしまう。
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「お願いします」
メロウさんと別れてからギルドの中を一周してみたけれど、やっぱりハルの姿は無かった。
「おい、アキトだ」
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そんなひそひそ声が聞こえてきて、胸の中に苛立ちが貯まっていく。元々ハルが見えてない周りからしたら、俺はいつもと変わらずソロの冒険者なんだよな。
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