生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

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185.ハルを探す

 翌日の朝も、俺は昼頃にようやく起きだした。元々は一人でも起きられるタイプだったのに。ハルの目覚ましに甘えているうちに、すっかり起きられなくなったみたいだな。

 今日はハルに教えてもらった雑貨屋と防具屋、武器屋にも行ってみた。

 俺の冒険者装備をハルが吟味してくれた、思い出のお店だ。あの時はああでもないこうでもないって悩みながら、すごく時間をかけて選んでくれたんだよな。

 雑貨屋と防具屋の店内にハルの姿が無い事をさっと確認してから、俺は最後の武器屋へと足を向けた。

 軽く外からのぞいて確認だけのつもりだったけど、たまたま店員と話し込んでいた職人さんとバチッと目があった。

「おや、お前さんは…あの時の新人冒険者のあんちゃんか」

 職人さんは厳めしい顔にうっすらと笑みを浮かべると、店先まで出てきて声をかけてくれた。あの日ちょっと会話しただけの俺の事を、しっかり覚えてくれていたみたいだ。

「こんにちは」
「剣の調子はどうだ?」
「使いやすいし気に入ってます」

 最近は魔法ばっかりだから正直に言えばあまり使ってはいないけど、それでもお気に入りなのは本当だ。そう答えれば、職人さんの視線が俺の腰の辺りへ向けられた。

「今日は持ってねぇのか?」
「あ、今日は休日なので」
「ああ、休日なら仕方ねぇな」
「すみません」
「いやいや、もし切れ味が落ちたら、いつでも持って来てくれよ」
「はい、ありがとうございます」

 職人さんにお礼を言いながら、俺はさっと店内に視線を走らせた。うん、ハルはやっぱりここにもいないんだ。



 次の目的地に悩んだ俺は、スラテール商会に行く事に決めた。旅の途中で出会ったカルツさんの、遺品を届けるために訪れた場所だ。

 久しぶりに訪れたスラテール商会は、今はお客さんが多い時間なのか女性客でごった返していた。こんなに混んでる店内に、用事も無いのにハルがいるわけがないか。俺は店内をのぞきこむのは諦めて来た道を帰る事にした。

「アキトさん?」

 不意にかけられた声に、俺は慌てて振り返った。

「カルツさん…」
「お久しぶりです。何か…ありましたか?ここでは目立つのでこちらへどうぞ」

 思わず名前を呼んでしまったけど、確かにここは繁盛店の店の前だ。誰が見ているか分からない場所で悪目立ちするのは嫌だ。俺はカルツさんの背中を追って、店の横にある路地へと足を向けた。

