生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

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193.【ハル視点】悪夢の中で

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 ふと気づけば、俺は真っ暗闇な世界に一人で立ち尽くしていた。見慣れない景色をぼんやりと眺めていると、たくさんの魔物たちが遠まきに俺を見つめている事に気づいた。

「ああ、なんだ。またあの悪夢か」

 毒に侵されたあの日から体を捨てて旅に出るまで、俺は常に悪夢の中にいた。その時の光景と一緒だと気づいた俺は、ふうと息を吐いた。

「やっぱり体に戻されたのか」

 ぽつりと呟くと、魔物が一気に押し寄せてくる。気づけば腰にあった愛用の剣を抜き去って、敵に向かって剣を構えた。

 久しぶりに剣を振るうから少しだけ不安だったけれど、ここは意識だけの世界だからか何の問題もなく体は動いた。襲い掛かってくる魔物を切り伏せても、完全に倒す事はできない。しばらく経つと、何事も無かったかのようにまた起き上がってくる。

「理不尽だな」

 そう文句を口にした瞬間、今度は思い出深い場所が壊される夢へと切り替わった。

 俺の生家が、かつて通った騎士学校が、思い入れのある騎士団本部が、馴染みの冒険者ギルドが、そしてアキトとの思い出の多い黒鷹亭が魔物に壊されたり、火が放たれたりするのを延々と見せつけられる。

「くだらない」

 これが悪夢だと理解している俺にとっては、動揺するほどの価値もない映像だ。

「何故おぬしは絶望しない」

 不意に聞こえてきた声に振り向けば、そこにいたのは大きな蛇の魔物だった。とどめを刺されてもなお体を動かして、部下の騎士を狙ったあの魔物だ。

「お前、喋れたのか?」
「いや、この場は特殊だからな」
「そうか」
「何故絶望しない?」

 重ねられた質問に、俺はゆるく首を傾げた。あ、この仕草はアキトがよくやるやつだな。見ている間にすっかり癖がうつってしまったみたいだ。そんな些細な事が、アキトとの繋がりのようで嬉しく感じてしまう。

「ここは夢だと分かっているから、だな」
「夢…」
「少なくとも現実で無い事が分かっていれば、何を見ても割り切れる」
「ふ、おもしろい男じゃな」

 何故俺は自分を殺そうとした魔物らしきものと、のんきに会話してるんだろうな。

「おもしろいから教えてやろう。おぬしが絶望した時に、おぬしの命は尽きる」
「へぇ」
「我の毒はそういうものじゃ」

 その理論でいけば、俺が絶望しなければいつまでも死なない事になるな。逆に希望を抱き続けたら、毒が消えていったりはしないだろうか。

「それは良い事を聞いた」

 俺の答えを聞いた蛇の魔物は、そのまま暗闇に解けるように消えていった。



 襲い掛かって来る魔物と休む間も無く戦い続け、どんどん苛烈になっていく残酷な映像を無感動に眺める。あの蛇の魔物を相手に戦う事もあれば、魔物に怪我を負わされる事もあった。幸いにもこの世界では怪我を負っても、ただ痛みがあるだけで動けなくなる事はない。

 中でも一番悪趣味だったは、アキトが魔物に襲われる姿を見せられた事だろうか。

 もっとも映像のアキトがあまりに実物のアキトに似ていなかったせいで、呆れている間に映像は消えていた。魔法の一つも発動しようとせずに、泣きながら助けてとしか言わないアキトなんて、あり得なさすぎてむしろ笑ってしまった。

「まだ絶望しないのか」
「しない」

 今の俺にはアキトへの想いがある。アキトと一緒にやりたい事を考えるだけで、それが希望へと変わっていく。

「我慢比べならまだまだ付き合うぞ。俺はこの毒を克服してアキトに会いに行かないといけないからな」

 そう言い切れば、蛇はなんとなく呆れた様子で俺を見つめていた。相手は蛇の魔物なのに感情が分かるなんて、意識だけの世界だからだろうか。

 不意にどんよりと薄暗かった悪夢の中に、一筋の光が差し込んできた。こんな事は今まで一度も無かったと身構えた俺を無視して、蛇はその光をじっと見つめていた。

「終わりじゃな」
「は…?」
「倒された腹いせに一人ぐらいは道ずれにするつもりじゃったが、思った以上に面白いものがみれたわ」

 満足そうな蛇の言葉に聞き返そうとした瞬間、俺の全身は眩い光に包まれた。これは、この魔力は、アキトの魔力だ。

「さらばじゃ、騎士」

 夢から覚めるように目を開く間際、蛇の魔物のそんな声が耳に届いた。
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