生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

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211.任命式

 周りの騎士に冷やかされながらも食事を終えた俺は、一足先に会場へと移動することになった。

 任命式の会場になるのは、騎士団本部の片隅にある建物らしい。恐る恐る足を踏み入れた建物の中は、まるで体育館のような広い場所だった。教えられた通りに足を進めれば、階段はすぐに見つけられた。

 言われた通りに二階に上がると、椅子が並んだ一角に辿り着く。騎士団員は全員参加だから一人でここまで来たけど、何とか無事に見学席には辿り着けたみたいだ。ホッとしながら椅子に座っていると、不意に音楽が流れ出した。どこから鳴っているのかは分からないけれど、そろそろ儀式が始まるみたいだ。

 異世界の任命式なんて初めてだ。ワクワクしながら眺めていた俺は、その光景に息を飲んだ。

 音楽が変わった瞬間、正装した騎士達が隊列を組んで会場内に入場してきたんだ。

「かっこいい…」

 たかが入場で何を言ってるんだと思うかもしれない。でも、これ実際に見ると圧倒されるよ。一糸乱れぬ足取りで少しのズレもなく入場してくるのが、上から見てるせいか余計にはっきりと見えるんだ。叫びそうな口を押さえて、俺はじっと眼下の光景を見つめた。

 壇上にはケルビン団長と、副団長のディエゴ、そして見慣れない壮年の男性が並んで立っている。

 全員が揃って敬礼した時には、思わず鳥肌が立った。口押さえておいて本当に良かったよね。わーって思わず叫びたくなるくらい格好良かった。

 これだけ遠くから見ていてもハルがどこにいるのかすぐに気づいたのには、自分でもちょっと笑ってしまった。これが人を好きになるって事なのかな。周りに人がいないのをいい事に、俺はハルの横顔だけをじっと見つめていた。

 ケルビン団長が口を開くと、ハルが壇上へと近づいていく。一切声が聞こえないのは、防音結界でも発動しているのかな。

 見慣れない男性から巻物のような何かを受け取ったハルは、壇上でぴしりと敬礼をすると颯爽と降りて行った。ため息がでるぐらい格好良い敬礼だったよ。

 ハルの敬礼に見惚れている間に、気づけば任命式は終わっていた。最初から最後まで、ずっとハルが格好良い以外の感想が出てこなかったな。言葉が聞こえなくても、見学させてもらえて良かった。余韻に浸っていると、階段から足音が聞こえてきた。もしかしてと視線を向ければ、笑顔のハルが駆け寄ってきた。

「アキト、これで一緒にいられるね!」
「う、うん」

 俺は思わず視線を反らしてしまった。

「どうかした?」
「ご、ごめん。さっきのが格好良すぎて…ちょっとまっすぐ見れないだけ」
「そう…か」

 ハルは怒るでもなく幸せそうに笑うと、俺の頭に手を乗せて優しく撫で始めた。入場の時も壇上で敬礼した時も本当に格好良かったけど、やっぱり俺は自分に笑いかけてくれる自然体のハルが好きだな。

「落ち着いた?」
「うん、ごめんね」
「いや、格好良いって言われて嬉しいよ」

 さらりと俺の謝罪にそう返してくれるのが、ハルのすごい所だよね。

「話に聞いていた以上の溺愛っぷりだね」
「あ、今邪魔したら駄目ですよ」

 後ろから聞こえてきた声に慌てて振り返れば、さっき壇上にいた男性とケルビンの姿があった。ケルビンが敬語で話してるって事は、かなりの偉い人って事だろうな。この世界での礼儀作法なんて、全く知らないんだけど。

「アキト、自己紹介を」

 一瞬身構えたけど笑顔でハルが促してくれたから、少しだけ気持ちが落ち着いた。

「はじめまして、冒険者をしていますアキトと申します」

 俺が知ってる中で一番丁寧な対応をする人はメロウさんだ。だから口調と笑顔はメロウさんを思い出して真似してみた。

「おや、ご丁寧にどうも。トライプール領の領主、ペーター・トライプールだよ」

 品の良いおじ様は、あっさりと自己紹介を返してくれた。気分を害した様子も無く答えてくれたのは良かったんだけど、その内容が問題だ。

 まさか領主様とは想像もしてなかった俺は、びっくり顔で固まってしまった。ハルは俺を庇うように、すっと俺の斜め前に進み出て口を開いた。

「領主様、何かご用でしょうか?」
「ああ、お前の恋人を見てみたかったんだよ」
「アキトは見世物ではありませんが?」

 そんな事を口にして良いのかとハラハラしたけど、領主様は怒りはしなかった。

「そんな風に、ハロルドが本気で誰かを庇う姿が見れるとはね」
「…そうですね。自分でも驚いてますよ」

 不意に領主様の視線が俺に向いた。反射的に背筋を伸ばせば、領主様はまじまじと俺を見つめてくる。強い視線にどんな反応をしたら良いのか悩んだ俺は、とりあえずメロウさんの真似っこ笑顔を返してみた。

「うん、度胸もあって…良いね」

 ぽつりとそう呟いた領主様は、ふふと一転して柔らかい笑みを浮かべた。

「俺は彼を気に入ったよ」
「やめてください」
「もちろん、君の恋人としてって意味だから誤解はするなよ」
「それぐらい分かってます」

 話の内容はよく分からないけど、ハルと領主様が親しいって事は分かった。

「…分かっててもあまり見つめられると、落ち着かないんです」
「お前がそんな人並の感情を持つなんてな」

 揶揄うようにそう言った領主様は、眉間にしわを寄せるハルを見て楽し気に笑った。

「二人のこれからに祝福を」

 さらりと告げられた言葉に、俺はぱちぱちと目を瞬いた。どんな意味があるのかはっきりとは分からないけれど、二人の未来を祝福してくれた事だけは分かった。

「ありがとうございます、領主様」

 はっきりと答えたハルが、ちらりと俺を見た。

「ありがとうございます、領主様」

 視線に促されるように同じ言葉を紡げば、ハルは満足そうに小さく頷いた。視線の意味はこれであってたみたいだ。

「ハロルド、アキト君。また会おう」

 気軽にそう言うと、領主様は手を振って去って行った。軽やかに遠ざかっていくその背中を、我に返ったケルビンは慌てて追いかけていった。
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