生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

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189.あの魔法で

 俺が動揺しまくったせいで、室内には微妙な空気が流れている。客観的に見れば、さっきの行動は全く意味が分からないもんな。お見舞いに来たってのに顔も見れずに挙動不審って、どう考えてもおかしいだろう。

 何か言い訳でもするべきかなと、俺は必死で思考を巡らせた。ケルビンは明らかに面白がってるからまあ良いとして、心配そうにしてくれてたミング先生にはせめて何か声をかけたい。そう考えていた俺に、ミング先生は柔らかく微笑みかけてくれた。

「あまり気にしないでくださいね。久しぶりに会った友人がこんな状態になっていたら、動揺もしますとも」

 あ、ハルと久しぶりに会ったのに、こんな状態な事に動揺したと思ってくれてるのか。団長の位置からは俺の表情までばっちり見えてたけど、ミング先生は立ち位置的に俺の表情までは見えてなかったみたいだ。

 苦笑してるケルビンは無視する事に決めて、俺はミング先生の優しい言葉に頷いた。

「あの、ミング先生。ハル…ハロルドはどこが悪いんですか?」

 守秘義務で教えてもらえないかもと頭をよぎったけど、聞くだけ聞いてみようと口を開いた。先生はちらりと団長に視線を向けると、団長が頷くのを待ってから口を開いた。

「半年前、大型魔物の討伐の際に、毒のある魔物に噛みつかれたんですよ」
「毒…ですか」
「俺は不在でな、部下をかばって噛まれたんだ」

 ケルビン団長はそう言うと、つらそうに顔をしかめた。そっか、部下の人をかばったのか。ハルらしいな。

「普通の人なら即死してもおかしくない程の毒を持った蛇の魔物でしたが、ハロルド様は毒への耐性をお持ちでした」

 ミング先生いわく、毒の耐性にも種類というのがあるらしい。完全に毒を無効化できる人もいれば、効き目を緩やかにする事ができる人、効果の一部だけを打ち消せるなんて人もいるんだって。

「ハロルド様は、残念ながら無効化できる人では無かったようです」

 毒を体内に取り込んだハルは、半年前のその日からずっと意識不明なんだそうだ。

 最初の頃は高熱を出したりうなされたりしていたのが、ある日を境にただひたすら眠るだけに変わったんだと先生は丁寧に教えてくれた。

 もしかしたら、その頃にハルは体から抜け出したのかもしれないな。リスリーロの花を探しにいくために、体を置いて行ってしまったんだと思う。

「そういえば、先生がこんな時間にここにいるのは珍しいな」
「数日前から、ハロルド様が急にうなされるようになったんです」
「そうなのか?」
「報告書はきちんと上げてありますよ」
「すまん、別件で出てたからまだ目を通してないんだ」

 叱られた団長が素直に謝っている横で、俺は目をつむって考えた。
 
 数日前というのは、きっとハルが消えたあの日だろう。体に異変があってハルが体に戻ったのか、それともハルが戻ったから体調が変わったのか。詳しい事は俺には分からないけれど、ハルは確かにこの体の中にいるんだと確信した。

「そんな状況なので、今はできるだけ近くに控えていようと思いまして」

 ミング先生は眠ったままのハルを、まるで孫でも見つめているかのような愛情を込めた視線で見つめていた。ここにもハルの事を心から心配してくれてる人がいたんだな。

「なるほど、それでここにいたのか」

 二人の会話をどこか遠くの方で聞きながら、ふと思った。あの時の魔法を使えば、もしかしてハルを回復させられたり…しないかな?

 あの魔法が本当に伝説級の治癒魔法かどうかなんて、知識の足りない俺には分からない。でも、俺の体の傷を全て消し去る事ができたんだから、ハルの体の中にある毒も全て消し去る事ができるかもしれない。

 可能性が少しでもあるなら、後はやるだけだ。

 ハルはあの魔法を隠せと言った。信用できる人の前でしか使うなと。でもケルビン団長とミング先生になら、別に知られても大丈夫だと思う。こういう人を見る目には自信があるんだよ、俺は。

「お二人にお願いがあります」
「ん?」
「どうしたんですか?」
「ハルを救うために全力を出すと、ここに誓います」

 二人の顔を順番に見つめる。俺の意志を伝えるためにもまっすぐに目を見つめる。

「今から俺がする行動を止めないで頂けますか?」
「……ハルとずっと一緒にいたアキトがそう言うなら、俺は止めないぞ」

 ケルビン団長がそう口にすれば、ミング先生も小さく頷いてくれた。

「団長がそうおっしゃるなら、私にも依存はありません」
「ありがとうございます…全力を尽くします」

 今日会ったばかりの俺の事を団長が信じてくれたのは、ハルしか知らない事をたくさん話したからかな。何ならハルへの俺の気持ちまで暴露してしまったから、好きな人に害はなさないだろうとか思われてるのかもしれない。

 何にしても許可が得られたのは良い事だ。俺はそっとハルに近づくと、その手をぎゅっと握りしめた。

「ハル」

 目をつむったままのハルの長いまつげをじっと見つめながら、俺はおもむろに魔力を練り上げ始めた。不思議とハルの顔を見ても、もう動揺はしなかった。

 あの時、ただ傷を治したいと願っている間は、魔法は発動しなかった。ハルと一緒にいる自分の姿を、しっかりと思い描けた時にやっと傷を消す事が出来たんだ。

 あれが成功したのは、ハルと一緒にいたいって俺の気持ちが魔力に影響したからじゃないかな。

 この魔法は強い意志が無いと発動できない。そんな気がする。誰の傷でも治せるような万能な、奇跡の魔法じゃない。使いこなせるかも分からない、謎の魔法だ。

 それでも、相手がハルならきっと効果を発揮できる。

 更に魔力を練り上げながら、俺はぎゅっと目をつむった。

 元気になったハルと一緒に、まだまだ一緒に冒険がしたい。二人そろって白狼亭のステーキが食べたい。お店だって二人で一緒に巡りたいし、カルツさんには二人で会いに行きたい。チームの皆にもハルの事を紹介したいし、あの領主城前の広場から二人並んで綺麗な夕日を眺めたい。そして何より生身のハルに、好きだよって言いながらぎゅっと抱きしめたい。

――だから、ハルの体内にある毒は一滴残さずに蒸発しろ。

 そう思った瞬間、俺の魔力は一気に噴き出した。

「なっ!?」
「これは一体!?」

 うっすらと目を開いて見れば、眩く光り輝いた俺の魔力がハルの全身を包み込んでいるのが見えた。どんどん魔力が抜けていく感じからして、魔法は無事に発動できたみたいだ。

 俺はハルの手を握っていた手に、ぎゅっと力を込めた。そんな毒なんて綺麗さっぱり消し去って、俺と一緒に生きてよ。

「ハル、起きて」

 俺の言葉に反応したのか、閉じていたハルの目がゆっくりと開いていく。俺の大好きな、あの綺麗な紫の瞳に俺の姿が映っている。

「アキ…ト…?」

 俺の目をまっすぐに見据えて名前を呼んでくれたハルの姿に、ホッと全身の力が抜けた。その瞬間、俺は全魔力を使い果たしてその場に崩れ落ちた。
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