生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

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196.稽古の見学

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 開かれた窓から、ふわりと心地よい風が入ってくる。小鳥の鳴く声を聞きながら俺はゆっくりと目を覚ました。室内に視線を巡らせてみたけれどそこにハルの姿は無く、代わりに傍らの椅子にミング先生が腰かけていた。

「ミング先生、おはようございます」
「おはようございます、アキトさん。ああ、顔色も良くなりましたね」
「ありがとうございます」
「体調の確認だけさせてもらいますね」

 見た事の無い魔道具をいくつか取り出すと、ミング先生は手早く診察をしてくれた。

「はい、問題はありませんね」

 ミング先生によると、もう魔力も完全に戻っているそうで魔法も使って大丈夫らしい。騎士団本部の中だけなら、歩き回る許可まで貰ってしまった。

「ただし、無理だけはしないでくださいね。体調が悪くなったらすぐに私を呼ぶように周りの者に伝えてください」
「はい、分かりました」
「アキトさん。改めて、ハロルド様の件ありがとうございました」

 流れるように伝えられた感謝の言葉に、何と答えればよいのか悩んでしまった。ハルがあの魔法の事をどう言い訳してくれたのか。まだ詳しい話は聞いてないから、迂闊な事は言えない。

「アキトさんがいなかったら、ハロルド様はきっと助かりませんでした」
「そんな事は」
「あるんですよ。私にはハロルド様の体を何とか生かすことしかできなかった」

 魔法薬を少しずつ調合して飲ませたり、魔法の力を駆使してもハルが目覚める事は無かった。半年もの間、助かるか分からないハルをずっと見守っていてくれたんだ。

「もし体が生きていなかったらハルは助かりませんでした」
「え」
「俺は奇跡の魔法が使えるわけじゃないので、体が生きていなかったらハルを助ける事なんてできなかったんです」

 ハルがどう説明したのかも分からないのに、こんな事を言って良いのかなって少しだけ思った。でも、ずっとハルの体を守ってくれていた人に、きっちりお礼を言いたかった。

「だから、俺もミング先生にお礼を言いたいです。ハルの体を生かしてくれてありがとうございました」
「そんな」
「おかげで俺は一番大切な人を、失わずに済みました」

 ミング先生は両目を見開いていたけれど、不意にふわりと優しく笑ってくれた。

「お互いに想い合っているんですね。素敵な事です」

 祝福の言葉に、胸がきゅっと締め付けられた。本当にこの世界では、同性同士でも問題無いんだな。

「はい!」

 俺は満面の笑みを浮かべて、照れながらもしっかりと頷いた。



 騎士団の中を歩いても良いと許可は貰ったけれど、さすがに一人でうろうろするのはまずいだろう。そう思った俺は、ミング先生に声をかけた。

「あの、ハルはどこにいるか知ってますか?」
「ああ、ハロルド様はケルビン様と一緒に朝の鍛錬中です」
「鍛錬…?」

 ハルとケルビンの鍛錬か。それはちょっと見てみたいな。そう思ったのが顔に出ていたのか、ミング先生は悪戯っぽい笑みを浮かべて俺に囁いてくれた。

「こっそり見に行きますか?」
「ぜひ!」

 ミング先生に案内してもらいながら歩く騎士団本部の中は、不気味な程に静まり返っていた。団長と歩いた時はあんなに敬礼されまくったのに、今は廊下に騎士の姿は無いみたいだ。

「あの二人が鍛錬をしていると、触発されて皆が訓練場に行くんですよ」
「そうなんですか?」
「最近はケルビン団長は長期任務で留守でしたし、ハロルド様はあの状態でしたから…久しぶりのトライプール騎士団の名物の復活ですからね」

 見学をするためだけに行ってる騎士も多いと思いますよと、ミング先生は朗らかに笑って教えてくれた。トライプール騎士団の名物だったのか。余計に楽しみになってきた。

「こっちです」

 そうして案内されたのは、建物の裏側に位置している訓練場だった。校庭のような大きなスペースに、騎士達が集まっているのが見えた。ミング先生はそっと階段を指差した。

「二階からの方が安全ですし、良く見えますから。上がりましょう」

 言われるがままに階段を上がってから窓の外を見た俺は、真剣で切り結んでいるハルとケルビンの姿に息をのんだ。剣と剣がぶつかり合った瞬間、火花が散るほどの勢いだった。開いたままの窓から、外の熱気が伝わってくる。

「ハロルド、お前病み上がりじゃねぇのか!」
「三日かけて調整は終わらせた!」

 そう言い切ったハルは、踊るようにしなやかにそして軽やかにケルビン団長を追い詰めていく。ハルが剣を持って戦う姿を見るのは初めてだけど、剣術に詳しくない俺でもハルの力量が尋常じゃない事は理解できた。

「すっごい…」
「ハロルド様は、身軽で手数が多い戦闘の仕方が得意ですね」

 ケルビンは切りかかってきたハルの剣を大きくはじき返すと、ぶおんと大剣を振り回した。

「病み上がりに負けてられるかってんだ!」
「相変わらずの力押しか!」

 団長はあの大きな大剣を、まるで枝でも扱っているかのように簡単に振り回して攻撃を続けた。動きは大ぶりだけど、攻撃一つ一つは驚くほどに重い。しかもあの大剣を使っているとは思えないほどの、怒涛の連続攻撃だ。

 ハルは器用に避け続けているけど、あの攻撃をもし受け止めたら武器が破壊されそうだ。

「ケルビンもすごい…」
「ええ、団長はあの恵まれた体格のおかげで大剣を自由自在に扱えますし、一撃の攻撃力が高いですね」

 ケルビンの剣も、ハルの剣も、俺の腕じゃ受け止めることさえできないだろうな。

「そこまでっ」
「ああ、時間切れのようですね。今回は引き分けです」
「時間制限ありなんですね」

 剣を納めた二人に、周りの騎士が水と布を持って駆け寄っていく。わいわいと盛り上がる眼下の様子を、俺は興味深く観察していた。
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