「ここなら滅多に人は来ませんから安心してくださいね」
「すみません、気を使ってもらって」
「いえ。それより何だか元気が無いみたいですけど、何があったんですか?」

 穏やかな声でそう尋ねられた俺は、慌てて口を開いた。幽霊は幽霊が見えるんだから、手がかりが手に入るかもしれない。

「ハルが…いなくなったんです」
「え」
「昨日の朝起きたら急にいなくなってて。見かけたりしてませんか」
「見かけてはいないですね…すみません」

 カルツさんは申し訳なさそうにそう言った。カルツさんは悪くないのに謝らせてしまったな。ぼんやりとした頭でそう思った。

「そう…ですか」
「ハルさんを見かけたら、アキトさんが探していたとお伝えしますね」

 周りを探してみますと声をかけてくれたカルツさんに、俺は深々と頭を下げてからその場を後にした。



「アキト!」

 次はどこに行こうかと考えながら街中を歩いていると、不意に元気な声がかかった。

「あ、ブレイズ」
「何か元気ないね?大丈夫?」

 カルツさんにも言われたけど、俺ってそんなに分かりやすいのかな。声のトーンを落として心配そうに聞いてくれたブレイズに、大丈夫とは嘘でも言えなかった。

 だって全然大丈夫じゃない。ハルがいないだけで、今すぐ叫び出したいほどに寂しい。じわっと涙が滲んできそうな目を、慌ててごしごしと擦る。こんな所で泣いてたまるか。

「ハルが急にいなくなって…」

 ブレイズは生きてる人の中で唯一、ハルの存在を知ってくれている。だから素直にそう口にした。

「え、ハルさんが?……それは心配だね」

 ブレイズは大丈夫だよとかきっと帰ってくるよとか、そんな無責任な言葉は言わなかった。ただ俺の気持ちに寄り添ってくれたのがすごく嬉しい。本当にブレイズは良い奴だ。

「俺には見えないから探すのは手伝えないけど……無事に見つかるように祈ってる」

 祈り。そっか、俺のために祈ってくれるのか。

 俺はブレイズに精一杯の笑顔で手を振ると、黒鷹亭へと続く道を歩き出した。一人で歩くトライプールの街中は、なんとなく色あせて見えた。



 ハルがいなくなってから数日が経った。

 眠りは浅いし、ほんの少しの物音でも目が覚めてしまう。ハルが帰ってきたのかなって飛び起きるのも、もう何度目かな。食事は何を食べても味気なく感じてしまうんだけど、頑張って食べ続けてはいる。

 ここ数日、俺は領都トライプール内を歩き回った。ハルが話題に出した場所や二人で行ったお店なんかを思い出して、一人で巡り続けたんだ。それでもハルの姿は見つけられなかった。

「心当りのある場所は全部行った…」

 ぽつんとこぼれた独り言に、今日も答えは返ってこない。

 ふとトライプール領主城前の、広場の話を思い出した。港町トルマルでハルに教えてもらった、景色の綺麗な場所だ。

「こっちかな?」

 初めて行く場所だから、すこし道に迷ってしまった。迷いながら何とか辿り着くなんて、元の世界じゃ当たり前だったのにな。いつもハルが案内してくれてたから、そんな事も忘れていたみたいだ。

 ようやく広場へ辿り着いたのは、ちょうど夕方頃だった。

 トライプールで一番綺麗だと思うって言ってたのも、確か夕方の景色だったな。ぼんやりと思い出しながら広場に足を踏み入れると、ふわりと花の香りが漂ってくる。香りに惹かれるように歩いていけば、手入れの行き届いた綺麗な花壇が目に飛び込んできた。

「ここか」

 花壇の近くにぽつんと一人で立って、徐々に染まっていく街並みを見下ろす。夕日に染まっていく街は確かに綺麗なんだけど、なんで俺は一人でこの景色を見てるんだろう。この素晴らしい景色を、ハルと一緒に見たかった。

 ぶわっと我慢しきれなかった涙が溢れてくる。広場にはどうせ誰もいないんだから、少しぐらい泣いても良いかな。

 ねぇ、ハル。どうしても認めたくなかったから、必死でその可能性を考えないようにしてたんだけどさ。もしかしたら、心残りがなくなって成仏しちゃったのかな。

「ハル…」

 幼い頃から心残りが無くなって消えていく幽霊は、たくさん見送ってきた。良い旅をって声をかけて見送るのは、俺にとっては特別では無くて当たり前の事だった。

 それがハルだというだけで、こんなにもつらい。

「良い旅をって言えなかったな…」

 消えていく幽霊に毎回かけている言葉なのに。ああ、でも、もしお別れだと先に分かっていても、きっと俺はハルにだけは良い旅をなんて言えなかっただろうな。

「だってずっと一緒にいたかった…ハルも俺を好きって、言って、くれたのに…」

 涙が収まるまで泣いて泣いて泣きまくったら、何だかすっきりした気がする。

 ハルは心残りが無くなって消えたのかもしれない。でも、ハルが消えたっていう確証も無い。確証が無いなら、諦めずに探し続ければ良いだけだ。

 こうなったら、バラ―ブ村とロズア村、港町トルマルにも行ってみようかな。

「うん、帰ろう」

 今日は黒鷹亭に帰って、明日からちょっと遠出してみよう。
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